「うおおお!?!何じゃこりゃあぁぁ!?」

私は自分の姿を鏡で見て、Gパン刑事よろしく叫んでいた。驚きのあまり立ち上がってガニ股になるのを「足閉じろ」と恵が嗜めてきたので慌てて閉じてまた丸椅子に座った。

悟くんと夜蛾学長に言われて医務室に向かった私と恵と虎杖くんの三名。私達の姿を見るなり硝子ちゃんは無言で手招きした後「…やってくれたな君達」とだけ言ったので三人で「すみません…」と謝ったところである。
私は一応硝子ちゃんに診てもらうため丸椅子に腰掛けていて、恵と虎杖くんはその後ろに並んで立っていた。

多分"五条悟と九十九由基が暴れている"、というのを耳にしたんだろう。怪我人もそのせいで増えたかもしれないし、硝子ちゃんには余計な仕事を増やしたんだろうな…と思いながら俯いていると、「ところで今一度自分を俯瞰してみてご覧」と言われ大きめの手鏡を渡されて私は固まった。

「し、白髪になっとる…!!!」
「名前さんまさか気付いてなかったん?」

わなわなと震える私を見て虎杖くんが普通にそう返してくるので頷いた。
いや、確かにさっき悟くんに見た目が変わったとか言われてたけどこれ?!髪?!マジで?!
見た目が変わったって二重が一重に変わったとかタレ目が吊り目に変わったとかそういう話かと思ってたわ!髪の色はやりすぎだろ!!修正効かないし!!

「…なんかますます五条に似てるね。髪の色がそうなると」
「嫌すぎる!!」

ガーンとショックを受けて明後日の方向を見つめながら椅子から落ちて膝をついていると、硝子ちゃんが残念そうに私の肩を叩いた。

「大丈夫、五条よりはマシだから」
「何が?性格が?」
「性格は君の方が全然良いよ」
「良かった〜」

いや良くないけどね。今問題なのそこじゃないから。

「これってもしかして一生このまま?根元から生えてくる毛は暗かったりする?」
「多分一生そのままなんじゃないか?魂の形を変えたことでそうなったのなら、髪の色素が抜けた魂にされたってことだろ」
「髪の色素が抜けた魂……」
「ま、寧ろその程度で済んでいてラッキーだと思うけどね。手足の欠損や内臓イジられたりしてない分、件の呪霊は良心的だよ。魂の変容は反転術式じゃ治せないから」

髪の色素が抜けた魂……何やそのワード…。
まあでも確かに硝子ちゃんの言う通り、こんな程度で済んでるのは最早奇跡では?

あのツギハギがアホだったおかげでツギハギの領域に入れられたんじゃなく、私の生得領域にツギハギが入り込んできたのが本当に運が良かった。逆だったらどうなっていたかわからない。
多分私の術式を破壊するために私の精神に入り込んだのだろうが、それははっきり言って悪手だ。だってそれはつまり、指名手配班が自ら警察に顔を出すようなものだからね(?)。

「…俺もそう思います」

虎杖くんと並んで突っ立っていた恵が口を開いた。
そもそもこうなったのは恵の計画だから、恵としても色々思うことはあるだろう。
私の見た目が変わっても、恵は私に生きていて欲しいと思ってくれていたんだ。…私が白髪になったことなんて大した問題じゃないか。

そこでガラ、と医務室のドアがわざとらしく大きな音を立てて開いた。
開けた当人を目にして硝子ちゃんが目を細めた後、デスクに座って棒付きキャンディーを口に含む。

「…俺が危惧してるのは、天元様と同化せずに済むとしても、この人が虎杖や乙骨先輩みたいに死刑を言い渡されないかどうかってことです」

悟くんぴたりと医務室のドアを閉めてそのままドアにもたれた。

「…名前さんの術式は強力です。名前さんは、五条先生がずっと匿っていただけで、本当は高専側としても手に余る人材なんじゃないですか」

恵は俯いてそう言うと黙った。
そうか、恵と虎杖くんは私の術式を見たのか。意識曖昧だったけど、ツギハギを追い込んだのと虎杖くんから宿儺を半ば無理矢理引き摺り出したのは覚えている。後者は虎杖くんは覚えてないと思うけど、恵は見てたんだよね?
…あそこまで出来るとは自分でも思ってなかったけど。

