「……!」

東京第2結界に足を踏み入れた瞬間に感じた違和感。
それは浮遊感だった。
しまった、と思った時にはもう足が地面を離れていてアスファルトの感触はなくて、足元に空が見える。天地が逆さまだ。何かの術式。誰かに何かされた。或いは――

「こんなの死滅回游の総則に書いてなかったじゃーーーん!!!!!」

結界の副次効果か。
私は空から落下していた。間違いなく空から。さっきまで地面を歩いてたのに?!何で準備なしにスカイダイブ?!
腹が立つけど文句を言っても空に投げ出された事実は変わらない。だからこういう時ほど冷静に考える。恐らくこれは死滅回游ではなく、死滅回游の"結界"に付与された術式効果だろう。多分入った場所とは違う場所に転送されるか、同時に入った者がいた場合バラけるようになるとか、なんかそういう感じの仕組み。結界の中での純粋な術師の実力の公平性を保つ為になるべく徒党を組ませないようにするつもりかな。いや、今はそんなことどうでもいいか。


「名字名前でーーーす!!天使を探してまーす!!!私はここにいまーす!!!」

せーので金ちゃんとパンダと一緒に結界に足を踏み入れたのに、二人の姿はない。いやそれにしたって最悪だ、思ってもみなかったバラけ方をさせられた。連絡もつかないしこの分だと金ちゃんとパンダもバラけさせられてる。三人で一緒に結界内で早々に落ち合うのは結構きついかもしれない。
っていうか普通空から人落とすか?!荒野行動かよ!

「天使!!!自分天使だよーーって人!!!会いたいです!!!私のとこ来てくださーーい!!!!」

敢えて大声を出して落下を続ける。もし近くにパンダや金ちゃんがいれば位置を知らせることが出来るかと思って、一応。でも反応ない。この結界は渋谷で降ろされた帳よりも遥かに広域だ。東京の港側――恐らく江東区から台東区辺りまでをぐるりと取り囲むかなり大掛かりな結界。落下しながら地上を望むとほぼ埋立地で海が見える。多分豊洲か、有明か、青海辺りに向かって落とされてるな。私その辺の土地勘あんまりないけど……。あ、でも豊洲は東堂にアイドルのフェスに連れて行かれたことあるか――。いやそれよりも今は、

「うるさい新人んんんん!!声が大きいいいいい!!!!!静かに!!」
「いやそっちも声でかいわ!!!」

私の声に釣られたのは多分他の泳者だった。
野太い声に乙女な言い回し、間違いなくオネエ系の方であろうそれ。海辺の公園らしき場所で仁王立ちをして大声で叫ぶその上裸のオネエは、私を見上げたまま渋い表情を続ける。

「アタシの天使は傑ちゃんよ!!!ラブフォーエバー!!夏油傑!!!!」

いや知らんし誰ー?!?!会話通じないし天使じゃなさそうだし!!!私に攻撃仕掛けてくる?!いやそんな感じもないな、別にだからと言って助けてくれるわけでもなさそう!!てか今夏油傑って言わなかった?!言ったよね?!夏油傑って!言ったよね!!!

「キャシィ、頼む」

くっそ、わけのわからんオカマしか釣れなかった!こちとらまだ全快じゃないってのに!
だけどラッキーだ、この泳者は夏油傑を知ってる。ってことは話をする余地がある。ちゃんと話して協力関係が構築できるならワンチャン天使探すの手伝ってくれるかもしれない。あのオカマ仲間にしよう!!
優先事項を間違えてはいけない、今の私の最優先事項は天使の協力を仰ぐこと。得点の方は虎杖、伏黒、秤に任せよう。三人が日車と鹿紫雲を狩り損ねたら、その時私も動けばいいんだ。だからそれまでは情報、とにかく情報と協力者が欲しい。何度も言うが私は万全じゃないんだから。
とは言え自分の術式をいきなり一方的に他の泳者に見られるのは避けたい。あと反転術式が使えるっていうのもなるべくバレたくない。だから怪我したくない。
一か八かで取り出した呪具の鎖と同時に夜蛾学長からパクった能力の傀儡操術で呪骸のキャシィを呼び出すとキャシィが力強く私の手を握る。

