交流会が終わって数日。よりにもよって2日目の野球の日から私は任務でここ数日不在だった。
いや、まあ良いんだけどね。別に!私が交流会絶対に見なきゃいけないわけでもないし!

ただ試合後、悟くんから爆速で「勝ったよ♡」と写真付きの連絡が来た時、私はどうしたものかと少し悩んだ。それはもちろん恵のこと。

『俺と付き合ってください』

そう言われたのが交流会の数週間前。
冗談半分で交流会で勝ったらお願い何でも1個だけ聞いてあげる、と言うと恵は真面目にそう告白してきたのだ。

あの日以来、恵のことを意識するようになり、好きかも?というところまで来た私だったけど、ある時それは確信に変わった。

きっかけは悟くんとの任務にラブホへ行った時。
"そういうこと"をしないと呪霊が出てこない、と言われた時、ぞっとした。悟くんとそういうことをしなければいけないと考えた瞬間、私は何故か恵の顔を思い浮かべていたのだ。
そして「どうしてこの任務は恵と一緒じゃないんだろう」って思っていた。

そして次は交流会の団体戦。
負傷した恵を見るのが怖くて、特級呪霊の前で恵に振り向くことができなかった。恵が血を吐いた時、不安と恐怖で自分の動きが少し鈍ったのが自分でもわかった。
その後、恵の部屋まで訪ねて話をした時。恵の頬に自分から触れた時。
私は確かにこう思ってた。
「愛しい」って。

「大丈夫ですか?」
「…はっ」
「もう着きますよ。任務お疲れ様でした」
「…伊地知さん」
「ど、どうされました?」
「伊地知さん!!!」
「な…何ですか急に」

ぼーっとしていると高専に着いてしまうところだった。あああ、というか着いてしまった。どうしよう。
何か緊張してきた。え?だってこれ、よくよく考えたら私恵と付き合うんでしょ?

何とも言えない緊張感にずっと運転してくれていた伊地知さんを巻き込むと、伊地知さんが狼狽えていた。

「伊地知さんどうしよう!」
「な、何がですか?」
「どうしようー!!!!」
「だから何が…」
「今から私は大変なことになるの!」
「えっ大変なことに?!大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない!何とかして!」
「五条さんみたいなこと言わないでください…」

伊地知さんが困ったようにハンドルを切った。
あああ、高専に着いてしまった!どうしよう、恵、いるのかな。任務か?任務であってくれ…!
直接会うの気まずい、恥ずかしい、なんか誰か、誰か私と恵の緩衝材になってください、もう伊地知さんでもいいので…私と恵と伊地知さんが三人でいるの意味不明すぎてウケるけど…。

と、とりあえず報告書を出して…えーと…えーと…夜蛾センに次の任務のことを…。

そこまで車の中で頭を抱えながらぐるぐる考えていると、コンコンと窓をノックされてはっと顔を上げた。

「…め、ぐみ」
「お疲れ様です」
「………お疲れ様」

いる。…恵、いる。車の外に。
いつもの通り無表情の恵は私を見るなり早く降りろと手で示してくる。
伊地知さんはほっとしたように窓を開けて恵に話しかけた。

「伏黒くん、ちょうど良いところに。名字さんの様子が先ほどから少しおかしいので心配していたんですが…」

伊地知オメー余計なこと言うなー!!!と喉まで出かかったがグッと堪えた。その元凶、今貴方が話しかけてる人なんですけど!

「大丈夫です、様子見ておきます」

恵の言葉に安心したのか伊地知さんはお願いしますと言って降りるように私に促した。

私が車から降りると、伊地知さんは車を走らせた。駐車場に停めに行くから。
恵は「持ちます」と言うので私の荷物を渡したら本当に持ってくれた。

「体調でも悪いんですか」
「…体調は良い、とても」
「じゃあ、原因は俺ですか」
「…」

私が黙って恵を見るとばっちり目が合った。
お互い立ち尽くしたまま逸らさずに見続ける。…だって先に逸らした方の負けだから。

「話があります」
「…うん、私も」
「俺の部屋でいいですか」
「えっ」
「別に何もしません」
「…じゃあ、はい」

恵が先に目を逸らした。また私の勝ち。でも今はそんなこともうどうでもいい。









「…お邪魔します」
「どうぞ」

男子寮には用事があって何度か来たことはあるけど、恵の部屋に入るのはこれで二回目だった。一回目はこの前の交流会の時、硝子ちゃんから抗生剤を渡すようにパシられた時。でもあの時は釘崎ちゃんも虎杖くんもいたから…。
しーんと静まり返った部屋は片付けられていて、恵がいつも使っているであろう柔軟剤の香りが少しだけする。

「何突っ立ってるんですか」
「いや、どうしていいかわかんなくて」
「適当に座ってください」

恵は私の荷物をそっと置いた。
適当にって…と思いつつ、とりあえず位置的に座りやすいベッドに腰掛けると恵が溜息をついた。何?何で?!私何かした?!

