※お喋りなモブの友達が出てきてしまいます。ご注意。
「じゃーん、これ見て」
俺の部屋には虎杖と釘崎も集合し、五条先生の手元にあるパソコンの画面に目を向けていた。
名前さんはシャワーから出たところで、タオルで髪を拭きながら同じように俺達の背後からその画面を眺める。
「…懸賞金?すげー、こんなのあるんだ。…名字名前、1級術師…1,000万から変更、1…10…100、えーと」
「1億だ」
「1億ゥゥ?!宝くじの当選金額じゃん?!」
俺が数字を読み上げると、虎杖があまりの額にひっくり返った。
懸賞金が掛けられているらしい。それも以前よりも額が跳ね上がっている。もともと1,000万だったのも驚きだが、今朝の時点で1億に更新されていた。…呪詛師の仕業か?
「名前さんて元から懸賞金掛かってたんですか?1,000万も。今年の年明けからってなってますけど…」
「わー本当だ!私もよく知らない。タイミング的に1級に昇格した時くらいかなぁ?あ、だから街中でたまに知らない呪詛師とかに急にメンチ切られたりしてたのかなぁ」
釘崎の問いに興味なさそうに名前さんは答えた。自分のことなのでもう少し興味を持って欲しい。何でだろうねー?じゃねえんだよ。
「なんか恨まれることしたのかな」
「まあ恨まれることは多いよね。名前呪詛師相手すること自体あったし、結構捕まえたりしてたし。…問題はこの1億って額。これに飛び付いて名前を襲う連中が出てくる。しかも生死問わずって書いてるから、本気で殺しにくる手練れもそこそこいると思う。こんな端金でよくやるよ本当」
五条先生の言葉に俺達は神妙な面持ちで三人とも頷いた。ここからさらに護衛としての難易度が跳ね上がるらしい。肝心の名前さんだけがふーんと興味なさげに髪をタオルドライしている。
「別にそんなの全部ぶっ飛ばせばいいじゃん?」
「かっこいー!聞いた?これが1級術師の余裕です!一年生諸君は見習うように」
「…悟くん、作戦会議でしょ?どうするの?」
ふざける五条先生に呆れた様子で名前さんは腕を組んだ。水分を染み込んだタオルを肩にかけたまま、名前さんは面倒くさそうな顔をしていた。彼女にとってこの1億の懸賞金は恐れることではないらしい。…さすがだな。
「ローテ組むよ。移動中は僕と一年一人が近接で名前を護衛、その間、他の二人は少し離れた中距離から護衛。それを時間で区切って一年生はローテーション。やばいのが来たら都度お互いカバーって感じ」
「了解」
「呪力探査のために恵には基本的に玉犬出しっぱにしてもらおうかな。つっても、今日の予定はリスク高すぎるから懸賞金取り下げられるまで変更せざるを得ないかもだけどね」
「わかりました。で、今日はどういう予定なんですか?」
「小学校の時の友達と会う約束……なんだけど、この状況だと厳しいよね」
名前さんは髪を拭きながら少し寂しげに目を伏せた。小学校、ってことは俺と出会う直前まで通っていた私立の小学校の同級生ってことか。
「懸賞金目当ての呪詛師達が狙ってくるわよね。名前さんが自分のことは自力でどうにか出来ても、その友達を巻き込むリスクを考えると…」
「その友達は、呪術界のことは知ってるんですか?」
釘崎が頬をかいた。俺が尋ねると名前さんは首を横に振った。
「何も知らないの。私は旧家の道楽娘ってことにしてるから」
「東京の高専に通ってることは?」
「それは一応…。でも呪術高専じゃなくて普通の高専だと思ってる」
「どこで会う約束なん?」
「…梅田のリッツ。アフタヌーンティー予約してるんだ」
「どこそれ?釘崎知ってる?」
「はあ?知らないの?超高級ホテルよ、てか私もリッツのアフタヌーンティー行きたいんですけど!」
…ホテルのアフタヌーンティーか。
よく知らないがラウンジで過ごすのなら人通りはそれなりに多そうだし、懸賞金目当ての呪詛師が紛れ込む可能性を考えると正直厳しいだろう。友人どころかラウンジにいる客まで巻き込むことになりかねない。だがラウンジじゃなければ何とかなりそうな気もする。
「悟くん、何とかならないかな」
名前さんは縋るように五条先生を見上げた。五条先生が顎をしゃくる。
「…ホテルの一室を借りてそこで名前さんの友達を招いてそのアフタヌーンティーを頂く、とかなら譲歩できませんか。五条先生の権力でデカい部屋一室くらいならもぎ取れるでしょ」
「恵ナイスアイデア!」
