恵早く帰ってこないかなぁなんて乙女な気分で恵のベッドでゴロゴロしてたのに、私のスマホにまた電話がかかってきて任務を言い渡された。
電話口の伊地知さんがあまりにも不憫に思えたので二つ返事で了承したが、同行者がイノタクと聞いて一気に萎える。

私より3つ年上の彼は高専の先輩で、私が1年の時4年だったので絡むことがたまにあった。降霊術のセンスは悪くないのだけど、私とあんまり相性良くない。性格的に。

「何でイノタクと二人で任務とか行かなきゃいけないわけー?」
「うっざ!俺だってお前と二人とか嫌だわ」
「イノタク一人じゃ無理め案件だから私が駆り出されたんだよ。私はこの後彼氏とラブラブするはずだったのに」
「え、お前彼氏いたの?びっくりした」
「びっくりしないでよ!めっちゃ可愛くてイケメンの彼氏いるから!イノタクと一緒にしないで!」
「俺だって彼女いるわ!」

はーほんとに気が合わない。
恵がいない間に恵の部屋でエロ本とかAVないか探して今日の夜の参考にするつもりだったのに!何でイノタクと任務なの?あり得ないわ。萎える。
さっさと終わらせて帰ろう。そう思っていたのに。












「えー可愛いー♡これが名前?」

最悪。
イノタクに抱えられて高専に戻った私の姿を見て、悟くんがニヤニヤしているのがわかる。

「にゃーん」

言葉も喋れない。おまけに四つん這い。
イノタクを庇って猫屋敷の呪霊の呪いを受けてしまった私は、子猫の姿になってしまった。

「にゃ!にゃん!」
「五条のこと威嚇してるぞ」

硝子ちゃんに抱っこされたまま私は思い切り悟くんに毛を逆立てた。
面白がってないでさっさと解呪してほしい。

悟くんはアイマスクをずらして私を見ると、相変わらずニヤニヤしている。ムカつく。

「悪いけど僕じゃ解呪できないな」

悟くんの分析によると、時間経過で元に戻る系の呪いらしい。戻す手立ては今のところないようなので、しばらく猫のままということになってしまった。硝子ちゃんもお手上げ。

イノタクと任務行くと碌なこと起きないな!まあ私がまた後先考えずイノタクを守ろうと突っ込んで行ったのが悪いんだろうけどさ。

私が着ていた制服は猫になった瞬間にその場にぱさりと落ちてしまい、イノタクが紙袋に入れて持って帰ってきてくれた。悟くんがそれを掴みながら私を抱えて医務室から寮へ向かう。

「でも猫の姿だと何もできないよね。寮に置いとくって言ってもご飯の問題とかあるし」
「にゃー」
「…あ、良いこと思いついた」

悟くんの良い思いつきというのは大体の人にとって良くないことだ。
私はジ、と悟くんを睨むとニヤリと悟くんが笑った。

「恵にお世話してもらおうよ」

恵に?

「恵は動物好きだし、犬猫の扱いも詳しいんじゃない?」
「…にゃー…」

でも恵は犬派なんだよね。猫の私をそばに置いてくれるか微妙な気がする。
玉犬に追い回されたりするのもやだな。

「まあ数日だけだし、恵も明日は休みだからさ。…そうだ、お前が名前だってことは伏せて恵に預けてみようよ」
「にゃ?!」

そんなことしたら私が元に戻った時に恵がびっくりしちゃうじゃん!
私は慌てて悟くんに抗議するが、にゃんにゃん鳴き声が出るだけで全然伝わらない。

「うん、そうしよう!絶対それが良い!僕がうまいこと説明して恵に面倒見てもらえるようにしてあげるからね♡」
「にゃー…」

私の抵抗虚しく、悟くんは私を抱えて恵の部屋の前まで来てしまった。
そもそも恵ってもう帰ってきてるのかな?
外は暗いけど、今何時なのかはわからない。

「恵ー?いるー?」
「はい。五条先生ですか?」
「そうだよ。ちょっと恵に頼まれて欲しいことがあってさ、開けていい?」

返事の前にドアが開いて恵が顔を出した。既に部屋着に着替えた恵が面倒臭そうな顔でこちらを見るが、私(=猫)を見た瞬間、その視線が固まる。

「何ですか、この猫」
「明日オフでしょ。僕の知り合いの猫なんだけどちょっと預かって欲しいんだよね」
「え」
「まだ子猫だからそんなに難しくないんじゃないかな」
「いや、ちょっと待ってください」

悟くんにぐいぐいと私を押し付けられて、恵は少し焦ったように私を抱き上げた。でも抱き方が手慣れているから全然痛くない。さすが動物好き…!