「その通り」

悟くんはそのまま腕を組んで笑みを浮かべた。今はいつもの目隠しをしているから表情は読みにくい。

「まあ、でも人間相手の交渉なら僕は得意。…死刑にはさせないよ」
「…五条先生」
「というか今のところ名前の術式は僕と名前のアンダーコントロールだからね。そこはあんまり気にしなくていい。いやぁ、それにしても天晴れだよ恵。名前を本当に助けちゃうんだもん」

恵がほっとしたように息を吐いた。虎杖くんもにっと笑う。

「…さっき天元様から通達で、同化はなしになった。おめでとう、君達の勝利だ」

恵を見上げると、恵も少しだけ目を見開いて私を見ていた。

「じゃあ、名前さんは…」
「これからも呪術師として、活躍してもらうからそこんところよろしく」
「…天元様、怒ってた?」
「ぜーんぜん?寧ろ"やっぱりかー"って感じ」
「はあー?本当そういうとこ…」

やっぱりかー、って。そんな簡単に言ってくれるなよ。私は拍子抜けで思わず文句をつけたくなってしまう。こっちは命懸けだっつの。

「じゃ、俺らも名前さんもお咎めなし?!」

虎杖くんが悟くんに問いかける。
既に日が傾きかけていた。医務室に入る日差しがオレンジを帯びるの感じて、私は窓に目をやる。もうすぐ夜が来て、また朝が来るのか。…その朝に、私はまだ存在しているのか。

「…いや恵と悠仁は良くて反省文、場合によっては数日停学かな」
「え!停学?!何で?!」
「…特級案件に五条先生の指示に背いて勝手行動したんだぞ。呪霊も取り逃したし。…妥当だろ」

虎杖くんの驚きの声に恵が冷静に突っ込む。何だか日常が戻ってきているような気がして、私の心が軽くなっている。
と、同時に安心したのか、私は自分の身体から力が抜けていくのがわかった。

そっか。…そっかあ。
私明日も生きられるのか。死ななくて済むのか。まだ、生きていていいのか…。

「名前さん?」

私の様子に気付いたのか、慌てたような恵の声が聞こえる。窓の外を見て二人には背を向けているから、私の顔は見られていない。
口元を手で押さえてふらりと傾く自分の身体を支えられたのがわかった。

「大丈夫ですか、どっか痛みます…か…」

恵に顔を覗き込まれて私は目を細めた。
ぽた、と一滴涙が頬を伝ったのがわかる。恵が固まって私を見ていた。私は口元を手で押さえたまま、声も出せずにいる。…どうしよう、どんな顔して良いのかわからないよ。

「…はい、じゃあ空気読んで一同解散ー」

ガラ、とまた医務室のドアが開くのがわかる。固まった私達二人を見かねて、悟くんが硝子ちゃんと虎杖くんを連れて退室したのだとわかった。
ドアがぴたりとまた閉まったのを確認して、恵が私の涙を指先で拭った。

「…泣いてるんですか」
「…ほっとしたら涙出てきた」

恵はそれ以上何も言わなかった。
黙って私の腕を引くと、半ば無理矢理私の背中に腕を回してぎゅっと強く抱きしめてくれた。恵の心臓の音が聞こえる。
くしゃ、と乱れた私の髪を恵の優しくて大きな手がそっと耳にかけた。

「恵」

何と言えばいいんだろう。この感情をどうすればいいんだろう。
恵に、こんな言葉だけで私の気持ちが全部伝わるだろうか。彼が私にしたことと私が彼に委ねた未来を、こんな簡単な言葉で集約してしまって良いのだろうか。でも私には、これしか言えない。これ以外の言葉を知らない。

「…ありがとう」
「こちらこそ」
「…」
「俺を信じてくれてありがとうございます」
「うん」

少しだけ鼻を啜って恵の肩に顔を埋めて笑う。ちらりと恵を上目遣いで見上げると、優しい視線とかち合う。彼も珍しく口角を上げて微笑んでいた。










「次の任務はショッピングモールか」
「人の多い場所は湧きやすいですからね」
「んーでも閉店時間にやらなきゃいけないから、夜遅くなるのがヤだよね、こういう系」

私は毛先を指でくるくるしながら送られてきた資料に目を通していた。時刻は間も無く17時。悟くんに言い渡された単独任務の概要を、補助監督から預かったタブレットで眺めながら自販機で飲み物を買いに来たところである。

