「星漿体っていうのは要するに天元様と合体して人柱になる存在のことらしーよ」
「がったい?」
「名前アホだしまだガキだからわかんないか」
「アホじゃないもん。もうかけざんも6の段までできるし」
「まじ?お前まだ幼稚園児だよな?すごいね」
「らいねんから年長さんだもん。もうおねえさんだもん」
「ハイハイすげーでちゅねー」

幼稚園の終了式が終わった後、ご挨拶のために本家に私が両親と訪ねた時、久々に再会した親戚の悟くんは相変わらず口の悪いお兄さんだった。
口は悪いけど、悟くんはたまに私と遊んでくれたり、私に術式が刻まれているとわかってから長期休暇には呪術に関することを教えてくれたり、決して意地の悪い人ではなかった。

「わたしがその、せいしょーたいってこと?」
「そ」
「じゃあわたしいつかそのテンゲンサマとがったいするの?」
「なんかその言い方エロいな」
「エロい?」
「いやまあ…うん、そういうことではあるけど」

まだ寒い京都の春。
両親達は大人の話をしに広い部屋に集まっていて、暇な私とやる気のない悟くんは居間のコタツに二人で入ってみかんを食べていた。

悟くんは今年からコーセンという高校みたいなところに通い初めて、それが東京の学校なので、会う機会が減った。
前はちょこちょこ会って遊んでもらってたのに、今年に入ってからはお正月とこの春休みで顔を合わせるのは二回目だ。
でも悟くんは相変わらずで何も変わってない。ただ違うのは、同級生のスグルという人の話を面白そうにしていた。

さっきまでそんな感じのいつも通りの雰囲気だったのに。
急に悟くんはセイショータイの話を、まるで内緒話みたいに始めたのだ。

「そしたらわたしどうなるの?」
「死ぬよ」

悟くんから発された言葉に私はみかんの筋を持ったまま固まった。
死ぬ?
死ぬということがどういうことかはよくわかっていないけど、怖いことで、この世からいなくなってしまうことだということだけはその時にわかっていた。
何故ならおばあちゃんがそう言ってたから。

「……やだ」
「だよなぁ。でもアッチの大人たちが集まって今みんなで話してんのはそーいう話なワケよ」

悟くんは何でもないというように頷きながら、みかんを食べ続けている。

「わたしのしぬはなし?」
「うん、でも大丈夫。お前よりも適任の星漿体がいて、お前が天元様と同化させられる可能性は低いらしいから」
「……」
「ま、もしそうなった時は俺に任せとけ、なんとかしてやるし」
「悟くんになんとかできるの?」
「舐めんなよクソガキ。俺は最強だから何でも出来んの。でもお前もそれなりの努力しろよ」

悟くんはダルそうにそう言いながらもぐもぐとまたみかんを食べた。

「なにすればいい?」
「俺くらい強くなれ」
「…悟くんくらい?」
「そ」
「どうして?」
「お前に星漿体としての価値以上の価値があるって馬鹿どもに知らしめんだよ。そしたら誰も、お前から何も奪えない」
「…」
「お前賢いから多分今の話だけでわかってるよな。6の段覚えるよりずっと難しいし、単純じゃねぇから腹括れよ。出来ねーならその辺のおっさんと結婚して子供産んで終わりか、最悪天元様と同化して終わりだ、お前の人生。どれ選んでも地獄だから、せめて好きな地獄を選べ」

お前の人生は地獄、だなんて。
でも悟くんが言うからそうなんだろう。パパもママも私に本当のことは言わない。

「なんでそんなこと言うの?」
「お前、才能あるから」

私知ってるんだ。悟くんだけは嘘をつかないって。

「…悟くん」
「なに」
「わたし、なにも奪われたくない」

悟くんの目を見てそう言うと、悟くんがニヤリと愉快そうに笑った。

「良い返事。それを待ってた」











…懐かしい。
そんな話したことあったなぁ、なんて思いながら思い瞼を持ち上げた。
夜明けと共に白んで来た空をベッドで横になりながら見つめる。

あの日の悟くんのお陰で、今私は誰からも何も奪われずに生きていられている。
私が頑張っている姿を見て、悟くんも手を差し伸べてくれた。悟くんはとても厳しいし、すごく宿題を沢山出すし、小さい時は怖くてたくさん泣かされた。今よりもスパルタですごく怖い師匠だった。
それでも私を一人の人間として尊重してくれたのは、実家や本家の中では悟くんだけだったと思う。

