「虎杖、私が持ってる真ん中のカードがジョーカーよ」
「えっ……真ん中……いや、待って待ってそういうのナシ!わかんなくなるから!」
「何言ってんの、呪術師ならそれくらい見極めなさい。ほら、真ん中がジョーカーよ」
「ってことは…釘崎がウソついてて真ん中がババじゃねぇってこと…?いやもうわからん!真ん中!…うわ!本当にババじゃん!」
「バカねだから言ったでしょ!」
宣言通り、本当にババ抜きを一抜けして勝った名前さんは呑気にポッキーを食べながら肘を付いて虎杖と釘崎の醜いドベ争いを眺めている。
残りのカードが5枚というところで、勝負は泥試合を極めていた。
名前さんに次いで抜けた俺は手持ち無沙汰で、持ってきた本を読もうと目を落としたら、名前さんがあーんと言いながらポッキーを俺の口元に持ってくるので黙って咥えると意外そうな顔をされた。食いますよ、アンタがくれた物なら。
席を外していたらしい五条先生がスマホを弄りながら戻ってきて、俺達を覗き込むとにんまり笑った。
「トランプ?楽しそうなことしてんね」
「悟くんもやる?」
「んー、僕すぐズルしちゃうからやめとく」
五条先生はそれだけ言うと座席に戻っていった。先生は何だかいつもよりピリピリしている気がする。
「恵、見て」
「…何ですか」
「富士山」
窓を見つめる名前さんにつられて俺も外の景色を眺める。
別にそんな珍しいものじゃないと思ったけど、この人は後3日で見られなくなるつもりでいるんだ。そう思うと胸が締め付けられるような気分になる。
何も知らされていなかった。心の準備が出来ていなかった俺からすると、名前さんと普通に話すだけでも今はキツい。彼女は3日後に実質死ぬ。そして昨日の口ぶりからして、本人はそれをある程度受け入れてるらしい。
「改めて見ると綺麗だよね」
「そうですね」
今回の任務は、多分五条先生の気遣いでもあると思う。俺と名前さんの関係をわかっていて、最期の3日間ずっと一緒に過ごせるように。
「…富士山といえばさ、昔お盆の前に樹海で呪霊湧きまくってて、キャンプ場の客まで襲い出した時に恵と二人で派遣されてめっちゃ疲れた思い出が一番残ってるわ」
「奇遇ですね、俺も同じです」
「もう二度とやりたくないよね、アレ」
「帰り道に遊歩道のそばで死体見つけて警察に連絡した後の方が俺は疲れました」
「わかる。でも一般人の死体はさすがに素通りできない」
「なんか二人すげー怖い会話してない?!」
「はい、アガリ!私の勝ち!虎杖負け!」
「あ!」
「でっかーい家…」
京都駅に着いてから名前さんのスーツケースとバックパック等の荷物持ちをさせられていた虎杖が目を丸くして門扉を眺めていた。
俺も来るのは初めてだが、確かにデカい。
門扉には名字とでかでかと書かれていて、門扉から母屋らしき建物までまあまあ距離がある。名前さんはインターホンを押すと、返事の前に黙って門扉を開けた。入って、と俺達を促し、五条先生が何食わぬ顔で入って行くので俺たちも続く。
するとすぐに母屋から使用人らしき人が二人出て来た。
「名前様、お帰りなさいませ」
「お待ちしとりました、悟様も、護衛の方も遠路はるばるようこそ。この度は天元様の…」
「あのさ、」
使用人の一人が天元様、と言った瞬間、名前さんが眉を顰めた。五条先生が不機嫌そうな声で使用人に詰め寄る。
「君ら黙って荷物運んでくれる?遠路はるばるおいでやすしたから僕達疲れてるし、無駄に貴重な時間使いたくない」
五条先生の一言に空気が凍りついた。
使用人達は慌てた様子で失礼しましたと頭を下げると、虎杖が持っていた名前さんの荷物を預かって母屋へと案内を始める。
「空気ワルー…」
「仕方ないよ、空気悪くさせるようなこと言うのが悪い。悠仁も言いたいことは言えるようになった方がいいよ!poisonだからね」
「反町はそういうこと言ってんじゃないと思うけどなぁ」
