「三人で出かけるのなんて初めてじゃないですか?」

私と真希の腕を取りながら釘崎ちゃんはご機嫌に笑ってホームから地下鉄へと飛び乗った。るんるんと今にも駆け出しそうな嬉しそうな様子でそう言う釘崎ちゃんにつられて私も笑ってしまう。

事の発端は釘崎ちゃんが「女子三人で都会に繰り出したい」と突然言い放った事だった。女子三人とはこの場合当事者である釘崎野薔薇、彼女が慕う先輩である(私からすれば生意気な後輩の)禪院真希、そして私のことを指すようだった。
彼女達が準1級の推薦を得てから、1級の私は真希や釘崎ちゃんと任務に当たることも増えた。真希は知らない仲ではないけれど、釘崎ちゃんは本当に高専に入学してからのことしか知らなかったので仲が深まってきたのは嬉しいことだ。

釘崎ちゃんは盛岡までウン時間かかる田舎出身なので、東京そのものが珍しいらしく、東京暮らしが長い私に普段から度々乗り換えや駅の位置関係を尋ねてくることが多い。私も中学から上京しているからその辺りは彼女よりも知識に長けているし、任務の後に二人で何度かご飯を食べたりお茶したりしたこともあった。

だが真希も含めて三人というのは確かに初めてかもしれない。

「このパン屋…じゃない、えっと…ブーランジェリー!ブーランジェリーに行きたいんですよ」
「……あー、ここ前テレビでやってた有名店だね。並ぶんじゃない?まあでも今の時間なら早いからまだ空いてるかな」

三人でメトロの座席に並んで座る。真希、釘崎ちゃん、私の順で座り、釘崎ちゃんが見せてくるスマホの画面を見ると、表参道の有名なブーランジェリーのインスタ画面だった。
この辺りの鮨屋は悟くんの奢りで何度か行ったことあるからわかるけど、確かにこんなパン屋さんあった気がする。地図アプリで調べるとすぐに場所が出てきて、なんとなく行き方に察しがついた私は、さっきからずっと無言の真希をちらりと見た。
真希はこういった年相応の女子が好むものにとんと興味がない。あまり都会にも繰り出さないし。それでも今日一緒に来てくれたのは、多分釘崎ちゃんが真希にとってとても可愛い後輩だからなんだろう。

「ほら、真希も見てよ。美味しそうでしょ、クロワッサン屋だよ」
「…そうだな」
「名前さん、クロワッサン屋ってなんかダサいのでやめてください。ブーランジェリーですよ、ブーランジェリー」
「はいはい、ブーランジェリーね。へー、2階にカフェもあるんだって。ここでお昼食べる?」
「良いですね!」

釘崎ちゃんの髪が揺れる。都会に行くからおしゃれしたい、と私に甘えてきた釘崎ちゃんにヘアセットをしてあげたのが似合っていて我ながら満足だ。
と言ってもコテで緩く巻いてカチューシャ風編み込みにしただけなのだけど、本人はかなり気に入っているらしく仕上がりを何度も自撮りしていた。あまりに自撮りしまくっていたので最終的に私がイケてる画角で撮るとそれで満足だったらしくすぐにインスタのストーリーに載せていた。

「そう言えば名前さんて中学から東京なんですよね?」
「そだよー」
「どこの中学だったんですか」
「廉直女学院」
「え、お嬢…そして賢い…」
「私はほとんど悟くんの口利きで入ったからなぁ。まあペーパーテストも合格点ではあったけどね?」
「え、ちょ、ちょっと待ってください、ってことはあの廉直女学院に五条が参観や懇談に行ってたってこと…?」

釘崎ちゃんの言葉に私は思わず固まる。思い出したくもない数年前の記憶が一気に蘇ってきて私は自分の頬をつねった。
白いスーツで参観に来て後方から「名前〜♡お兄ちゃん観にきたよ〜♡」と何故か兄という設定で手を振ってきたり(そのせいで死ぬほど目立ってしまう)、懇談の時は担任が悟くんに見惚れてまともな話にならなかったし(お陰で問題行動も有耶無耶にしてもらえたけど)、脚長すぎて机に脚をぶつけまくったりしていた(これは普通に嫌)。
同級生達には「あの人誰?名前のお兄ちゃんなの?」「かっこいい♡彼女とかいるの?!」と聞かれまくりプチ騒動になったのも非常に不愉快な思い出だ。女子校で男子に飢えている廉直な生徒に悟くんは少し刺激が強すぎたし、学校で悪目立ちしたくなかった私としては苦い思い出である。

