2018年10月25日
16:17 東京都立呪術高専 学生寮 伏黒恵自室

「再来年の俺の誕生日なんですけど」
「うん」
「この日に入籍しません?」
「……へ?」
「2020年12月22日。18になるんで、その日から俺結婚出来ます」

恵の部屋で恵の爪を切ってあげていた時だった。
急にそんなことを言い出すのでうっかり手が滑りそうになり、私は慌てて爪切りを恵の指先から離した。

私を背後から抱き込むようにして右手を出してじっと座っていた恵は、甘えるようにすりすりと私の頭に頬擦りする。こんな姿を他の人に見られたら絶対ブチギレるくせに、何故か今日の恵は甘えた弟モード全開だ。可愛いけどね!

「…きゅ、急にプロポーズ……?」
「プロポーズは何回もしてますし、名前さんも了承したでしょう。俺は入籍の日取りの話をしてるんです」
「入籍の日取り…」

そんな言葉が恵の口からつらつらと出てくるとは思わなかった。
それにしても随分と先の話だけれど。

「……あ、でもその日は六曜だと赤口なので縁起が良くないですね。前日の21日は大安ですが……それだと婚姻届を役所に受け取ってもらえないので、次の大安となると27。いっそ元日にしても良いですけど、この年は元日も仏滅らしいです」
「へ、へぇ……そうなの」
「その代わり1月2日が大安です。何日がいいですか、名前さんそういう日付とか拘りあります?俺は早ければ早い方がいいんですが」

……何だろう、今日の恵めちゃくちゃ喋る。
いつも無口で言葉少ないタイプなのに。会話はするけど大体私からだし、恵がシリアスな場面以外で一人でこんなに喋るのは初めてじゃないかな。

右手は私に預けたまま、器用に左手だけでスマホを操作して2020年の六曜を調べているあたり、かなり恵的にこの話題はウキウキなものに違いない。
まあ確かに付き合い始めてすぐに私のお見合いの一件などがあってから、恵から何度も結婚したいとは言われていた。私が他の誰かのものになってしまうかもしれない、という焦りが恵をそうさせているのはわかっていた。気が早すぎるし、まだそんな年齢でもないからとずっと流していたけど。でもとうとう私がはっきり受け入れたからなのだろう。

振り向いてちらりと恵を見ると、いつもより目尻が下がって少しだけ口角が上がっているような気がする。嬉しそうな時の顔だ。滅多に人に見せない恵のその顔に私まで少し頬が緩む。
2年も先のことを待ちきれないなんて可愛いな。

「それか12月24日もお日柄は良いそうです。友引なので、結婚式や入籍には適しているとなってますね。クリスマスイブですけど。あとは12月30日、この日も友引ですね」
「恵」
「……はい?」

黙って聞いていた私が声をかけたことで恵がスマホから私に視線を移した。
使っていた爪切りを置いて恵の右手を握るとぽかんとした顔で見つめられる。

「そんなに焦らなくても大丈夫だよ」
「……」
「まあでも今の候補の中だったら12月24日が一番良いんじゃないかなぁ。クリスマスイブで覚えやすいし、日にちを決めておきたいのならこの日ってことにしとく?」
「……本当にいいんですか」
「何が?」
「その日に俺と結婚するんですよ?」
「うん、だからいいよ」

何を今更、と私が首を傾げると恵は黙り込んでしまった。
そして何か考えるように俯くと、何も言わないので私は怖くなって恵の顔を覗き込む。

「どうしたの?私なんか変なこと言った?」
「…いや」
「うん?」
「……嬉しくて」
「は」
「名前さんと結婚出来るのが。嬉しい、です」

恵ははにかんでそう言うとそれきり本当に黙ってしまった。
私は何とも言えない擽ったい気持ちになり小さく笑った。
まあ勿論、結婚の前に色々と片付けなければいけないゴタゴタが山ほどあるのだけれど。今はそれには目を瞑ろう。










2018年10月26日 06:58
APホテル銀座京橋 502号室

「名前様、お許しください」
「…いや許すとか許さないとかじゃなくて」
「お許しください、どうか…どうかお許しください」
「いやだから…」

参ったなぁと私は頭を掻いた。新たに呪詛師の捕縛案件を言い渡されて、今日は早朝から私とまたしても虎杖くんが派遣された。捕縛案件と言えばそうだけど、これはそんな単純な話ではなかった。

