※天元様の同化について独自の解釈があります。
「喧嘩?」
まずった、と思ってすぐに五条先生の部屋へ向かうと、先生は何故か焦る様子もなく俺を迎え入れた。てっきり怒られて全員で名前さん捜索の流れだと思った俺は面食らってしまい、固まる。
「はい…すみません」
「まあ、時にはぶつかることも必要だからね。いいんじゃない?」
「探して来ます」
「その必要はないよ。僕が場所把握してるし、別の術師が来てくれてるから名前は一旦そっちに任せることにした」
「…そう、ですか」
さすがに抜かりないな…。
スマホを弄りながら五条先生にまあ座れば、と促されたのでソファに腰掛ける。先生はベッドに座ったままサングラス越しにちらりと壁を見た。隣の部屋の状況を確認しているらしい。今は誰もいないはずだ。
「…先生、寝てないんですよね」
「まあね」
「…」
「話、あるんでしょ。聞こうか」
五条先生はスマホを胸ポケットに仕舞うと、首を傾げた。
「恋の話?任務の話?」
「…どっちも」
恋の話なんてこの人としたこと、一度もないけど。
「お?珍しい。恵と恋の話か。意中の相手に何言われたの?」
「俺にも周りに人が沢山いるから、名前さんだけしかいないみたいなこと思うなって言われました」
「ふーん」
「でも俺には、五条先生と出会ってから名前さんしかいなかったんです。ずっと」
「…」
「見てたからわかりますよね」
「わかるよ」
そこまで話して五条先生がやっと俺を見た。
「僕にもそういう相手がいた。僕の場合はそれが男で、唯一無二の親友だったけど」
ああ、知ってる。夏油傑のことだ。
だけど先生からその話が出るとは思わなくて、俺は内心驚いていた。
「…置いていかれた気になりませんか。自分にとって必要な人に、周りを大事にしろとか、他にも大切な人がいるとか…。…そうじゃないのに」
「なるね。ま、僕は実際のところ置いていかれたし、僕が殺したし」
五条先生と夏油傑の話は有名だ。本人は何も語らないし語りたがらないけど、俺ですら小耳に挟む程度には。
「恵の場合はそれが名前だったんだね」
「はい」
「…あーそれは、キツイね」
五条先生は泣きそうな顔で微笑んだ。初めて見る表情だった。先生にも何か思うところはあるらしい。
こんなこと五条先生に話してもどうにもならないのに。名前さんの言わんとしている事の意味はわかっているつもりだ。
あの人が何を大事にしているか、短くはない付き合いの中で俺も理解はしている。だが存在意義までそこにかけているとは思っていなかった。
でも、それでも俺はあの人がいなくなるのがどうしても、受け入れられない。
だって名前さんは「死ぬのが怖い」って言ったんだ。
「僕、今回の話が出た時、名前に言っちゃったんだよね」
「…何を」
「僕と二人で逃げる?って」
俺は思わず息を呑んだ。五条先生がそんなことを言うと思っていなかった。
「傑と名前を重ねてるつもりはなかったのに、自分の中の理想や死に急ぎ方が似ててさ。そんな正論どうでもいいよね、恵や僕は私情で動く人間だから理解出来ないでしょ?ああいうの…ホント見てらんない」
「…」
「傑を殺して、名前まで失うの、僕が耐えられないかもなーと思って。…だから僕が名前を攫って逃げれば、とか。一瞬の気の迷いで出た言葉だけどね」
五条先生が名前さんに対して他者とは違う執着を見せていた理由に合点がいった。
名前さんに親友の亡き影を重ねて、心の拠り所にしていたのかもしれない。名前さんにいつも「僕くらい強くなれ」と言っていたのは、夏油傑がそうだったから、なのではないのか。
「…名前さんは何て」
「逃げたいなら一人で逃げれば?だって。"私は逃げない"らしいよ。いやー、痺れたね」
「……」
「良い女だよ、本当。惚れちゃいそう」
五条先生は冗談ぽくそう言うと、ゆっくり立ち上がった。サングラス越しに外の景色を眺めている。
…名前さんはまだ泣いているんだろうか。どこに行って誰といるんだろう。
「だから、僕も逃げないことにした。…いや、逃がさないことにした、という方がいいか。まあさっきのクソみたいな帳に2分も足止めくらってる時点で言えたモンじゃないけど」
「…でも」
「ん?」
「でも、名前さんは先生が思うほど強い人間じゃありませんよ」
五条先生が今度は黙った。
