「…いやだから本当に何も知らないんだって」
「グーチョキパーで♪グーチョキパーで♪何作ろう〜♪何作ろう〜♪」
「……は?」
「右手はパーで♪左手もパーで♪」
「いや、待て、」
「往復ビンタ〜♪往復ビンタ〜♪」
「痛い痛い痛い!!!!やめてください!!すみませんでした!!!!」

パンパンパンパンと私が男の顔を何度も何度もビンタすると、虎杖くんが「さすがに可哀想なんじゃ…」と止めに入ったので勢いで虎杖くんにも一回ビンタしてしまった。ごめんねと即座に謝ると「いいよ、大丈夫」と言われるが虎杖くんは少ししょげた顔をしている。ごめんね。

何故私が手遊びをしながら男に往復ビンタをしているのかと言うと、今回の任務のターゲットがこの男だったからだ。珍しく高専にまともな情報提供があった。こいつが呪詛師です、3人殺してます、とタレコミを得た高専サイドは私を派遣することでその真偽を問いつつ、必要であれば捕縛・処刑という対応を取った。同行者は準1級昇級査定中の虎杖悠仁、一名のみ。

「そういや名前さんの術式で基本は何でも吐かせられるって五条先生言ってたけど、今往復ビンタする意味あったん?」
「別にないね」
「ないの?!」
「強いて言えば気分」
「気分?!」

私の言葉に虎杖くんがいちいちオーバーリアクションをするのが面白い。
もちろん、本当に気分でビンタをしているわけではない。私の術式は情報を吐かせたり、事実確認をするのは可能だけど、そこに介在する当事者の意思や感情まで発露させることはできない。私が一方的に命令して、イエスかノーを答えることを強要させる、事実を説明することを強制させるだけだ。
つまり罪悪感があるのか、或いは開き直っているのか、何かそうせざるを得ない事情があるのか…そういった感情に関する部分までは術式で引っ張り出せない。
だから捕縛任務の場合、相手を支配する前に必ずその人となりや感情を確認する。その手段が今回の場合往復ビンタなだけで。

「で、この人たちをお前が殺したってタレコミ入ってるんだけど、何か弁明とかある?」
「殺してねぇよ」
「そうなの?じゃあ誰がやったか知ってる?」
「知らねー」
「ふーん、そっか」

被害者の写真を見せながら私は男の様子を伺った。写真には目もくれずそっぽを向く男。腕は私が縛っているし、持ってきた呪力を込めた鎖で椅子に座らせてぐるぐる巻きにしているから並の呪詛師ならまず逃げることはできない。逃げられても大丈夫なように一応虎杖くんにも警戒を怠らないように言い含めてはいるけれど。

「この人たち、みーんな死に方が一緒だったからさ。全員同じビルの同じ場所から転落死。目撃者なし。呪霊の仕業かなって思ったけど、残穢が君のとそっくりだったんだってよ?」
「だから?俺がやったって証拠にはならねーだろ」
「まあそれはそうなんだけど」

まるで刑事ごっこだな。焦ったいなぁなんて思いながら「ふーん」と私が適当に返すと男は目を逸らして窓の外を眺める。

ここはかつて小学校として使われていた廃校だ。少子化に伴い閉校となってしまったが、建物自体はまだ残っており、自治体がワークショップやお祭りなどで再利用したり、ホテルとして民間に売っぱらう話も出ているらしいが、とにかく今はただの廃校。こういう場所で呪霊や呪詛師は悪巧みをしがちで、この男も例に漏れずそのタイプだったらしい。
小学生向けの椅子は大の男の体躯には合わず座り心地が悪そうだし、そんな椅子に縛り付けられている男はやはり滑稽だった。

「呪殺でもなんでもさっさとやれよ。……お前、名字名前だろ」
「あら?私のことご存知?」
「ご存知も何も呪詛師でお前のこと知らない奴はモグリだ。……有名だよ。ついこの前まで懸賞金掛けられてたろ?1億。下手な御三家の奴らより顔割れてる」
「へぇ〜嬉しいな、こんな呪詛師の端くれにまで存在を知られてるなんて。色紙持ってる?サイン書いてあげようか?」
「クソガキが」
「じゃあさ、そのクソガキに1億の懸賞金掛けたの誰か知ってる?」
「あ?」

思わぬ話の転換に男も虎杖くんも目を丸くした。

「1億って結構な額でしょ。そんなのを私ごときクソガキ殺すためにぽんと出せる人間って誰だと思う?」
「……」
「御三家じゃないことくらいはわかるよね」
「……知ってても言うかよ」
「やっぱりそう?」

ぐ、と男が息を呑んだ。…こいつ何か知ってるな。

「……今ゲロったら死刑だけは避けてあげる。どうする?」
「……」
「これは高専とは関係ない、私とお前の純粋な取引だよ。お前が私にそっちの情報を提供するなら、私もお前を今日ここで取り逃したことに出来なくはない」
「名前さんそれ、さすがに…」