これから先どうなるかはわからないけど、とにかく今が平穏無事であることは幸せだ。

そんな物思いに耽りながら、うーんと伸びをして起き上がると、宿泊していたホテルの部屋の窓に近づいて外を見る。

長期任務最終日。と言っても今日は帰るだけ。
私一人で受けた任務は無事、達成出来そうだった。天元様から私への任務だから、いつもの呪霊討伐とは訳が違った。でも大丈夫。

誰も私からは何も奪えない。

「……」

そろそろ、出よう。
私は手に持った呪物に封印の護符を重ねた後、自分の構築術式で作った細いチェーンを巻きつけたところで、スマホに着信が入る。

黙って通話ボタンをタップすると電話の声の主が『あ、』と少し戸惑ったような声音を出した。

『…すみません、寝てましたか』
「ううん、ちょうど起きたところ。おはよう、恵」
『おはよう、ございます』
「どうかした?」
『…』
「?」
『…いや。どうしてるかと思って』

何それ、可愛いんだけど。
私が思わずふふと笑うと、恵が電話口で舌打ちをして「何ですか、」と拗ねるのがわかった。

「笑ってごめん。元気だよ。昨日の深夜に任務は無事完了して、ホテル一泊してもう帰るところ」
『良かったです』
「心配してくれてたんだ。予定より長かったもんね」
『……』
「早く恵に会いたいな」

本心だった。
心から出た言葉。恵に会いたい。
会って安心したい。あの夢の続きの話が現実になることはない、きっと大丈夫。

『俺も、会いたいです』
「ふふふ、帰ったらヨシヨシしてあげるからね!」
『そういうのいいんで…』
「すぐ戻るから待ってて!今日任務ある?」
『今から一件あります』
「じゃあ終わったら今日の夜鍋しようよ!恵の部屋で!」











「お邪魔しまーす!」
「どーぞどーぞ!入って入って!」
「…ここ俺の部屋ですよ」

予定通り、恵の部屋で鍋の準備を始める私に、恵はやや呆れながら生姜をすりおろしていた。
少し遅れてやってきた虎杖くんがドアをきちんと三回ノックして、やや気まずそうに私達を顔を見せるのが少し面白い。

「……お、鍋!何鍋?腹減ってきた」
「鶏団子鍋にしたよ。虎杖くん料理上手なんでしょ」
「上手ってか最低限出来るだけだよ?釘崎は?」
「まだ。真希さんと飲み物買いに行った」

私が野菜やお肉をお皿に盛りながら、カセットコンロの上の大きなお鍋で出汁を取っていると、虎杖くんが座った。

「いい匂いー!」
「京風出汁だよ。鰹と昆布」
「名前さんて実家京都だったっけ?」
「うん、そう」
「京風ってつくだけで何でも美味くなるのアレ何なん?」
「要するに全部ダシ入ってるだけだよ」

私がそう言うとふーんと虎杖くんは頷いて箸を並べ始めた。気がきく子だなぁ、本当に。

私が恵の部屋で鍋を提案して寮に戻った時、他のみんなも呼ぼう!と言った瞬間の恵の落胆の顔と言ったら面白すぎてちょっと笑ってしまった。私と二人でベタベタしたかったらしい。
俺の部屋でですか?と本当に嫌そうにされたけど無視して決行している。だってたまにはこういうのもいいじゃない?

「飲み物買ってきましたー!」
「邪魔するぜ」
「お!女子キター!」

またドアが開いた。ノックもなしに釘崎ちゃんと真希がやって来たのを見て私が手招きすると、恵はもう黙って生姜を擦りおろすことに集中している。

「このメンバーで鍋ってなんか新鮮ですね」
「棘とパンダは任務で遅れるらしいからな」
「先始めちゃお。じゃあもう具材入れちゃうね」

私は膝立ちになって菜箸で鍋の具材を入れていく。ん、と隣に座る恵に渡された生姜を少しだけ入れて、「お酒とって」と私が手を伸ばすと、恵が料理酒を渡してくれた。

「入れすぎないでくださいよ」
「わかってるってー。でもちょっと多めの方がコク出て美味しいよ?」
「味が濃くなるんですよ」
「もー…年寄りみたいなこと言う…」
「あとその匂いで酔うのも禁止」
「こんなので酔わないもん」
「この前気持ち悪くなってたでしょ」
「あれは開封したばっかりで匂いが強かったから…」

