恵の誕生日を祝いに来たのに、恵の誕生日プレゼントを忘れるという大失態を犯した私です。
目が覚めると伏黒家の居間でした。
そう、金ちゃんに迎えに来てもらおうと思ってたのに、「遠いから」という理由であっさり断られたし補助監督さん達もみんないないから誰も迎えに来てくれず、恵の善意で恵の家に泊まっています。
…よく考えたら、年頃の男女が一つ屋根の下で二人で一晩過ごすって、あんまり良くないのでは?
そんな思考も一瞬過ぎったけど、まあ恵と私だし大丈夫かぁと勝手に思い直して気付いたら眠ってしまっていた。
いけない、今何時だろうとスマホで時間を確認すると朝の6時。ほっとして起き上がって台所へ向かう。
勝手に冷蔵庫を開けてペットボトルのミネラルウォーターを取り出すと、シンクの傍に反対向けにして置かれていたグラスを一つとった。洗い上げられていて綺麗なそれは、朝日にきらりと光る。
「…」
ごくんと水を飲んで一息つくと、何となく恵が気になって恵の部屋の方を見た。決して広くないこの家は、津美紀と恵の両親が再婚してからずっと住んでいる借家だ。結構古い。新しいところに引っ越してもいい、と悟くんは津美紀が小学校卒業のタイミングで提案していたが、二人はそれを丁重に断っていた。
お金もかかるし、これ以上悟くんの世話になることを気にしているようだった。そんなの気にしなくて良いのにね、と悟くんは言っていたけど、子どもなりにも気遣いがあるんだよね。
「…恵まだ寝てるかな」
何時に起きてくるんだろう。休みの日でも早起きなのかな?朝ごはん作ってあげようか。
どうしよう、と思いながら恵の部屋のドアを眺める。ぴったりと閉じられたそれ。
寝てるのかな。気になる…。恵の寝顔見てやろうか。ちょっとだけならいいよね?
そんな好奇心と悪戯心でそろりそろりと恵の部屋に近付いた。部屋から物音はしない。キィ、と小さな音を立ててドアが開く。隙間から覗き込むと、恵のベッドが見えた。
あー、こんなレイアウトだったっけ?一回だけ入ったことあるんだけど、すぐ追い出されたんだよな。でもあの時って確か恵はまだ小学生だった気がする。
少しだけドキドキしながら扉をもう少し開いてみると、恵がベッドでぐっすり眠っていた。いつもの鋭い視線は瞼に閉じられていて、眠っていると年相応の少年に見える。
「…ふふ」
いつも大人ぶってツンケンしてるけど、寝てると天使だよねぇ。可愛いな、なんて思いながらちらりと部屋の中に目をやると、机の上の写真立てに気がついた。
「……」
何気なく目にしたそれに私の視線が固まる。
写真を四枚ほど収納できる置き型のそれは、何年か前に私が恵に誕生日プレゼントであげたものだった。使ってくれてたんだ、と思ったと同時に、その四枚の写真を見て動揺せずにはいられなかった。
偶然だろうか、全ての写真に私が写っている。
「……え、これいつのやつだろ」
かなり昔の写真も入っていた。
一枚目は私と恵と津美紀と悟くんの四人で初詣に行った時、悟くんが撮ってくれた写真。恵は無表情だけど、私がピースすると渋々カメラの方を見てくれたんだっけ。
二枚目は恵の中学の入学式の写真だ。私と津美紀と悟くんが恵と並んで、中学校の校門の前で写真を撮ったんだけど、悟くんがデカすぎて目立ってしまい、ちょっとした騒ぎになったんだよね。私はめちゃくちゃウケたけど恵は不機嫌そうだったな。
三枚目は私が高専に入学してすぐの写真。制服が思った通り可愛くてノリノリだったので恵と津美紀に見せつけに来たんだったかな。私が決めポーズをしている横で津美紀が笑っていて、その脇で恵が白けた顔をしてる写真だ。何だこれ。いつの間に撮ってたんだろう。悟くんかな。
そして四枚目の写真が、
「…ん」
え、やば。
恵が身じろいだのを確認して私は慌てて部屋を出て静かにドアを閉じた。何だか見てはいけないものを見てしまった気分だ。
恵の部屋の写真立ての写真が全部私だった、別にそんなにおかしいことではない…か?
津美紀も恵も映ってたし、別に…?
でも……なんていうか…。
「…いや、そんなまさかねぇ」
四枚目の写真は私のソロショットだった。
津美紀が寝たきりになってから、恵と二人で過ごすことが増えたけど、それ以降に撮った写真だと思う。
それは私の知らない写真だった。撮られた記憶がない。
でも私だった。うたた寝をしている私の写真だった。
「……」
なんか、何だろう、胸の奥がざわざわする。
一体誰がいつ撮った写真なんだろう。恵が持ってるから恵が撮った写真なのかな。でも恵そんなんするタイプじゃなくない?