「ま、それならいいかもね。支配人に聞いてみようか」
「ありがとう!」
「名前久しぶりやねー!元気にしてる?」
「二人とも!久しぶり!元気だよ!」
「こうやって会うの、私らが東京に遊びに行った時以来だよね。…で、こちらの方々は?」
「釘崎野薔薇です!名前さんの後輩です。好きなタイプは織田信長、嫌いな場所は陰湿な田舎。青森出身です、今日はよろしくお願いします」
「「へ?」」
「あ、えっと…この子は釘崎ちゃんと言って、私の今通ってる学校の後輩デス…」
「そうなんや」
「それでこっちの男の子は?」
「伏黒、挨拶しろ」
バシッと背中を叩かれて思わず俺は釘崎を睨んだ。
…だからって何でこうなるんだよ。
五条先生の計らいで名前さんとその友人二名をホテルのスイートルームに招待してアフタヌーンティーを決行することには成功した。しかし本来近接護衛に五条先生と釘崎がつくはずが、名前さんが「悟くんが一緒は絶対無理!絶対嫌!チェンジ!」とゴネて俺になってしまった。
「何で僕じゃ嫌なのー?」
「嫌に決まってる。絶対変なこと言うもん。私のイメージダウンになるし!」
「えー、別に言わないよ。僕イケメンだしイメージダウンにはならないでしょ」
「なるの!大体さ、悟くんのことどう説明したらいいの?他の三人は仲の良い後輩って説明出来るけど…」
「…親戚の仲良しなお兄さんでいいんじゃない?」
「親戚の仲良しなお兄さんが友達とのアフヌンに着いて来てたらキモいし、何より悟くんて見た目と年齢的に不審者じゃん?」
"キモい"と"見た目と年齢的に不審者じゃん"というパワーワードに五条先生が固まってうんともすんとも言わなくなってしまった。…この人でも傷つくことあるんだな。
今日の五条先生はよりにもよってあの真っ黒な仕事着に目隠しスタイルだ。名前さん的にはサングラスに私服ならギリ許容できたのかもしれないが、今日のルックスは友達に合わせるには絶対NGらしい。確かに術師以外が見たら意味がわからないだろうな、この格好。
そこで虎杖と釘崎にお前が行け的なジェスチャーをされたのが事の始まりだ。
つーか俺と釘崎、室内にいる必要あるか?ドアの外守っとくだけで十分じゃねぇのか。
そもそも俺以外全員女子の空間がかなり気まずい。名前さんもどうしたものかとこっちをチラチラと見ている。いやアンタのせいですよ、こうなってるのは。
「伏黒です。俺も名前さんの後輩で、」
釘崎が"言え"と口パクで俺を睨んだ。目が完全にキマっている。こいつ中学の時の俺より普通にタチ悪いぞ。
名前さんはどう言うのか俺に一任しているらしく目を逸らしている。何なんだよこの状況。特に釘崎、マジでいい加減にしろよ。
「……お付き合いをさせて頂いています」
「「えええ!!!彼氏!?!?!」」
学友二名が驚愕のあまり大声を上げる。耳がキーンとして俺は目を伏せた。名前さんは笑いを堪えるのに必死で俯いており、釘崎はニヤニヤしながら俺を見ていた。殴るぞマジで。
「え?何で彼氏と後輩連れてきたん?」
「「心配なので着いてきました」」
打ち合わせ通りに釘崎と声を揃えてそう言うと、名前さんがまた俯いたまま笑っている。アンタも何笑ってるんですか?
「ふふっ…そうそう…なんか、つ、着いてきちゃって…し、心配なんだって…あはは…!!」
いや笑いすぎだろ。
友人二名は暫し固まっていたが、顔を見合わせると同じように笑いだした。名前さんもつられてまた笑う。
「もう、本当名前っておもろいんやから〜!!」
「普通連れてくる?面白いから良いけどさ」
「ご、ごめーん。なんかちょっとバタバタしちゃって…色々あってね、ハハハ」
もうちょっとマシな言い訳ないのかよ。
名前さんは頬を掻きながら笑うと、二人に座るように促した。
「オイ伏黒ボケコラ」
「何だよ」
「もっと愛想良くしろ。あちら二人は名前さんの友達でしょ」
その瞬間釘崎にひそひそ声で呼ばれて俺は額に青筋を浮かべた。
「…だから挨拶しただろ」
「アンタ馬鹿?名前さんの彼氏ってことはこれから色々根掘り葉掘り聞かれるのよ?この後もちゃんとしないと名前さんとお友達の関係が悪くなるかもしれないでしょ?」
「……」
「とりあえずそのヤバい目つきをやめて、なるべく物腰柔らかく、相手に不快感を与えないように勤めなさいよ」
…何故お前にそこまで言われなければならないんだ?お前の方が目つきヤバいのわかってんのか?
