名前は物好きだ。僕の良いところだけじゃなくて、汚いところや悪いところまで知りたいらしい。
でも、それが彼女の言うように愛なのだとしたら?
名前を連れて帰ってきて、ベッドに押し倒したらそんなことを言われて僕は戸惑った。文字通り、"戸惑った"。
名前に嫌われたくない。かっこ悪い僕を見せたら名前は僕に幻滅してしまう。そんなのは嫌だ。かっこ悪いとこなんて見せられない。
「僕の全部なんかとっくに名前のものだよ」
「…本当に?」
「……本当に」
余裕のあるフリをして応えて見せると名前は少しだけ黙った。脱がしかけていたシャツをはだけさせて首筋に口付けると名前が微かに身を捩る。
「…私は恋愛の経験もないし、まだ子どもだから、悟さんの感覚がよくわからないんです。……そもそも悟さんはどうして私のことがそんなに好きなんですか……」
名前は瞳をゆらゆらさせて困った顔で僕を見上げる。
言うか言うまいか悩んだ末の言葉だったらしい。……この分だと僕に言わずに溜め込んでいたことがいろいろあるようだ。えっちしたいけどなんかこれ、はっきりさせておかないとマズいんじゃないかな。
「名前」
「ん」
苦しそうに名前が手を伸ばして僕の頬を撫でるから、僕はとうとう観念して手を止めた。何も言わないでこのままなんてやっぱり無理らしい。
名前の背中に腕を回してゆっくり抱き起こすと、膝に乗せる。額にキスを落とすと名前は僕の胸に手をついてくりくりした瞳で黙って僕を見上げた。……あー、可愛い。本当、今すぐ食いたい。
「……名前は覚えてないかもしれないけれど」
僕が渋々と切り出すと、名前は黙って耳を傾けた。
その日は御三家やそれに準じる術師家系の連中との会合だった。高専を卒業して当主に就任してからというもの、こういうややこしいめんどくさい会合だとかよくわからんミーティングが本当に多くてはっきり言って超ダルい。しかも内容、僕的にクソどうでもいいんですけど。僕特級術師だぜ?お前らお山の大将と違って忙しいんだよ。
そうは言っても御三家の当主が一堂に介するなんて結構なことで、僕だってきちんと着物を着付けてその日は会合場所に赴いた。
一番後に遅れて行ったせいで既に会場はざわついていたけれど、気にもせずに呑気に車から降りて屋敷に入る。すると僕の後から駆け足で小さな何かが走ってきた。
それは女の子だった。
「お母さん、遅くなってごめんなさい、今戻りました」
そう言って履いていたローファーを慌てて脱ぎながら彼女は僕を一瞥して「あ、こんにちは」とだけ挨拶をする。その瞬間、体に電流が走ったみたいにビリビリっときた。何かの術式で攻撃されたのかと目を光らせるが、とてもそんな感じではない。何も起きていなかった。
何、これ。
自分の心拍数が上がるのがわかる。あの子だ。あの子が僕に視線を投げた瞬間、声をかけられた瞬間、僕の身体が痺れた。この子どもから目が離せない。
年齢としては恵より少し上くらいかな。あどけなさの残るその顔に僕もなんとか「…こんにちは」と挨拶を返した。
その子どもは少しだけ微笑んで会釈すると、慌てて屋敷の奥へと走ってしまった。
僕は固まってその場を数秒動けずにいた。何だ、これは?