「名前さんだって怖いものも、嫌なことも、やりたくないことも、たくさんあります。それら全てから逃げなかっただけです」
「…そうだね」
「五条先生には強がってますけど、名前さん、さっき俺に…」
「言わないで」
五条先生が手で制した。俺が黙ると、その手の人差し指を一本立てて、先生は自分の唇に当てた。
「それ、恵が僕に言わないで」
「……」
「弱音は本人の口からしか聞きたくない」
…弱音ってわかってんじゃねぇか。
喉まで出かかった言葉を無理やり飲み込んで、俺は先生から目を逸らした。静かな室内に訪れる静寂。
「…とは言え任務は任務だ。君らが何かしようものなら悪いけど僕は止める義務がある。名前と二人で逃亡とか考えないでね」
「一瞬考えましたけど、五条先生に殺されて終わる未来しかないのでやめました」
「よろしい」
五条先生はテーブルに置かれていた手土産の紙袋からガサゴソと何か取り出した。鳩サブレを一枚俺に投げてよこすと自分も食べるつもりらしく一枚取り出してぺり、と袋を破った。
名前さんの名前を出して様子を見たが先生の決心は揺らがなさそうだ。
「…本題、良いですか」
「今回の任務の方?」
「はい。というか五条先生に確かめたいことがあります」
「良いよ、答えられる範囲で何でも答えてあげる」
はむ、と美味そうにサブレを口に含んだ五条先生は、外の景色を眺めながら俺の言葉に耳を傾けた。
「違ってたら申し訳ないんですけど、天元様って多分前回の同化に失敗してますよね?」
五条先生が振り向く。先生は表情一つ変えなかった。けど答えない。ベッドに腰掛けると黙って長い足を組み替えた。
「しかも500年前とかじゃなく、ごく最近。多分ここ20年…いや、15年以内とかじゃないですか?つまり、本当にその因果があるなら五条先生が担当しているはずの同化だと思います」
「続けて」
「…根拠は2つ。一つ目は名前さんの同化の話がかなり急だったこと。星漿体とわかった時点で何らかの方法で本人には前以て通達があるはずです。というか天元様は神業じみた結界術で星漿体を感知できると思うんで、星漿体が生まれた時点で保護しようと動くはず。けど、昨今の名前さんの働きぶりを見る限り、そんな様子は見られない。最初はそこに違和感でした」
「うん」
「仮に他に星漿体の候補者がいてそっちが本命、名前さんはそれに次ぐ補欠だった。それなら今回の件、流れとしては理解できる」
「なるほど。二つ目の根拠は?」
五条先生は否定も肯定もせずに目を伏せて俺の話の続きを促した。
「五条先生の発言です。俺に対してですけど、"若い時の苦い経験から気を揉んでる"って話してたんで、五条先生は若い時…多分俺と出会う前に、何らかの理由で天元様と星漿体の同化を失敗させてる。その失敗した星漿体が、天元様の本命だった。もしこの仮説が正しい場合、俺が気になってるのは前回の同化失敗からかなり時間が空いているにも関わらず、何故今なのか。そして前回の同化で失敗した理由と、その本命の星漿体はどうなったのかってことです」
「……恵って本当に賢いよねぇ」
五条先生はもぐもぐと残っていたサブレを食べ切ってごくりと飲み込むと、パンパンと態とらしく音を立てながら拍手をした。
そしてサングラスを少しずらすと、片目を閉じた。
「ま、今の仮説で大体合ってるよ。年数がニアピンなのは驚いたな。さすが天才クン」
「…そういうのいいんで」
「恵の言う通り、12年前に本当は名前とは別の星漿体がいて、その子が同化するはずだった。でも結果として僕が任務に失敗、その子を守り切れず同化の直前に死なせてしまった」
「…五条先生が、任務に失敗?」
信じられない。現代最強の呪術師の五条先生だぞ。俺が出会った時点で既にこの人は、この人に敵う術師も呪霊も存在しないというような状態だった。
そんな五条先生が任務に失敗?
「12年前だから僕も未熟だった。術式を今ほどコントロール出来てなかったし、思慮も浅かった。井の中の蛙大海を知らず、ってね。…忘れられないし、何の因果か今日も忘れさせてもらえなかったね、あの敗北の味は」
そう言って五条先生はぺろりと舌を出して口の端についたサブレの粉を舐めとると、俺をじとっとした視線で見つめた。まるで獲物を捉えた時の様な視線。
何故この人はそんな目で俺を見るんだ?