込み上げてくる苛立ちを押し込めて黙ると、釘崎は行くわよとまたひそひそ声で話しかけて俺の背中をバシッと叩いた。それやめろ。いちいち他人に暴力を振るわないと気が済まないのか。すげーイラつく。
「伏黒くんと釘崎ちゃんも、一緒に食べへん?」
「そうそう、せっかくだし。東京での名前のこと聞かせてよ」
二人はそう言うと俺と釘崎も座る様に促した。
釘崎が猫を被って「はーい♡頂きまーす♡」と言いながら勝手に席に着いたことで、"少し離れた場所で三人を見守る"という当初のプランはあっさり打ち砕かれる。こうなる予感はしていたが、気まずさに俺はまた小さくため息を吐いた。
釘崎の言う根掘り葉掘り聞かれる、ということの意味を俺は今から知ることになる。
「…疲れた」
「ごめんねぇ、恵。釘崎ちゃんも、ありがとう」
「私は楽しかったですよ。アフタヌーンティー美味しかったし!伏黒も珍しく面白かったし!」
「そ、そう」
名前さんは少しだけ頬を赤くして微笑んだ。
彼女の友人の質問というのが、もはや尋問に近かったため俺はかなり疲れている。
名前さんとその友人に付き合って興味のない話を聞いたり、俺と名前さんの馴れ初めを聞かれたりして時が過ぎ、既に時間は夕方だった。
二人が「そろそろ帰る」と部屋を出ていった後、俺は思わずソファに座ってそのまま背凭れにぐったりと背中を預けてしまった。
「伏黒くんはいつ名前と出会ったん?」
「小学校の頃です」
「きっかけ!きっかけは?」
「…俺の親代わりの人が、名前さんの親戚というか……まあその兼ね合いで」
「どっちから告白したの?」
「…俺からです」
「名前のどういうところが好きなん?」
「全部」
「きゃー!全部やって!!うちもそんなん言われてみたい!!!」
「ねえ、二人の時お互いのこと何て呼んでるの?」
「普通に、名前で…」
「ねえこれもしかして名前が一番最初に結婚する感じじゃない?!ちょっとブーケトスの時絶対私に投げてよ!」
「それやったらうち友人代表のスピーチする!!」
「私も!てか一緒に出し物していい?!同じ塾だったメンバーでさ、私あれやりたい、ほらこういう…今流行ってるダンスのやつ!」
「ちょ、ちょっと…二人とも気が早いんだけど……」
女ってこんなによく喋る生き物なんだな…。
名前さんはそう考えると、根はそこまでお喋りではないんだと思う。会話はするが、こういう女ならではの喧しい感じが彼女にはあまりない。
津美紀もよく喋るが、津美紀は自分が喋りたいことを勝手に喋るタイプなので俺はそれを黙って聞いたり聞いていなかったりすれば良かった。
だが今回は質問、質問、質問の嵐だった。
いつ付き合ったとかどこが好きとか、何でそんなのいちいち話さないといけねぇんだよ。その癖、俺が名前さんのことどれだけ好きか話したら重すぎて絶対引くだろ。言いたくない、面倒くさい。途中から適当に答えてたからあまり内容も覚えていない。
…そう言えば勝手に結婚式まで話が及んでいるのは何でなんだ。アンタら招待するって言ってねーぞ。結婚式とかやるかもわからねぇのに。まあ名前さんがしたいならしてもいいけど…。
「…恵大丈夫?」
「…大丈夫」
「そうは見えないけど……。ありがとう、私の友達に付き合ってくれて。あの二人すごい喋るでしょ」
「…はい」
名前さんは少し笑うと二人が去った後のテーブルを見ていた。俺も起き上がってその背中を見守る。
釘崎は部屋を出て虎杖と共に次のローテに入ったところだ。外には多分五条先生がいるはず。
…かなり精神的に疲れたが、俺の知らない彼女が見られた点は良かったと言える。名前さんの上京前の交友関係なんて俺は勿論知らないし、非術師の友人と素の姿で関わる姿は新鮮だった。彼女の言う普通の女の子を体現した姿。
それは戦ってる時の殺気立った悪魔のような姿でもなければ、俺と二人の時の甘えた小悪魔でもない、何気ない日常を楽しむ姿。