タブレットに記載された内容だと、なんと私の実家の相伝の書物と呪具の一部が盗まれたらしい。その盗人がどうも使用人の一人である女らしく、事情を聞く為にその女を生け捕りにするように、場合によっては処刑も有り得ると言った内容だった。
その女らしき人物がどういうわけか(本当にどういうわけ?)東京に来たらしく、近くのホテルに泊まっているらしいとの情報を補助監督が得て、捕縛の為に術師派遣となったわけだ。

「私は別に怒ってないんだけどさぁ」
「お許しください…」
「いやまぁ、とりあえず事情聞こうか?有無を言わさず介錯ってのも寝覚悪いし」

あまりにも必死に土下座されるとこっちも寝覚が悪い。
女が宿泊しているというビジネスホテルに私一人で突入、逃亡された場合に備えて虎杖くんは外で待機してくれているんだけど。どうしたものかと思いながら目の前で許しを乞う女を見下ろして考えていた。

今回のターゲットである呪詛師は私の身内だ。この使用人の女は確かに術式を持っているが、実力としてはせいぜい3級程度。実践経験も浅い。それで呪詛師扱いか。ちょい可哀想かもねなんて思いながら、私は土下座する女の頭を押さえつけて逃げられないように腕を後ろに組ませて縛っている。
穏やかな言葉とは裏腹な私の行動に女は恐れ慄いて震えていた。そんな態度するくらいなら盗みなんかしなければいいのに。

「で、何でこんなことしたの?」
「…あ…それは……」
「お金に困ってたの?それなら私に言ってくれたらお給料増やすようにクソ親父に言ってあげるのに」
「い、いいえ…そんな……」
「じゃあ何、何か他に不満あった?ウチの実家、呪術界の中ではまだ女の待遇マシな方だと思うけど…禪院とかもっと酷いらしいし」
「いえ、そんな…とんでも、ございません…」
「いや正直に言ってよそこは。あ、もしかして何か他に貴方自身がやらかした系?」
「………」

あー、これはビンゴですね。
震えて泣き崩れる女に私はため息を吐いた。ならば考えられる粗相とは一つだった。

「…いいよ、クソ親父と寝たんでしょ?で、それがあのオバさんにバレて殺されそうになったとかそんなとこ?」
「…は、はい……全て仰る通りです……」
「わー可哀想に。あのオバさんも大概なくせに。気の毒だったねぇ。でもなんで呪具とか書物持って逃げちゃうかな?そんなことしなければ私、命だけは助けてあげられたのに」
「……それは」
「ん?」
「…助けてくれるって」
「え?」
「持って逃げて来れたら、助けてくれるって…」
「誰が?」
「…名前は知りません。…でも、黒いフードを被った、男の術師で……」

…黒いフードを被った男?

「…で、呪具はここにあるけど。書物はどこやった?」
「あ、あの…そのことなんですが本当に私、何も知らなくて……」
「へ?」
「相伝の書物は私、盗んでいないんです…」

いやいやいやそんなわけないでしょうよ。ここに来てそんな嘘通用すると思うなよ。
私が黙って女の頭をもう一度ぐっと強く押さえつけると「ひぃ」と女は情け無い声をあげて震えた。いや待てよ、でもこの期に及んでそんな笑えない嘘つくか?この状況で?割と素直にゲロってる感じはするけど。

「…本当に申し訳ございません……」
「そのフードの男ってさ、呪霊を連れてた?」
「…あ…呪霊…だったんでしょうか、私はてっきり人だと思い込んでいましたが…ツギハギ面の青年と一緒でし、」

そこまで女が口走った瞬間に私は女の頸に手刀を入れて気絶させた。ふうと息を吐いてとりあえず女が盗んだ呪具の小刀を回収する。
別にこんなことしなくても私の術式を使えば情報の聞き取りなんて一発なんだけど、この女が何にビビっているのかを知っておきたかった。
まあそれはそれとしてこの女が殺されたら厄介だ。まだまだ聞きたいことはあるし、安全な場所で時間をかけて取り調べる必要がある。
意識を失った女を見下ろしてスマホを取り出して虎杖くんに電話をかける。