虎杖くんが困ったように私を見つめるが、私は無視して続ける。

「どうする?取引だよ。命は惜しいでしょ」
「……」
「……10秒以内に答えて。じゃなきゃ今ここで殺す」
「……」
「10、9、8、7…」

私がカウントダウンを始めると、男の額を汗が伝った。虎杖くんも焦った様子で私と男を見比べている。

「4、3、2…1、」
「盤星教!」
「……」
「盤星教、時の器の会!昨年死んだ呪詛師の夏油傑が乗っ取ってた宗教法人だ!それをさらに乗っ取って金を集めてる奴がいる!」
「誰?」
「知らない。だが総本部で特級呪霊を見かけたって噂がある」
「誰なの?」
「マジでそこまでしか知らねぇって!」

特級呪霊、という言葉に虎杖くんが反応を示した。恐らく以前私や虎杖くんが相対したツギハギの真人という呪霊を想定しているのだと思う。或いは交流会で乱入してきた植物の呪霊、又は悟くんが以前祓い損ねた単眼のマグマ呪霊。

「……名前さん、どうする?」
「どうするって?」

本当にこれ以上は知らないようだし、ここらが潮時だろう。私は男の額に直接触れると呪力で意識を落とさせた。気絶した男が力無く椅子にもたれる。

「……連れて帰ろう。虎杖くん、今聞いた話はくれぐれも内密に」
「なんで?」
「今の話は上には報告しない。悟くんには話していいけど、それ以外の人に話すのはやめて」
「伏黒にも?」
「恵にも話さないで」
「伊地知さんも?ナナミンも?」
「ダメ」

わかった、と不思議そうに頷く虎杖くんに男を抱えて迎えの車に運ぶように指示を出すと、私はスマホである人物に電話をかけていた。

「今大丈夫?」
『うん、いいよ』
「悟くん、今誰か一緒にいる?」
『野薔薇と、君の彼氏と一緒』
「…盤星教って本当に潰れてる?」
『何その質問』
「私に1億の懸賞金掛けてたの、盤星教らしいんだけど」
『まあ残党はいるかもねぇ』
「……例のアレ、そこと繋がってる可能性ってない?」
『……』

悟くんは暫し黙ると、電話口で『恵ー!タクシー拾ってきてー!』と大声で指示を出していた。『んなデカい声出さなくても聞こえます』と恵の声が聞こえる。どうやらそっちの任務ももう終わるらしい。

『……後で落ち着ける場所で話そう。この話、報告書には上げるなよ。悠仁にも口止めした?』
「うん」
『OK、じゃあ高専で』








「内通者と盤星教が繋がってるってこと?」
「可能性の話ね」
「で、その盤星教と特級呪霊、あと名前と悠仁と恵が見たって言う黒いフードの男も繋がってると」
「だからあくまで可能性の話ね」
「はーん…」

悟くんは長い足をだらりと椅子から投げ出して天を仰いだ。私も傍のソファに腰掛ける。
二人きりのこの部屋は、高専内にこっそりとある悟くん専用の部屋だ。以前ここで彼は虎杖くんを匿っていたことがあるらしく、室内には何故かソファとテレビが置いてある。呪力コントロールの修行でもさせていたのだろう、夜蛾学長お手製の呪骸の残穢が微かに残っている。

「内通者って誰なんだろうね」
「一人は目星がついてる。でももう一人以上はいるはずだからそこがわかんない」
「誰?」
「交流会の時にいたでしょ。名前が一番興味持ってたヤツ」
「…ああ、メカ太郎?」
「メカ丸ね」

ナチュラルに私のミスを訂正しながら悟くんは腕を組んだ。

「その真人って呪霊とフードの男は名前の同化を阻止しに来て、結果阻止されてる。盤星教の行動としては納得、天元様の結界を破壊して暗躍したい呪詛師の行動としても納得っちゃ納得か」
「そういうこと。まあ私に1億掛ける奴なんてそれくらいでしょ」
「それはそうだね」

だがそうなると盤星教や呪詛師とツルむ内通者のメリットは何なのかという話になる。大体こういうケースは2パターンで、脅されて仕方なくやっているか、或いは受けられる恩恵が魅力的の何れかだ。
前者なら割と簡単な話、その脅されているタネを取り除けばいい。後者ならかなり厄介、その恩恵が何なのかにもよるけど。

「内通者の炙り出し、さすがにウチらと歌姫先生だけじゃキツいんじゃない?」
「歌姫弱いもんねぇ」
「うん」

歌姫先生本人がこの場にいたらバチギレされそうだが、ここは東京、勿論本人はいない。あの巫女服の歌姫先生がキャンキャン吠える様子を勝手に想像して私もため息を吐いた。

「保守派とかどうかな」
「京都のおじいちゃん?あの人はそんなことしないと思うよ。あと保守派は天元様と名前の同化に大大大賛成だったし、大金かけてまでそんなことするかなぁ」
「えーん…嫌なこと聞いた〜…」
「他に可能性があるとすれば、」
「……夜蛾学長とか」

