その日は珍しく悟さんの仕事がお休みの日だった。私を連れて行きたい場所があると言っていたので二人で外出することになっていた。
悟さんは黒いタートルネックのセーターに黒いパンツという出立ちだった。全身真っ黒なのは仕事以外ではあまりない。私は日にちも相まって察するところがあり、なんとなく自分もモノトーンで服装を整えたのだった。

「紹介するよ傑、この人が僕の奥さん。名前って言うんだ」

悟さんが連れてきてくれたのは、以前話に聞いた親友、夏油傑さんのお墓だった。今日は24日。彼の月命日だ。
霊園の奥地にぽつんと置かれたそのお墓に悟さんは屈んで線香を付けた。手を合わせるとそう言って私を手で示すので、私もぺこりと墓石に向かってお辞儀した。悟さんに並んで屈んで線香を頂くと、同じように手を合わせる。

「僕の運命の人」

え、と悟さんを見上げると彼はお墓に向かって微笑んでいた。
運命の人、だなんて。私は何だか悟さんの言うことがピンと来なくて、黙って少し俯いた。悟さんは私のことが好きで結婚したと言ってくれたから、多分あのお見合い自体悟さんの仕組んだものだったのだろう。一体どこで私を認知したのかは教えてくれないけど。

「あの、こんにちは。五条名前と申します。先日悟さんと入籍しました。えっと…初めまして」
「なんか堅苦しいね?」
「そりゃあ悟さんの大切な親友ですし…」
「それ関係あるの?」
「ありますよ」

唇を尖らせて悟さんを見ると、今度は優しい顔で私を見ていてドキドキする。サングラス越しに悟さんと視線があって目を逸らした。そんな風に見つめられると恥ずかしい。
悟さんは本当に顔が良いし、そうでなくても恋を覚え始めたばかりの私には彼は美し過ぎる。
私が照れているのに気付いた悟さんがよしよしと私の頭を撫でる。

「可愛いでしょ。今まだ18歳でーす。ぴちぴちのティーン。ちなみに僕が彼女の初めて全部貰ったんだよ、良いだろ」
「そういうこと言わないで…」
「何で?本当のことじゃん」
「…恥ずかしいです」
「…ふふ。ね、可愛いでしょ」

親友の墓前で何を言い出すのか、と私は赤面したけれど、傑さんにお話したいことをどうにか話そうとまた手を合わせる。

「えっと…悟さんはとても元気にしています。お仕事が忙しいけれど、大丈夫です。…何があっても私が支えます。だから心配しなくて大丈夫です。…傑さん、悟さんの親友になってくれてありがとうございます」
「……」
「傑さんのお話、悟さんから少しだけ聞きました。海で駄弁るのが好きだったって。…私じゃ傑さんの代わりにはなれないけど、私は私に出来ることをやるつもりです。…見守っていてください」
「名前」
「え」

これだけは言おう、そう思っていた言葉をなんとか声に出して並べてみた。傑さんに届いているといいな、なんて思いながら。
そこで私の言葉を黙って聞いていた悟さんに肩を抱かれてバランスを崩す。あ、転ける、と思った瞬間、悟さんの腕の中にすっぽり抱えられていた。

「……ありがとう」
「…はい?」

見上げた悟さんは何とも言えない表情だった。悲しいとも嬉しいともとれるような、驚きと未練がましさを感じる視線。
晴天だから、太陽の光が降り注いで悟さんの髪に反射して綺麗だった。

「何その顔、全部無自覚なの?」
「?」
「ほんと、君って……」

悟さんが何か言いかけたその時、足音がして二人で振り向いた。額を押さえていた悟さんが足音の主を見て反応する。どうやらお知り合いらしい。
長い黒髪の女性に私も立ち上がって会釈をすると、驚いたようにその人は私と悟さんを見比べた。

「親友の墓前で女とイチャつくのは感心しない。TPOを弁えなよ、五条」
「これは不可抗力」
「どうだか」

黒髪の女性は呆れた顔で屈んだままの悟さんを見下ろしている。

「硝子、今日は来たんだね」
「少し時間あったからね。そっちのお嬢さんはもしかして…」
「僕の奥さん!高専関係者に会わせるのは硝子が初めてだよ」

硝子と呼ばれたその女性と親しげに話し始める悟さん。
そこでふと私も合点がいった。硝子…硝子さんって確か、悟さんが前話してた同級生じゃないかな?