「キャシィ、膨らんで。"君はパラシュートになる"」

私がそう言うとキャシィはずんぐりした体型を膨らませた。……さすが夜蛾学長のお手製の呪骸、こんな程度じゃ簡単には壊れないし、予想通りパラシュートみたいに膨らんだおかげで落下速度は落とせた。呪骸小さくして1個だけ連れてきてて良かった…と思いながら着地地点を望むと、さっきのオネエがやはり仁王立ちで私を見上げていた。海辺の公園に降り立ったけれど、ここがどこなのかわからない。公園なら表記あるか、とちらりと辺りを見ると案内看板があったけど遠くて読めなかった。

「やるわね」
「……ドモ」

やはり敵意はない。パラシュート化してぺたんこになって風にそよぐキャシィに「元に戻っていいよ」と声をかけると、キャシィの体がぎゅっと縮まっていつものぬいぐるみみたいなずんぐりした姿になってから私をつぶらな瞳で見上げてきた。指示待ち中の犬みたいで可愛い。……河童だけど。

「傀儡操術ってとこね?」
「……てかアンタ誰?」

ここにいて今の私のモーションである程度の術式まで把握できてる以上、ただのイカれたオカマではなく泳者でありそこそこの術師である判断して良いだろう。
私は足にピッタリくっついて、歯を見せてニッと笑うキャシィをそのままにオネエの様子を伺う。

「人に名前を聞くときは自分から名乗るもんじゃないの?」
「……名字名前。性別は女。呪術高専の3年である泳者を探してる。……そっちは?」
「あら、じゃあやっぱり傑ちゃんの後輩ってこと?」
「そういうアンタは夏油傑の友達かなんか?」
「九十九由基から何も聞いてないのね?」

……何それ。
微妙に話が噛み合わない上に、こいつやっぱり高専のことよく知ってる。ってことは受肉タイプでも覚醒タイプでもない、私と同じ元からの術師か?
それよりも九十九さんの名前が出たのが気になる。

「なんで九十九さんのこと知ってんの?私は九十九さんと別行動してるけど、目的は一緒だよ」
「あら、それなら話が早いわ」

何も早くねーよ、と内心突っ込みながら私は腕組みをしてオネエを見上げた。同じように足元のキャシィも腕組みしてオネエを見上げる。

「私の名前はラルゥ。百鬼夜行で高専には傑ちゃん共々お世話になったわね」
「……うげ」
「良い反応♡今はいろいろあって九十九由基と行動を共にしてるの、名字名前、知ってるわよ。……この前まで1億の懸賞金をかけられてたじゃない」
「やだぁオホホ……私って有名人?」
「それなりにね。死滅回游の泳者はアンタを知らないだろうけど。……高専の制服を着てる学生はとりあえず殺さないで様子見することに決めてたのよ。それにしてもいきなりアタリが振ってくるとは思わなかったわ」
「……ああ、そういう」

そこまで言われて私は舌を巻いた。要するに百鬼夜行で夏油傑についてた仲間の一人ってことか。こんな人いたんだ、知らなかった。それがどういう因果か九十九さんについてるって、九十九さんは何を考えているんだろう。まあいいや、道理で私にも敵意はないわけだ。恵が念の為にと持ってきてくれた制服を着て死滅回游に入って良かった。

「彼女とは結界に入ってから連絡が取れなくてね……ほら、ココ電波通じないじゃない?とりあえず点数稼ぎに参加して、総則の追加やらはその後の様子を見ながら、まあ仲間を探しつつ情報を探りつつ……なんて思ってたらアンタと偶然落ち合えて私も寧ろラッキーってとこよ」
「九十九さんから指示はないの?」
「あのヒト適当なとこあるから」

つまり指示は出されていないらしかった。私、めっちゃ運良くない?いきなり見ず知らずの人だけど一応仲間に出会えるなんて。話してる感じ、ラルゥが嘘をついているようにも見えない。何より私を攻撃してこないから、本当に敵ではないのだと思う。

「で、名前は何で死滅回游に?」
「多分ラルゥと一緒。私は天使っていう過去の術師が受肉した泳者を探してる。五条悟の解放にその術師の能力が必須なの。可能なら説得して協力してもらいたいし、無理なら生け取りにしたい」
「ふーん……じゃあやっぱり五条悟が封印されたって本当なの」
「本当だよ」

