「金持ちのイケメンと結婚したい」
「また言うてるわ」
「お母さん、金持ちのイケメンと結婚するにはどうしたらいいの?」

名字名前、呪術師の家系に生まれて早20数年。
私の家は古い術師の家系ではないけど、私のお父さんもお母さんも物心ついた時から呪霊を視認することができたらしく、お父さんは何故か手から呪力をビームとして出せるし、お母さんはトンカチと五寸釘で人や呪霊を呪うことができる。変な夫婦だけどその二人から爆誕した私も、勿論呪霊が視えるし、弱い奴なら祓うことも出来る。遺伝子というのはすごいなあと思う。
二人は京都の高専に所属する術師で、呪霊を祓うことでお給料を得ている。もちろん危険度の高い仕事であるため、普通のサラリーマンよりもお給料はいい。そのお金で私も大学まで出させてもらった。
でもどうしても。どう考えても。

「やっぱり呪術師にはなりたくないんだもん」

そう、何度も京都校から高専所属の術師にならないか、そもそも高校受験の時も高専に入学しないかと声はかかっていた。だがそれを悉く拒否して、私は高専と関わらないように生きてきた。何故なら呪術師になりたくないからだ。
両親の働き方を見ていて思う、呪術師マジでブラックじゃね?
繁忙期なんか特に大変で、二人とも任務で出ずっぱりになると私はおばあちゃんの家に預けられていたし、そうでなくても保育園やら学童やら塾のお迎えは大体おばあちゃんだった。両親の仕事は、人を助けるための立派な仕事だと言えばそうだ。でも自分ごととして考えた時にそんなキャリア、絶対嫌である。
私は子供が産まれたら絶対自分がそばでお世話したいし、仕事もほどほどにして家族の時間を大切にしたい。そもそもそんなに体力があるわけでもないし……しかしそのためにはお金が必要で、お金が必要ということはお金持ちの人と結婚するか、あるいは稼ぎのいいスパダリ旦那様を捕まえるかの二択になってくる。
20を超えたあたりから実は考えていた。私が選ぶ道、それは、

「玉の輿がしたい!!」

そう、玉の輿一択であると!!

時代に合わない?女も社会参加すべき?育児は夫婦二人で?いやそれはそうかもだけど人生における問題や壁っていうのはほぼ金が解決してくれるんじゃないの?!

私がソファで拳を突き上げながら少し熱を込めてそう言うと、ダイニングで読書をしていたお母さんがめんどくさそうに顔を上げた。
時刻はすでに夜の20時。お父さんは任務に駆り出されすぎて本日で3徹目らしく、18時に帰宅してそのままベッドで寝た。過労死寸前じゃん、なんてブラックジョークも我が家では日常で全然笑えないのである。

「金持ちのイケメンとデキ婚したいなー」
「またそんなこと言うて」
「お母さん、良い人いないの?」
「良い人?……お母さんの知り合い呪術師しかおらんよ」
「……その人たちって生命保険入ってる?掛け金いくら?死亡保証10億くらいある?」
「縁起でもないこといいなさんな。まあ等級高い術師の人やったらお給料もいいし、ほんまに大事に思うなら名前と子供は養ってくれはるんと違う?」
「えー……でも呪術師はなぁ……」
「ああ、そう言えば」

私がぐずぐず言ってると、お母さんは欠伸を一つした後にスマホを手に取ってスクロールし始めた。お母さんも明日朝イチで任務らしく、もう寝てしまいたい様子だけど何か思い出したかのように調べている。

「この前、庵さんから聞いたけど禪院家の倅が奥様募集中らしいわ」
「禪院家の倅?」
「今の当主の末息子さん。名前確か、直哉さんやったかな」
「ナオヤ……」
「確かものすごいイケメンやったはず。でもものすごい性格終わってるらしいけど、その人が今度京都の高専に視察に来はるねん。名前、顔出しといたら?」
「ええー……」

ものすごいイケメンでものすごい性格終わってる人を私に勧めてくる母親、本当に何?
禪院家って呪術界で知らない人はいない超名家じゃん。そんなすごいお家柄の?しかも倅って、実質跡取りってことだよね?つまり禪院家次期当主ってことでしょ?そんな人に私みたいなよくわからん女が見初められるわけなくない?