「名前さん?」
「余程嫌だったらしいな。目立ちまくってたみてぇだし」
「思い出したくない…」

真希の言葉に頷くと、途端に二人から同情の視線を感じる。

「苦労してますね」
「まあね…いやでもいいの、今となってはイイ、オモイデ、デス…」
「……あー、ってことは?どの辺りでよく遊んでたんですか?」
「だいたい吉祥寺かな?パルコあるし。みんなそこで乗り換えだから」
「通学圏内にパルコあるの羨まし過ぎるんですけど」
「着いたぞ。表参道」

釘崎ちゃんとダラダラ喋っていると、目的の駅にはすぐに着いてしまった。真希が立ち上がったのに続いて私と釘崎ちゃんも後を追うようにホームへと降りる。
私の傍を通りすぎる人がみんな驚いたように顔を上げて私を見るのが何とも言えない気分だった。髪が白くなってから、都会に出ると途端に目立ってしまって。
悟くんもいつもこんな感じだもんなぁ、なんて思いながら、私たちはエスカレーターを上って地上に出た。









「美味いな」
「でしょ?」
「うん、バターのコクが良いね。甘いけどくどくなくてパクパク食べられちゃう」
「ナイス食レポ」

結局のところ、我々は色気より食い気である。
そこまで乗り気ではなかったはずの真希も釘崎ちゃんおすすめのブーランジェリーのカフェで一口クロワッサンを食べた途端、ご機嫌な声を上げた。
カフェはやや混んでいたけれど、待っているとタイミング良く席が空いて三人で座ることが出来た。釘崎ちゃんが絶対に食べたいとうるさ…強く主張したクロワッサンとメロンパン、そしてリングイネにクロックムッシュと小麦のオンパレードだ。恵とは絶対に食べないチョイスに女子してるなぁ、なんて思う。(恵はじじ臭いので蕎麦とか定食とか寿司とかが好きだから。)

「真希もこんなオシャレなパン食べるの久々なんじゃない?」
「まあな」
「真希さんて米派でしたっけ?」

頷く真希を見ながら頼んだアイスコーヒーを飲む。眼鏡を外してもぐもぐとパンに齧り付く顔を見ていると、やっぱり恵と似ている。親戚だもんねぇ。

「で、真希は憂太くんと連絡取ってんの?」
「は?」
「いつ日本に帰ってくるか知らない?」
「……11月の頭には帰るって」
「へえー、ふーん、連絡取ってんじゃーん?」

私がニヤニヤしながらそう言って真希を見つめると、バツが悪そうに目を逸らしながら真希は眼鏡をかけた。いつものポニーテールが揺れる。
え、え、と釘崎ちゃんが私と真希を見比べる。

「ユータって誰ですか?」
「2年の乙骨憂太。知らない?会ったことないんだっけ?」
「ないです」
「あ、そう。私の親戚で特級術師だよ、この界隈じゃ割と有名人。今海外任務に行ってて、いつ帰ってくるかわかんないんだよね。でも真希と仲良いの」
「別に。ただの同期だよ」
「同期ー?それだけー?」
「お前キモい」
「あだっ」

わざと揶揄うように真希に言うと、無表情のまま拳骨をされた。酷い。痛い。

「もしかして真希さんの彼氏…?!」
「もしかしてね?もしかしたらもしかするかもね?」
「んなわけねーだろ殺すぞ名前」
「なんでよ」

また降ってきた拳骨を今度は避ける。真希が小さく舌打ちをした。

「私憂太くんに早く会いたいんだよー、ちょっと術式のことで相談したいことがあるし。だからいつ帰ってくるか知りたくてさ」
「本人に直接聞けばいいだろ」
「いいの?じゃあ憂太くんの連絡先教えてよ。知らないんだよ」
「いいぜ」