私が頷くとラルゥは顎をしゃくってから目を細めた。おかっぱショートにカチューシャというチャーミングなヘアスタイルに反してタンクトップでムキムキなところを見ると近接戦闘型だろう。生前の夏油傑についていたのなら訳もわかってるしある程度動ける人間だと思って良さそう。
ちらりと辺りを伺うと、さっきまでなかった人の気配がする。公園のそばには円形の大規模な建物や大型のキューブ状の建物が並んでいる。……データセンターとかかな。海辺だし。

「てかココどこ?」
「あら、わからずに着地したの?ここは豊洲六丁目公園よ。あのデータセンターを超えたら駅。有明やら台場まで移動したいなら、モノレールは動いてないからゆりかもめの線路を伝って徒歩で行くしかないわよ」
「無人運転なのに?」
「いくら電力が通っててもこんな状況でバカ真面目にダイヤ通り運行してるわけないでしょ」

それはそうか。死滅回游内で定時発車してたらウケるな。
まあそれも泳者同士の戦闘で既にところどころ潰れてて結界内の移動はかなり不便だけどね、とラルゥは首を横に振った。

「てか電力は結構通ってるんだ?」
「この辺りの呪霊は呪力や人間に反応するだけだからね。奴ら電気設備を破壊するような知能はないわよ」
「あー、確かに」
「それとそこのライブ会場には、一部巻き込まれた一般人が避難してる。……あそこでの戦闘だけは避けなさい」
「わかった。ちなみラルゥって、天使見てないよね」
「見てないけど、噂は聞いたわ。それこそライブ会場に避難してる一般人からね。天使ってことは、見た目もエンジェルっぽいんでしょ?」
「……らしい。私もよく知らないんだけど」
「どこで見かけたとかは知らないわ。見た目は金髪で羽根の生えた女の子だったらしい。頭に天使の輪っかがついてて、文字通り飛んで移動しているらしいわよ」
「人畜無害なタイプ?」
「さあね。目撃情報が上がっていて一般人に手をかけてないから、少なくとも無差別に人間殺して楽しむタイプではないんじゃない?」

まあ術師相手の場合はどうだか知らないけど、とラルゥは小声で付け加えると構えて少しだけ姿勢を低くした。それなら交渉の余地はありそうだし、その避難してる一般人から聞き取りするのが今は手っ取り早いか。
最悪のケースは生け取りにして、天使と一緒に私が東京第2結界を出て、そのまま天元様の元へ連れて行けばいい。天使が私に術式使うの嫌がっても、私が持ってる天逆鉾の欠片を使えば何回か結界を出入りすることは出来そうだし。そしたら高専に戻って獄門疆・裏は開錠できる。……うん、幸先悪くなさそう。

「ラルゥはこの後どうする?」
「そうねぇ……いくつか気になることがあるし、やることもあるからここでアンタとはバイバイよ」
「ええー!一緒に来てくれないの?」

私が唇を尖らせて不満を垂れると、ラルゥは首を横に振った。

「そこらへんの雑魚は蹴散らしてあげるからさっさと行きなさい。……天使もついでに探しといてあげる。また会えたらどこかで会いましょ」
「ありがとう。あ、そうだ。私高専の仲間と来てるんだよね。ここの結界にいる秤金次とパンダってやつ、そいつらも私の仲間だから私の話したら状況によってはラルゥと協力出来るかも。えーっと……"恵きゅんと仲良しの名前から聞いてる"って言ったら多分、仲良くしてくれる、はず!」
「何なのその"恵きゅん"って」
「隠語みたいなもんかな!」
「わかったわ」

ラルゥはそう言ってウインクすると「行きなさい」と促してくれた。その瞬間、数名の術師が物陰から飛び出してくるけど、全然問題なさそうなので私はキャシィと共に走ってデータセンターの向こうの豊洲のライブ会場へと向かうことにした。










正直、死滅回游に参加して一発目にラルゥに会えたのはラッキーだったと思う。情報も得られたし、パンダ追い越して天使見つけるのは私が先かもな、なんてニヤニヤしながらライブ会場を訪れると、ステージの裏手に数名の非術師らしき人々が固まって座り込んでいた。
小さな子供も、高齢者も、中年の男性も女性もいる。恐らく食べ物に困ってるだろうなと踏んで来る途中のコンビニでくすねてきた飲み物やお菓子を彼らに提供し、敵意がないということを伝えると私が若い女であるということもあってすぐに彼らは警戒心を緩めてくれた。