そんな折にまるでタイミングを見計らったかのように恵が真希と一緒にやって来たので、私はもちろん二人に飲み物を奢ってあげた。先輩だからね。
二人は私のタブレットを覗き込みながら勝手に任務の概要に目を通している。君ら関係ないですけど。

「かなり広いショッピングモールなので、索敵も必要かもしれませんよ」
「んー、でもこれ私の単独任務…」
「俺も行きましょうか」

恵が私にくっついてタブレットの画面を後ろから覗き込んでくる。よしよしと恵の頭を撫でると、恵からじとっとした視線を感じる。
真希は面白そうにそんな私達の様子を見ながら、コーラをぐびっと飲んでいた。

「索敵得意だもんね、恵」
「はい」
「えーと…」
「俺も行きます」
「…じゃ、お願いしよっかな」
「…はい」
「なんかもうお前ら隠そうとか恥じらいとかもねーんだな」

ニヤニヤしながら真希が私を小突く。そういうの私じゃなくて恵に言ってほしい。

「公然の事実を隠す必要ってありますか」
「ねーな」
「なら、問題ないですよね」

どういう会話よ、それ。
私が呆れ顔で恵を見上げると、相変わらず無表情で唇を引き結んでいる。真希はニヤニヤしたままコーラを片手に上げると「お邪魔虫は消えるわ」と言って寮の方へ一人で戻って行ってしまった。ああ、もう少し話したかったのに。

「真希と鍛錬したばっかりじゃないの?疲れてない?」
「別に」
「疲れてるなら無理して同行しなくていいよ。今後昇級査定の為に私に同行してもらうこと増えるし」
「早く場数踏んで昇級したいんです。名前さんの隣に立つのに相応しい男になれるように」
「!」

っぬあぉ……!!なんか今のグッときた。
私の隣に立つのに相応しい男になりたいだなんて!そんなのもう恵しかいないのに。

「…そんなこと言われるとときめいちゃうな」
「そう思って言いました」
「えっ、策士すぎて怖。…私、恵の昇給任務の最終査定してあげよっか?」
「それは嫌です。彼女から贔屓されてるって言われたらダルいんで」

そんなこと言う奴いる?まあでもそういう目で見られる可能性はなくはないか。

「私そこの査定はかなり厳しいのになぁ。例え私の命の恩人の恵でも、適正なしと判断したら私は容赦なく落とすよ?」
「知ってます」

私がニヤリと笑うと、恵は表情一つ変えずに頷いた。
まあ恵にもプライドというものがあるだろうしな。私以外の人から準1級に認定される方が彼としても納得だろう。私はまたよしよしと恵の頭を撫でるに留めた。

恵を含めた1年三名とパンダと真希は、東堂と冥さん(後者はどうせ悟くんが買収した)の推薦を受けて今準1級への昇級査定期間中である。
既に1級の私の任務にこの五名がそれぞれ別日に同行することはここ数日で決まっていた。だから今日は別に一緒に行かなくてもいいんだけど、恵としては他の四人に差をつけたいらしい。
いいね、向上心の旺盛な人間は好きだよ。
 








「全部これで祓ったかな」

時刻は既に23時を回っていた。
恵と馬鹿でかいショッピングモールを歩き回りながら至る場所に沸いていた呪霊を祓い、とうとう屋上に到着。もう呪霊の影はない。バックヤードも全て見回り、歩き疲れた私は屋上の柵に腰掛けてぼんやりと夜景を見下ろしていた。

郊外に位置するショッピングモールなので夜景と言えるほどの華やかな輝きはないけれど、それでも一つ一つの家や建物の灯りが少しずつ消えていくのを見てみる。その灯の一つ一つに、誰かがいて、命があって、私達は人知れずその命を守る仕事をしているわけだ。

「…暗くなってきましたね」
「良い子は寝る時間だからね」

私の横に並んだ恵が、ポケットに手を突っ込んだまま同じように夜景を眺めていた。
呪いの気配はどこにもない。今の所は。

「流石に夜は寒いなぁ」
「でも、もう少し見たいんでしょ」
「…うん」

夜風に私の白い髪が靡いた。
屋上は風が強い。遮る建物もないからダイレクトに風が吹きつけて、こんな季節でもやはり肌寒い。そろそろ戻らなくちゃいけないな。下に新田さん待たせてるし。

