「んー!!んー!!」
「あ。ごめんね、もう喋っていいよ」
ぱちんと指を弾くと、口を聞けなくなっていた天使がすうっと思い切り息を吸い込んだ。恨めしげに見上げてくる天使に私はにっこり笑いかける。
結論から言うと、天使の捕獲に成功した。
もう私が今回のミッションのMVPでいいだろ。パンダいらなかったじゃん。高専帰って悟くん解放したら何か奢らせよ。何奢らせよっかなーと勝手に思案に耽っていると、天使が勢いよく口を開いた。
「派手な器物損壊……!!国に怒られますよ!損害賠償請求されます!」
「一言目それなんだ?」
私の目の前で蹲る天使は信じられないといったふうな声音で文句を垂れている。
耳朶を掻きながら適当にはいはいそうだねぇと私が返すと話ちゃんと聞いてるんですか?!と天使は私を睨みつけた。聞いていません。悟くんに5万の寿司のコースを何回奢らせるか、そのことばかり考えてます。
「てか今更器物損壊もクソもないでしょ。呪霊がやったことにしよ?そうしたら怒られないし。君も何か聞かれたらシラを切り通してね♡」
「アナタめちゃくちゃですね」
「この死滅回游っていう状況がそもそもめちゃくちゃなんだ、もう何でもありでしょ」
身体は鎖でぐるぐる巻きにしているのでさながら捕まった天使のようだ。聖書とかでありそう、こういう状況。
「私からのフィードバックとしては、良い術式持ってるのに使い方が下手すぎ。後方支援超特化型って感じ?だとしてももうちょっと脳みそ呪力でガードしな?」
天使の言う通り、術式無効化の術式を使われないように、私は周辺の建物を壊しに壊しまくって彼女の逃げ場を塞いだ。天使の術式は、他者の術式を無効化するだけで彼女に呪力をどうこうする力はないし、見ての通り近接戦闘はどうも苦手らしかったし。
ある程度の高度を保たれると逃げられるから、それを感じさせないように下へ下へと誘導して、ビルや建物の瓦礫で逃げる術を封じたのだ。
おかげで辺りの建物はめちゃくちゃ、ビル3棟くらい意図的に破壊したから天使の言う通り馬鹿正直に自分がやったと認めると絶対国に怒られる。なので認めないです。
「……何の用ですか」
それはさておき、一応これから協力してもらわなければいけないという部分を踏まえて私がそうアドバイスすると、不貞腐れたように天使はそっぽを向いた。
「君が先に私に攻撃してきたんじゃん」
「た、たまたま近くにいましたから。……あんなに大声で落下してたら目立ちますよ?」
「それが目的だったからいいの。現にほら、そのお陰で会えたんだしさ」
ふふ、と笑って天使の前に屈んで目を合わせる。くりくりとした丸い瞳がじっと訝しむように私を見つめる。ぷくっと頬を膨らませて不貞腐れる姿は年相応の女の子という感じで可愛いらしい。雰囲気的に私の1〜2個下かな。受肉体にしては随分チャーミングだなぁ。もっと「ワシは〜でござる」みたいな話し方するのかと思ったのに。(忍者?)
「そう言う貴女は何者ですか。私を探していたのは何故?どうしてこんなことをするの?」
先に攻撃を仕掛けてきたのは向こうだし正当防衛であろうと踏んで多少手荒な真似はさせてもらった。
私はこれ以上敵意はない、話がしたいと両手を上げると、天使は俯いて鎖をじっと見つめる。――外せってことか。いやそれはまだできないけど、なんて思いながらさりげなく彼女の隣に腰掛けた。
「最終手段が生け取りだからね。今ここで逃げられるのもめんどくさいし。私には私の都合があるんだよ」
「……」
「ちょっと話そう。これ以上君のことどうこうする気はないから。私は名字名前。君にお願いがあって君を探してた。とは言え派手に暴れたから他の術師とか呪霊が来たら厄介だし、場所を移そうか。まずは君の名前を教えて」
「…………来栖華、です」
少しだけ躊躇った後に天使――来栖華は名前を名乗ると再度訝しむように私を見つめた。まだ私を警戒しているらしい。それはそうだろう。人の良さそうなフリをして懐に入り込み、相手を破滅させる泳者だっているだろう。でも何だろう、そういうこすい輩と一緒にされるのなんかちょっとムカつくな。
「コガネ」
「はいはーい♡」
「来栖華という泳者の情報を出して」
「はいどーぞ♡」
コガネは何の躊躇いもなくステータスを表示した。確かに彼女の言う遠り、この東京第2結界には来栖華という人物がいる。それが目の前の彼女ということだろう。嘘はついていないな。得点は15点。……へえ、少なくとも3人殺してるんだ。
でも意図的な大量殺戮とかはしてなさそうだし、この感じだと話せばわかるタイプなのかもしれない。
「コガネ、私のステータスも」
「おまかせ♡」
「ん、見ていいよ」
私のコガネが今度は私の情報を表示させる。来栖華にそれを見せると、彼女は数度瞬きして私の情報を見た後にこちらを見上げた。
「名字名前、確かに嘘はついていませんね……。しかも得点は0だから、まだ誰も殺してない。……貴女は一体何のために死滅回游に参加したんですか?」
「こういうの、一つの信用の指標になっていいよね。お互いにさ」
華の質問には応えずに私は鎖による身体の拘束を解除した。彼女は少し驚いた様子だったけど、私は彼女の手を取って立ち上がらせると気にせず二人で並んで歩きながらゆりかもめの駅へと向かう。
「……ところで、華は本当に過去の術師?」
「いいえ、華は私と"共生"しています」
「うわびっくりした!」
並んで歩きながら華と名乗った女の子の顔を見ると、彼女の頬に小さな口が出現していて私は目を丸くした。華の意思とは別で動く唇とその声。
以前聞いたことがある、虎杖くんの顔に宿儺の口が現れて勝手に喋り出すことがあると言うのを。ということは天使も、来栖華という肉体に閉じ込められた術師ということ?