じゃあ悟くんとか?……まあ一旦それはいいか。
いつもツンツンしてる恵が私があげた写真立てをまだ大事に使っていて、しかもその写真立てに私との写真を入れまくっている。
何だろうこの気持ち、なんかむず痒いというか、えーと、なんていうかそのぉ…。
「恥ずかしくなってきた…」
「おはよう」
「…おはようございます。もしかして朝飯、」
「ちょうどいいタイミング!早く目覚めたから作っちゃった。食べよっか?」
台所の方から美味そうな匂いがして俺は目を覚ました。
昨夜は名前さんを泊めたのだが、疲れていたのか彼女はすぐに寝てしまった。俺はそれを良いことに彼女の瞼や頬にキスをして…マジで今思うと何してんだ俺。最低だ。本人の許可も得ず、寝てるところを。でもどうにか襲わずにやり過ごした。そこはよく耐えたと思う。
俺だって普通の15歳だ、性欲だってそれなりにあるし、無防備な状態の好きな人を見ればそういう気持ちになることだってある。
「冷蔵庫にあるもの使っちゃった」
「全然大丈夫です。寧ろすみません…」
「何で?早く目が覚めちゃっただけだよ。食べよっか。顔洗っておいで」
俺は頷いて洗面所へ向かった。
今の様子だと、昨日俺がキスをしたことには気付いていないのだと思う。嬉しいような切ないような、なんとも言えない気持ちになり俺は蛇口を捻って冷えた水で顔を洗ってその雑念を頭から払った。
いや、今はそれより。
…名前さんが朝飯作ってた。
俺と二人で食べるために。
なるべく平静を装ったが、かなり嬉しい。…なんかこれ付き合ってるみたいじゃないか?とまた緩みそうになる口元をぐっと手で押さえて顔をタオルで拭いた。
二日連続であの人の手料理が食べられるなんて、誕生日ってのも悪くねぇな。
「…美味そう」
台所に戻ると、既に制服に着替えた名前さんが炊き立ての飯をよそっていた。昨日貸した俺のジャージはさっき見たところ洗濯籠に入れられていたから、起きてすぐ着替えたのかもしれない。
それはそれとして、テーブルに並べられた朝食に、反射的に出た言葉に、名前さんが振り向いて微笑んだ。
「当然。私の作るご飯が美味しくないわけないでしょ」
「…そーですね」
「ちょっと何その感じ?私料理は意外と好きなんだ。呪術師って独身の人多いから料理できる人多いの、知ってた?」
「…五条さんですら料理はできますもんね」
「その通り」
俺が今やることはなさそうだ。
小ぶりなダイニングテーブルに並べられているのはだし巻き玉子と味噌汁、ほうれん草の胡麻和え、昨日の鍋で使った魚の切り身の余りを塩焼きにしたもの、のようだった。見事な和定食に俺はただただ感動するしかなかった。
…恐らくだが、俺が甘い卵焼きが苦手なのでちゃんとだし巻きにしてくれてる。
「はいご飯!普通盛りにしたけど大盛りの方が良かった?」
「いや、これくらいで大丈夫です」
「じゃあ手を合わせて、いただきまーす」
「いただきます」
小学校の給食でもあるまいし、と思ったが、名前さんと一緒に手を合わせた。
俺の向かいの席…つまりいつも津美紀が座っていた席についた名前さんは、味噌汁を一口飲むと、魚の身をほぐし始める。
箸遣いが綺麗だ。この人は普段ガサツな部分もあるが、育ちの良さがふとした瞬間に出る。特に食べ方や食事の時の姿勢は綺麗だった。きっと厳しく言われて育ったのだと思う。
「塩薄めにして、ちょっとだけお酒振ったの。美味しくできたかも」
「美味いです」
「えっ、ほんと?!」
「はい、マジで美味いです」
良かった、と名前さんが嬉しそうに笑う。ああ、可愛いな。でもその顔、俺以外の奴にも見せてるんだよな。
以前名前さんが付き合っていた男の顔がふと思い浮かんだ。
名前さんという恋人がいながら恐れ多くも他の女と"遊んで"いるのを知った俺は、そいつを半殺しにして二度と名前さんに近付かないように言い聞かせておいた。もしかしてアイツもこの顔を見て、手料理とか食ったりしたことあるんだろうか。…やっぱり半殺しじゃなくて完全に殺しとけば良かった。
「…恵?どうしたの?美味しくない?」
「何でもないです。めちゃくちゃ美味いです」
「そ、そう?良かった」
俺の不穏な空気を感じ取ったのか、名前さんが心配そうに俺を見る。その顔も可愛い。
何であんな男に先越されたんだ俺。モタモタしてるからか?あんなクソみたいな男と付き合うくらいなら俺の方が絶対良いだろ。顔も頭も良くて喧嘩が強くてモテそう、というのは名前さんのお墨付きだし。
でも名前さんは呪術師と付き合うの抵抗あるって話してるの、前五条さんから聞いたことあるんだよな…。
「このだし巻き玉子はね、高専の寮母さんに教わったのを私なりにアレンジしたんだ。ちょっとだけだしを多めにして、その分片栗粉を混ぜるのがポイント。固まるのにしっとりして美味しくなるんだよ」
「へえ」
いい、今は余計なこと考えるのやめよう。
名前さんの話を聞きながら黙々と食事を食べすすめた。全部美味い。お世辞抜きで美味い。
