「二人乗りで行こうよ」
下着姿でそう提案する名前に、俺は脱いでいた服を着て、名前にもその辺にあったスウェットを渡した。
…制服が汚れてしまったからだ。
授業が終わって寮に戻り、ほぼなし崩しに始めた行為のせいで身体が重だるい。
「…俺のクロスバイクは二人乗りできねぇぞ」
「大丈夫、私のママチャリがある」
自転車の鍵をくるくる回しながら名前はにっこり笑った。
ことの発端は名前が突然「新作のプリンがたべたい」と言い出したことだった。
高専の最寄りに唯一あるコンビニで売っているらしく、名前はどうしても今それが食べたいと俺をパシらせようとしたのが始まりだ。
勿論俺はそれをはっきり拒否したが、名前は駄々を捏ね出した。
時刻は17時。行くならさっさとしないと陽が落ちてしまう。
「そんなに好きだったか、プリン」
「え?好きだよ。てか甘い物はわりと何でも好き」
名前から自転車の鍵を受け取り、寮を出るとこっち、と促された。寮の裏手に寮母さんが出入りする勝手口があり、その側の軒下に停めてある一台のママチャリ。
「こんなとこに…」
「滅多に使わないけどね。最近真希さんとか狗巻先輩に貸したりしてるんだ」
彼女が言う通り、使用者がいるおかげである程度管理されているのか、特に錆びたりもしていないそれ。タイヤにしっかり空気も入っていた。
「恵くんも必要なら使って良いよ」
俺が自転車に跨ると、名前が当たり前のように後ろに乗ってきた。
「…二人乗りは捕まるぞ」
「で、どこに私らを取り締まる警察がいんの?」
それはそうだが。
まあいいか、とペダルを漕ぐと名前が俺の腰に腕を回してしがみついてきた。胸が当たってんだよ。わざとか?
筵山麓まで車用に雑に舗装された道を駆け降りながら名前は楽しそうに笑った。
俺達が付き合い出して早数ヶ月経つが、まるでずっと連れ添っていたように名前といるのは心地良かった。
淡白なのにわがままで、でも穏やかな彼女とは4月に同級生になったばかりとは思えないほど、気が合う。
「もっとスピード出してよ」
「危ねぇだろ。既に結構速いし」
「えー」
つまんない、と言いながら名前は俺の頸に頭を擦り寄せた。ふわりとシャンプーの香りがして思わず目を細める。
「ゆず歌ってよ恵くん」
「何で俺が」
「君を自転車の後ろに乗せて〜♪ってやつあるじゃん。今の君にぴったり」
「……」
「ブレーキいっぱい握りしめて〜♪ゆっくり〜♪ゆっくり〜♪下ってく〜♪」
「お前が歌うのか」
「恵くんが歌わないから仕方ない」
くだらないやり取りをしながら坂道を下っていると、間も無く目的地のコンビニが見えてきた。駐輪場に自転車を停めて降りると、名前も降りる。今の彼女の姿は、上は俺のスウェット、下は俺の部屋に置きっぱなしになっていたレギンスパンツなので下着が見える心配もない。
「おっさきー」
さっきまで俺の腕の中で霰もない姿で良がっていたくせに、今はプリンのことで頭がいっぱいらしく俺を無視してさっさとコンビニに入って行ってしまった。こういう切り替えの良さと色気のなさ、どうにかならないか。
後から彼女を追いかけるように俺もコンビニに入ると、名前は買い物カゴを持って生菓子のコーナーに仁王立ちしていた。
「新作のプリン一つしかない!」
「何個食う気だ」
「5個くらい!」
食いすぎだろ。どんだけ食うんだ。
「恵くんの分ないね。普通のプリンでいい?」
「いや俺は別に…」
「え?いらないの?」
信じられないという顔で俺を見ると、名前はそのラスイチの新作プリンを買い物カゴに入れた。
「じゃあ私のプリン半分こする?」
「いや、いい。一人で食え」
「そう?じゃあ恵くん、他に欲しいものあったら買ってあげるから入れて良いよ。またここまで来るの面倒だし」
そう言って名前は飲み物の棚の方へ行ってしまった。欲しいもの、特にないな。……あ、いや。欲しいというか、買っておかないといけないものはあったけど、アレを彼女に買わせるのはダメだろ。
名前を見ると炭酸飲料を物色していたので、俺はスナック菓子の棚の裏にあるそこで間も無く使い切るそれを一箱手に取ってレジに向かった。会計を済ませたそれを黙って受け取り、ポケットに仕舞うと名前の元に戻る。今度は菓子パンを買おうとしていた。
だからどんだけ食うんだ、お前。
「恵くん欲しいものあった?」
「…ん」
さっき適当に飲料の棚から取ったペットボトルのお茶をカゴに入れると、名前はふーんと俺を一瞥してメロンパンを手に取った。
「そんなに甘い物好きだったか?」
「最近ね。それに、えっちした後ってお腹空くじゃん?」