「まあでも、どんな人か一目見るだけでもええんちゃう?名前が望む玉の輿には違いないよ。禪院家の財産、甘く見積もっても小国の国家予算くらいあるやろし」
「行く」
「返事早」











とは言え別に高専に他に用があるわけでもない。知り合いがいるわけでもないし、何しよう……なんて思いながらも、ものすごいイケメン御曹司が気になり、その日は有給を使って京都高専の門を叩いた。ちなみに私は現在一般企業に就職してなるべく呪術と縁のない世界で生活している。とは言え視えてしまうし払えてしまう人間を高専が放置する訳もなく、たまに稽古な呪力のコントロールなどを教えてもらいに顔を出すことはあった。
だから私をスカウトしてきた楽巖寺学長や歌姫先生は知っているけど、それ以外特に知らないんだよなぁ……なんて思いながらとりあえず職員室に挨拶でもするかぁと高専の結界内に足を進めた時だった。

「……!」
「何遍言うたらわかるん?自分理解力低いなぁ」
「す、すみません」

うっわ、感じ悪ゥ。京都弁で運転手らしき人に何か叱責をしている男性の後ろ姿が見えて私は口を噤んだ。真っ黒のピカピカの高級車から降りてきたらしいその人は、袴を身に纏っている。この人も呪術師?呪術師ってクセ強スポーツマンか陰キャスポーツマンが多いんだよな本当最悪だよなんて思いながら関わらないでおこうと素通りしようとした時だった。

「……キミ」
「……」
「なあ、そこのキミ。……キミやで、何遍も呼んでんのに聞こえてへんの?耳遠い……」

袴の男に声をかけられて私は立ち止まった。そして振り向く。
そこには先ほどまで運転手らしき人に嫌味を撒き散らしていた男。――でもその顔の美しさと言ったら。
切れ長の目が私を見下ろしている。その瞬間、私の脳裏にお母さんの言葉が蘇る。『この前庵さんから聞いたけど、禪院家の倅が奥様募集中らしいわ』『確か名前は……直哉さんやったかな』
もしかしてこれが噂のものすごいイケメン、禪院直哉なのでは?

「何、か?」

それまで威勢良く話していたのに、禪院直哉らしき人物は私が振り向くなりぽかんとして固まった。
どうしたんだろ、私そんな失礼なことしてないよね?ただ呼ばれて振り向いただけだよね?いやそもそも高専着いてすぐに禪院直哉に出会うとは思わなかったしこっちも野次馬精神で見にきただけというか、正直どうこうなるなんて考えて……

「名前は?」
「へ?」
「せやから、君の名前や。自分の名前忘れたん?記憶力鳩以下やな」
「……」

あっ、確かに性格悪いかも!!
私が言い淀むのを急かすように名前、とまた促されて素直に応える。

「名字、名前、です……」
「ふーん」

ふーん、て何。品定めするように私を爪先から頭までじろじろと見ると、その人は側で困った様子のままの運転手に「ほんで君はなんでまだここにいんの?」とむちゃくちゃな声の掛け方をしていた。間違いない、このレベルの性格の終わり方は確認するまでもなく禪院直哉だ。
運転手さんは気まずそうに頭を一度下げると、運転席に乗り込んで車を移動させてしまった。高専の結界内、建物の手前でまさかの禪院直哉と二人きり。気まず過ぎる。

「名字ってことは、名字さんのとこの娘か。あの手からビーム出るおっさん」
「あ、そうです。そのおっさん、私のお父さんです」

お父さんのこと知ってるんだ……まあその手からビーム出るおっさんはまた任務で3徹したせいで家で爆睡しているのだけど、今はそれはどうでもいいだろう。直哉さんがお父さんのこと認知してるの意外だなとか思いながら頷くと、彼はまたふうんと適当に返しながら顎をしゃくった。何か考えるような素振りに心臓が嫌な音を立てる。……イケメン御曹司だから仲良くなりたいと思っていたけど、めんどくさいことになるのは嫌だな。そう思いながら部屋で爆睡しているはずのお父さんを想像した時だった。

