「なあ、初めての時ってどんな感じだった?」
「え?初めて?」
「俺まだ経験ないからさ、その〜…経験者の話を一応?聞いておきたいというか…」
聞き慣れた二人分の声に耳を傾ける。釘崎と五条先生との任務後、稽古でもしようかと寮の自室を出た瞬間、たまたま共有スペースから虎杖と名前さんの声が聞こえた。どうやら報告書を書き上げながら虎杖の数学と化学の宿題の面倒を名前さんが見ているらしい。……本音を言うと虎杖と二人になっている事自体嫌だが、束縛し過ぎてキモいと思われる方がキツいので堪えるとして、その内容が気になる。一体何の話をしているんだ。
「えー?悟くんか恵に聞きなよー。男同士の方がニュアンスわかりやすいんじゃない?」
「五条先生には聞いたけどなんかよくわかんなかったし、伏黒にはその……なんとなく聞きづらくてさ」
「…ははーん、それで私?」
「そ、教えて!どんな感じなん?」
「初めてかぁ…どうだったかな?なんか割と勢いだった気がする」
……初めて?……勢い?
「やっぱそういうもんなん?」
「だってああいうのって、どんだけイメトレしてても結局ぶっつけ本番なとこがあるでしょ?基本的に相手ありきのもんだから相性とかもあるし。…恵も多分そうだったんじゃないかな?」
は?俺?俺の初めての話…?!
…どういう内容を喋ってんだ二人で…。貞操観念どうなってんだよ。…まあ確かに名前さんが俺の初めての相手ではあった。勢い…言われてみれば勢いもあったけど、一応俺は名前さんの意思も尊重していたつもりだったし…というか名前さん初めてした時紐パン履いてたし乗り気だっただろ。そのつもりで俺の部屋に来たはずだ。
いや、それよりも。そもそもこの人は何で馬鹿正直に俺とのセックスの話をオープンに虎杖に喋っているんだ。そして何故俺もすんなりとあの場に入って行かずにこの階段下の死角で聞き耳を立てているんだろうか。
「え、じゃあどういう状況でそうなったん?」
「んー…普段から練習はしてたけど、初めては任務中だったよ」
任務中?
マジか…任務中に……え?いや、任務中?任務中に初めてそういうことするか普通?
何がどうなってそういう感じになるんだよ。名前さん術師と付き合うのは俺が初めてのはずだよな。まさか任務に元彼を呼んでいたのか。なんか腹立ってきた…。いや待て、初めての相手が元彼とは限らないよな……まさか五条先生と?
「そっか、任務中かー…」
なるほどなぁ、としみじみ頷く虎杖の正気を疑う。お前…何をそんなしみじみと噛み締めてるんだ…?任務中だぞ…?"確かにそれが普通だよなー"みたいなテンションだけど異常だからな。
つーか普段から練習してたって何だよ…一人で抜いてたってことか?まあ女でも性欲あれば処女でも自慰くらいするか。名前さんが、一人で……。
そこまで考えて頭の中を劣情と煩悩が駆け巡る。俺が性に以前よりも貪欲になったのは間違いなく彼女のせいだ。名前さんが一人でベッドの上で自慰行為に耽っているところを想像するだけで、少し興奮してしまう自分がいる。何も考えるな俺、無心になれ俺。今それどころじゃない俺。
「うん、それまで悟くんと練習したこともあったんだけど、なかなかうまく出来なくて。緊張感とか…ほら、相手との相性もあるからねぇ」
前言撤回、興奮はあっさりと冷めた。なんかもう死にたいかもしれない。
やっぱり五条先生かよ。結局五条先生だ。名前さんの過去の話になると必ずあの目隠し白髪が出張ってくる。一体五条先生とどんな練習してたんだよ。普段五条先生にセクハラじみたことをされていても流せてるのはそういうことを途中まで?したことあるからなのか。てかそうなると練習も本番も結局五条先生とやってるんじゃないのか。任務中に何やってるんだあの変態教師。
と言うかこんなことなら知りたくなかった。名前さんの初めての相手、五条先生なのか?