「何でまたそこに座るんですか」
「え?まずかった?」
「いや別にいいですけど…。それより約束、覚えてますよね」
「…覚えてます」
「どうしますか」
「どうって…?」

恵は俯いて少し黙ると、意を決したように口を開いた。

「俺は名前さんのことが好きです」
「…はい」
「でも名前さんが俺を好きじゃないなら、付き合うべきじゃないと思ってます」

な、なる…ほど?

「名前さんは俺のことをどう思ってますか」

恵はそう言って私の前まで来ると、じっと見つめてくる。
ちゃんと応えよう。ちゃんと。

「…最初はずっと弟みたいに思ってた。文句言いながら私の後ろついてくる弟、みたいな」
「…今は?」
「……」
「今もまだ、弟ですか?」

縋るような恵の声。
私の心臓が早鐘を打っている。

ううん、と首を振ると恵が目を見開いた。私は少しだけ深呼吸して、真っ直ぐ恵を見つめる。

「…私も恵が好き」

その瞬間、すごい力で腕を引っ張られた。緊張でやや腑抜けていた私はよろけながら恵にもたれる。恵の胸に引き摺り込まれるようにぎゅうと抱き締められているのだと気付くのに数秒かかった。
熱い。近い。顔が。身体が。心臓の音が、恵に聞こえちゃう。

「…好きです」
「め、恵」
「俺も名前さんのことが好きです。…ずっと好きでした」

恵の顔は見えない。でも声ははっきり聞こえる。恵の腕が背中に回って、ぎゅうぎゅうと強く抱き止められているせいで動けない。恵の胸板に手を当ててうん、と頷く。
と同時に恵の心臓の音が聞こえた。あ、速い。

「名前さん」
「うん?」
「…名前さん」

恵は少し腕の力を緩めると、私を見下ろしている。見たこともない顔をしてる恵。少しだけとろんとした目で、何か期待するように私を見つめる顔。
もしかしたら私も今恵と同じ顔してるのかもしれない。

「これで俺は、名前さんのものですよね」

私は恵の頬を両手で包んだ。
少しだけ恵の顔が赤い気がする。
私が背伸びしてそっと顔を近付けると、恵は我慢ならないというように私の後頭部を押さえた。
ちゅ、と唇同士が触れ合う。

「んっ」

恵が私にした初めてのキスは優しくて柔らかくて、愛おしいキスだった。

一度では終われなくて、くっついて離れて、またくっついてを繰り返して。何度も何度も。私達はいつまでもキスをしていた。










「…遅いぞ」
「すみませーん」
「その毎回微妙に報告書の提出に遅刻する点、直せと言ったはずだ」
「私にも色々あるんだって」
「へー?何があったの?」

翌日、私はまた朝一番で職員専用の廊下を走っていた。
そーっと職員室に入って学長の席に昨日の任務の報告書を置いて出ようとした時、たまたま入ってきた学長と悟くんと鉢合わせて目を泳がせた。

「…だから色々」
「詳しく聞かせてよ」
「悟くんには言いません」
「ふーん?」

私がいつもの調子でかわしながら職員室から出ようとすると、悟くんとすれ違う瞬間、ぱし、と腕を掴まれた。
学長は報告書を手に取ると、そのまま学長室へと姿を消した。

「ちょっと、何…」
「ちょうどいいや。ねえ、あの後何かあった?」
「何かって?」
「恵とだよ」

あまりにピンポイントな質問に一瞬私は狼狽えたけど平静を装う。

「別に…」
「昨日伊地知が、お前の様子が変だったって言っててさ。何でもその時恵が迎えに来たらしいじゃん」

伊地知〜!!余計なことを…!!!

「で?どこまでいったの?」
「……」

私が黙って歯を食いしばっていると、悟くんはますますニヤニヤして私を見下ろしている。

「悟くんに関係ないでしょ」
「あるよ。二人の保護者として知っておく責任があるでしょ」

無茶苦茶なこと言うな、と思いながら睨むけど悟くんは全然掴んだ手を離してくれない。私は少しだけ呼吸を整えて悟くんを見上げた。

「悟くん」
「…ん?」
「心配してくれてありがとうね」
「……」
「安心して!うまくいった!」
「…そっか。うん、それなら良いね。ちょっと寂しいけど」

悟くんはそう言うとやっと私から手を離した。

「いつでも僕のとこに戻ってきていいんだよ」
「…何か物分かりの良い元彼みたいなこと言ってるけど、私達本当に何もないじゃん」
「言ってみたかったんだよね、このセリフ」
「五条悟が人生で言わなさそうなセリフベストテンに入ってそう」
「何はともあれおめでとう!赤飯炊こうか?」
「気色悪いからやめて、本当に」



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