「あ、おかえりー」
「なんでいるんですか」
「何故なら私が恵の彼女だからだよ」
「…それはそうですけど」

午前の座学を終えて部屋に戻ってくると名前さんが何故か俺のベッドでうつ伏せに寝そべって本を読んでいた。

「私、明けですけど」
「お疲れ様です」

任務明け、ということらしい。だらりと俺の枕に顔を埋めてぺらぺらと本を捲っている。何の予告もなくいるとさすがに驚くからやめてほしい。あと枕に顔を埋めないでほしい。

「来るなら連絡ください。てかどうやって入ったんですか」
「鍵空いてたよ。ちなみにさっき恵に連絡入れてますー」
「……」

スマホを確認すると確かに通知が来ていた。本当に数分前だから見逃している。

名前さんは多忙だ。
というか1級術師は基本的に多忙だ。単独任務はもちろん、未知の案件など低級と断定できない任務は大抵1級術師が派遣されるし、それでも人が足りなくて俺ら学生まで派遣、というのも実情ではある。
つまり俺と比べて名前さんは自分の時間があまりない。数少ない自分の時間を俺に当ててくれている、のだと思う。
…彼女だから。

「すみません、見逃してました」
「いいよ。恵この後任務?」
「はい」
「そっかー…残念」

何が、残念なのか。
名前さんは足をパタパタさせてやはり本から目を離さない。
制服姿の名前さんのスカートから覗く白い足に目が釘付けになる。…ギリギリ見えそうで見えない。

俺は荷物を置くとそのまま名前さんの顔の横に手をついて上から覗き込んだ。
名前さんは「なーに?」と言いながらも本から目線を離さない。こっちのセリフだ。
急に押しかけてきて人のベッドにずっと寝転んでんじゃねーよ。誘ってんのか。

無理矢理顎を掴んで少し上を向かせて唇に噛み付いた。さすがに驚いたのか名前さんはびくっと肩を揺らす。読んでいた本が手から離れてベッドから転げ落ちた。

「…んっ」

鼻から抜けるような小さな声と共に息を吐いた名前さん。俺は夢中になってそのまま舌を絡める。

「…っん、ちょっ…と」

無視して覆い被さりながらべろべろやっていると、流石に名前さんが俺の手を掴む。仕方なく唇を離すと互いの唾液が唇を伝ってぷつんと切れた。
ムッとした表情で漸く俺に目を向けた名前さんは、くるりと腰を捻って仰向けになり起きあがろうとする。が、まだ俺が馬乗りになっているせいでそれは叶わなかった。

「何ですか」
「いきなり、」
「無防備すぎます。俺、アンタの彼氏ですよ」
「…」

じっと俺を見つめるその顔が可愛い。
…もっとしたい。

「私もそのつもりだったけど、恵がこの後任務だって言うから…」

そのつもり、という言葉に下半身が熱を持ったのを感じた。

「…恵?」
「名前さんはこの後オフですか?」
「今のところは」
「じゃあ、早く終わらせます。帰ってきたら続きして良いですか」
「…」

俺がそう言うと、名前さんは少し固まった。

「…恵のえっち!」
「アンタが先に誘ってきたんだろ」
「ふふ、ごめんごめん。…わかった、待ってる」

そう言うと今度は名前さんが俺に触れるだけのキスをした。

「早く帰ってきてね」













「そういや伏黒ってもう名前先輩とチューとかしたん?」
「…いきなり何の話だ」

冷めきらない熱をどうにか鎮めようと、待ち合わせの約束をしていた昇降口まで来ると、既に虎杖と釘崎が来て昨夜のドラマの話をしていた。
…こいつらの顔見たら冷静になってきた。

「いやほら、付き合ってるってことはさ!そういうのもあんのかなって!」
「答えなさいよ、したのかしてないのか」
「何でお前まで乗ってくるんだよ」

突拍子もない虎杖の変化球をモロに喰らった俺は、まだ冷静さを欠いている。
キスなんて二人の時にいつもしているし、何ならさっきの今してきたところだが、絶対こいつらにそんなこと話したくない。絶対に。