「星漿体の死後、星漿体を殺した相手は僕が殺した。だから本来12年前に同化が完了するはずだったのに、天元様は今回の周期の同化をしていないらしい。その12年前に死んだ子や名前の他にも星漿体の候補は何人かいたけど、天元様は何故か同化をしなかった」
じゃあやっぱり、正規の同化の年から12年経ってるってことになる。何故今なんだ?そして俺の仮説が正しくて、他にも星漿体が複数存在するなら、何故名前さんが今回の同化の対象になったんだ?
「…何故今なのか、今同化しないと天元様がどうなるのか、それは僕もよくわからない。あの人大事なことは喋らないから」
「…12年も経過していたら、天元様は所謂進化を遂げているんじゃないんですか」
「そこも不明。でも確かに前回僕が会った時とは姿形は変わってたな。少し人から離れた姿になってた。あれが進化というなら多分そうだろうね」
進化して安定してるなら同化する必要なくないか?
進化後に同化したケースもないなら、それこそ今度天元様がどうなるかわからないんじゃないのか。
「…やっぱり恵、どうしても天元様と名前の同化を止めたい?」
「はい」
俺が唇を噛んで考えていると、五条先生は小さく息を吐いて人差し指でこめかみを突いた。
「まあ…あるよ、名前が同化せずに済む方法」
「え」
「ただし、天元様から同化を拒否してもらわないとね。そうなった場合、他の星漿体が同化することになると思うけど、恵はその辺いいの?」
「はい。別に名前さんが助かるなら俺はそれで良いです。…天元様が名前さんと同化出来ない理由を作ったら良いんですよね?」
「うん」
「教えてください」
んー、と五条先生は少し悩んだ。
とても言いにくそうに。
「同化っていうのは肉体と魂の両方が天元様の一部になるってこと。#天元様は自分に合わない肉体や魂と同化することをとても嫌がる」
「…わかります」
「だから名前の肉体と魂を天元様と合わなくすればいい。僕が思い当たる方法は今のところ一つ。名前の魂と肉体の形を少し変える。まあはっきり言って推奨しないけど?名前の同意があれば良いかもって感じの方法」
「…勿体ぶってないで早く言ってください」
「名前が妊娠すること」
え、と思わず俺は顔を上げて五条先生を見た。
「…妊娠?」
「魂の形が変わるってことは、名前の身体にもう一つ魂が宿るっていうのとも同じ。そして多分胎児は星漿体として適合しない。星漿体は不規則に現れる。遺伝ではないからね。言い方を変えると不純物が身体にあるわけ。そうなると天元様は恐らく同化を嫌がる」
「……」
「推奨しないよ?僕は」
五条先生はまたスマホを取り出すと来ているメッセージを眺め始める。
将来的に結婚も考えている俺としては、それで彼女の命が助かるなら問題はない。想像も出来ないが、名前さんが俺の子どもを産んだら多分嬉しいと思う。ただ、お互いまだ学生の身。…何より名前さんは医者になる夢があったはず。まだ諦めていなければ、だが。
「形振り構ってられない状況ではあるけどね。同化まで実質あと二日。まあ試すなら試しても良いけど。君らそっちも仲良しでしょ?」
俺が睨むと五条先生は「ごめんごめん」と笑った。
「でも本当のことじゃん。この後名前戻ってきたら仲直りセックス生で試してみたら?燃えそうだよね〜!」
「…ふざけないでください」
「ふざけてないよ?そうなると僕、法的な立場だとおじいちゃんになるのかぁ…早いなぁ」
「ちっ…」
「でもそれしかないよ?」
クソ、腹立つ。こっちは後がないってのに。
俺が先生を睨みつけると、五条先生はわざと笑いながら立ち上がった。そしてスマホを見ながら首を傾げる。
「僕そろそろ名前のこと迎えに行かなくちゃ。恵は戻ってて良いよ。少し遅くなるかもだから、一年生はみんな寝てて。あ、恵は起きてた方がいいか、仲直りしなきゃだし」
そう言って部屋を出ようとする五条先生に俺も立ち上がった。
「一つだけ聞いてもいいですか。…これはただの俺の興味で、先生が答えたくなかったら答えなくてもいいです」
「うん、何?」
「12年前、五条先生が失敗した星漿体護衛任務で、星漿体を殺したのは誰なんですか」
五条先生は俺の質問に暫し黙った。言うかどうするか悩んでいるようだった。
これは単なる俺の興味だ。現代最強を出し抜いて打ち勝った相手を知りたい。
ややあって先生はゆっくりと口を開く。
「それって単なる興味?」
「そうです」
「そっか。まあ知ってても良いかもね。そいつの名前は、」
五条先生が言いかけた瞬間、先生のスマホに着信が入った。
あ、と先生が画面を眺めてすぐに電話に出る。
「何?僕今忙しいんだけど」
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