「華、少し彼女と話しますよ」
「どーぞどーぞ」
お任せしますよ、と言わんばかりに華は口の主であろう天使と思しき術師に譲った。――そうか、だから華は戦闘に不慣れだったのか。
「先ほど、急に君を攻撃したことは申し訳ない。君のことは落下してきた時から見ていた。今に至る一連の君の行動を見て、話が通じると感じたので少しこちらの事情を話そう。……或いは君の事情も、場合によっては聞けるかと」
「死滅回游に参加しておいて、随分友好的な術師なんだね」
「私は友好的ですよ、誰に対してもね。……何と呼べば?」
「名前でいいよ」
天使の話を要約するとこうだった。
天使の目的は受肉した泳者の一掃。彼らの多くは受肉の過程で器の自我を押し殺して沈めている。故意であれ、無意識であれ。それは神の……要するに天使の美コに反することらしく、どうしても許せないことらしい。聖人君子のような術師がいたものだなぁとうんうんと話を聞く。
だから天使自身は来栖華と共生という手段を取ったらしい。……共生、というと華の意識を保ちつつ、天使の術式を使用できるようにするニュートラルな状態だろう。天使がその気になれば多分華の肉体を乗っ取れるのだろうけど、敢えてしていないらしい。
――虎杖くんとはまた違う感じかな。虎杖くんは器であるはずの彼自信が何故か分からないけど宿儺を抑制することが出来る稀有なケースだ。受肉って言ってもいろんなパターンがあんのね。
「でもさ、それだと天使は天使の術式も身体能力も100%出せないんじゃないの?現にさっきも私と戦った時、華は戦闘に不慣れな感じだったよね」
「……うっ」
私の言葉に華が気まずそうに視線を泳がせる。図星らしかった。おかしいと思ったんだよな、過去の術師にしては私の予想よりも弱すぎるもん。
とりあえず休憩しよ、話はちゃんと聞くからと駅のホームの椅子に並んで腰掛けたところだった。
「名前の言う通り、私の能力を華が使えるだけで、肉体を動かすのは華自身の意識。空も飛べるが君のような手練れと肉弾戦に持ち込まれた場合、恐らく100%敗北する」
「やば、全然だめじゃん」
「ああその通り、全然だめだ。だから君を信用に足る人物だと踏んで今声をかけているのだ」
ええ、何それめっちゃめんどくさそう。絶対何かパシりにされる流れでしょこれ。私もう三年生だからパシられるよりパシらせる側なんだけど。
まあこっちとしては華に悟くんを解放してもらえたら何でもいいんだけど、と思いながらちらりと華を見るとやはり気まずそうに俯いている。全然だめと私と天使に言われたのがそこそこショックだったらしい。
「術式はほぼ100%の威力で出せる。しかしついこの前まで華は一般人。戦闘となると不慣れであるし、彼女はうら若い女の子」
「名字名前もうら若い女の子ですけどね」
「いいや、華は君のように元から術式を持って鍛えている呪術師ではない。君が言った通り近接での戦闘は大の苦手だ。だがそれと同時に私たちが持つ術式は強力であるのも事実。だから君の要望の如何によっては、共闘関係を望めるのではないかと」
「私が華を守る代わりに、天使の力を使って私の望みをきいてくれるってこと?」
「少しニュアンスが違うが、簡潔に言うとそうなるな」
私は足を組み直してその辺のコンビニでパクったコーヒーを流し込む。……共闘か。ぶっちゃけ、私としてはこのまま来栖華を連れて死滅回游の結界を一旦離れて高専に爆速で戻りたい。大体さぁ、この状況になった時点で別に華が悟くんを解放しなくてもいいんだよね。華の術式を私が奪っちゃえば悟くんを解放できるし、そのために適当に彼女を天使諸共今ここで殺したっていいわけで。そしたら点も稼げるし。……いや、さすがにそれは悪どすぎる?