「どっちでもいいだろ。付き合ってたらそういうこともあるんじゃねーの」
「それはつまり?チューしたってこと?」
「虎杖ウルセェ」
「あだっ!」

それ以上のこともとっくにしてるが、名前さんのことを根掘り葉掘り聞かれるのは嫌だ。
何よりこの後その約束入ってんだよ、今日ばかりはさっさと任務片付けて帰りたい。

苛立って俺が虎杖を小突くと、釘崎は眉間に皺を寄せてまた「答えなさいよ」と詰め寄ってきた。だからお前は何なんだよ。

「さっき名前さんが伏黒の部屋に入っていくの見たって虎杖が言ってたから」
「お前…」
「いや!違うんだって!たまたま見かけたから軽い気持ちで話したら釘崎がこんなんなっちゃって…」
「答えなさいよ。今やることやってきたんでしょ。キモいわよ。盛ってんじゃないわよ」
「やってねーよ」
「部屋にはいたんでしょ!」
「いたけど…良いだろ別にいても」

俺の彼女なんだから。
だが未遂で終わったとは口が裂けても言えない。
っていうか盛ってんのは俺だけじゃない、名前さんも積極的なとこはある。初めてした時も紐パン履いてたし。

『私もそのつもりだったけど…』
『早く帰ってきてね』

…思い出してまたイライラしてきた。

釘崎は俺のことを初対面の時から目の敵にしている節があるので、自分が憧れている先輩と付き合っているだけでも気に食わないらしい(これは前真希さんが言ってた)。

「何でよりにもよって伏黒なのかしら。趣味悪いわ」
「いや釘崎ーー!!!本人を目の前に真っ向から否定しすぎだって!」

「あれ、1年生たちだ」
「!」

噂をすれば。
さっきまで俺の部屋にいた名前さんがスマホで誰かと電話しながらこっちにやって来た。隣にはどこかで見たニット帽の術師がいる。
あれ猪野さんか?

「イノタクに代わりますね。ほれ、イノタクの大好きな七海さんだよ」
「七海さん!!俺です!」

虎杖と釘崎が気付いて手を振ると、名前さんも俺たちに手を振りかえした。猪野さんに何か言ってスマホを投げると猪野さんは餌をもらった犬のようにスマホにしがみついて話し始めた。名前さんがこっちに来る。

ばちり、と目が合うが、名前さんはいつも通りで釘崎にまだ手を振っている。ほんの数分前まで俺とあんなことをしていたのに、もう仕事モードに切り替わっているらしい。

「名前さんもしかして任務?」

虎杖が話しかけると、名前さんは頷いた。さっきまでオフとか言ってなかったか?急にまた任務入れられてんのかよ。

「…なんかちょっと面倒なことになりそうなんだよね〜。さっと終わらせたいけど。君達も今から?」
「そんな感じです。補助監督待ちです」
「近場?」
「どこだっけ?西東京?だっけ?伏黒?」
「何でも俺に聞くのやめろ虎杖。…西東京であってる」
「名前さん達は?どこなん?場所」
「茨城。しかも田舎の方。車で2時間」
「…日帰りで帰って来れるか微妙な距離ですね」

俺がそう返すと、名前さんは少しだけ笑った。

「そうなんだよね。田舎だし泊まりになると面倒だからさ。…私この後約束もあるのに」

名前さんは何でもないように俺を見てそう言うと、すぐに背後に目を移した。
クソ、何だこの会話。虎杖も釘崎も何の違和感も持っていないのかスルーしているが、俺だけが妙にドキドキしているのがムカつく。

「じゃ、またね。一年生諸君は気をつけて行ってきなよ。…イノタクー!いつまで七海さんと喋ってるの?もう行くよ」
「もう喋ってねーよ!イノタク"先輩"だろ!」
「でもイノタクまだ2級じゃん、おっさんなのに」
「おっさんじゃない!まだ21歳だっての。あ、頑張れよ1年生達」
「大丈夫だよ恵がいるから。イノタクは自分の心配しときなよ」
「だからイノタク"先輩"だ!お前先輩のことナメすぎっしょ」
「先輩のことはナメてない、イノタクのことをナメてるだけ」
「お前なァァ…」

わいのわいのと賑やかに喋りながら去っていく二人を俺は恨みがましく見つめることしか出来なかった。まだ耳が熱い。
帰ってきたら絶対泣かす。




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