「相性…」
「んー。あと自分のボルテージの上がり方とかもあるよね」
「なんかそれはわかる気がする!」
「それと……私の場合はめっちゃ疲れる!これは男女差あるのかな?私は1回しただけで結構ヘトヘトだよ。だからやっぱり集中して全力で一回に挑むのが大事かな。悟くんは1日に何回も出来るらしいからまじで化け物だと思う、そこは見習わなくていいと思うよ」
「なるほど…」
……名前さんがそんな風に思っていたことも驚きだった。
割と毎回余裕のある感じで誘ってくるけどあれあの人の全力なのか?
わからん…つーか1回でヘトヘトって…アンタ女の中では体力ある方だろ。いや、それともそういう体力とは別の精神力みたいな部分の話か?最近1回じゃ終わらないことが多いけど本当は1回で終わっときたかったんだろうか。…そういえば彼女の方から2回目を強請られたことってない気がする。大体俺の方がいつももう一回良いですかって言ってるな。
もしかして俺ってしつこいんだろうか。いやでも、女って何回も出来るし1回でこっちがバテるのもダサいというか、名前さんもいざとなるともっとしてって言ってるし…。
クソ、考え出したらますます出て行くタイミングを見失った。旅行の時ももしかして本当はあんなにしたくなかったんだろうか。いや、でも……挟んで、くれたし…。名前さん積極的なところあるからてっきり好きだと……まさか、演技?
「まあでも結局は個人差だと思うよ、個人差。あんまり焦らなくてもいいと思う。学生でしてる方が珍しいし、大人になっても経験ない人も沢山いるんだから」
「それはそうなんだけどさー……伏黒に先越されたのがなんかちょっと悔しいってか焦るってか」
虎杖はそんな風に思ってたのか。先越されるも何もお前彼女もいないのにそんなこと焦ってどうするんだよ。
「あ、いい事思いついた。今度私が付き合ってあげよっか?」
「ダメに決まってんだろ」
ブチ、と自分の中で何かが切れた音がした。
思考するよりも早く言葉が口から出た。
はっきり言うが、名前さんはエロい。虎杖が初めて名前さんを見た時にかなり小さい声で「おっぱいでっか〜」と言っていたのも知ってるし、昔から俺を揶揄う時にはわざと胸を押し当ててきたりベタベタしてきたりした。つまり、彼女は健全な男子高校生には少し刺激が強すぎる。虎杖だって男だ、俺と付き合ってると知っていてもそういう目で見たくなる気持ちも正直わかる。
だがそれだけはダメだ。
「「へ?」」
虎杖と名前さんがマヌケ顔で振り向いた。何だその顔。「伏黒いたんだ〜」じゃねぇよ、殺すぞ。
「名前さんは俺の女だ」
「……あ、え?伏黒聞いてたの?」
「……?」
ブチギレた俺を見てアワアワする虎杖と、少しだけ嬉しそうに微笑んだ後、俺の顔を見て困ったように眉を下げる名前さん。何度でも言うがお前らの貞操観念どうなってるんだ。
「まずかったって?…アンタ俺以外の男とそんなことしてるんですか。見損ないました」
「え?そんなこと?…見損なう?」
「…伏黒、あの、あの、あのぉ!!もしかしてだけどなんか勘違いしてる、カモ…」
虎杖が頬を掻きながら何故か気まずそうにちらりと名前さんを見つめた。名前さんは何が何やらと言った表情で座ったままぽかんと俺を見上げている。
「今してたのって、領域展開の話だよ…?」
「死にたい」
「随分と可愛い勘違いだったね?」
くすくすと名前さんに笑われて俺は赤面しながら頭を抱えた。
死にたい。端的に言って死にたい。どうやら俺は勝手に話を誤解してしまっていたらしい。名前さんと虎杖が話していたのは領域展開についてだった。そう言われてみれば内容に合点がいった。