私がそう言うと悟くんは初めて黙った。彼もその可能性を捨てきれずにいたらしい。まあそうなってくるんだよね。一介の補助監督やその辺の学生では無理があるから、ある程度立場のある人間や術師が絡んでいる気がする。
冥さんはお金が大事なのでお金の価値が危ぶまれる状況になる呪霊や宗教につくことなんてまず有り得ない。七海さんも信用できる人間だし、日下部先生はめんどくさがりの小心者なのでそんなこと誘われてもやるはずもない。東堂は頭がおかしいドルオタなので以下略。となると、必然的に夜蛾学長やもっと上の人間が絡んでいることになる。
その中で最も東京校の現状を把握しているのは夜蛾学長だ。

「……ないと思うけどね」
「疑ってんじゃん」
「可能性の話だろ?」

悟くんは目隠しをしたまま唇を真一文字に引き結んだ。
彼にとって夜蛾学長は恩師であり、長い付き合いの仲間でもあるから、そうだったら嫌なんだろうな。でもそうだった場合、容赦なく殺すだろうけど。

「ま、とにかくこの話はトップシークレットで。僕と名前の二人の秘密ね」
「虎杖悠仁も知ってますけど?」
「そうだった。名前の術式で忘れさせなよ」
「無理だよ、彼の中には宿儺がいるんだもん。虎杖くんに術式使ったら何されるかわかんないし」
「そう?悠仁が食った宿儺の指はたったの4本だよ。指4本分の宿儺なら、名前でもどうにか出来るんじゃない?」
「いや無理でしょ、過大評価」

私が慌てて起き上がって否定すると悟くんは「そうかなぁ」と戯けた。過大評価だ。

「指10本くらいまでならどうにか出来るんじゃない?」
「無理無理無理無理」
「過小評価だね。僕は名前に乙骨憂太や秤金次並みの可能性を感じていのに」
「いや、お世辞にもあの二人に敵うとは思えないっス!」
「何で急に小物感出してくるわけ」

悟くんは残念そうに小さく息を吐くと、着けていた目隠しをビヨンと引っ張って六眼で私を見た。

「反転術式の完全コントロールと、この前言ってた外付けの術式を本当に補完できればお前はマジで強いよ。もう少し自信持ちな」
「ええ…」

謎の太鼓判を押されて私は俯いた。乙骨憂太と並ぶなんて畏れ多い。彼の才能と私の資質を比べるのは果たしていかがなものだろう。悟くんは五条派である私と憂太くんに頑張って欲しいのだろうけど、正直私いる?って感じだし。

「あ、そうだ。それと名前に預けておきたいものがあったから、渡しておくね」
「預けておきたいもの?」
「そ。これなーんだ?」

悟くんが懐から取り出したそれ。
封印の呪符でぐるぐる巻きにされているけど、近くで見ると僅かだが異質な呪力を感じる。何だこれ気持ち悪。

「天逆鉾っていうんだ、コレ」
「あまのかまぼこ?」
「あまのさかぼこ」
「……特級呪具?」
「そう。これすごくてね、これで刺されたら刺されてる間ずっと術式無効化されんの」
「は?やばくない?てかそんなん持ってて大丈夫なの?」
「封印してるから大丈夫。ってわけで名前に預けるから」
「いや何でだよ!!!」

思い切り悟くんに平手で突っ込んだ。
そんなやばい呪具私に預けるのやめてよ!いつ使うの?悟くんが持っとけよ!!

「僕が持ってても意味ないんだよ。僕以外の誰かが必要なときに僕の代わりに使えるようにしておかないと。そんでもってある程度実力があって、僕が心底信頼してる奴が持ってないとダメ。つまり名前が適任」
「いや無理無理、私が使いこなせるわけないじゃん。それこそ憂太くんとかにあげな?あ、真希の方がいいかも」
「憂太は今別件で動いてもらってるからね、渡すに渡せない。真希じゃまだダメだ。到底名前には追いつけてないし。絶対的な僕の味方で尚且つそう簡単に死なない、強力な術式と実力もある名前しか適任者がいない」

褒められているようだけれど全然嬉しくない。術式を無効化する呪具ってことは、使い方を一歩間違えれば自分の術式にまで影響を受けかねない諸刃の剣だ。封印を解いたら最後、自らの手に持つことさえ危険な代物だということが、呪符の隙間から漏れ出る微かな呪力を見るだけでわかる。
売ったら何億くらいするんだろう…。

「それ、使いこなせるようになっといてよ。名前の持ってる鎖につけたら、直接触れずに武器として使えるんじゃない?」
「…確かにそれはそうだけど」

ん、と押し付けられたそれを渋々受け取る。受け取るまで多分部屋から出してもらえないからだ。

「いらね〜……」





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