「ごちそうさま」
ぱん、と手を合わせて合掌すると、名前さんは「おそまつさまでした」と微笑んだ。
「ほうれん草の胡麻和えとお魚焼いた奴は多めに作って冷蔵庫に入れてるから、良かったらまた食べて。冷凍してお弁当に入れたりしてもいいし」
「すみません、何から何までありがとうございます」
「ううん、いいの。泊めてもらったお礼だよ。私ほら、誕生日プレゼントまで忘れちゃってたし」
そう言って頬をかくと、名前さんは気まずそうに笑った。
俺は黙ってその顔を見つめた。
「気にしないでください。…もう貰いました」
「…?」
「お茶、飲みますか。あったかいの淹れますよ」
「気がきくねぇ」
台所へいってシンク下の引き出しからガラス製の急須を取り出すと、名前さんが振り返って俺を見ていた。
「ほうじ茶持ってきたからそれ淹れてよ」
「冷蔵庫?」
「一番上の棚」
「ああ、あった」
確かに。パッケージを見ると京都の有名どころの缶入り茶葉で思わず目を細めてしまった。これ一個で何千円とかするやつじゃないのか。
「それ実家のお歳暮の余りなの。送りつけられてきただけ。気にしないで」
まるで俺の心の声が聞こえたのかのように名前さんはそう言うと立ち上がって近づいて来る。なんだ、別にお茶ぐらい俺一人で淹れ…
「ねぇ恵」
俺の目の前まで来ると、名前さんが真顔でじっと俺を見上げる。
いつもより近い、気がする。俺は動揺を悟られないように急須を置くと、名前さんを見下ろした。自然と上目遣いで見上げて来るその顔に心臓が喧しい音を立てている。
手を伸ばせば触れられる距離だった。一体何の真似だ、と思うが突然のことにうまく反応できない。
「…何、ですか」
辛うじて搾り出した声は少し掠れていた。喉が張り付く。名前さん、まさか昨日俺がしたこと、やっぱり気付いて…
「写真撮ろっか」
「…え」
突然名前さんはニコッと笑うとそう言った。
写真?何で急に?
「誕生日の写真!二人で撮ろうよ。まあもう23日だけど」
そう言いながら名前さんはポケットからスマホを取り出した。良かった、昨日のアレはやっぱり気付いていないらしい。
「え、今ここでですか」
「そう、今!なんか撮りたい気分なの」
そう言って俺の肩に腕を回してくっついてきた。名前さんはスマホのカメラをインカメラに切り替えて横に向ける。やや上からの画角だ。
オイ、近…つーか胸が、当たってんだよ…!
「はい恵こっち向いて」
「ちょっと待ってください、俺、いま」
「はいチーズ!」
そう言って笑みを浮かべた名前さんがシャッターボタンを押す。
俺の困った顔と並んだその笑顔に目を奪われる。
「はは、恵困り顔じゃん。可愛い」
「………」
「じゃ、これ後で送るから写真立てに入れといてよ」
そう言ってさっさと俺から離れた名前さんは「お茶淹れてね」と言いながら津美紀の席に座ってスマホを触り始めた。
何なんだマジで。…いや、写真立て?
「……」
写真立て、部屋に飾ってるのって名前さん知ってたか?いや、知らないはずだ。確かに一昨年の誕生日プレゼントに名前さんから貰ったものだけど、何で今その話題なんだ。
つーかアレあんまり人に見られたくない。名前さんの写真ばっかり入れてるし。何で知ってるんだ?五条さんか?
いやでも五条さん流石に俺の部屋に入ってきたことはないしな…。
「……名前さんそれ、」
「あ、見て恵!これこのアプリ使ったらシールに出来るんだって。ねえプリクラみたいに加工して記念にシールにしようよ。恵の黒刀に貼ったら?」
「……何で呪具に貼るんですか」
「盗難防止的な?」
ならねぇだろ、別に。
「え?いらない?」
「シールはいらないです」
「じゃあこれは?キーホルダーみたいにもできるらしいよ」
何で名前さんとの写真キーホルダーにするんだよ。それ小さい子供の写真を親が加工して祖父母に配るためのやつだろ。
「いらない?」
「普通に写真だけあればいいでしょ。つーか俺まだ寝間着だったんですけど」
「それは着替えてこない恵が悪い」
名前さんがそう言ってにやりと笑うので俺は黙って電気ケトルにお湯を沸かした。
「てか、写真は要るんだ」
「……」
あ、と俺が反応する前に名前さんがふふふと口元に手をやって笑った。
「恵はほんと、可愛いね」
名前さんの悪戯っ子のような笑みに、俺は何度目かわからないため息を吐いた。
名前さんによって「お前を守れるのはお前の家放と俺くらい」という加工がされた写真が俺に渡されたのは数日後の話である。
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恵は名前さんの熱烈なファンなので……うちの恵はこれくらいするんで……。()
ムッツリでややメンヘラの片鱗が出ちゃったな恵!!
お誕生日祝、完。
20241223
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