「うわー!何これ!?高級チョコ?」
「五条先生からの土産らしい」
「美味そー!」
男子寮に戻ると、共用スペースの台所に大きめのチョコレートの箱が置かれていた。
走り書きで『お土産♡スーパーイケメン五条先生より』と書かれた付箋もあったが、それはすぐに捨てておいた。
一つ一つ個包装になって箱の中に鎮座しているそれはどこか外国のチョコレートらしい。原材料名や説明も全て英語で書かれていて、虎杖が下手な発音で音読している。
「めっちゃ入ってんな!一個食おうかなー…伏黒いる?」
「…貰う」
虎杖は楽しげにそのでかいチョコレートの箱の蓋を指先で回して俺に尋ねてきた。
今は甘いもの食う気が起きないけど、まあ個包装だし後で食ってもいい。一応貰っとくかと手を伸ばした、それが騒動のきっかけになるとは思いもせず。
「名前、組み手の相手しろ」
「いいよー」
放課後の道場は意外と賑わっている。
珍しく座学だけの日で体力的にも余裕があるので俺もやるか、と足を踏み入れると、パンダ先輩と名前さんが構えて立っていた。その傍らでは真希さんと狗巻さんがストレッチをしている。
「お、恵じゃん」
「おかか!」
「…先輩方、お揃いで」
「パンダパーンチ!!!」
「名前パーンチ!!!」
「こんぶ!しゃけ!」
「お前らもう少し真面目にやれよ」
ふざける三人に真希さんが突っ込む。
名前さんは俺に手を振るとまたパンダ先輩に何かプロレス技をかけようとしていた。
最近プロレス技にハマってるらしく、ここをこうしてこうやると四の字固めになる、とパンダ先輩に教えている。いるかその知識?いつ使うんだよ。
「藤波!俺の足を折ってみろ!」
「なんでパンダが猪木やってんの?」
てかまた変なTシャツ着てるな。名前さんの着ているTシャツには背中に「何故ベストを尽くさないのか」と書かれていた。…またクラスTシャツか?
二人でうおおと盛り上がる様子を片目に、俺も一先ず身体を慣らすことにした。
「ちょっと休憩ー!」
名前さんはどた、と俺の横に倒れ込んだ。
俺はちょうど次の調伏や術式の組み方を考えていたところだ。
「脱兎」
「おお!可愛い!」
飛び出てきた兎達を名前さんが抱いてよしよしと撫で回している。
よく見るとTシャツの胸の辺りに「どんとこい!超常現象!」と書かれていた。
「術式解釈の拡大中?」
「まあそんなとこです」
「この兎ちゃん達は探索向きの子達だね」
「そうですね」
ちゅ、と兎に唇を合わせて可愛がる姿は目に毒だ。…名前さんが修行中は変な服を着る趣味があって本当に良かった。
脱兎を解除するとパシャ、と手から消えたのが残念だったのか名前さんが口をへの字に曲げる。
「名前さんは?」
「パンダに四の字固めと蠍固め教えてきた。あとプロレスの歴史も」
「……」
だからいるか?その知識。
「今日は後輩指導ですか?」
「ん?この前呪具壊されちゃったから新しく構築してたのと、今日は基礎体力作りがメインかな。まあ必要なら指導するけど」
「じゃあちょっとやってみたいことがあるんで、手伝ってください」
「いーけど3分待って、休憩してから」
そう言って大の字で仰向けに寝転ぶのでわかりましたと俺は頷く他なかった。
その時、俺の荷物に名前さんがぶつかって中身が少し散乱する。名前さんは起き上がって「あ、ごめんね」と荷物を手に取ったのだが、その中にさっき五条先生からのお土産で貰ったチョコレートが2個あり、床に転げ落ちていた。
「わ、チョコ?!何これ高級そうだね」
「あー…五条先生からのお土産らしいです」
「そうなの?そういえば悟くんからのお土産、女子寮にもあったけどクッキーだったな」
「甘いもの好きでしたっけ。食います?」
俺が何の気なしにそう尋ねると、名前さんはいいの?と目を輝かせた。やっぱり食いたかったのか。
「やったぁ〜!糖分で体力回復♡いただき!」
名前さんはそう言うと嬉しそうにぺり、と包み紙を捲る。出てきた光沢のあるガナッシュらしきそれをぱくりと放り込んだ。
その瞬間だった。
「………!!」
最初はにこにこしていた名前さんの顔がみるみる赤くなる。
「なにこれ…」
とろんとした顔で俺を見ると、名前さんはふらふらと左右に揺れ始めた。…様子がおかしくないか?