…呪術師として生きる以上、基本的には諦めなければならない姿。
「なんか、久しぶりに普通の子達と話すと、昔を思い出しちゃった。…楽しかったな」
「良かったですね」
「うん。ああいう何でもないような、普通の生活も憧れるなぁ」
何でもないような普通の生活、か。
俺と彼女にとっては無縁の世界だ。"こちら側"に身を置いた時点で、あちら側に戻ることは難しい。視えるし祓える人間は"それ"が気になってどうしても普通の生活など出来ない。ましてや俺達の才能を呪術界が放っておくことなどない。その証拠に、俺たちは五条先生に守られていたのだから。
「…もし、自分に術式や呪力がなかったら、どうしてたんだろうって思っちゃった」
「…」
「普通に生きて、普通に学校に行って、普通に友達と過ごして、普通に働いて、普通に…何も…周りの都合なんて考えずに、好きなことをやれてたのかな」
スイートルームの景色は圧巻だった。
大阪を一望できる最上階に位置している分、街の全域が見渡せる。ソファに腰掛けているだけでも外の景色がはっきりと見える。俺はそれを目にした後、彼女の横顔を見上げた。
彼女の言う普通を俺も何度か夢想したことはある。でも、それはあくまで想像の域を出ない。実現不可能な生活だから。
「…だとしても、名前さんは普通に俺と付き合って、普通に結婚すると思いますよ」
「何それ」
名前さんはふふ、と可笑しそうに笑った。
その時だった。部屋の隅に寝かせていた渾が呪力を感知して大きく吼えたのは。
「…!!」
パリンとガラスが割れる音がした。窓ガラスが外側から割れている。ここ最上階のクラブフロアだよな、と思い直す前に、俺は立ち上がって名前さんの手を取った。二人で走って部屋を横切り、廊下へ向かう。
「五条先生!!!!」
俺の声に五条先生がドアを開けて顔を出した。
「懸賞金目当ての呪詛師?」
「多分。一人突っ込んできました。…もう一人いるかもしれないです」
「僕が潰す。恵、そのまま名前連れて階段で逃げて。野薔薇と悠仁は下にいるから合流、予定通り即移動。僕は後から追う」
「了解」
五条先生の指示に頷くと、廊下を走り抜けて非常階段へ繋がるドアを開ける。螺旋状の階段だったので名前さんの呪具にぶら下がって一気に階下まで降り、ロビーから表のタクシーロータリーまで出た。今のところ他に呪詛師の気配はない。
「…何で気付かれたんだろう」
「わかりません、どっかから情報が漏れてるんですかね」
「でもスイートルームでお茶なんて、私達以外誰にも…」
「今はとにかく目立たないように逃げましょう。虎杖と釘崎と落ち合い次第即移動します」
「……うん」
「名前さん?」
「……なんでも、ない」
「二人ともこっち!」
「急いで!」
五条先生が手配していたハイヤーに乗り込んで、すぐに発進した。この後は当初の予定だと新大阪まで行き、新幹線で東京まで戻るという流れだったが、スムーズに行くかどうかは正直微妙だ。
「伏黒!先生からワン切りで合図あった!敵?」
「懸賞金目当ての呪詛師だ、五条先生が今倒してる。俺たちは先に行くぞ」
「予定通りでいいの?」
「一応な。…とりあえず新大阪向かってください」
助手席に俺、後部座席に釘崎、名前さん、虎杖の順で座っている。これも予定通り。五条先生はいずれにせよ別移動の予定だったので問題なし。運転手に指示を出して俺はスマホを見た。五条先生から着信だ。
「伏黒です」
『こっちは二人とも倒した。恵達もう向かってる?』
「はい。予定通りでいいですか?」
『うん、問題ない。僕も今から追うよ』
「わかりました」
『こいつら吐かせた感じ、他にも結構いそうなんだよね。僕がなるべく後追いしながら潰すけどそっちも警戒緩めないように。…名前を極力戦わせないで、逃すことに心血を注ぐんだ。いいね?』
「はい」
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