自分で言うのも何だけれど、僕は有名人だ。生まれてすぐにこの容姿と目を持っていたことで、家では大切にされたが命を狙われた数など数えきれない。
言葉を覚える前に身を守る術を叩き込まれ、大人と同じものを食べる頃には既に毒の味も覚えていた。性的興奮を覚える前に子どもの作り方を教えられ、争いの火種になるから妄りに女を孕ませてはいけないと教わった。
大人になる前に、大人とは何で構成されているのかを僕は全部知っていた。
僕が何者なのかを知らない者なんて呪術界にいない。
だがあの子どもは、僕をまるで「普通の人」と言わんばかりに接した。変に仰々しくもなく、かと言って冷たくあしらうわけでもなく。
「……何あれ、僕を知らないの?」
「悟様、いかがなされました」
ウチからついて来ていた使用人を見下ろして「……あの子ども何?」と尋ねると、使用人は駆けていった少女の背中を目で追った。
「この家の子女です。術式は持たないようですが……」
「どうでもいいよそんなの。…で、あの子どもは今幾つなの」
「確か今年で16かと」
「そうなんだ。じゃあいいや、僕あの子と結婚する」
「左様でござ…………え?け…?結婚?結婚ですか?」
「うん、あの子の親どこ?会合の前に話せる?」
「いや、あの……悟様、縁談に乗り気になられたのなら他にも……というか既にガンガンに遅刻しております故…禪院家の御当主がもう酔っ払っておられるようで…….」
「あのジジイはいつも酔っ払ってるでしょ。いいから黙ってろ。僕はあの子がいい。16ならもう結婚できるよね?あ、高校卒業までは流石に待ったほうがいいか。……僕がいいって言ってるんだからお前は手続きを進めればいいんだよ。さっさとして」
「で、僕たちは夫婦になったってワケ」
「……」
一通り話し終えると名前は何とも言えない顔で僕を見ていた。引かれている。ドン引きされている。でも名前ともっと仲良しラブラブ夫婦になるためには仕方がない。こうなったら洗いざらい吐いてやるよ。その代わり絶対僕と死ぬまでラブラブ夫婦になってもらうから。
「要するに一目惚れだったんですね」
「そういうこと。……名前は僕と初めて会った日のこと、覚えてないでしょ?」
「…あ…それはその……」
「いいよ、正直で。僕そこは気にしてないし、君のそういうところにも多分惹かれたから」
「そういうところ、ですか」
「…そ。素直でこの僕にすら変に媚びないとこ、好きだよ」
そう言って微笑みかけると、途端に名前の顔が真っ赤になる。可愛いなぁ。名前は本当、僕の顔好きだよね。
「すみません、その辺りは…わりと伸び伸びと育てられたせいかもしれないです……」
「良いことだよ。だから心配になる。君は自覚ないけど、君みたいなタイプって男にモテるんだ。だから僕は気が気じゃないわけ」
「……悟さんの方が絶対モテますよね?」
「僕のことはどうでもいいよ、どんだけ他の女にモテようが名前からモテなきゃ意味ないし」
名前は恥ずかしそうに俯いて顔を背けようとするので腰を抱きながらわざと顔を覗き込んでみる。あ、目逸らされた。本当、かわいいな。
「それに、名前は僕が傑の話した時、"死んでも一緒"って言ってくれた」
僕がずっと思っていたことを切り出すと、名前は小さく頷いた。
「あの言葉も嘘じゃないよね。僕を喜ばせるためにきっと君はそんなことをしない。……僕が死ぬ時本当に一緒に死んでくれる覚悟で来てくれたんでしょ」
「……はい」
「どうしてそんな風に思ってるの?」
「貴方は孤独だから」
名前が間髪入れずに答える。
「強い人間っていうのは、何でも出来るし一人でも大丈夫だから、心の奥底でどこか孤独なものだって何かの本で読んだことがあるんです。強さ故の苦悩みたいなのが…例えば一流のスポーツ選手とかには常にあって、そことずっと戦っているんだって。だから悟さんもきっとそうなのかなと思ってて……私が妻として出来ることは孤独にただ寄り添うことかなって……あの、烏滸がましいかもですけど。結婚するって決まった時に、そうしたいなって思ってました。それが私の役目なんだって」
「……」
「だから、その……悟さんが"僕の元からいなくなるな"って言ってくれた時に、やっぱりそうしようって決めてました。悟さんもきっとそういう役割を私に求めてくれているのかなって、嬉しかったんです。……私は何も出来ないし、弱いし、悟さんの孤独を理解することなんてきっと……出来ないけど。ただ隣に空気みたいに居て寄り添える人間になろうって」