「紹介するね、名前。僕の同級生で、同期で高専で医者やってる硝子でーす」
「初めまして、名前と申します。えっと…夫がいつもお世話になっております…?」

私がそれらしく挨拶すると、悟さんが「夫♡夫だってさ♡」とニヤニヤして硝子さんに見せつけるように私の腰を抱いた。
硝子さんは私の挨拶に少しだけ笑うと、またイチャつき始めた悟さんを冷たく一瞥する。

「どうも、お世話してます。家入硝子です。畏まらなくていいよ。五条に捕まるなんて君は災難だな。…何かあったら言ってね、殴ってやるから」
「いえ、そんな…」
「五条、まだ奥さんの前で猫被ってんの?」
「猫なんか被ってないよ、僕はいついかなる時もGLGだもーん」
「しょうもな」

硝子さんは心底どうでも良さそうに頬をかくと、持っていた仏花をお墓に立てた。そうか、悟さんの同級生ということは、硝子さんにとっても傑さんは同級生。
もしかして二人はいつも月命日にこうしてお墓参りをしに来ているんだろうか。
何だか私、お邪魔なのでは…。

「五条がいつも君のことを自慢してるよ。その割に全然会わせてくれないから、五条の頭の中のイマジナリーワイフだと思ってた。存在していて驚き」
「イマジナリーワイフって何?キモいんだけど」
「お前の妄想だと思ってたってこと」
「はあー?!実在してるっての」
「うん、そうだね。悪かった。…それにしても随分若くて可愛い奥さん貰ったな。五条で本当に良いの?君からしたらコイツおっさんでしょ」
「ちょっと硝子!」

悟さんにずばずばと歯に衣着せぬ物言いをしてにやりと笑う硝子さん。流石同級生、長い付き合いなんだろうなと思わせる親しげな会話が少し羨ましい。
私は硝子さんの言葉に曖昧に笑った。

「そんなことないです、悟さん優しいし、かっこいいし…」
「名前可愛い♡聞いた?僕って優しいしかっこいいんだってよ?結婚しよう名前♡あ、もうしてたんだった」
「本当にこれのどこか良いんだか」

まあ君が良いなら良いけど、と付け足して硝子さんは置いてあった線香に懐から出したライターで火をつけた。
線香を供えると、硝子さんはポケットからスマホを取り出して「ん」と私に画面を見せる。連絡先のIDに思わず硝子さんの顔を見つめる。

「暇ならご飯行こうよ。連絡先交換しよ」
「いいんですか?」
「勿論」

ドライな感じの人だなと思っていたけど硝子さんは私と仲良くしてくれる気があるらしい。意外と面倒見のいい人なのかな?嬉しい…。
硝子さんの言う通り、結婚して学生から専業主婦となった私は正直日中暇を持て余していた。高校の同級生はみんな大学に進学するか働いていて忙しそうだし、悟さんは家にいないことが多いし。そうなると午前中に家事の殆どを済ませてしまって、暇なのだ。

悟さんは家でのんびりしてくれたら良い、エステでも行きなよとか言って家族カード(当然のようにブラックカード)をくれたけど、そんなエステばかりも行けないし、自分で稼いだわけでもないお金をそんな風に使うのも何だか…となって結局家にいるか、住んでいるマンションに併設されているジムに行くくらいで本当に家から出ないことが多い。

「嬉しいです、また連絡しますね」

私もスマホを取り出して連絡先を交換すると、硝子さんが微笑んだ。美人だ……。
寝不足なのか少しクマが目立つけど、アンニュイな美人、という表現が彼女にはぴったり当て嵌まる。綺麗な人だな、と思って見つめていると悟さんにつんつんと突かれて我に帰る。

「…硝子と浮気?」
「何を言ってるんですか」
「みっともないぞ、五条。友達だよ。オトモダチ」

硝子さんはそう言うとお墓に手を合わせた。
悟さんは何とも言えない表情で硝子さんを見下ろすと、「まあいいけど」と少しだけいじけたような顔をするのが可愛くて笑ってしまう。

「どうせお前のことだから家に閉じ込めてるんだろ。"誰にも見せたくないくらい好きで堪んない、閉じ込めて自分のものにしたい"っていつだか言ってたもんな」
「…本人の前でそういうこと言うのやめてよ」
「やめないよ、奥さんなのに猫被ってるお前しか知らないなんて可哀想。五条の嫌なとこも教えてあげないと」
「余計なお世話」

悟さんが少し焦ったように、機嫌を伺うように私を見る。
誰にも見せたくないくらい好き、閉じ込めて自分のものにしたい…。
聞いているだけで恥ずかしくなるような愛の言葉に私はまた黙って固まってしまった。