そんな私達のやりとりを見て釘崎ちゃんと真希がニヤニヤして私を見ていた。

「何?」
「なんか今の夫婦みたいでしたよ」
「は?」

恵が不機嫌そうに釘崎ちゃんを睨むが、釘崎ちゃんはますます笑うだけだった。君ら仲良いのか悪いのかどっちなんだ。

「夫婦みたいにもなるよねー、付き合い意外と長いし」
「そうなん?そういや伏黒と名前さんてどういう知り合い?」
「そりゃ勿論悟繋がりだろ」

虎杖くんの疑問に真希がニヤリとしながら応える。コップにコーラを注ぎながら、真希は眼鏡を外した。湯気で曇るからね。

「恵が小学校4年?とか5年の時だったかな?」
「…俺が小4の春休みですよ」
「あれ?そうだったっけ?春休みだった?冬休みじゃなくて?」
「春休みです。名前さん中学入る直前に上京してきたんですよ。覚えてないんですか?」
「伏黒ばっちり覚えてんじゃない、気色悪いわよ。ストーカー?」
「記憶力が良いだけだ。お前と一緒にするな」
「はあ?私がいつ誰のストーカーしたってのよ?」
「はいそこ喧嘩しなーい」

恵と釘崎ちゃんの言い合いに虎杖くんが間に入った。この三人、こういう感じで何やかんやで仲良いのでは?羨ましいなぁ。

「そうそう、それで〜…悟くんに恵を紹介されて、年近いから仲良くしろって言われて、任務めっちゃ一緒に行かされるようになったんだったかな?」
「子どもにも容赦ねぇな悟…」

真希が呆れ顔でコーラを一口飲む。
恵は黙って頷いた。

「じゃあ不良時代の伏黒とかも知ってるんですか?」
「うん、知ってる知ってる。なんか小難しいこと言ってバカスカ殴りまくってたよね。私バカだからよくわかんなかったけど」
「バカスカは殴ってないです」
「いや殴ってたよ。私が任務で学校まで迎えに行っても、恵そいつらコテンパンにするまで終わらないからもう暇で。終わるまでずっとポケモンやってたもん私」
「名前さんが止めるとこじゃないんですかそこは」
「えー、まあ尖りたい時期は尖らせとくべきかなって。恵も色々悩む時期だったしね。まああと私はポケモンやりたかったし」
「お前ポケモンのことしか考えてなくないか」
「真希うるさい」
「…もう俺の話良くないですか」

少しだけ恥ずかしそうに目を背ける恵。
アレってやっぱ恵にとって黒歴史だったんだ。
私は鍋の蓋がぐつぐつなるのを見て少しだけ蓋をずらした。ひき肉入れてるからしっかりめに煮込もう。

「伏黒が不良だったって知らなくて、この前伏黒の母校に任務で行った時びっくりしたんですよ」
「そう?まあでも恵は真面目な不良だったよね。頭良いから」
「それって褒めてます?」
「褒めてるよ。気に入らん奴をボコボコにするだけで、勉強はちゃんとしてたよね?確か」
「…一応」
「私の方が成績悪かったよ。数学と理科と体育以外10段階でオール2だったもん、中学とか」
「それは名前が馬鹿すぎる」
「真希ー…!」

私が真希を小突くと真希がやるか?と手をポキポキ鳴らし出した。

「名前さんて理系?」
「うーん、文系でないことは確かだね。難しい漢字とかほぼ勢いで読んでるし、古典は何言ってるか全然わからん」
「じゃあ理系じゃん。名前さん数学得意なら俺に教えて!伏黒に教わっても賢すぎてよくわかんねぇ」
「いいよ、でも私の説明もよくわかんないって言われるけど……あ、できましたー!」

他愛もないおしゃべりをしながら、火を少し弱めて蓋を開けると、みんなが「わぁー」と歓声を上げる。
うん、鍋のこの感じって本当最高。




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