「恵」
「はい」

私が名前を呼ぶと、恵が返事をする。当たり前のことなのに、それが嬉しい。

「変なこと言ってもいい?」
「どうぞ」
「最近ね、私が恵の帰る場所になれたらいいなって思うんだ」
「…帰る、場所」

私の言葉に恵は驚いたのか、鋭い目を少し丸くして復唱すると、私を見下ろしていた。

「呪術師をずっと続けて行くとさ、死ぬかも!って思う瞬間が来ると思うんだよね。まあ恵は既に何回か経験してると思うけど」
「…はい」
「その時にさ、帰る場所があると頑張れるじゃない?絶対ここで生きて帰るんだ!みたいな。そういう、なんか…根性がないと本当に強い人以外皆んなあっさり死んじゃう業界だから。そういう人達を私も何人も見て来たし。だから…帰る場所って、必要だと思う」
「…」
「恵に死なないで欲しいからさ。いつでも帰っておいでね、私のとこに。私はいつでも恵を待ってるから」

恵にずっと言いたかったことはこれだけだった。恵は自分を犠牲にして、死んで勝てば良いという思考が昔からある。そういう秘密兵器、最終手段、奥の手を恵は持っているから。
でも、それじゃ嫌だ。そんな風に自分を犠牲にして、命を散らすような男になってほしくない。泥臭く生きて、帰ってきて欲しい。

恵は頭も良いし私よりも才能があるし、しがらみはあるとは言え血筋的にも申し分ない。すぐに昇級してゆくゆくは呪術界を引っ張っていくような強い術師になると思う。

…でも強者とは孤独なもの。恵の生い立ちは生半可なものではないし、今後彼にどんな火の粉が降りかかるかは私もわからない。でも恵はそれを自分で振り払って乗り越えていかなきゃいけない。いつまでも私が守ってあげるばかりの恵じゃダメなのもわかってる。

だから、私はいつでもおかえり、って言ってあげられる存在になりたい。恵の心の拠り所でありたい。どんな姿で帰って来ても、おかえりって思い切り抱き締めてあげたい。よく頑張ったね、大好きだよって言ってあげたい。それが恵の為に、私が出来る唯一のことだと思うから。

「…その言葉、そっくりそのままお返しします」
「え?」
「名前さんも自己犠牲が酷い面があるんで。貴方は俺より強いから簡単には死なないだろうけど、でも俺がいつか貴方を追い越して、貴方を守れるくらい強くなりますから」
「…恵」
「それに、貴方は誰にも愛されたことがないって前言ってましたけど。そんなことはないです、俺がいます」
「……」
「だから誰にも愛されないとか、誰かに愛して欲しいとか、もうそういうの何も考えなくていいですから。俺がいるんで。俺が名前さんのこと死ぬほど愛してるんで、これから先の貴方はもう大丈夫です」

ぽかんと自分の口が開いたままなのが自分でもよくわかる。
恵はいつもの無表情でそんなことを言ってのけると、ん、と私に向かって手を差し伸べた。黙って恵の手を取る。
すとんと柵から降りて、恵の顔を見上げる。

屋上の照明は全て消えていて、灯りは夜景から得られる僅かな光のみだった。風で揺れて乱れる私の髪を、恵がそっと耳にかける。何だか不思議な感じだった。時間が止まってしまったような。

恵は私の左手をそっと掴むと、手の甲を上に向けて自分の口元に運んだ。何をされるんだろうと思ったけど、抵抗せずにそのまま流れに身を委ねる。
自分の薬指が恵の綺麗な歯並びの口に喰まれるのを見た。かぷ、と音がしそうなほどしっかり上下の歯で噛まれて、僅かに痛みが走る。
そっと離された私の薬指には、恵の僅かな唾液と歯形がくっきりと残っている。いかがわしさすら感じるそれに目を細めて黙っていると、まるでとどめと言わんばかりに恵が口を開いた。

「"これは私の愛と思いやりと、変わらぬ貞節の誓いであり、印です"」
「…恵」
「つまり、俺も貴方の帰る場所になります」

知ってる、それ。…親戚の結婚式で聞いたことがある。その歳でこんなフレーズを知ってるなんて、さすがに恵は博識だな。
そんなことを思いながら恵の言葉に私は頷いた。

私には帰る場所がない。私には心の拠り所がない。だから人に認められることで、自分の存在意義を満たすしかない。そういうふうに思って生きてきたけど、どうやらそうじゃないらしい。
何だ、私の帰る場所は最初からここだったのか。