「天使って術師……あー、人を探してて。金髪で羽根の生えた女の子らしいんだけど、見たことあります?」
「ないな……」
「見たって人はいたけど……どこにいるかとかはわからないな……」
「私見たことあります!でも、それ3日以上前だし、その時はまだ有明にいたから……」

キャシィと一緒にお菓子や飲み物、食べ物を配りながら話を聞く。3日以上前に有明か……それだともう移動してるだろうし、場所の特定にはならない。聞いている話だと、ここから有明まで歩くとしても鉄橋やゆりかもめの線路がある一部分は大きく破壊されているらしく、船手漕ぎでいくのが最短とかまで言われてしまった。最悪じゃん。どうすんのよ。キャシィ飛べる?船に変形させる?いやさすがに無理。
まあそれでも目撃情報がある限りは行ってみるべきだろう。一応情報を教えてくれたお姉さんに丁寧にお礼を言って私はライブ会場を後にした。ここに長居してもメリットないし。

「コガネ」
「はいはーい!」
「泳者の情報を出して欲しい。秤金次とパンダ、それから虎杖悠仁と伏黒恵」
「お任せ〜♡」

ライブ会場を出てすぐにコガネに情報を参照させる。コガネの顔から下に表示されたモニターにはそれぞれの名前や滞留結界、得点が表示されている。まだ全員ポイント変動してないかな、なんて思った時だった。しゅん、と一瞬恵のステータス画面が動いて、表示内容が変わる。
得点000点と記載されていたはずの画面には、005点と変化があった。

「……」

人を殺すことはこの死滅回游に参加した時点で仕方ない、というのが多分虎杖くんを除く全員の暗黙の了解だった。だから驚くことはない。恵ならやれると思ってたし、実際やると思ってた。だがそれを数字として目の当たりにすると結構リアルで。
出来れば恵に手を汚してほしくないと思っていた。
私は渋谷で呪詛師を一人殺している。虎杖くんは宿儺の記憶を辿り、多分それを知っている。でも恵は多分知らない。……もう私はとっくに汚れてるんだ。だから躊躇いがなかったのに。

ちらりと今までいたライブ会場を振り返る。――少なく見積もってもここのライブ会場に避難していた非術師は20人ほどいた。……あれを全員殺せば、最低でも20点。
暗い思考が頭を駆け巡る。そんなことしない、するわけないけど。私が参加した死滅回游とはそういうゲームだ。でもあれ全員殺したとて20点。だったらやっぱり、術師20人殺して100点取る方が――。

「邪去侮の梯子」

そんな風に思案していると、突如として頭上に覚えのない法陣が現れる。まずい、と感じてすぐに私はライブ会場と反対のデータセンターの方へ駆けた。キャシィが私の肩にがしっとしがみつく。
すると私がつい数秒前までいた場所に光芒らしき光が放たれる。ビームみたいだな、なんて思って視線だけやりながら走り抜けて様子を窺うが、そのビームの跡地が破壊された痕跡はない。……対術師向けの遠隔術式?呪力を持たない無機物にはダメージ入らない感じっぽいな。

「ねぇ"天使"、今の多少は効いたかな?」
「そもそも当たっていませんよ」
「うそぉ」

誰だよ、と舌打ちしながら術式を展開したらしい泳者の姿を探すが見当たらない。自分の足元に落ちる影を見つけて私はすぐに顔を上げた。

「……まさか」
「アナタですよね?私を探してるっていう妙な女術師っていうのは」

まさか、だった。私は頭上を舞うその女の子の姿に目を丸くする。文字通り背中から翼を生やし、頭にはヘイローらしき輪っかをつけた金髪の女の子。
私が通っていた中学がカトリック系の女子校だったから、その姿はあくまで聖書の中の概念的なものであって実在するとは思えなかった。手には金色のラッパのようなものを持っている。まるで、大天使ガブリエルのように。

「……天使?」

私の言葉に彼女は空を揺蕩うように飛行したまま、薄っすらと笑った。




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