「交流会直前だ、気合い入れてこうぜ」
「うっす!」
2年の先輩たちに招集されてグラウンドに集まると、パンダ先輩の隣に何故か名前さんがいて思わず二度見した。
交流会は明日だ。何でこの人がこの自主練の場に来てるんだ、出ないのに。
「で、何で私?」
「そりゃ先輩だからだろ。後輩を指導するのは先輩の仕事だぞ」
俺と同じことを考えていたのか、名前さんはパンダ先輩に肩を叩かれて嗜められていた。
名前さんが着ているTシャツには名字とデカデカと書かれたゼッケンが貼り付けてあり、その下には「チャリで来た」、背中には「お前を守れるのは、お前の家放と俺くらい」「おそろしく速い手刀 オレでなきゃ見逃しちゃうね」と書かれている。
「珍しく時間のある3年の名前先輩が、交流会前の総仕上げに手合わせしてくれることになった。喜べよ1年」
「はーい」
「…うっす」
釘崎がニヤニヤして俺の方を見ながら返事をする。
マジかよ、と思いながらちらりと見ると名前さんとバチバチに目が合う。…視線をそらしたら負けな気がしてあえて見つめ返してみると名前さんも頑なに視線を外さない。
…何なんだよこれ。何の時間だ。
「何で恵と名前はさっきからメンチ切り合ってるんだ?殴り合いでもすんのか?」
「パンダ知らないの?目が合った時は先にそらした方の負けなんだよ」
「…変なTシャツ着てたから気になっただけです」
「これは中学の体育祭の時のクラスTシャツです」
「そうですか」
クラスTシャツのセンスどうなってんだ。
「で、お前らまだ見つめ合ってんの?」
パンダ先輩に突っ込まれて俺が先に目を逸らした。ふふんと勝ち誇ったような笑みで名前さんが笑う。
「あ、そらした。恵の負けね」
そりゃアンタが絶対にそらさないんだから俺がそらすしかないだろ。
何よりこれ以上、この場で見つめ合っていることは俺にとって何の得にもならない。寧ろ釘崎や真希さんの視線が気になるだけだ。
「恵、耳赤いぞ」
「気のせいです」
パンダ先輩に小突かれて俺は額を押さえた。
「でも私が教えることなんてこんな直前に何もないけどなぁ…」
「……」
真希さんの横でストレッチをしながらぼそりと名前さんが呟いた。
「なんかあるだろ、交流会のコツとか」
「コツ……」
そんなこと言われてもなぁという顔で思案する姿は普通の女子に見える。
「初日の団体戦はさすがに作戦練ってるんでしょ?」
「ああ」
「じゃあ別に、私からは特に何も…。最後は気合いでいくしかない!頑張れ!」
親指を立てて無責任ににっこり笑う名前さんに真希さんが呆れたように小突く。
「お前なぁ!何しに来たんだよ」
「えー?そりゃ……えーと…なんか楽しそうだったから…」
……ん?
俺は妙な違和感を覚えて名前さんの発言に耳を傾けた。
"なんか楽しそうだったから?"
そんな理由で、これまで忌避していた交流会自体に関心を持つなんて名前さんらしくない。
そもそも後輩指導とか熱心なタイプじゃないはずだし、少なくともこの前までは交流会自体に関わりたくないというニュアンスの発言や行動が多かったように思う。
何だ?何かあるのか?
「…らしくないですね」
ストレッチが終わり、各自当日の動きを確認したり呪具の手入れや組み手を始めた時、名前さんが何か考え込むように少し離れた階段にしゃがみ込んでその様子を眺めていたので、俺から声をかけた。
名前さんは俺を上目遣いで見上げるとしばし黙ってからまたグラウンドに視線を戻して「んー…」と曖昧に返事をする。
「関わりたくないのかと思ってました。東堂のこと苦手なんですよね?」
「真希から聞いた?」
「はい」
うん、と頬杖をついて頷く名前さん。俺は横に座り、持っていた黒刀の手入れをすることにした。
俺も今朝あの東堂にしてやられたから、正直頭に来ている部分はある。名前さんはあの化け物と去年対等に張り合ってから妙に執着されていると聞いて、それもムカつく。
「まあ東堂はね……苦手だけど、悪人じゃないから」
「?」
「あ、ううん。それ恵の呪具か。いいね、明日使うの?」
「まあ必要に応じてですけど」
「…ふーん」
やはり何か隠している。
名前さんは俺の黒刀を指でひと撫ですると、じっとその指先を眺めた。
「…よく手入れされてる」
「…」
「これ以上の手入れは必要ないんじゃない?私と喋りたくて来たの?」
図星だ。
言葉を返せないでいる俺に名前さんはまた笑った。
「恵は本当に私のこと好きなんだね」
「……はい」
「約束、忘れてないから安心して」
どく、と微かに自分の心臓が跳ねるのがわかった。
それと同時に名前さんの声が恐ろしく冷静で、本心が読めない。俺のことをどう思っているのか全然わからない。
だがこの人が交流会に関わろうとしていることと、俺のことは直接的には関係ないような気がする。もっと別のことで動いているような。
「名前さん」
「ん?」
「何かあるんですか?」
「へ」
「明日からの交流会、何かあるんですか」
「……」
俺がしつこく問うと、名前さんは片目を閉じて少し唸った後、困った顔をした。
「恵ってさー…さすがに鋭いよね」
名前さんは何か思い悩んでいるようだった。
「東京校の参加者ってここにいるので全員?」
「はい」
「…京都は?」
「確か2年と3年3人ずつです。3年の先輩は知ってますよね」
「去年と同じなら東堂、西宮…それと賀茂でしょ」
「はい。あと2年が真希さんの双子の妹の真依って人と、三輪霞、あとよくわからないですがメカ丸って人らしいです。この三人は今年初参加なので情報無しです」
「…そうなんだ。メカ丸って奴面白そうだね」
真希さんからは警戒すべきは東堂と言われているが2年の術式も未知数だ。
何故参加者に名前さんが関心を示したのかはわからないが、懸念している何かと関係しているらしい。
「ありがとう、恵。助かった」
名前さんは立ち上がるとうーんと伸びをした。何か吹っ切れたような、決意したような。
「…状況によっては私、交流会出るわ」
「え?」
「でもこれ、他の皆には内緒ね。恵にしか言ってないから、本当に誰にも言っちゃダメだよ」
「…良いんですか、俺に言って」
「嬉しいでしょ?秘密の共有って」
そう言われると否定できない。
いちいち俺の気持ちを揺さぶる言い方に素直に惑わされている。
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