「…デリカシーとかないのかしらね。今のだけで何で名前さんがずっと実家と疎遠だったかわかるわ」
虎杖がゲンナリした様子で俺を見た。俺は黙って名前さんの後ろを歩く。
通された客間に荷物を置いて、五条先生と名前さんは話があるからと二人で出て行ってしまった。多分名前さんのご両親と会うのだと思う。五条先生がついてるので俺らは行く必要がないらしく、ここで待機となった。
「伏黒、大丈夫か?」
「…何が」
「名前さんのことよ。本当に何も知らされてなかったの?」
「ああ」
三人だけになった客間は広い。
分家と言えど五条家の親戚ともなればそれは普通の家とは違う。最早お座敷、というのが正しい気がする。名前さんは普段あんな感じだけど、旧家の令嬢だ。
「説明を求めたけど、説明すらしてくれなかった。…したって認めないだろうからって」
「……」
「名前さんは受け入れてるように見えるけど。…同化のこと、そもそもいつ知ったのかしら」
「わからない。何も言いたがらないからな」
あの人のことだから知ってたら俺と付き合わなかったと思う。
だから知らなかったはずだ。あの人も聞いたのは最近なんじゃないだろうか。
「…あのさ、伏黒」
「…何だ」
「何とか止められねぇかな」
「は?」
「だから、名前さんが同化せずに済む方法ってねぇのかな」
虎杖の言葉に釘崎が唸った。
「難しいんじゃない?そんな方法あるなら、五条先生が既にやってそうだし」
「でもさ、こんなのあんまりだろ」
「……」
「名前さんも伏黒も……何も聞かされてなくて、急にこんなのっていくら何でも酷いっていうかさ。納得も何もないだろっていうか」
虎杖の言葉が刺さる。
俺を気遣って言っているんだろう。黙っていると釘崎も頷いた。
「それはそうね。方法を探すなら手伝うわよ。…このままだと私も寝覚めが悪いし」
「なぁ、伏黒」
「…」
俺だってこのまま名前さんを死なせたくない。死ぬのは怖い、とは彼女自身も言っていた。
「…あの人はいつも、自分を大事にしないから。自分を犠牲にして他人が救われることを善としてる」
「それで伏黒は良いんかよ?」
「そうよ。アンタ何で昨日からずっとうじうじてんのよ」
「内容が内容だろ」
「だから何か他の方法を考えたらいいじゃん」
「……」
「名前さんがこのまま死んでいいの?」
「良いわけねぇだろ」
釘崎の言葉に思わず低く怒鳴ると、驚いたように二人が俺を見て黙った。
「…ごめん」
「いや、俺も悪かった」
「なら考えよう!名前さんが助かる方ほ…」
虎杖がそう口にした瞬間、大きな呪力を感じて俺達は部屋の端に一斉に退避した。刹那、派手な音がして客間が半壊状態になる。
「ちょっと、何なの?!」
「…!」
「あれ?ここやと思ったんやけど違ったか」
京都訛りのその話し方。
袴を着た吊り目がちな男が俺達の目の前に立っていた。
年は俺らよりは多分一回りくらい上、背丈は180くらいか。何だこいつ。どこから来た?
「アンタ誰?」
虎杖が拳を構えて問いかけるが、男は首を鳴らして部屋を見渡すと、興味無さそうに出て行こうとする。虎杖が止めようと男に飛びかかった瞬間、やっと俺達に気付いたらしい。
「あー?…誰でもええやろ。お前らこそ何?名前ちゃんどこにおるん?俺用事あんねん」
男が虎杖を壁に叩きつけた。今、一瞬動きが止まったように見えた。
「…人ん家めちゃくちゃにしやがって」
「は?実質のところ嫁の実家や、まだ結婚してへんけど」
「鵺」
心当たりがある。
「虎杖避けろ」
虎杖が頭を下げて姿勢を低くした。
京都訛りの傍若無人な振る舞いをする、女を下に見る最低な男。
俺が鵺を出して男に突撃させるとすんでのところで避けられた。すぐに式神を解除して殴りにかかると、一瞬何故か動けず、腕を取られる。何だこいつ、めちゃくちゃ速い。さっきの虎杖もそうだが体感的に1秒くらい時間を止められた気がする。術式か?
