「君達に今日から頼むのは星漿体の護衛任務だよ」
「星漿体?」
その日は五条先生が珍しく時間通りに教室にやってきた。俺、虎杖、釘崎を見てにやりと笑う。
「うん。知ってるかな、この高専の地下にいる天元様のこと」
「天元様って…あの天元様のことですか?」
俺が尋ねると、五条先生は頷いた。
「日本全国の結界を常時展開して維持と管理をしてるすごいお方だよ。ここの地下最深部にいて、日本国内の結界のありとあらゆるあれこれを強化している、呪術界における基盤とも言える方。恵は名前くらいは知ってるか。悠仁と野薔薇は今後覚えておくように」
「はーい」
「私だって名前くらいは知ってるけど」
「で、その天元様と…何でしたっけ、星漿体?ってのは何ですか」
俺の問いに五条先生は何故か黙った。
一瞬の沈黙。違和感を持つ前に五条先生がまた口を開く。
「天元様は1000年の時を生きる不死の術師。でも不死であって不老ではない。ちゃーんと歳はとるんだよね。ある一定の期間を経過すると、天元様は術式の効果で老化…まあ厳密には進化をしてしまうんだよ」
「へー?すげー話。でも進化するのはいいことじゃねーの?ポケモンだって結局進化した方が強いし」
「良い質問だね、悠仁。お生憎様天元様はポケモンじゃない。進化によって人間からより高次の存在になる…そうすると天元様自身の意思が失われて、さっき話した肝心の結界運用が失われたり、人類の敵になる可能性まであるんだよ」
「…それ、ヤバくない?」
「そう。それを防ぐために、ある一定の周期で天元様は、自身と適合する肉体を持つ人間"星漿体"と同化することで進化をリセットできるわけ」
「同化って何?どうなんの?」
「要は人柱だね。天元様と一つになる」
「…つまり死ぬってこと?」
釘崎の言葉にしん、とまたも沈黙が流れた。五条先生は否定も肯定もしない。
「じゃあ今回はその星漿体の保護と、同化までの期間の護衛が任務ってことですか?」
結構重めの任務じゃないか?俺達だけでどうにかなるのかよ。
五条先生は「さすが恵、察しが良いねぇ」といつもの様に笑った。
「そんな大層なこと、私らだけでどうにか出来る?」
「もちろん、今回の任務には僕もがっつり入るよ。内容的には特級案件だし。それに星漿体自身もかなり強いから、君らが特段何かしなくちゃってわけじゃない。とは言え、不測の事態に備えたサポートは必須。護衛任務って難しいから今後の勉強になるし、まあ頑張ってよ」
五条先生らしくない、と思った。
最強の術師である五条先生がメインでつくなら、俺らマジで要らなくないか?
経験云々の話はわからなくもないが、何となく今回の五条先生は弱気な気がする。
「でも護衛って言うからには敵がいるんですよね」
「まーね。今のところわかってるのは呪詛師集団Q。昔僕がボコボコにしてぶっ潰したはずなんだけど、残党と新入りが集まってるって話。あとは…確定情報じゃないけど、盤星教」
盤星教、と言った時の五条先生の声が一段と低い。警戒すべきはそっちの方か?
「そいつら星漿体となんか因縁でもあんの?」
「Qは昔と変わりないなら呪術界の転覆を目的としてる。天元様の暴走を狙ってるから、星漿体を暗殺したいわけ。で、盤星教の方は天元様を崇拝する宗教法人で………」
「…五条先生?」
「……いや……何でもない。とにかくどっちも星漿体を狙ってる。襲ってきたらぶち殺していいよ。同化は3日後の満月の日。それまで何があっても星漿体を守る。それが今回の任務!」
五条先生が動揺している姿を見るのは初めてかもしれない。
違和感を抱きながらも俺が黙っていると、五条先生はぱんと手を叩いて身体を起こした。
「じゃ、早速その星漿体とご対面と行こうか」
「どこにいんの?その星漿体っての」
「ん?ここにいるよ」
「ここって?」
「だから高専にいるの」
「え?」
「紹介しよう。…入って来て。こちらが星漿体の、」
ガラ、と教室のドアが開いてる俺は目を見張った。
虎杖も釘崎も口を開けて驚いている。
嘘だろ、
「名字名前さんでーす」
五条先生の声と共に教室に入ってきたのは名前さんだった。
「どういうことですか?」
俺が声を荒げると、名前さんは黙って俯いた。そんな話何も聞いていない。
何より天元様との同化って、死ぬってことだろ。意味わかってんのか?