「素敵な提案だね」
だめだな。渋谷からこっち、そういう思考ばかりしてしまう。なりふり構ってられないといつもの冷静な判断が出来ない。
とにかく死滅回游の総則追加のための得点については、もう金ちゃんとパンダに任せておいていいだろう。万全じゃない私がいても足引っ張りそうだし。となると状況を聞く限り、華を生かすにしても殺すにしてもこの東京第2結界に長く居座るのは得策ではない。
「私の目的は、天使の術式を使って呪物の封印を解くこと。……できる?獄門疆っていう呪物なんだけど」
「……成程、呪物ならば可能だろう。それに協力も出来る」
「まじ!?」
前言撤回、ならもう協力関係成立じゃん!華殺すのやっぱナシでいいや!と私が喜んで立ち上がると「ただし」と天使が続ける。
「先に私に協力してもらう。獄門疆の封印を解くのはそれからだ」
「エ……。いや、あんまりこっちも時間ないんだけど……まさか受肉した泳者の一掃とか?さすがにきついよ?」
「いいや、そこまでがめつくはない。だが一人だけ、受肉した泳者の中になんとしても屠りたい者がいる」
……ああ、なるほど。それで共闘ってことか。
天使は最初から"協力"じゃなくて、私に"共闘関係"の誘いをずっとかけてきていた。つまり死滅回游をどうこうしたいのではなく、目当ての泳者を共に屠ってほしいということ。華の護衛ではなく、華と共に泳者を殺せと。
「"堕天"――この泳者を殺すことができれば、君へ協力することを約束しよう」
「いいよ」
「即答?!良いんですか?」
私が軽く返事をすると、天使ではなく華の方が驚いたように目を丸くした。私はこくんと頷く。悟くんの解放のためにはそれが一番早い。泳者一人くらいなら私と華の二人でなんとか出来るでしょ。時間もまだ少しだけあるし、術式を奪って華を殺すのもなんていうか……寝覚め悪いし?それをするのは堕天が全然見つからなくて、余裕がなくなった最悪の場合でいいんじゃないか。
「で、堕天てどんな術師なの?」
「詳細はわからないんです。天使は見たらわかるらしいんですけど」
……なんかそういうの多くない?
華の言葉に私は眉間に寄せた皺を撫でた。華は共闘関係を結べるとわかった途端、私に対しての対応を少し和らげてくれて、初めて会った瞬間と比べると随分砕けた温度感で話し始める。……そんなにすぐ人のこと信用しちゃって大丈夫?ここは死滅回游なのに。
「一先ずここの結界から出て、第1結界に移動しようと天使とはさっき話してました」
「……えっ何で?」
「第2結界はあらかた回ったんですけど、海際のせいか術師よりも呪霊の数が多いみたいなんです。結界内を広域に見て回ったんですが堕天らしき術師も見かけなかったし、この結界に滞留していてもあまり意味はないかということで……とりあえず近場の第1に行こうかなと」
「……ああ、そういうこと」
いや待ってよ、これもし第1にも堕天がいなかったらまさか他の結界も回るつもりってこと?
死滅回游の結界は南は鹿児島、北は青森だよ?しらみつぶしで当たっていくつもりならいくら時間があっても足りない。下手したら慣らしが完了してしまう。悟くんをいつまで経っても解放出来ない。……いやいや、それはさすがに困る。
ならせめて、東京第1結界に虎杖くんや恵といった協力者がいることを今話すべきかな?得点の獲得と悟くんの解放、どっちが優先?
頭の中でものすごい勢いで様々な可能性を考える。――いや、どっちが優先とかはない。どっちも同時並行で進めるべきなんだ。もし間に合うなら、虎杖くんと恵が日車を狩るのにどさくさで天使も巻き込んで戦わせるのもいいかも。いくら強い術師とは言え、術式を無効化したところをあの二人に叩かれたら……。或いは、二人がいれば私が目の前の来栖華を狩ることも難しくない。それが最善だと確定したら、私と恵はあまり躊躇わずに華を手にかけるだろう。虎杖くんは――悲しむかもしれないけど。
「それなら、第1結界に私の仲間がいるから協力してもらおうよ」
「本当か」
色々考えたけどやっぱり話すべきだな。そう判断して目を細めながら私が口を開くと、即座に反応したのは天使の方だった。
「泳者なのか?術師?」
「うん。結構強いし戦力にはなると思うよ」
「……名前は?」
「ああ、えーと、二人いるんだけどね。二人とも男で私の後輩なの。名前は、虎杖悠仁と」
そうか、本当にそういう泳者がいるか、さっき私がやったみたいにコガネで参照して確認するつもりなのか。それは別に問題ないだろう。隣に並ぶ華と天使に、私は素直に彼らの名前を告げる。
「伏黒恵」
← top