大丈夫ですか、と声をかけると名前さんは「なんかフラフラする〜」とヘラヘラ笑っている。絶対に大丈夫ではない。
「なんでみんな揺れてんのぉ?」
「名前さんが揺れてるんですよ、ちょっと落ち着いてください。どうしたんですか急に」
「…あ…恵」
そしてはたと俺を見てふわんとした笑みを浮かべると
「…なんか今、恵とえっちしたくなってきた」
「は?!」
「お!」
「うめぼし!」
「うっわ」
情事を思わせるようなとろんとした顔でそう言うと、2年の先輩が一斉にこちらを見る。おい、見るな。つーか急に何言ってんだ、ここ公共の場、と俺が言う前に名前さんはばたりと床に突っ伏した。
「名前さん!」
「はひぇ〜?なにこれぇ〜?…こころがふたつある〜…」
「オイ名前!?しっかりしろ!このままだとでかつよになるんじゃないか?!」
「どうした恵、何があった!?大丈夫か!!」
「すみません、水ありますか」
「ツナマヨ!」
異常に気付いたパンダ先輩と真希さん、そして狗巻さんが飛んでくる。
多分今食ったチョコレートのせいだよな?
俺は倒れた名前さんの口を無理やり開けると指を入れてまだ舌に残っていたチョコレートを吐かせた。
既に溶けてどろどろになっているそれは、中にとろりとした液体が入っていたらしい。
「急性アルコール中毒の一歩手前ってとこだね」
すぐに家入さんを呼んで処置してもらい、出た結論はそれだった。
名前さんは医務室のベッドで横になりながら目を閉じて眠っている。まだ顔は赤いが、点滴のおかげで落ち着いたようだった。
「見た感じ、名前の食べてたチョコに酒が入ってたんじゃない?ウイスキーボンボンとかの場合、大体アルコール濃度3%に設定されてるし少量だから子どもが食べても問題ないとは言われてるけど。名前は多分アルコール分解能力がほぼないね。下戸だ」
「…そうですか」
「本人も知らなかったんだろ。仕方ない、事故だ事故。伏黒くんはあまり気にしなくて良いからね。それよりこんなものを買ってきた五条を一発ぶん殴ったほうがいい」
五条先生から貰ったチョコレートの中にはウイスキーだかブランデーだか、とにかく酒が含まれていたらしい。しかも海外製のものなので、日本の既製品よりもアルコール濃度が高かった可能性があると。
知らなかったとは言え俺が渡したものを食べて倒れた、という事実に申し訳なさを感じる。
医務室のベッドに横たわる名前さんを見ると薄ら目を開けて俺に向かってピースしていた。
「…復活」
「してないでしょ。…すみません、俺がよく確認もせず渡したからです」
「硝子ちゃんの話聞いてた?恵悪くないから。事故だよ事故。…ねえ硝子ちゃん、もうルート抜いていい?」
「だめ。この一本分終わるまで待って、尿が出るまでは安静」
「…はーい」
名前さんは不服そうだったが素直に返事をするとまた俺にピースをしてくる。
家入さんは飴を舐めながらスマホを取り出した。誰かから着信があったようで「少し外す、君の彼女が悪さしないように見ておいて」と言うと出て行ってしまった。
先輩達も大事ないとわかるとすぐ引き上げていったし、医務室には俺と名前さんの二人だけだ。
俺は近くにあった丸椅子を取って名前さんのベッドサイドに置いて座った。
「下戸だったんですね」
「ね。私も知らなかった。でも最初はふわふわしてて気持ち良かったんだよ?大人がよくお酒の勢いで云々とかいう気持ち、わからなくもなかったな。まあすぐしんどくなっちゃったけど、お酒飲める人はあの状態が続くんだねぇ」
