女は星が好き、という勝手な固定概念を植え付けられたのは間違いなく姉である津美紀のせいだ。

何故だか知らないが、津美紀は星座とか天体とかそういうのが好きだった。朝のテレビ番組でも星座占いだけは何故か毎日チェックして「恵、今日の山羊座のラッキーカラーは緑柳染色らしいよ」「私今日の星座占い一位だったの」といちいち言ってくる。興味のない俺は大体適当に流すか無視していた。っていうかよく考えたら柳染色って何色だよ。

しかし、津美紀が夏休みに夜空を見上げながら夏の大三角を指した後に地球の歳差運動がどうだとか、その影響で「ベガが12,000年後に北半球の天頂に位置して北極星になるんだよ」などと言い出した時には俺の姉貴は筋金入りだなんだなと思っていた。

「今日の夜、ペルセウス座流星群が見えるんだって」

だから任務終わりに名字がそんなことを言い出した時、津美紀との天体観測の記憶が頭の中を駆け巡って返答にワンテンポ遅れた。
女はやっぱり星が好きなのか。それとも俺が好ましく思う人間は、星が好きなのか。

「…お前、星とか好きだったか」

時刻にして夜の8時を回ったところだった。
今日の1年は俺と名字、虎杖と釘崎という二班に分かれての任務を振り分けられていて、名字と二人で低級呪霊の祓除任務を終え高専に戻ってきたところ。東京都内に位置するとは言え田舎の山奥にある高専は、灯りも少ないので夜になると星がくっきりと見える。

同行の補助監督とは既に別れてその場には俺と名字の二人だけだった。肩を並べて寮へと向かう道すがら、そんなことを言い出した名字はとうとう足を止めて空を見上げた。
目を凝らしてそのペルセウス座流星群とやらを探しているらしい。流星群ってことは流れ星が大量に見えるってことか。

「すごく好きってわけじゃないけど、せっかくだから見たいなーって」
「何時から」
「わかんない。まだかな?もうちょっと遅い時間かも」

曖昧な情報でよくそこまで熱心に空を見上げられるもんだな。
黙って俺がスマホにペルセウス座流星群と打ち込むと、観測時間が掲載されたサイトに目が留まる。

「午後9時頃から10時頃、北東の空」
「まだ1時間もあるね」

読み上げた俺の言葉に名字は視線を俺に移した。

「伏黒この後暇?」
「…星見んのか」
「うん。虎杖と野薔薇も誘おうか」
「あいつらまだ別任務だろ」
「あ、そっか。じゃあとりあえず二人で見る?」
「…いいけど」

俺が小さく頷くと名字は決まりね、と笑って21時に寮の屋上集合!と言い放つと寮に戻ってしまった。
…なんか、今何気にすごい約束をこぎ着けなかったか?
俺と名字が二人で流星群を見る?
それってまるで付き合ってるみたいな…。

「…いやアイツに限ってないか」

意識しているのは俺だけだ。多分。だって虎杖と釘崎も誘おうとしてたし。あの二人がいれば結局四人で見ることになったはず。どうせ後であの二人も合流することになるだろ。だから違う、そういうんじゃ、ない、多分。









「お前その格好寒くないのか」
「大丈夫」

約束の21時に寮の屋上に向かうと、名字が既に来ていて空を眺めていた。何故か薄着でTシャツにショートパンツという姿に俺は呆れる。夏とは言え夜は肌寒いというのに。上着を取りに帰る気配もないので、最悪俺が今着てるジャージを羽織らせるか。

名字につられて俺も何となく夜空を見上げる。まだ流星群は見えない。時折きらりと光る星が流れるが、ピークまではもう少しか。

そんなことを思いながら黙って隣に並ぶと、せいぜい大人1〜2人分程度のレジャーシートを取り出してここで寝転んで見よう、と言い出した。…寝転んで?俺と名字が?…危機感とかないのか?仮にも男と女だぞ。

「お、めちゃくちゃよく見える。田舎も悪くないね」

俺の返事を待たずにばさっとレジャーシートを広げて名字が仰向けに寝転んだ。ふわりと広がる髪にどくんと心臓が跳ねる。名字の丸い瞳に夜空の星が反射してきらきらと映っていて綺麗だ。

「…伏黒?来ないの?」

俺が黙って突っ立っていると不思議そうな顔をして名字が俺に視線を投げかける。
マジでこいつ危機感無さすぎて怖い。俺は小さくため息を吐くと、部屋から持ってきたペットボトルを足元に置いて寝転ぶ名字の隣に片膝を立てて座った。

「伏黒も寝転がりなよ。その方がいっぱい見えるよ」

名字はそう言ってふふ、と笑った。
頬に当て布。さっきの任務で擦り剥いた名字の右頬はガーゼで見えない。俺は「いい」と首を振ってそのままの姿勢で空を見上げる。

「ちらちら見えるね、流星」
「ああ」
「綺麗。そう言えば流れ星が消える前に三回お願い事言えたら叶うとか言うよね」
「…あれ、キリスト教が関連してるらしいな」
「え、そうなの?」
「キリスト教で流れ星は煉獄を彷徨う霊魂の姿だって考え方があるらしい。それに"安らかに眠れ"と3回唱えると霊魂を救済できるとかなんとか」
「さすが伏黒、博識。何でも知ってるね」
「別に。何でもは知らねぇ」