「…人ん家やで?」
「…そもそもアンタの家じゃねぇだろ。許婚にフラれたことを忘れたのか?」
言い返してやると男は目を見開いた後に笑った。
「…伏黒恵か!」
「アンタが禪院直哉だな」
「そこまで」
こいつ絶対殺す、と思った瞬間聞き慣れた声に固まる。
俺の腕と男の腕を名前さんが掴んでいた。腕が、全く動かない。
「…この前ぶり。元気?」
「見たらわかるやろ、名前ちゃんこそ元気?」
「元気元気、ピンピンしてるよ」
名前さんと男が会話を始めるが、男の腕とそれを握る名前さんの腕が僅かに震えている。力が拮抗している、らしい。
「恵に手出すなよ。悟くんとの約束忘れてないよね?」
「うんうん、わかってるわかってる。でも殴って来たんはこの子らの方やで?正当防衛やん?俺はただおもろい話聞いたからな、名前ちゃんがどんな泣き顔してるか見に来ただけや」
「それは結構だけど襖の開け方くらいは勉強して来てほしかったな。もしかして小卒?」
「大卒や、年上を舐めんなマセガキ。わからせたろか?」
「そういうところが私にフラれるんだよ」
互いが相手を馬鹿にするような罵り合いだった。とても元婚約者同士の会話とは思えない内容に、釘崎と虎杖がきょとんとしている。
俺が名前さんの手を振り解けずにいると、名前さんは一瞬俺の手元を見た。
「1分1秒が惜しかったんやからしゃあないやろ」
「そう?で?どう?可愛い?泣いてなくてごめんね?」
「可愛いで。ほんまに顔はエエのに性格の方がアレやからな、名前ちゃんは」
「性格のことをアンタみたいな男にどうこう言われたら世も末だわ」
名前さんから少し離れた五条先生は、ポケットに手を突っ込んで壁にもたれて立っていた。その向こうでは慌てた様子の使用人達数名がこちらを遠巻きに見ている。
「帰ってくれない?私の貴重な3日間を邪魔しないで」
「つれないこと言うなぁ、名前ちゃんと最後の思い出作りに…」
「殺すよ」
ゾッとするような冷たい声だった。
一度も聞いたことのない、底の知れない殺意に満ちた声に、俺まで動けない。内容のエグさも相待って釘崎と虎杖も固まっている。
「試してみようか」
そこでやっと名前さんが俺と男の腕から手を離した。
名前さんが掌印を結ぶのが見える。
「良いんですか」
流石にまずい、と思ってかけた俺の声に名前さんがハッとしたように俺を見た。
男だけが薄ら笑いを浮かべていた。
「あーあ、楽しい家庭築けそうやったのに」
……どこが?
「…盤星教の信者のリストや。ウチの躯倶留隊に調べさせた。わかる範囲やし幹部の名前は出て来んかったわ。これを渡しに来ただけやで?」
そう言って男が懐から長3サイズの封筒を名前さんに差し出す。分厚いそれには何枚も用紙が入っているらしい。
名前さんはそれを受け取ると照明に翳しながら首を傾げた。
「…本当に客間壊す必要あった?」
「俺をフった女の本命の男見かけたら、やっぱり一応はビビらせたなるやん?」
呆れたように名前さんはため息を吐いた。
コイツわかっててやってるじゃねぇか。やっぱり殺そう。
「一回りも下の子に大人げない…。言うて私も10個下だからね。変態ロリコン野郎」
「女は16なったら結婚できるん知らんの?」
「それ法改正される動きあるらしいよ」
名前さんの顔を見て男は漸く薄ら笑いを辞めて、背を向けた。
「ほんまに死ぬん?」
「うん」
「そうなんや。…可哀想にな」
「思ってもないこと言わなくていいよ」
「別に思ってへんわけちゃうよ。…邪魔したな、用も済んだしもう帰るわ」
男が踵を返したのを確認すると、名前さんはふっ、と息を吐いて、近付いてきた五条先生に封筒を渡した。
五条先生は封筒を手に取ると、ずらりと並んだ名前に目を通し始める。
「お疲れ♡…こんな時にもモテモテだね、名前」
「どうでもいいよ。早く終わらせよう。あ、三人ともごめんね。気にしないで。もうすぐ終わるから待っててね」
名前さんはそう言うと五条先生と一緒にまた奥の部屋へと戻って行った。
「…伏黒、ダイジョーブ?」
「全く動けなかったんだけど。もしかしてあの男…」
「もう良いだろ、待機だ待機。あの男はQでも盤星教でもない。今回の任務に関係ない。名前さんの同化回避方法を考えよう。頭回すぞ」
俺がそう言って壊れていない畳敷の部分に座ると、虎杖と釘崎も神妙な面持ちで頷いた。
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