名前が言葉を一つ一つ丁寧に選ぶように紡ぐ。
彼女は彼女なりに僕のことをたくさん考えてくれていたらしい。それが本当に、本当に死ぬほど嬉しい。死んでも一緒とは確かに言ったけど、あれは名前が僕以外の男の元へいくことを許さないという意味でもあった。
名前は僕を置いてどこかに行ったりしない。そうであってほしい。僕をこれ以上、独りにしないでほしい。その証明がいつも欲しくて。
「だから悟さんが嬉しい時も苦しい時も、私は隣にいたいです」
一目惚れだったけどこれはきっと運命だったはずだ。僕の勘が、身体が、そういう存在だと本能的に名前を見つけたのだとしたら。最強に必要なものが、彼女なのだとしたら。
「名前……嬉しいよ。はー、可愛い、好き、大好き、愛してる、結婚しよ」
「もうしてます…」
「もう一回しよう」
「…どういうこと?」
膝に乗せたままだった名前をぎゅうと抱きしめると、名前は困惑した様子だったけれど、それでも嬉しそうに僕を受け入れてくれた。
「わかってくれましたか?……だからその、束縛したり監視したりしなくても大丈夫なんですよ」
「一応ね。でも恵とか悠仁とか絶対触られないようにしてね、僕名前が他の男と何かあったら……本当に何するかわからないから」
「……は、はい……」
半ば脅すように声を落としてそう囁くと、名前は青ざめながらも頷いてくれた。
「他に気になることは?」
「……えっと、結婚式のこととか?」
「それは僕も思ってた。でももう少し、涼しくなるまで待ってくれない?繁忙期落ち着くまでちょっと手一杯なんだ」
「わかりました」
「……他には?」
「他…?」
「うん」
悩む名前の手を握って、その手の甲にキスをすると名前は固まった。抵抗されないのを良いことにそのままちゅ、と額に口付ける。名前が恥ずかしそうに身を捩るのを無視してゆっくりベッドに押し倒しながら耳から首筋へとキスを落とす。
「ちょっと……」
「ん?」
けして吸い付いたり噛みついたりはしない。手で触れることもしない。そんな僕を焦ったそうな顔で見つめてくるのが何とも言えず可愛い。名前だって時間を気にしているくせに、本当はちょっと期待しているんだろう。
でもまあ、確かに時間的に無理だな。30分くらいで終われるわけもない。1回で済ますとしても名前を気持ち良くしてあげるのにもう少し時間がいるだろうし、馴らさずに無理に入れたら痛いはずだし、それは絶対にしたくないし。
「…お喋りしてたら時間なくなっちゃったね」
「……」
「で、この続きどうする?」
「どうって……?」
「選択肢としては3つかな。@このまま遅刻してどやされる覚悟で最後までする。A出来るとこまでして夜にお預け。B今は我慢して帰ってきてから明日の朝まで僕に付き合う。僕的には@が良いけど名前はどう?」
「……」
名前は唇を引き結んで少しだけ黙って考えているようだった。
恥ずかしそうにまた目を逸らすので、僕は黙って名前の髪を撫でる。名前が答えるまで逃がさないつもりで。それを彼女も理解しているのか、ベッドに沈みながら小さな小さな声で、呟くように答えた。
「……さん」
出た答えに満足して僕が笑うと、名前はますます赤くなる。
「…寝かさないけどいいの?」
「……ん」
「わかった。じゃあ僕は夜まで我慢するよ。その代わり、名前は朝まで頑張ってね。……本当に朝まで抱き潰すから」
わざと耳元でそう低く囁いてやると、名前はそれ以上何も言わなかった。代わりに赤くなった顔で目を伏せていた。無言は肯定と受け取っておこう。
とは言え任務までまだほんの少し時間はあるし、イチャイチャするくらい許されるよね?
はだけた名前の服を整えると、名前の身体を再び抱き寄せて膝に乗せ、甘えるように顔を近付ける。名前は意図を理解したのか少しだけ悩むようにまた目を伏せた後、黙って僕を見上げた。
名前の柔らかい唇に僕のを重ねる。啄むように名前の下唇を僕ので挟んで吸い付くようにはむはむと弄んでいると、名前が少しだけ笑った。それが嬉しくてしつこく何度も唇を重ねる。名前の手を取って指を絡めてみるとすぐに弱く握り返される。
あーあ、ヤりてぇなぁ……。でも我慢、夜まで我慢。自分に何度もそう言い聞かせて、伊地知からの着信が入るまで僕らはずっとそうやってキスをしていた。
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