「…で、何で俺ですか」
「だって補助監督に電話繋がらなかったんだもーん」
「……」
だもーん、じゃねぇよ。
俺が名前さんから連絡を受けて池袋に行くと、パチンコ屋の路地裏に名前さんが立っていた。自販機の前でペットボトルのお茶を飲みながら、俺に向かって手を振る。
その手には鎖が握られていて、名前さんは中年男性らしき人物を鎖でぐるぐる巻きにして、その場に突っ立っていた。
男は気絶しているらしく、ぴくりとも動かない。一般人が見たら誤解を受けかねない状況だ。警察呼ばれるぞ。
事の発端は30分ほど前。
中野の本屋にいた俺に名前さんから突然の着信。
『恵の影ってさ、人も収納できる?』
「出来なくはないですけど」
『ほんと?!今どこ?一人?』
「中野ですけど。一人です」
『え、中野?ブロードウェイある方の中野?』
「…そこ以外に中野ってありますか」
『近い!池袋まで来れる?』
これだ。
この呼び出し方、五条先生とそっくりでさすがにモヤついたが、惚れた弱味なのか名前さんの呼び出しを無視できない。
言われた通り池袋に向かって、今に至る。
「…誰ですかこれ」
「わかんない。急に襲われた。多分呪詛師?私の名前知ってたんだよね」
「…死んでませんよね?」
「………」
「えっ」
「いや…き、気絶してるだけだよ、多分」
名前さんは目を泳がせながらそう言った。
「補助監督今日みーんな休みか仕事でいないみたいで、高専に連絡しても誰も出なくてさ。これ連れて山手線乗るのもタクシー乗るのもさすがに恥ずかしいから、恵に運んでもらいたいなと思って」
「これ連れて山手線乗ったら鉄道警察呼ばれますよ」
「まあタクシーでも警察呼ばれるけどね」
「ったく…。人使いが荒いです」
「でも、すぐ来てくれたね」
「……」
ウインクする名前さん。
都合のいい男になってないか、俺。
まあ人一人仕舞えないこともないが…それより俺が気になってるのは何でこんなところに名前さんが一人でいるのかって事だ。
そして名前さんから煙草の匂いがする。…まさか男じゃねぇだろうな。
俺の表情を見て何か察したのか、名前さんはペットボトルをそばにあったゴミ箱に捨ててぴっと人差し指を立てるとまた喋り出した。
「恵が考えていることを当てよう」
「…」
「名前さん何でこんなとこにいるんだ?てかタバコ臭ぇな?何やってたんだ?浮気か?てかおっぱいでかくね?」
「…まあ最後の以外は大体合ってます」
「じゃあ一つ一つ応えてあげるからこのおじさんを仕舞って」
仕方なく拘束されたままの中年男性を影に収納する。重。
名前さんは伸びをした。とりあえず駅向かお、と言われたのでそのまま隣を歩く。
「何でここにいるかと言うと、金ちゃんに会ってたからです」
「きん…ちゃん?」
「同級生。秤って言えばわかる?停学になってる先輩いるでしょ」
「いるんですか、ここに」
「もういないよ。帰った」
「……」
「そこのパチンコ屋でちょっと喋ってたから煙草の匂いついちゃっただけ。浮気じゃないよ安心して」
「そうですか」
3年のアウトローっぷりには最早触れる気も起きない。別にパチンコ屋にいても不思議じゃないくらいには。
秤さんは勿論、その秤さんとまともに関係を築けているということは名前さんもそこそこ悪いことを知っているし、したこともあるのだと思う。
「あとおっぱいがでかいのは元々だけど最近は恵が揉…」
「それは良いです、言わなくて」
「知ってるもんね、言わなくても」
俺が遮ると名前さんはふふとまた面白そうに笑った。揶揄われている。
「秤さんの居場所、知らないって言ってませんでした?」
「うん、知らないよ?でも連絡手段はあるから」
…そういうことか。
ハブられてるって言ってたけど嘘じゃねぇか。俺の知らない名前さんの交友関係が垣間見えて何だがモヤモヤする。
当たり前だが、この人にはこの人の事情があるから仕方ないことではあるが。
「恵は何してたの?」
「本屋巡り。…あと調べ物」
「…いいね、今度は私も連れてってよ」
「退屈ですよ、多分」
「何で?恵が好きなことは私も知りたい」
さらっとそんなことを言うので思わず固まってしまった。
名前さんは何でもないようにそういえば〜と話し続ける。そこで名前さんのスマホに着信。
「うお、伊地知さんだ。無視しようかな」
「…気の毒なんで出てください」
「冗談、さっき掛けたから折り返しだと思う。もしもーし、名字でーす。…はい、そう、ごめんなさい土曜なのに。なんか謎の呪詛師らしきおじさんに襲われて……あ、うん、大丈夫。バッチリ返り討ちにして拘束しました。なので引き取りに来て欲しいなと」
伊地知さん、土曜も仕事してんのか…。本当に気の毒だ。
「池袋です。…じゃあ西口で。拘束の呪符一応持ってきてくださいね。…あ、私は恵とデートなんで大丈夫です。はい。……公園のロータリーのとこでいいですか?」
そう言って名前さんは通話を切るとピースした。
「デートするんですか」
