情事の後の倦怠感が心地良い。
俺の腕の中で良がって、俺を求めていやらしい姿を曝け出している名前さんを見るのは最高の気分だし、それが終わった後に重ねる唇も、俺を呼ぶ声も、恥ずかしそうに微笑む名前さんも、全部全部俺だけのものだ。

俺以外誰も、きっとこんな彼女を知らない。
今この瞬間、名前さんの全てを見て、触れて、感じることが許されるのは俺だけ。

この幸福感と愉悦がいつも腹の底に渦巻いている名前さんへの執着を緩和してくれている。

そんなことをぼんやり思いながら名前さんの髪を撫でて指で弄んでいると、名前さんのスマホに着信が入った。
名前さんはそれまで目を細めて俺に身を委ねてうとうとしていたのに、その音を聞くなり慌ててスマホを手に取る。ちらりと見えた発信主の名前にまた俺の内にある黒い感情が鎌首をもたげた。

「ごめん、出るね」

…今23時だぞ。俺の返事も待たずに通話ボタンをタップすると、「はい、私だけど」と起き上がりながら話し始めた。

ベッドの下に落とした下着や服を拾い上げながら、話し始める名前さん。俺も身体を起こして気のないふりをしながら耳を側立てる。

「…何時だと思ってるの、勘弁してよ。…起きてはいたけど。……………はー…」

名前さんはスマホの終話ボタンをタップすると、下着を身につけながら深いため息を吐いた。俺が付けた赤い痕が耳の下辺りに覗いている。

「…五条先生ですか」
「……」

聞かなくてもわかることだった。
名前さんは黙って頷くと、下着姿のまま、俺に抱きついてくる。反射的に腰を抱くと、名前さんは俺に頭を寄せた。

「恵と朝まで一緒にいたかったな」
「…」
「明日早朝の任務になった。…悟くんが今から資料持ってくるからもう戻らないと」

ごめんね、と言って名前さんは俺の頬を包んでキスを落とした。俺が脱がせた服を流れるような早さで身に纏い、「バイバイ、また連絡する」と言ってさっさと俺の部屋から出て行ってしまう。

最近、こういうことが多い気がする。というか俺が知らないだけでこれまでも名前さんは五条先生の言いなりだったのかもしれない。
任務は仕方ない、でも何だ?この呼び出し方。他の生徒や術師にはここまでの無理は五条先生でもさせていないように思う。














「なんか最近の恵さぁ、ちょっとこう…よくないよね」

五条先生にそう言われた時、何のことか一瞬意味が分からなかった。

「浮ついてるっていうのとは違うな。思慮が浅くなってるっていうのかな」
「普通に暴言ですよ、それ」

五条先生に修行をつけてもらって案の定ボコボコにやられた俺は、暴言まで吐かれて不快感を募らせた。
窓を見ると既に陽が傾いている。

「何をそんなに焦ってるのかな」

五条先生は道場の床に寝そべったままの俺を屈んで見下ろした。
今の一番の懸念事項はアンタだよ。アンタが油断ならないから。

「…名前さんが高専に入学するよう手配したのって五条先生ですよね」
「そうだけど?」
「先生は俺に条件を課して俺を助けました。名前さんも多分そうですよね?」
「恵の場合はそれ以上どうしようもなかったからね」

五条先生はそう言うと、ただ黙って俺を見下ろしている。

「名前さんとどういう契約をしたんですか」
「気になる?」
「はい」

五条先生は自分がしたいと思ったことには素直だが、それ以外のことや俺のようなやむを得ないケースに関しては取引を提示することが多い。まあ一応、その取引自体も善意によるものが多いが。

例えば虎杖や真希さんの保護は先生の善意の範囲。最初は名前さんもそのパターンだと思っていた。
けど違う。

「名前さんはどんなに悪態をついても、絶対五条先生の命令には逆らわないんです。多少の無理は必ず引き受けます。交流会の裏で名前さんを動かしたのも五条先生ですよね」
「…気付いてたんだ」
「それに五条先生からの電話だったら、俺と寝てどんなに疲れてる時でもすぐ出ます」
「…それは悪いことしたね♡」
「名前さんは五条先生に逆らわないんじゃなくて、逆らえないんですよね?」