「…じゃ、折角だし誓いのキスでもする?」
「何を誓いますか」
「私の最後の相手が恵になるってこととか?」
「…俺の初めては全部名前さんでしたけどね」
「はは、またヤキモチ?」

男は好きな女の初めての男になりたがる、というのはよく聞く話だけど、恵もそうだったのかな。
私が少し笑うと恵は口をへの字に曲げて私を見下ろした。

「…そんな顔しないで。恵の初めて私が全部奪っちゃったから、これからは私の全部を恵にあげるよ」

真っ直ぐ恵の目を見つめてそう言うと、仄かな灯りしかない暗がりの中でも、恵の耳が少し赤くなるのがわかった。自分でも歯の浮く様なセリフだなとは思う。
恵はまさかそんなことを言われると思っていなかったのか、驚いた様に一瞬目を逸らした。
でもすぐに彼も私を見つめ直して、まるで脅すみたいにわざと低い声で囁くのだった。

「…随分な殺し文句ですね。どうなっても知りませんよ、俺マジで重いんで」
「いいよ。だってその為に生きるのを私は選んだんだから」

恵は少しだけはにかむと、握ったままだった私の手を引いて顔を近づけた。
噛み付くようないつもの恵のキスが降ってきて、ゆっくり瞼を閉じる。
これでいい。これでいいの。
私は私の命と引き換えに、恵の欲しがる私の全てを彼に捧げることにしたのだから。

つまるところこれは、私の愛と思いやりと、変わらぬ貞節の誓いであり、印です。…なんてね。










「恵、最近調子良いね」
「そうですか?」

五条先生の鍛錬が厳しいのは今に始まったことじゃない。
何度立ち向かってもぶん殴られるし、どう頑張ってもこの人から一本取れる気はしない。でも取る。今日こそ取る。絶対に。

「これなら準1級の査定は余裕かな」

五条先生に殴り飛ばされて受け身を取る。背中に呪力を溜めてガードしたから大して痛くない。

「さ、しっかり強くなってよ。名前の隣に立つのに相応しい男になるんだって?」
「……」
「名前から聞いた。よほど嬉しかったんだろうね、僕にベラベラ惚気てきたよ」

舌打ちをして起き上がると五条先生はニヤニヤしながら俺を見下ろしていた。
別にそれは俺の本心だし隠してるわけじゃないからいいが、五条先生にそれを言われるのは鬱陶しい。

「早く相応しい男になれよ、恵」
「言われなくても。つーか五条先生こそ、ですよ」
「ん?」
「俺の女にいつまでも付き纏うのやめてください」
「……言うねえ」

別に付き纏ってないよ?と五条先生が戯ける。
付き纏ってんだよ、俺からしてみれば。

「あ、いたいた!二人まだ鍛錬中?ちょっと休憩しない?おやつ買ってきたー!」
「…来たよ、君の女」

五条先生は呆れ顔で笑うと、道場の引き戸をスパンと開けて両手にドーナツの袋を手に持った名前さんを指差した。

「何個あんのソレ」
「20個くらい?」
「…買いすぎですよ」
「だって今日100円セールだったんだもーん」
「じゃあ僕10個ぐらい貰っちゃお」
「は?ダメに決まってんだろ。悟くんは3個まで。後は女子会で食べるの」
「え、何?この後女子会?サトコも混ぜてよぉ」
「キモいんだけど。てか悟くんこの後どうせ任務でしょ」

いつものように軽口を叩いてふざける二人。俺がゆっくり立ち上がって名前さんの元に向かうと、箱を開けて名前さんが俺を見ていた。

「恵はどれにする?」

楽しそうに笑いながら名前さんが一つ一つドーナツを俺に紹介していく。これが生クリーム、これがチョコ、これが新作…と指差して説明する姿をぼんやりと眺める。
…改めて見ても可愛いな。この人を手放すことは、俺には出来そうにない。こんな当たり前の日常ですら、この人がいるだけでまるで景色が色鮮やかになる。

「恵?どしたの?」
「何でもない。名前さんが食うやつを一口ください」
「うわ、恵がここぞとばかりにイチャイチャしようとしてる」
「…五条先生うるさいです」

俺をこんな気持ちにさせるのは、多分これからもこの人しかいない。
文字通り、俺にとって彼女は最初で最後の女だろう。

また言い合いを始める五条先生と名前さんを見ながら、俺は少しだけ口元を緩めた。






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