『君の持つ術式、それにまつわる書物は全て読ませてもらったよ。興味深い内容である反面……正直な話、私はそこまでの魅力を感じない。縛りで雁字搦めにした挙句、扱いにくさと質の担保という意味では術者本人の技量を大いに問われる。ぶっちゃけさあ、君にそこまでの力はないだろ?だから尚不思議なんだ、何故そこまでして五条悟は君を生かす道を選び続けるのか――』
自分の術式について、正式に、詳細に、厳密に人に話したことはない。
基本的に呪術師にとって自分の術式の詳細は人に話すものではない。開示する時は、"術式の開示"による能力の底上げを主に目的としている。もちろん、ブラフで相手を困惑させて戦闘の幅を広げるという手法としても使えるし、あまりに複雑な術式だと開示自体に取る時間すらもマイナスに働いたりするので、一概にベラベラ喋ればいいってものでもない。
『まず、術者は先天的に刻まれた術式……君の場合は構築術式か。それを使って、真の術式を展開していく。――従わせること、奪うことに特化した支配的な術式だ。あの文書を見る限り、恐らく五百年以上は前の術式。戦国の世で生まれたんだろうね。だが私に言わせればこんなもの』
それら全てを加味して、私の術式を真に理解している者なんてこの世にいない。……そう思っていた。
『夏油傑と乙骨憂太の下位互換でしかない』
羂索の指摘は至極真っ当で、的を射ている。
私の術式は、そもそも先天的に脳に刻まれた術式を媒介にして展開する非効率的な術式だ。
条件をクリアすることで、人の行動を支配することが出来るし、もっと言うと術式を待つ人間からその術式を"奪う"ことが出来る。模倣ではない、文字通り"奪って使うこと"が出来る。100%の再現度で。
ただそれには呪力も多く消費するし、「仮に僕の六眼で呪力ロスを限りなくゼロにしても、複雑で使い勝手としては超不便!」というのが悟くんからの総評だった。
『愚かだよ。人間の進化に反する。支配というのは進化から最も遠い選択なんだ。だから私は君の術式、嫌いなんだよね。生理的に受け付けないってやつかな』
私が持つ術式は――五百年以上前、恐らく室町時代から戦国時代へと世が移り変わる中で、平安の世で培われた呪力や術式を、武将達が人と人との戦争へ利用するために開発されたものと思われた。
恵が使う十種影法術や、悟くんの無下限呪術など、術式には基本的に名前が付けられているけれど、私のその術式には名前がない。名前をつけることが許されない、らしい。名前があると見つけられてしまう。だから術式そのものに名前は付けてはならない。
それもこの術式の能力を底上げするタネであるらしかった。
『名もなき術式――聞こえはいいが、結局は呪力量と本人の資質を問われる。君が乙骨憂太ほどの呪力量を常に担保できるなら話は別だが、手数や術式対象という意味でもやはり使い勝手は不便。そもそも乙骨には模倣とそれを使いこなすポテンシャルもあるが、君の場合……些かお粗末なんじゃないか』
一つ、この術式に名前をつけてはならない。名前を付けると術師は死ぬ。
一つ、他者に使用する場合、対象の行動を支配することが出来る。
一つ、対象の行動を支配する場合、相手の同意を得ることで支配が可能だが、自分が殺せる程度の相手には同意なく一方的な命令での支配が出来る。
一つ、術師に使用する場合にのみ、対象の同意或いは契約又は死を以て、対象から術式を剥奪し完全に使用することが出来る。
但し、奪った術式は――――
『だからあまり、しゃしゃり出てこないでくれ。……目障りだ』
「痛むよね……ごめんね」
「別にいいです。……何されてもいいって言ったの俺ですから」
あの後、死滅回游に関する方向性は固まり、とりあえず高得点保持者を狩ること、プラス天使の捜索で各々の役割は決まった。――作戦通りにいけばいいけど、状況に応じてそれでも点が足りないなら他の泳者を殺して点を稼ぐ他ないだろう。そこについては誰も何も言わなかったけど、少なくとも私はそうする。
とりあえず各自明け方まで休息をとることになった。明朝、金ちゃんのパシリの一人が東京まで車で送ってくれるよう手配してくれたおかげだ。そいつがひとまず休める場所として近場のホテルも斡旋してくれて、後輩2名と1匹、そして私も合わせて間借りしている。
死滅回游に対する方向性は決まったけれど、恵と少し話がしたくて部屋を訪ねたのが少し前。いつも落ち着いて冷静に見えるけど津美紀が巻き込まれているということで内心穏やかではないはずだし、何よりさっきビンタしたことちゃんと謝らないと、と思ってだった。
一応、普段の力の半分くらいしか出してないビンタだった。とは言え敢えて呪力を込めたのでそれなりに痛かったとは思う。頬に湿布を貼ってから赤みは引いてきているようで大事ないとは思うけど。
恵は本当に気にしていないのか、それよりも私の体調を心配して点滴もういいんですか、と聞いてくれたので静かに頷く。こうやって二人でゆっくり話をするのはいつぶりだろう?