感心したとでも言うようにつらつらと喋る名前さん。だとしても俺は気が気じゃなかったけどな。
「名前さんは二度と飲んだらダメです」
「何で?よく練習したら強くなるとか言うじゃん?私も鍛えたらいけるんじゃないの?」
「遺伝子的に無理なんでしょ。五条先生も下戸だし、もしかして血筋的に飲めない人多いんじゃないですか」
「そうなのかな?でも悟くんは六眼で分解出来るからね。…一瞬はしんどくなるらしいけど。いいなぁ、私もあと2年したら法律的には飲めるのに」
がっくりと言った感じで名前さんはベッドから起き上がりながら点滴の残量を確認した。まだ3割ほど残っている。
「そんなに飲みたいですか、酒」
「飲みたいって言うか…」
そこまで言って名前さんはじっと俺の顔を見た。
「…恵は飲んだことあるの?お酒」
「ないです」
「一滴も?」
「…酒が入ってる洋菓子とかは食ったことありますけど」
「ふーん。しんどくならなかったんだ。じゃあ恵は多少なりとも飲める人なわけだね」
いいなぁ、と名前さんは三角座りで膝を抱く。
「なんか飲んだ瞬間、頭がふわふわして視界が揺れて気持ちよくて、身体が熱くなったんだよね。あの状態で恵とえっちしたら気持ち良いだろうなと思って」
…それでさっきあんなこと言ってたのか。
何でもないみたいにそんなことを言われるとこっちがイライラする。心配したし先輩達の前でそんなことを言い出した時は死ぬかと思った、色んな意味で。
「勘弁してください、俺そういう趣味ないですから」
「わかってるって、そんな怒らないでよ」
俺が名前さんを睨みつけて叱ると、「ひーん」と言いながら名前さんはわざとらしくべそをかいた。
「でも恵がすぐ助けてくれて良かった。ありがとう」
「当然のことをしたまでです」
「お、クールぶってる」
「別に、ぶってるわけじゃねえし」
俺がそう言うと名前さんはにこにこ笑って俺の頭を撫でた。
何となく医療用のカーテンを閉める。少しだけまだ顔が赤い名前さんをなるべく優しく抱き竦める。名前さんがそっと俺に腕を回して胸が満たされていくのを感じた。
「なんかこういうの、青春って感じするね」
わざと茶化すように名前さんがそう言うので、「もう黙ってください」と言って無理やり唇を奪った。触れるだけのキスを何回かしていると、名前さんが少しだけ顔を背ける。
「硝子ちゃん戻ってきちゃうかもよ」
「そうですね」
「いいの?」
「…点滴が終わるまでの間なら、いいんじゃないですか」
俺がそう言うと、「ふふ」と名前さんが少し笑った。
「ということがあったワケだ、ボケ五条」
『あらら。それは面白いものを見逃したな』
「クソが。アルコール入りのものなんか土産で持ち込むな、お前も飲めないくせに」
『だから女子寮にはクッキーにしたんだよ?名前は僕と同じで多分下戸だろうと思ってたからさ』
「……」
『まあでもうっかり恵の部屋で食べて、やらしい感じになったら面白いなとは思ってた』
「命に関わることだよ、二度とするな」
『ごめんなさーい、気をつけまーす。ところで今その二人はどこで何やってんの』
「医務室でずっとイチャイチャしてる。私が入れなくて仕事が出来ない。お前のせいだからな、次会ったら殴る」
『えー?それは僕関係なくない?』
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