「赤くなってる」
「…は、恥ずかしいです」
「悦んでるの?可愛い♡」
「もう、悟さん…」
「…ま、その分だと今のところは心配なさそうだね」

硝子さんは屈んだまま安心したように私を見上げて笑った。









「ねぇ名前、引いた?」

硝子さんと別れて車に乗り込むと、運転席に座った悟さんが私の顔色を伺うように問いかけてくる。はて、と私が助手席でシートベルトを締めながら首を傾げると、悟さんはほっとしたように息を吐いた。

「硝子がさっき言ってたこと」
「…誰にも見せたくないとか、閉じ込めたいとか?」
「…本気でそうしようと思ってるわけじゃないよ?でも名前ってすごく可愛いし僕のお嫁さんになっても僕が一緒にいられない時間が多いでしょ?名前にそのつもりがなくても、君を好きになっちゃう男がいたりしたらと思うとさ…誰にも見せたくないなぁとか思うんだよね」

つらつらと言い訳のように悟さんが捲し立てるのを私は目を丸くして聞いていた。悟さんがそんなことを考えていたなんて私は思わなかったから驚いてしまう。

「だからお仕事もしなくていいって言ってたんですか?」
「うん。それに僕の稼ぎで家計は十分だし、名前が仕事して疲れちゃったりしても嫌だし、職場の人に名前が狙われたりしてもヤダし…」
「……」

なんか…この人こんな人だったっけ?
先ほど硝子さんが言っていた「猫かぶってるお前」というのはこういうことなのかもしれない。存在しない架空の"かもしれない"可能性にやきもちを妬くなんて。

「気持ちは嬉しいんですけど、私まだ18だし…その、社会経験もある程度必要かとは思っていまして」
「…必要ある?僕がいるのに」

その理論謎すぎるけど、と突っ込もうにも突っ込めない。車のエンジンをかけた悟さんが私の頬を撫でながらいじけたような顔をしていたから。

「ええと…でも…なんて言うか、悟さんのことももっと知りたいなと思いますし」
「…え、何、この話僕関係あるの?」

こくんと頷く。いい機会だ、と思った。
以前から私の生活については私自身もずっと思っていたことがある。数日くらい、パートに出た方がいいんじゃないかな、と。お金のためじゃなくて、自分のためにも。ひいては悟さんのためにもなるような形で。
そう考えて思いついていたことを悟さんに口に出してみる。私から彼へ何か提案をするというのは初めてかもしれない。

「あの、ですね…高専で、お仕事をさせてもらえないかと…」
「は?呪術師になるってこと?!そんなの絶対ダメ!ダメダメ!」

私の言葉に悟さんが即答で拒否する。そんなに?と思うが悟さんは絶対に許容出来ないと言わんばかりの剣幕だ。
しかしこれもある程度折り込み済み、私はまあまあと私の頬を撫でていた悟さんの手を握って制する。

「呪術師はさすがに…私そこまでの実力もないので。例えばですけど、補助監督さんのサポートとか、事務方とかお手伝い出来ることがあればさせてもらえると嬉しいかな、なんて」
「……補助監督のサポート?」
「そしたら、悟さんのお仕事の力になることにも繋がるかもしれないし、悟さんの生徒さんや同僚の方とも仲良くなれたりしたら嬉しいなって。…それに、悟さんのこともっと知ってもっと好きになりたいな……なんて」

最後の方は自分で言ってて恥ずかしかったけれど、不機嫌そうな悟さんの表情がだんだん緩んでいくのを見て言って正解だと思った。
握ったままだった悟さんの手をにぎにぎ揉みながら目を逸らしてそう言うと、悟さんは暫し黙った。

「…僕のことをもっと知ったら、もっと好きになってくれるの?」
「はい、多分」
「…ふーん」

悟さんは悩むように額を押さえた。何かと葛藤しているように見えるが、先ほどのように「ダメ!」と即答しないからこれは望みがあると思って良さそう。
どうしても絶対に高専で働きたいわけじゃないけど、さっきの硝子さんの発言を聞くに悟さんが納得する方法はこれしか思い付かない。それに悟さんのことをもっと知りたいというのは事実だ。

「…まあ、それなら良いかも」
「本当ですか?!」
「うん。でも無理のない範囲でだよ?あと絶対任務とか同行すんのダメだから、危ないし」
「わかりました」

視えるし低級なら祓うこともできるけど、私は術師として仕事をしたことはあまりない。
高専にも通ってないし、等級もついてないから任務なんてそもそも無理だろう。

「一度学長に話して見るよ。…考えてみたら、そうやって名前が高専にいる方が僕も名前と会える時間増えるよね?そしたらいっぱいイチャイチャ出来るよね?」
「イチャイチャするためにお仕事するわけじゃないですよ?」

勝手に都合の良い解釈を始めた悟さんにやや苦笑いをすると、「いいのいいの」と彼はご機嫌に笑ってアクセルを踏んだ。






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