そこまで言うと五条先生は少しだけ笑った。その笑顔が妙に怖くて、俺は目を見張る。

「ふーん、そういうふうに思ってるんだ。まあいいよ、だったら何なの?」
「理由を知りたいです」
「知ってどうする?」
「…俺がその一助に、なれたらと思う程度です」

僅かに言い淀んだ俺に五条先生はふーんとまた含みを持たせる。
ポケットに手を突っ込んで立ちあがった五条先生は、先ほどの俺と同じように窓を見つめた。俺はその整った横顔を黙って見上げる。

「恵にはまだわからないかもしれないけど、因果っていうのがこの世界にはあるんだよ」
「……は?」
「例えば僕の持つ六眼もそう。恵の持つ術式もそう。因果っていうのは繋がっていて、一見関係ないように見えて切れることのない糸で繋がっているわけ」
「……」
「名前も一つの因果…ま、言い方を変えると宿命ってやつ?そういうものを抱えているんだよね。僕は今、それから名前を護ってるんだよ」
「…それって五条先生が手を焼かないといけないような、重大なことなんですか」

俺が問うと、五条先生はまたにこりと笑った。肯定、ということらしい。

「僕の六眼と繋がっていることでもあるからね、その因果は。…あの時にその糸が切れてなければの話だけど」
「……?」
「僕も若い時の苦い経験から、この件に関してはとても気を揉んでいるから。そのために名前には強くなってもらわなくちゃいけなかったんだ。その点は恵とよく似てるかもね」
「…俺には何の話だかわからないんですけど」
「まだわかんなくていいよ。まあでも安心してよ、恵が懸念しているような主従関係とは全然違うものだから」

主従関係、という言葉に思わず反応してしまう。そう、正しく俺が感じていたそれ。

「名前さんの因果って何なんですか」
「うーん、それは僕からは言えないなぁ」

ますます意味がわからない。

「名前ってね、ある時から未来の話をしたがらなくなったんだよ。気付いてた?」
「……」
「この前、恵が名前と結婚したいって言ってフラれたのもそれが原因だよ」

五条先生が俺達のことをわかったような口振りで話すのははっきり言って不快だった。
アンタが名前さんの心の何を知ってるんだよ。

「別にフラれてないです」
「"結婚してください"の返事が"自分を大事にしろ"っていうのはフラれてることになるんだよ、世間一般の解釈だと」

そう言って五条先生は笑うと片手をポケットから出してちょいちょいと手で示した。
かかってこい、ということらしい。

「だからフラれてねぇよ。…保留になったんです」
「保留?ウケる、名前ほんとに面白いね。僕との結婚も蹴って、禪院との結婚も蹴って、恵との結婚は保留か」
「…は?」

五条先生の言葉に俺は目を見開いた。言葉が出ない。

「まあそういう話もあったってだけ。随分と昔のことだから気にしなくていいよ。恵が思ってるようなことにはなってないから。僕もその時は本気じゃなかったし」

は?その時は、ってなんだよ。
その時以外に名前さんのことを本気で狙ってた時あるってことだろ、その言い方。

「…それだけ喋るなら、この件の本質を説明してください」

おちょくるような態度に流石にイライラしてきた。俺は先生の言う通り立ち上がって構えた。

「知りたいなら名前に直接聞きな」











五条先生との稽古の後、寮へ戻ろうと道場を出ると、何故か道場の引き戸の前で名前さんが誰かと電話で話していた。
俺を見ると手を上げて目配せしてくる。

「…もう切るよ」

誰と話していたんだ。てかこの人いつも電話してるな。いろいろ思うことはあるが、名前さんはスマホを仕舞うと、「お疲れ」と俺を見上げて微笑んで突いてくる。俺も「お疲れ様です」と返すと、名前さんは周りを見回した後、えい!と急に抱きついてきて、俺は無言で耐えた。