真希がポケットからスマホを取り出して操作し始める。やった、これで外付け術式のこと相談できるぞなんてホクホクしながら私もスマホを取り出した。
真希とのメッセージ画面から憂太くんのアカウント情報が送られてきて早速友達に追加して『名前です!久しぶり!元気?真希に連絡先教えてもらったよ!相談したいことがあるからまた時間ある時に返事欲しいな』とだけ送っておく。

「憂太くんと私、仲良くなっちゃうかも!」
「…好きにしろ。それより、んなことになったら恵がまた拗らせて病んで面倒なことになるのはお前だろ、その辺考えて行動しろよ」

めんどくさそうに真希はそう言うとまたもう一口クロワッサンに齧り付いた。うっ……確かに。思わず固まる私に真希はふふんと笑いながらアイスティーを飲んだ。揶揄うつもりが私の方が揶揄われている気がする。
釘崎ちゃんは私の頼んだリングイネを「これ美味しいです」と言いながら勝手に食べている。良いけど。

「確かに伏黒って名前さんのことになるとすぐ病みそう」
「病みそうってか病んでたよな?直哉との縁談の時も悟がバラして知れた時から恵ずっとブチ切れてたし」
「……」
「あれが伏黒なりの病み方なんですか?ずっとキレてるなと思ってましたけど」
「ずっとキレてる恵嫌過ぎる…」
「あの時すごい不機嫌で虎杖も私もマジで気まずかったです。不機嫌オーラマックスで何話しかけても"知らねえ"と"自分で考えろ"しか言わなくなるんですよ」
「…わー…言うてそう〜…」

途端に恵の話に切り替わってしまい心の中で合掌した。ご愁傷様です。

「それにほら、憂太はお前の好みの男に合致するだろ」
「え?」
「自分よりも強くて泥臭い男ってヤツ」
「……確かに?」
「お前と憂太が連絡取ってるなんて知ったら、気が気じゃないのは恵の方なんじゃねぇの?」

いや、そんなまさかねぇ。
憂太くんは親戚だし、確かに好みのタイプといえばそうかもしれないけど、そういうんじゃないんだよな。何かわかんないけどちょっとナヨナヨしてるし。まあそこが可愛いとこでもあるんだけど。

「でもほら、恵が手放しで尊敬してる人って憂太くんだけだよ?」
「……男心を本当にわかってませんね、名前さんは。そんなんだから伏黒は名前さんを束縛したがるんですよ」
「はい?」

釘崎ちゃんはリングイネをもぐもぐと咀嚼しながら呆れたと言うようにため息を吐いた。意味がわからずに首を傾げると、「これだからモテて生きてきた女は」と悪態を吐かれる。君は私の何を知っているんだ。そして多分そんなにモテてないですけど。

「そう言う釘崎ちゃんは虎杖くんとチューしたの?」
「してないし、今後もしないですし、毎度さり気なく私と虎杖をくっ付けようとするのやめてください。1000%ない、虎杖は天地がランバダ踊ってもないので」
「そんなに?逆に誰ならアリなの?やっぱり七海さん?!」
「比べる対象が烏滸がましいですよ」
「釘崎ちゃんのタイプってどんな人だっけ?」
「織田信長です」
「あぁー…父親の葬儀で抹香投げつけるタイプか。…んー…悟くんとかどう?良くない部分で結構似てるとこあると思うよ」
「お前の織田信長に対するイメージ偏り過ぎだろ」
「しかもそれで捻り出した結果が五条ですか?絶対に無理です、あと担任だし。てか別に織田信長のそこが好きなわけじゃないし」

釘崎ちゃんはそう言うと、私のリングイネをとうとう食べ切ってしまった。わからない……釘崎ちゃんのお眼鏡に適う相手ってどんな人なんだろうか。
私は気付いたら恵のことが好きだったし、好きになったら好みのタイプも何も関係ないなと思うんだけど。なんて思っているとスマホに通知が入る。

誰かと思えば憂太くんからだった。思わずちらりと目線を上げて真希を見ると「なんだよ」と不機嫌顔で返される。

「憂太くんから返事きたよ」
「良かったな」

『名前ちゃん久しぶりだね。元気にしてるよ、そっちも元気?僕で良ければもちろん相談にはのるけど、時間が少し遅くなってもいいかな』

さすが優秀な術師はレスも早いなぁ、なんて思いながら、私はスマホの画面をにんまりと見つめた。





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