名字が感心したように言うので俺はそう返して暫し黙った。今のだって津美紀の受け売りだ。

「じゃあそれから派生して、3回お願い事唱えると叶う、みたいなことになったのかな」
「多分そんなとこだろ」

これ以上は本当に俺もよく知らない。
しんと静まり返る空気。不思議と流れる沈黙が心地良い。
名字も俺も饒舌な方ではない。だから沈黙が苦ではないのかもしれない。

何となく隣で寝転ぶ名字を見下ろすと、彼女は頭の後ろで手を組んで黙って夜空を眺めていた。さっき屋上に来たばかりの時よりも流星の数が増え始めている。ちら、と流れる数多の流星が名字の瞳の中で何度も反射して鏡で写したかのように光りながら流れる。…やっぱり綺麗だ。

「なに?」
「…別に」

俺の視線に気付いたのか名字が俺を見上げる。
目が合った。
お互い黙って見つめ合う。
何故だか視線が逸らせない。

「…伏黒?」
「悪い、気にするな」

そう言いながら俺はまだ名字を見つめてしまう。
否、彼女に見惚れていた。

流星群を見に来たはずなのに、俺は天上よりも目の前の名字から目が離せない。
名字は何度か瞬きして「そう」とだけ返事すると俺から視線を離してまた空を眺め始めた。

「…小学校の時にさ、星座習うでしょ?女の子はみんな興味津々で何座が好きとかどの星が綺麗とか、みんな盛り上がっててね。男子はつまんねーって顔しててさ。だから男って星とか興味ないと思ってた」
「……」
「来てくれてありがとね、伏黒」

名字はそう言ってまた少し笑う。つまり俺もこの流星群に興味がないだろうと踏んでいたらしい。確かにこの流星群自体に正直そこまで興味はない。
彗星が放出する塵が地球の大気に飛び込んで光を放っているだけ。つまりこれはただの自然現象だ。俺にとってはそれ以上でもそれ以下でもない。

「俺の方こそ」

ただ、誰と見るかの重要性を俺は今新たに理解した。

「お前と二人で見られるのは、良かった」

名字に小さい声でそう言うと、驚いたような顔で俺をまた見上げてくる。きら、とまた星が光っていくつも名字の背後で流れているのに、見向きもせずに俺の顔を凝視してくる。
…何だよ、別に良いだろ。思ったこと言うくらい。

「そういうの、誰にでも言ってんの?」
「は?」
「…天然て本当に怖い」

はあ、と名字は盛大なため息を吐くとまた夜空と流れる星に目を移した。
俺と名字の二人だけの屋上は静かだ。互いの息や瞬きの音すら聞こえてしまいそうな静寂。

「天然じゃねぇけど」
「…へ」
「誰にでも言ってるわけでもないし」

そのせいか、言うつもりのなかった言葉が口から自然と漏れ出た。…こうなれば勢いだ。
名字が完全に反応する前に、寝転ぶ名字の顔の横に手をついて覆い被さる。
暗がりでもわかるほど名字の頬が赤くなっていて、俺は確信を得た。一歩先に進むための確信を。

「…伏黒、何やって…」
「好きだ」

そのまま顔を近づけて口付ける。触れるだけのキスを何秒かして口を離すと、さっきの比ではないくらいに名字の顔が真っ赤になっている。口をぱくぱくさせて信じられないという顔で俺を見上げたまま固まっていた。

「えっ…ええっ…?」
「お前から誘っておいて何だそれ」
「…いや、だって……ええっ…」

やっぱりそうか。もう少し押せばいけるか?
もう一度、と顔を近付けようとすると名字が「待って!」と慌てて起き上がる。何がだよ。

「伏黒、私のこと好きなの…?」
「そう言ったけど」
「ええっ…いや…だって…」
「好きじゃなかったらわざわざ二人で流星群見ねーよ」
「…そうなの?」
「そうだろ」

口元に手を当てながら視線を泳がせる名字。困った様子のくせに嫌がってはいない。
黙って名字を見下ろしていると、数度瞬きして目を細めた。ふわっと夜風が吹き抜けてこめかみの辺りの髪が揺れる。

間も無く流星群はピークに達するらしく、無数の星屑が煌めいては流れるのを先ほどよりも速く繰り返していた。無言で二人で密着するような姿勢になっているのに、俺は退かないし名字も抵抗しない。
誰かに見られたら間違いなく言い逃れ出来ない状況であるにも関わらず。

「…私も」

そこで漸く名字が口を開いた。

「…好きだから、誘った」
「…」
「伏黒と二人で見たかったんだ」

じっと俺を見上げる名字の左頬を撫でる。まるでそれを合図だとでも言うように名字が目を閉じたので、俺は黙ったままその唇にもう一度口付けた。






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