虎杖が俺に聞きづらかったのは何となくライバル意識があったからで、五条先生に聞いてよく分からなかったのもあの人の教え方が壊滅的に下手だからだ。そこを踏まえて俺と五条先生以外に聞くとなると名前さんしか聞く相手がいないのも納得だった。領域展開を完全に習得している高専の術師は俺が知る限り五条先生を除くと彼女と3年の秤さんくらいだし、秤さんは現在進行形で栃木のある場所で違法賭博に手を染めている(これはオフレコ)ので不在だ。何より俺も人に教えられるほど使い熟せるレベルになっていない。
「まさか恵くんは私と虎杖くんがえっちな話してると思ったんですかー?」
「……」
「ははは!恵ってば可愛い〜♡」
否定も肯定もせずに黙ると名前さんが俺の頭を撫でながら笑った。あー最悪、マジで最悪だ。
虎杖はいろいろ察したのか、「伏黒、ほんとごめん!誤解させて悪かった!」と手を合わせて謝ると、俺の気持ちを汲んでこの場を去った。その場に残された俺は、名前さんに導かれ彼女が座るソファに並んで腰掛ける。
「……あんな言い方、誰でも、誤解する」
「そう?恵がえっちなこと考えてただけじゃない?実は好きだもんねー?私とするの」
「うるさ…」
名前さんは何でもないと言うように微笑みながら、机に向かって書類を書き上げていた。指の隙間からちらりと彼女の様子を伺う。まだ自分の頬が熱い。
「じゃあさー、恵は私の初体験が任務中だったと思ったの?」
「……」
「さすがにそれはないよ!AVの見過ぎ」
「……見てないです」
「憧れの先輩と閉じ込められた系のAV貰ってなかった?私似の女優の」
「…それ昔、五条先生が俺の誕生日に寄越した嫌がらせです」
「あ、持ってはいたんだ」
「でも見てないです」
「本当は?」
「…………1回だけ見ました」
こうなればヤケだと正直に話すと、名前さんは少しだけ目を丸くして俺を一瞥した後、手元の書類に視線を落とした。
「抜けた?」
「これ以上言わせないでください」
へえ?と名前さんはニヤニヤ笑いながら俺にはとうとう目もくれずにボールペンを走らせる。余裕のある態度が少しムカつく。
「まあでも恵、気にしてるよね。私の初めて」
「……」
「心配しなくても悟くんじゃないよ。てか私、マジで悟くんと寝たこと一回もないし、良い雰囲気になったことはあったけど頑なに拒否したし」
じゃあ、誰なんだよ。
喉まで出かかったその言葉を飲み込んだ。聞いても良いことなんてない。俺がまた嫉妬して彼女を困らせてしまうだけだ。勿論それはわかっている。でも…。
俺が黙っていると、名前さんはボールペンを一度ノックしてペン先の引っ込んだそれを一瞥して傍に置いていたペンケースに仕舞った。そして俺の顔を覗き込むようにじっと見つめてくる。
「たった1回の痛い初めての経験より、気持ち良くていっぱいしたいと思える相手の方が大事じゃない?」
「…つまり、」
ばっと顔を上げて名前さんを見ると、彼女は頬杖をついて少しだけ頬を赤らめて俺を見つめていた。流石の彼女も少し恥ずかしかったらしく、すぐに目を離される。
「私はこれからは恵とだけ、いっぱいしたいよ」
そう言うと名前さんは目を伏せてこてんと頭を俺の肩に乗せた。自分で言って恥ずかしくなったらしい。俺も小さく頷いた。
「俺も、です」
「うん」
「名前さん」
「なに?」
名前を呼ぶと名前さんは肩にもたれたまま俺の手を取った。指先を撫でられ、誘われるようにそのまま手を握ると名前さんが緩く握り返してくる。
「……部屋、来ます?」
名前さんはへにゃりと笑うと蚊の鳴くような小さな声で「うん」と頷いた。
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