「するでしょ。一回高専帰ろうかと思ったけど伊地知さん引き取りに来てくれるって。恵無駄足になっちゃうじゃん、デートくらいしないと」
「…俺は別に、寮に戻って二人で過ごしてもいいですけど」
「そしたらすぐえっちしたくなるでしょ?たまには健全なデートしようよ」
「もう少し恥じらいとかないんですか」
「恵だって否定しないじゃん」
「うるせぇ」
「…ふーん、面白そう。ねえ、これどっかで読もうよ」
俺が持っている紙袋を覗きながら名前さんはにっこり笑った。本当に興味あるか?どっちも結構エグい内容の自伝本だぞ。
ついさっき西口のロータリーで伊地知さんに男を引き渡したところ、五条先生も車に乗っていてゾッとした。この人マジで何処にでもいるな。
名前さんは特に驚くでもなく「おつー」と挨拶していたが、五条先生は「え?何?ちょっと、青春じゃ〜ん♡いいなー」とニヤニヤして俺を見てきたのが不快だった。
それに対して「いやいつももっと青春してるよ、部屋で」とか名前さんが言い出すので俺は「もう二人とも黙ってください」と言わざるを得なかった。
「恵コーヒー飲める?」
「はい」
「じゃあコーヒー屋さんに行こう!気に入ってる店があるの」
名前さんはサンシャイン通りを越えて駅から離れたコーヒーショップに入ると、慣れた様子で「二人」と指で示した。端の方のテーブル席に案内され、向かい合って座る。
「よく来るんですか」
「ううん、たまにだよ。人連れてきたのは恵が初めて」
「……」
「ブレンドでいい?」
「はい」
そう言うと名前さんはブレンドを二つ注文した。ふーん、と気のないふりをしながら、内心喜んでいる自分がいる。
誰も知らない、五条先生も知らない名前さんの秘密の場所、というわけだ。嬉しくないと言ったら嘘になる。
何より読書には打って付けの場所だった。
駅から離れている分、人も少ない。
「名前さんが一人でコーヒーとか、イメージにないですね」
「…そう?私だって一人でコーヒー飲んでぼーっと考え事することくらいあるよ」
「考え事をしに来る場所なんですか」
「……」
「良いですよ、本読んでるんで。考え事しててもらっても」
そう言って俺がさっき買った本を取り出すと、名前さんは少し驚いた顔をしていた。
「ありがとう」
名前さんはおしぼりで手を拭きながら、窓から外の景色を眺めている。
「金ちゃんと話すといつも頭の中ゴチャゴチャしちゃうから」
「聞いてもいいんですか」
「聞いてくれるの?」
「まあ、彼氏なんで」
俺がそう言うと、名前さんは「やさしー彼氏」と少し笑った。
「お前は甘ちゃんなんだって言われちゃったよ」
「あー…」
わからなくもない。
俺の反応に名前さんが「恵まで…」と拗ねた様子でテーブルに突っ伏す。俺は買ったばかりの本を開くと目を落とした。
「甘いっていうか、優しすぎる」
「………」
「俺はそれでよくやきもきしてるんで」
「……ごめん」
小さな声で名前さんは謝ると、まるで甘えるように突っ伏したまま俺の手を取って握った。
じ、と上目遣いで見つめられる。…それ、可愛いから人前でやるのやめろ。俺と二人だけの時にしてくれ。
「恵もそう思う?」
「思う」
「……だよねー」
俺は開いたばかりの本から目を上げて元気のない名前さんの手を握り返した。
「でもそれが名前さんの揺るぎない部分でもあるんで、俺は好きですよ」
「……キュンときた。もっとそういうのちょうだい」
「やっぱり寮に戻った方が良かったんじゃないですか?」
俺がそう言うと、名前さんは「わからせてくれるってこと?」と少し笑って起き上がると、また一口コーヒーを飲んだ。
「…恵のそういうとこ、好きだなぁ」
「……」
「あ、照れてる」
「普段言わないのに今急に言うの、タチ悪いです」
「?」
「好き、とか」
「…言ってるよ?」
「…そういうことしてる時だけだろ」
「…そう?…そうかな。そうかも。…じゃあ今いっぱい言っとこ!恵好き好き好き好き好き好き好き好き好き」
「うるさ…」
いい加減恥ずかしくなってきて顔を逸らした。嫌じゃない、けど人の目があるところでこういうのは俺の主義に反する。
「…部屋で二人の時は恵の方が好き好き俺以外の男見るんじゃねぇってオラついてるのにね」
「もう黙ってください、本当に怒りますよ」
握った手をさらに強く握りしめると態とらしく名前さんが小さな声で痛たたたー!と戯けた。
「楽しいね」
それでも、名前さんは楽しそうに笑うのでなんだか馬鹿らしくなってきて、俺も少しだけ笑う。
「あ、恵笑った!」
「俺だって笑いますよ、人間ですから」
「…私以外にあんまりニコニコしないでね。恵かっこいいし優しいからすぐその辺の女の子は恵のこと好きになっちゃうもん」
「…その言葉、そっくりそのままお返しします」
「え?!私達もしかしてモテカップルってこと?!」
「静かにしてください」
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