「…黙っててごめん」
五条先生からの概要説明が終わった後、静まり返る空気の虚無感と腹の底から沸き出た怒りに耐えかねて、俺は名前さんを教室から連れ出した。
それと同時に、五条先生が以前話していた名前さんの因果に合点がいく。…これのことかよ。
「…説明してください、納得できるように」
「説明しても、恵は認めないと思う」
「…」
「だから言わなかった。ごめん」
名前さんは顔を上げると真っ直ぐ俺を見た。
覚悟を決めたような眼差しに、今度は俺が黙る番だった。
「…でも」
「同化は3日後の満月の日。それまで皆んなと一緒に私を守って欲しい。お願い、恵」
名前さんがいなくなるなんて、そんなの、無理に決まってる。
「恵はさ、私のこと甘いって言ってたよね。これも甘い?」
「……」
「私が同化しなかったら、どうなるの。死ぬのは怖いけど、私一人の命と天元様の進化による被害を考えたら、選択肢は決まってる。…恵に黙ってたことはごめん、でも」
「どうでもいい、そんなの」
絞り出した声は震えていたように思う。
名前さんがこれまで俺に話さなかったのは、天元様が安定している限り同化の話が多分今後出ないと踏んでいたからだ。けど現実は違った。
でもそんなことどうでもいい。どうでもいいんだ。俺にはアンタさえいれば、それで良かったのに。
「名前さんがいれば俺は、何もかもどうでもいい」
「…恵」
「また自己犠牲の精神ですか?アンタはそうやっていつも笑って何でも受け入れて、自分を大事にしない。なのに他人には"自分を大事にしろ"とか言うんですよ。何なんですか?」
「……」
「俺は名前さんに死なないでほしい。生きてほしい。自ら死ぬ選択をするなんてこと絶対許さない」
名前さんは俺から目を逸さなかった。
俺の言葉を必死に受け止めようとしているように見えた。まるで、そうすることが自分の義務だとでも言うように。
「………全部、恵の私情?」
「私情です」
「…そっか。じゃあ恵の私情で何もかもぶち壊していい?私達、恵と二人でどこか遠くへ逃げたら楽になれる?」
「……」
「そんなわけないよね。どこに行っても私は私だし。…別に同化しても私は私だよ。天元様と一緒にずっとみんなのこと見守って…」
「…じゃあなんで泣いてるんですか」
名前さんの目にはうっすらと涙が溜まっていた。それでも俺から目を逸さずに彼女は健気に、謝るだけだった。
「ごめんね」
「つっても、それこそ高専に居たら安全じゃねーの?高専はその天元様のお膝元、なんだよな?」
「…そうもいかない。名前さんは分家とは言え五条の血筋だし、その分家の相伝術式を受け継いでる。場合によってはその分家の次期当主の可能性もある人だ。同化までに済ませなきゃならねぇことが山ほどあんだろ」
ぶっきらぼうに俺が虎杖にそう言うと、「ほーん、なんか大変なんだな」とあっさりした言葉が返ってくる。
認めたくない。でも任務は任務だ。
翌日、伊地知さんが手配していた指定席のチケットで俺達は京都へ向かう新幹線に乗り込んだ。
あの後、名前さんは去ってしまったからそれ以上のことは話せていない。あまりに突然のことで俺はかなり動揺していたし、冷静ではなかった。だが昨日ぶつけた気持ちに嘘はない。
俺の様子を見て察したのか、あの後虎杖と釘崎に呼び出され、「伏黒も辛いと思うけど、とにかく名前さんが楽しく過ごせる3日間にしよう」と二人に提案されたが、俺は素直に頷くことが出来なかった。
「名前さん、どっちが良いですか?」
「うーん、じゃあこっちもらおっかな」
俺の気を知ってか知らずか、今日の名前さんはいつもと変わらぬ態度で釘崎と弁当を選んでいた。昨日の俺との言い合いが嘘のように。
座席は釘崎と名前さんが隣同士。その後ろに俺と虎杖。
五条先生は名前さんの前の座席で、東京駅で買った土産屋用の菓子折りを一人で食べている。
「…ねえ、みんなでトランプやらない?」
そんな中、ひょこ、と名前さんが座席から顔を出して俺たちを見た。
「持ってきたんだ。四人いたらババ抜きも盛り上がるでしょ?」
そう言ってトランプを見せてくる。
「いいね!やろ!名前さん」
「私ババ抜き強いですよ」
俺の返事を待たずに名前さんと釘崎が座席を回転させて四人で向き合う形になる。俺の目の前に名前さんがいていつものようににっこり笑っていた。
「じゃあ恵がトランプ切って。私やるとイカサマしちゃうから」
無理矢理手を取られてトランプの束を握らされた。昨日ぶりに触れ合う手の温もりに胸が痛む。
…仕方なく俺がトランプを切ると虎杖と釘崎がほっとしたような顔をしたのがわかる。別にそこまで俺もガキじゃねぇよ。
「名前さんイカサマとか出来るんですか?」
「手先器用だからね。ささやかな特技だよ。…おや?釘崎ちゃんポケットに何か入ってない?」
「え、ウソ。何…」
「うお、すげー!」
釘崎がポケットを探ると、ダイヤのエースが出て来て虎杖が感動している。どうせさっき座席回転した時だろ。
「あれ、虎杖くんのポケットにも何か…」
「え?!嘘マジ?」
虎杖が喜びながらポケットに手を突っ込むとクラブのエースが出て来た。…おい、まさかこれ狙ってやってんのか。
「おやおや…恵のここにも」
そう言って名前さんが俺の首あたりに手を伸ばそうとしたのでその手首を掴んだ。あ、という声を無視してじっと見つめると名前さんが2回瞬きした。
虎杖と釘崎が緊迫した顔で俺達を見ているのがわかる。
「ここでしょ」
そのまま名前さんの袖を捲ると、袖口からぽろりと一枚カードが落ちる。
「…バレてた」
「そういう手品、もう俺には通用しませんから」
「うん、恵だけさっき仕込めなかったの。昨日恵に怒られた手前、やり辛くて」
「へ、へえ〜…」
そう言って俺が持つトランプの束に、今落ちたハートのエースを重ねると、名前さんはまた微笑を浮かべた。虎杖が気まずそうに目を泳がせる。釘崎は唇を噛んで黙っていた。
…昨日あんなことがあったのに、名前さんは本当にいつも通りで拍子抜けだ。
「さ、早くババ抜きやろう。ドベの1年が私の実家まで荷物持ちだよ」
「…1年が負ける前提なんですか?」
「うん、だって私勝つから」
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