「付き合ってる男とかおる?」

何で急に恋バナやねん、と内なる関西魂が直哉さんに突っ込みを入れるが本人には届いていない。届いていても困る。

「え?私?」
「名前ちゃん以外に今誰がここにおるん」
「あ、すみません」

ナチュラルに名前ちゃんと呼ばれた……。まさか禪院直哉にいきなりそんなフランクに接されると思わなくて焦る。

「いません、けど」
「……へぇ」
「……あの、何か」
「君の顔、好みや。あとそのくびれ、才能あるな」
「は」
「俺そろそろ嫁さん欲しいねん。見合いもしてんねんけどなぁ、なーんかピンと来んくて。……でも君はピンと来た」

いや、いやいや、待て、ちょっと待ってそれ、

「また詳しいことは実家から連絡させるわ。……名字名前ちゃん、仲良うしよな」









「ではあとはお若いお二人で……」

すご、こういう時って本当に「お若いお二人で」って言うんだ。へー!なんて感心しながら、お互いの付き添いが部屋を出たのを確認して私は向き直る。
あれから話がとんとん拍子に進み、私は何故だか禪院直哉と見合いをしていた。まあ何かの冗談だろうと半分期待せずに日常を過ごしていた折に、任務で2徹目のお父さんから「お前なにやったのお?!」と電話がかかってきたのが始まり。
お父さん宛に禪院家から見合いの話が持ち上がったらしい。再度言うけど、ウチはそんな由緒正しい術師の家系ではない。お父さんが手からビームを出し、お母さんがトンカチと五寸釘で戦う、割と今風なライフスタイルの核家族、呪術師ファミリーである。禪院家の倅の見合い相手にすら本来ならないような格式で言えば低めの家なのだ。にも関わらず、見合い話が持ち上がったというのは本人たっての希望らしい。これは逆に受けなければ失礼、と両親に言われ、私は慣れない着物を着て禪院直哉と再び対面していた。

「よう似合ってるやん」
「どーも。……びっくりしました、まさか本当にお見合いをするなんて」
「仲良うしよな、って言うたやろ」
「それはそうだけど」

出されたお茶を一口飲む。直哉さんは付き添いが退席してすぐに足を崩すと机に頬杖をついてじっと私を見つめる。

「何でじっと見てくるの?」
「顔が好みやから」

……く、う、嬉しい。直哉さんは確かに性格が終わっている。本当に既にゴミクズレベルの終わり散らかし具合だけど、ほんとうに顔が美しい。切れ長の目も、薄い唇も、シャープな顎のラインも、すっと通った鼻もそれら全てのバランスが良くて本当にアイドル並みに整っている。

私は正直に言うとイケメンが好きだ。ビジュアルの良い人が好きなので、自分のビジュアルもそれなりになるようにそこそこ努力はしてきた。だから、目の前の禪院直哉がその美貌と合わせて禪院家の資産を持っているとわかっていればもうそれだけで、結婚相手としては十分なのではないかと思い始めているのです!!!呪術師?名家?性格が終わってる?でも国家予算くらいのお金持ってるんだよね…?!!
そんなの口が裂けても言えないけど、なんて思いながら私も直哉さんを見つめ返すと、ちょいちょいと手招きされる。
意味がわからず首を傾げると、「こっち来い」とはっきり言われて隣に座るように促された。言われるがまま慣れない着物で直哉さんの隣に腰掛ける。そのまま自然と肩を抱かれて、直哉さんにもたれるような体勢になる。……い、イケメン、お金、国家予算、イケメン、お金、国家予算、イケメン……お金……国家予算の顔が……国家予算が私を抱き寄せている!!

「あの、直哉さ」
「名前ちゃん」

ドキドキしながら国家……違う、直哉さんに促されるまま身を寄せていると、する、と顎を撫でられる。妙に女慣れした振る舞いも、男性にそこまで慣れていない私にしてみればドキドキしてしまう。国家予算のことで頭がいっぱいの私が直哉さんを見上げると、思ったよりも近い距離に顔があって固まる。こんなの卑怯だ。

「……俺と結婚するやろ?」
「……する……♡」

私の言葉に直哉さんは満足そうに頷くと「ほな、よろしゅう」と笑ってさらに顔を近づけた。もう国家予算のことしか考えられない私の唇に、柔らかい直哉さんの唇が重なる。

さあ、とっても幸せでとっても最悪な私たちの結婚のはじまりはじまり。





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