『どうだった?』
「普通に捕まえたよ。気絶させてるから補助監督の車まで運んでほしい。場所わかる?」
『502号室だよね、確か』
「うん、そう。待ってるね」








同日 07:12
APホテル銀座京橋前

「相伝の書物?なんか呪具よりそっちの方が大事そうな気がすんだけど…」
「さすが虎杖くん、察しがいいね」

伊地知さんが運転する車の後部座席に座った虎杖くんが顔をひょこっとだして乗り出してくる。虎杖くんの隣には手足を拘束した先ほどの女が乗っているので私が助手席に座っていた。
ドアポケットの段差に肘をついて私はこめかみを突きながらぼんやりと外の景色を眺める。…面倒なことになりそうだ。

「…私の術式に探り入れてるな」
「名字家の術式は特異だと五条さんから聞きました。…大丈夫ですか」
「いやあんま大丈夫じゃない。この女、私が天元様と同化直前に襲撃してきたフードの男とツギハギに会ってるってさ」
「…ツギハギ…?!」
「何ならそいつらに唆されて今回の盗みもやったと。私はこの前ツギハギに恨みを買ってるから、ウチの家の人間が全員無事とは思えない。……アイツ呪いだし」

虎杖くんの視線が途端に鋭くなるのがわかる。殺気立つ虎杖くんに伊地知さんが冷や汗をかいた。そうだね、ツギハギは虎杖くんにとっての天敵だったね。
嫌な予感がして喋りながら実家の番号に発信するが、コールしても誰も出なかった。異常事態だ。

「しかもうちの実家の蔵ってちょっと特殊で、結界張ってるから外部の人間は開けられないんだよね。でも内部の人間ならほぼ誰でも開けることは出来る。だから蔵開けさせる為にこの女使ったんだろうけど…」
「じゃああいつら名前さんの実家に侵入したってこと?家の人無事?」
「そういうこと。無事かは知らない、誰とも連絡とってないから」
「……」
「…すぐにご実家に電話を」
「いや、今かけたけど誰も出なかった。おかしい。必ず電話番はいるはずなのに」

伊地知さんが黙り込む。私も黙って頬をかいた。バックミラーの虎杖くんの顔に緊張が走っている。
この女が東京に出て来たのはツギハギとフードの男と落ち合う為だろう。ってことは奴らは今東京にいる。悟くんは遠方に出張中。冥さんは先週から明日までバカンス。こっちの調査を他の面々に投げて実家に戻るのは無理だ。ワンチャン七海さんの手が空いていれば任せられるけど、七海さんとツギハギは術式の相性が抜群に悪い。京都にいて頼れそうな術師は…。

ある人物が思い至り、ダメ元でスマホの連絡先を辿る。微妙だけど聞いてみるか。貸しはいくつも作ってるしたまには還元してくれると良いんだけど。

『名字名前か!』
「フルネームで呼ぶな。久しぶり、東堂。元気?」

東堂、というワードに虎杖くんがびくっと肩を震わせたのがわかる。そういや君ら交流会で仲良くなったんだっけ?まあ虎杖くんがどう思ってるかは別として、東堂は虎杖くんのこと好きそうだもんな。いやまあそんなことは今はどうでも良くて。

『今高田ちゃんの録画を消化するのに忙しい。手短に頼む』
「今すぐ私の実家の様子見て来てくれん?」

東堂の声の向こう側で「たんたかた〜ん♪」と場にそぐわぬ高田ちゃんの甲高い歌声が響く。録画していた高田ちゃんの音楽番組を視聴中らしい東堂はため息を吐いた。
 
『聞こえなかったのか、高田ちゃんの録画を…』
「緊急事態なの。私の実家の奴ら全員殺されてるかもしれなくて」

そこまで言うとすぐにピ、と音がして高田ちゃんの声が消えた。東堂はテレビを消してくれたらしい。

『住所を送れ。すぐに行く』

こいつは頭おかしいけど、悪人じゃない。やっぱり持つべきものは友達と手数だなぁなんて思いながら、通話を切った私はすぐに東堂に実家の住所をメッセージで送った。どうか私の予感が当たりませんようにと願いながら。






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