渋谷のテロではお互いドタバタだったし、今日まで肩を並べて落ち着いて話すタイミングなんて一度もなかった。だからだろうか、恵にどんな顔をすればいいのかわからない。
「あのさ、勘違いしないでほしいから言っておくけど、私、恵のことを信用してないわけじゃないから」
立ち話も何だな、と思って恵の部屋のベッドに勝手に腰掛けて俯いたまま私がそう言うと、立ち尽くしていた恵は鋭い視線で私を見つめる。
「……?」
「恵はそう思ってたかもしれないけど、違うよ。私が黙って出て行ったのはその……」
ああでも、何としてもこれだけは言わなくてはと思って私は指先をごにょごにょやりながら口をまた開いた。恵はさっき、私に対して「俺のことを信用できないんですよね」と言っていた。違う、そんなわけないじゃない。
「……恵にこれ以上危険な目にあってほしくなかった。恵が死んだらどうしようって、ずっと渋谷の後から怖くて。だって実際、一回死んじゃったようなものだしさ。もしまた同じことが起きたらって考えたらもう怖くて。私が一人で何とかすれば恵は死なないでしょ。やっぱり何があっても生きてて欲しいんだよ、恵だって私にそうしてくれたじゃない?」
「……名前さん」
「だからさっきもめちゃくちゃムカついてビンタしたの。簡単に殺していいとか言わないで」
「……」
「恵はいつも自分の命を軽く扱うけど私にとっては大切な……この世で一番大切な人の命なんだよ。もちろん呪術師だからそういうことがあるって頭ではわかってるけど、それでも、それでも好きな人が簡単に自分の命を軽んじてたら悲しい……し、腹立つ」
私の言葉に恵は黙った。何も言わない恵に、私もそれ以上何も言えなくて二人して黙りこくる。しんとした沈黙が流れて、備え付けのデジタル時計が何の音もなく時を刻むのを目だけで追う。
――変なの、いつもの恵ならきっとそれっぽい理屈を捏ねて言い返してくるのに。けれども、恵は黙ってすたすたと私の元へ来ると同じように私の隣に腰掛けた。ベッドのスプリングがギシッと音を立てる。
「……すみませんでした」
「え」
何か言いなさいよと心の奥でせっつくと、まるでそれが聞こえていたかのように恵が素直に謝るので私はぽかんとしてしまう。
「もう言いません。……ごめんなさい」
「……」
「何ですか?」
「いや、やけに素直だなぁと思って」
「俺はいつも素直ですよ」
恵はそう言うと湿布を少し指先で撫でた。まだ痛むのか少しだけ目を細めてから何故か微笑むので私は困惑してしまう。何でそんな嬉しそうなの?怒られてんのに……と若干訝しげに思っていると恵は再び口を開いた。
「名前さんにとって"この世で一番大切な人"なんでしょ、俺」
……そんなこと言ったっけ?……言ったな。言ったわ。
無意識に出た言葉に今度は私が黙る番だった。なんか胸がいっぱいになって随分と恥ずかしいことを言ってしまったかもしれない。固まる私の手をとって恵はそっと握った。……温かい。生きてるんだからそんなの当たり前だけど。
「じゃあ俺からも言っておきますけど、何もかも一人で抱え込もうとするのいい加減やめてください」
「……うっ」
「自分一人で何とかしようとか、そんなの全然思わなくていいですから。俺もそう思ってた時あるけど、今は違います。自分以外の仲間の力を借りなくちゃ出来ないこともある。俺が出来ることと名前さんが出来ることは違います。……まあ俺が出来ることは名前さんにも出来てしまうかもしれないですけど」
恵はそこまで言うと握っていた手を離してしまう。代わりにそっと肩に手を回されて恵の胸にもたれるみたいな体勢で抱き寄せられた。
「だからって、何も言わずに俺の前から居なくなるな。……心配した」
「……ゴメンナサイ」
気まずさで片言になりながら私も謝る。いやもう、それはおっしゃる通りですから。ぶっちゃけると、適当に術師40人くらい殺してとりあえず私が総則追加しまくればいいや、と思っていた。そうすればどうにか津美紀一人くらいは助けられるかもしれない。でも、軽率だったなと今になって考えるとわかる。
「じゃああの……これで仲直りってことで」
いい?と私が恵が見上げると、恵は一瞬目を細めてからこくんと頷いた。
どくんどくんと確かに恵の心臓の音が聞こえる。……あったかいな……っていうかまた身長伸びた?こんなに恵って大きかったっけ。黙って私も恵にもたれたまま肩の力を抜く。恵は何も言わない。ただ私の肩に回した手が、少しだけ熱い。……もっと、こうしてずっとくっついていられたらいいのにな。
「……それとさ、禪院家の当主とかびっくりなんだけど」
何となく沈黙が怖くて、もう一つ気になっていたことをなるべく明るく問いかけてみる。ぎし、とまたベッドのスプリングが軋んだ。
「俺もですよ」
「そう?あっさり受け入れて俺が当主ですって顔なってるじゃん」