「にゃー…」

恵の抱っこが気持ち良過ぎて思わず鳴き声が出る。はっとして恵が私を見下ろすので私も試しにじっと見つめてみる。
恵は悟くんを見上げてまた不満げな顔を作った。

「急に言われても困りますよ」
「何か用事?」
「用事…ってか…」

恵は視線を彷徨わせた。
まさか私とのえっちの約束を懸念して猫を預かるのを躊躇っている…?!でもその目の前の猫が私なんです!!とは言えず。
何かを察した悟くんはニンマリ笑った。

「それともう一つ、名前の任務が長引きそうで今日は帰ってこないらしいよ」
「え、そうなんですか」
「って言っても同行の猪野から連絡あっただけなんだけどね。何か約束でもしてた?」
「…別に」

恵は驚いたような少しがっかりしたような顔で悟くんを見上げると数秒黙った。その隙を見逃さない悟くんは「それじゃあよろしく〜」と言って手を振って行ってしまう。
残された恵は私を抱きながらため息を吐くと、黙って部屋に戻った。

私が出た時のままの室内に連れられ、恵は私の足の裏を絞ったタオルで優しく拭くとそっとベッドの上に下ろした。

「綺麗な毛並みだな。…首輪もしてないのか」

優しく撫でられて思わず気持ちよさにうっとりして目を閉じた。恵は私の様子を見てじわじわと撫でる箇所をかえて、ひたいを撫でたり顎を撫でたりしてくれる。思わずゴロゴロと喉が鳴ってしまうと、恵は少し吹き出してやっと笑った。

「人慣れし過ぎだろ」

気を良くしたのか恵は私を抱き上げると、胡座を描いた膝に私を乗せて背中を優しく撫でてくれる。
どうしよう、すごく気持ちいい。
うっとりして恵の膝で大人しくしているとローテーブルに置かれていたスマホを手に取り、何やら調べ始めた。

「子猫って何食わせればいいんだ?飼ったことないから知らねぇぞ…」

私のために調べてくれているらしい。何て優しいんだろう…。

チラリとスマホを見ると、悟くんとのトーク画面だった。『この猫って普段何食わせてますか?あとトイレの躾ってどうなってますか?名前も教えてください』という文章が見える。
その後恵は何を思ったのか私とのトーク画面を開いてじっと見ていた。やり取りは今日の昼に私から一方通行に送った内容で止まっている。

恵は手早く何か入力すると私に送ったらしかった。手で隠れてしまって肝心の内容は見えない。私のスマホなどの私物は悟くんに預かってもらっている。
何の連絡だったんだろう。

「お互い気の毒だな」

恵はスマホをまたローテーブルに置くと、私の背中を撫でた。

「名前さんは今日帰って来ないし、お前は俺に預けられるし」

恵の口から私の名前が出て思わず瞬きした。ちょっと寂しそうにも見える。私は恵の目の前にいるのに…それを伝える手段もない。何となく切なくて小さく「にゃん」と鳴いたら恵は頭を撫でてくれた。

その後も結局私は猫から人に戻ることはなく、恵がお風呂に入っている間、温めてくれたミルクをぴちゃぴちゃと舐めて部屋を見回すくらいしかやることがない。

「お、飲んでる」

お風呂から戻った恵がタオルで髪を拭きながら私のところまで来た。
顎を撫でられてまたぐーぐーと喉を鳴らしてしまう。

「…名前さん帰って来ねぇな」
「にゃん」
「…寝るか」

壁掛け時計の時刻は既に23時を指していた。
私はどこで寝るんだろう…。恵に抱っこされるがまま一緒にベッドに連れていかれる。

「人懐っこいからいきなり一緒に寝れるか?」

恵の枕元にそっと下ろされた。ここで寝ていいらしい。確かに専用の猫の寝床とかないし、夜は冷えるし…。うん…私も眠たくなってきた。

「みゃ」

恵の優しい手の温もりを感じながら枕元から胸元に移動して丸まってみる。くすりと笑って恵は私を受け入れてくれた。温かい。恵の体温と布団の柔らかさに微睡んで、意識が遠のく…。




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