しん、と一瞬の沈黙。店内の販促用BGMが合宿運転免許の宣伝をする音だけが響いた。
言うな…そういうことを…。
幸い、片田舎のコンビニということもあって俺たち以外の客はいなかったが、確実にレジの店員には聞かれた気がする。…もうどうでもいいか。俺もさっきコンドーム買ったし。
「晩飯の前だろ」
「んー…確かに。じゃあこのメロンパンは明日の間食にするってことで!」
そう言うと名前がレジに向かったのを見て、俺は居た堪れなくなり、先に外に出て駐輪場に向かった。
ストッパーをかけたままの自転車に跨って名前を待っていると、彼女も間も無くやってきて自転車のカゴに袋をばさりと乗せる。
「恵くん、さっき照れてたね」
「照れてない」
「ふーん?そう?まあ何でも良いけど」
俺が自転車のストッパーを外そうとすると、あ、待ってと名前が止めた。今度は何だと彼女を見ると、袋からプリンとプラスチック製の小さなスプーンを取り出した。
「ここで食う気かよ」
「もう待てない!どうしても!」
俺の後ろに腰掛けて名前がプリンの蓋を捲るのを見て俺はため息を吐いた。
「はいあーん」
「……」
「あーん!」
無理矢理口元に持って来られたプリンに俺が眉を顰めると、またあーんと言われて仕方なく口を開ける。流れ込むように口に入ってきたそれの甘ったるさと柔らかさに顔を顰めながら飲み込むと、名前は楽しそうに笑っていた。
「…美味しい?」
「結構甘い」
「どれどれ」
彼女も同じようにプリンを口に運ぶと、「確かに甘い〜」と不満げだった。
「プレミアム最高ウルトラプリンだから絶対美味しいと思ったけど生クリーム多めだったね」
ぺろりと舌で口端の生クリームを舐め取りながら俺を見上げる姿にぐっとくる。汚れないように耳に髪をかけてやると、名前は少しだけ頬を赤くしてありがとうと笑った。
「…」
「何?」
…正直に言うとキスしたい。
今すぐしたい。でもさっきの彼女の発言に俺が沈黙で圧をかけた手前、ここでキスするのは躊躇われる。何故なら俺は公共の場でそういうことに及ぶのに抵抗があるタイプの人間だからだ。
「…恵くん、どうしたの?もしかしてもう一口欲しかった?」
あげようか、と首を傾げて俺を見上げる名前にイライラする。わかっててやってるならタチが悪いし、自覚がないならもっと悪い。
「はい、あーん……っんっ…」
寄越してきたプラスチック製のスプーンを持つ手を取って、名前の顎を掴むとわざと舌を絡めてキスした。
べちゃ、と音がしてスプーンに掬われた一口分のプリンがアスファルトに落ちる。
何度も言うがここはコンビニの前で田舎とは言え車も通るし、歩行者も稀ながらいる。そしてその車も歩行者も大体高専の関係者なわけだ。
「…っ…んんっ」
えろい声出してんじゃねえよとも言えず、暫し柔らかく甘ったるい舌を堪能すると俺は口を離した。プリンの味がする。
名前はびっくりしたように目を見開いていたが、俺を咎めたりはしなかった。
「もしかして恵くん欲求不満?さっきしたのに?」
「…別に」
「だってこれ買ってたよね」
「あ」
名前は俺のポケットに手を突っ込むと、さっき買った箱を取り出して揺らしながら微笑んでいる。…気付いてたのか。
別にすぐ使うつもりじゃなかった。いつそうなってもいいようにってだけだ。でも正直にそう言っても、彼女からすれば言い訳がましく感じられるだろう。
俺が黙ってそれを奪い返して自転車の前カゴに乗った袋に投げると、名前はきょとんとしていた。
「…帰ってもう一回する?」
「あんま舐めてるとまた泣かす」
「上等!」
否定しない俺に彼女は何か期待しているらしい。スプーンと空になったプリンの容器を俺が奪うと、そばにあったゴミ箱に捨てた。名前はまた自転車の後ろに跨って俺と二人乗りをするのを待っている。
「本当に食いたかったのか」
「ん?」
「プリン」
俺が何となくの勘でそう尋ねると彼女は黙った。
陽が傾いて仄暗くなってきた空を眺める。間も無く夜だ。
「あまり嬉しくなさそうだった」
「…さすが。恵くんとどこかふらっと行きたかっただけ」
「…」
「どこでも良かったんだ、本当は」
「じゃあ次からはそう言え」
「…わかった」
俺が自転車に跨ってペダルに足を乗せた瞬間、名前がぎゅうと俺の腰にまた抱きついてきて耳元で囁いた。胸が当たる。もういいか。どうせ帰ったらもう一回抱くし。
「ありがと。…恵くん大好き」
名前はそう言うと、固まった俺を面白がりながら、「早く漕いでよ〜!」と俺の背中を突いた。
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