「汗かいてるんでくっつくのやめてください」
「別にいいよ。気にならないし。…ねえ、もしかして悟くんいる?」
「いや、もう出ました。これから任務らしいです」

俺が道場の鍵を閉めながらそう言うと、名前さんはその鍵を見つめていた。

「あ、そうなんだ」
「名前さんは?五条先生に何か用事ですか」
「そんな感じ。でもいないならいいや、急ぎじゃないから」

二人きりだ。
人前で男女の仲を匂わせるのは俺の主義に反する。公共の場や知り合いの前で名前さんを特別視しないようになるべく気をつけているが、最近二人になると場所を問わず彼女に触れたいと思ってしまう。

名前さんはその辺りあまり気にしていないらしい。俺に突然くっついてくるのは付き合う前からだが、最近は人目を避けるように配慮はしてくれている。

「恵?」

ダメだ、自制しないと。
落ち着け、俺。

そんな俺の気も知らず、名前さんは不思議そうに俺を上目遣いで見上げてくる。…可愛い。

「…どうしたの?」

いや、もしかしてわかっててやってんのか。
俺の意図を汲んだのか、名前さんはそう言って俺の手を握った。その手を引き寄せて名前さんの頭を撫でながら顔を近付ける。

さっきの五条先生の言葉がずっと頭の中で引っかかっていた。因果?五条先生と名前さんがそんなもので繋がっているなんて。

互いの唇が重なる。名前さんが驚いて目を丸くしているのがわかる。拒否はされないので柔らかい唇の感触に夢中で口付けた。
…自制、出来てないな俺。

「恵、なんか変。どうかした?」

普段ならこんな場所でこんなことを絶対にしない俺を不思議に思ったのか、名前さんは握っていた手の指を少し撫でて制止した。

「すみません」
「いや、私は別にいいんだけど」
「…」
「悟くんと何かあった?」

首を傾げて尋ねられる。図星だ。
俺が黙るのを見て名前さんは相変わらず不思議そうな顔をしている。
聞いてしまおうか。五条先生には直接本人に聞けと言われたし。

「名前さんに聞きたいことがあります」
「うん?改まって何?あ、私ちゃんと恵のこと好きだよ?この前もいっぱいしたけどもしかしてまだ欲求不満?今日もしたい的な?」
「いや、そういうことじゃなくて…」
「…じゃなくて?」
「…五条先生と、名前さんが、」

俺が言いかけたところで、名前さんのスマホが鳴る。電話らしい。着信者名が何故か"萩本欽一"となっていて思わず絶句してしまった。

「恵?」
「出なくて良いんですか」
「…あー…出ていい?」
「はい」
「…もしもし?私だけど。何ー?…うん。…知らん。…うん。えー……忘れた、何だっけ、6474?とかじゃなかった?」

…まじで誰と何の話してんだよ。
名前さんは俺の手を握ったまま普通に話し続ける。

「6484かな?…今?彼氏とちゅーしてた。羨ましい?羨ましいでしょ?……あれ、言ってなかったっけ?」
「……」
「わかった、じゃあ6434だよ多分。それか6494」
「…」
「ほらビンゴ。金ちゃんによろしく。バイバーイ」
「…何の電話なんですかそれ」
「共同で使ってるロッカーの暗証番号、綺羅羅が忘れたから教えてって電話」

綺羅羅って3年の…?普通に連絡取ってんのか。いやまあいいけど。

「で、何の話だったっけ?」

名前さんがスマホを仕舞って俺をまた見上げる。とてもじゃないが聞けるような雰囲気ではなくなってしまった。

「…何でもないです。俺寮戻りますけど、名前さんどうしますか」
「じゃあ私も戻ろうっと」

自然と互いの手が離れる。
名前さんは鼻歌を歌いながら俺の隣に並んで歩き始めた。




top