「別になってないです。一瞬悩みましたが今はメリットの方が多いと判断したので受けただけです。真希さんにもそうしろって言われたし」
メリットねぇ……。どうせややこしいことに巻き込まれることになるのに。
私の肩に回っていた恵の手がするりとそのまま首筋をなぞって鎖骨を撫でる。擽ったくて軽く身を捩ると、今度は耳朶を辿った後私の髪を撫でた。
「禪院家の権力と金を使えば、俺の守りたいものを守れる。禪院家の忌庫は使い放題、さっき言ってた秤先輩の呪術規定改訂だって俺と五条先生がバックにつけば簡単でしょう。津美紀を安全に生活させてやることも出来る。もっと言えば……名前さんと俺の結婚をどうこう言う奴もいない。いたとしても気にする必要が全くない。禪院家で俺が決めることに逆らえる奴はいないから」
「……」
「直哉って奴も今後俺には逆らえません。遺言には禪院家の"全てを俺が相続する"と書いてありました。それは財産だけじゃなく、家としての全ての決定権もってことです」
だから受けたんです、とあっさり言ってのける。
覚悟はそれなりに決まっているらしい。ここ数日、いかに恵が苦労して考えに考え抜いて行動に移してきたのか想像して私は眉間に皺を寄せた。
「……直哉に殺されるよ」
「みたいですね。虎杖の処刑に乙骨先輩と俺で向かった時、あの人も渋谷に来てたらしいです。俺に死んでもらおうと思ってた、って虎杖に口を滑らせたらしいですよ」
「……会ったの?」
「運良く顔は合わせずに済みました。いいんです、あの人は最初から俺のことが気に入らないんです。外様のくせに禪院家相伝の術式を持って生まれた俺、自分を差し置いて当主になった俺、自分の見初めた女を奪った俺――そのどれもがあの人の神経を逆撫でる」
「……」
「けど俺にはもう関係ない」
前二つに至っては俺の意思と関係のないところだしな、と恵は息を吐いた。
恵は直哉のことが嫌いだけど、直哉もそれと同じくらい恵のことを良く思ってない。そんなの少し前の婚約の話云々でわかってたけど、こうもはっきり決裂してしまうと私だってヒヤヒヤする。家が二分してしまった時に起きる弊害は、例外なく身内同士の殺し合いだ。そしてそれは当人だけでなく周囲にも波及する。恵と直哉だけのド突き合いで済むとは到底思えない。……禪院家の他の人達――禪院真希や禪院真依にまで影響を及ぼすというのは火を見るより明らかだった。
他所様の禪院家の心配を私がするなんてお門違いかもしれないけど、火種が自分にもあったとなるとどうしても気にせずにはいられない。
「フルエタニティのキラキラのやつ」
「……え」
「欲しいって言ってましたよね。俺忘れてません。全部終わったら買いに行く。どこのブランドがいいとかあるんですか」
「……いや……その……別に……ない、ですけど……」
この流れでフルエタニティのキラキラ、というワードと今の恵の表情があまりにもミスマッチで。一周回ってどう反応していいかわからず半笑いになりかける。
いや全然笑ってる場合とかではないのだけど、シュールな笑いというか。君またプロポーズしてるけど、今それどころじゃないんだよ。
「そうですか。何でもいいなら俺勝手に決めますよ。そんで、その時はちゃんと伏黒名前だか禪院名前だかになってください」
「……はい」
「……ん」
「自分で言って照れてるじゃん」
「別に照れてない」
とはいえ恥ずかしいのかそこまで言うと恵はそっぽを向いてしまうけど、私のことを離さない。私はふふ、と笑った。
「……笑ってんなよ」
「ごめんて」
「いや、それより名前さんの怪我、今はそっちのが問題です」
恵は額に手をやった後深く一度ため息を吐いた。そして今一度顔をこちらに向けると、私の腹部をじっと見つめる。ワイシャツの下に隠れている包帯を気にしているらしい。もっといえばその下の傷の話だろう。
「本当に傷塞がってるんですか」
「うん、無茶やりすぎなければ」
大丈夫だと思うよ、と言う前に恵の顔が近づいてきて私は固まる。え?と目を見開いたまま、唇に触れるだけのキスをされたのだと理解した時には唇は離れていて、でも顔は近いままで困惑する。
「見せてください」
「……いや、でも……」
「見るだけです。それ以上何もしません」
そう言って恵の手が私のワイシャツの裾を弄る。あっさりと私の腰に触れた恵の手はやっぱり熱くて、びくっと身体が震えた。
「……ここ?」
「……ん」
俯いて小さく頷くと、腰に巻いていた包帯が恵の手で解かれていく。ツンと香る消毒液の匂いに目を伏せると、恵が私の額にまた唇を落とした。……何もしないって、それ何かする時のセリフじゃない。私知ってるよ、恵って意外と狼だってこと。
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