『恵、おきてる?』
「…どうしたんですか」
『…じょしりょうに…来てほしいかも……ふわぁ…』
「は?」









「うっわ、本当に来た」

名前さんから呼び出されてすぐに女子寮に向かうと、部屋の前の廊下に何故か目を血走らせた釘崎と眠そうな名前さんが立っていた。
その側の壁に学長の筆と思しき文字で『私闘禁止!!(主に禪院と名字)』『廊下は壊さない!※2階の廊下の一部、床に穴が空いています。気をつけて歩いてください』と書かれた貼り紙が貼られている。寝ぼけ眼で久々にそれを一瞥した後、俺はもう一度二人を見た。…こんな貼り紙男子寮にはない。女子寮の方が治安悪い。

つい先ほど名前さんから着信がありワンコールで出ると眠そうな声が聞こえてきて、何事かと俺は今赴いたところ、である。
何なんだよマジで。

「…何時だと思ってるんですか」
「しらない……」

既に時刻は深夜1時を回っている。
名前さんは眠そうに目をしょぼしょぼさせながら釘崎の横にパジャマ姿のままスリッパを片手に持って突っ立っていた。釘崎は何故かまだ制服を着用して、こちらも何故か手にスリッパを握っている。

「釘崎ちゃんが呼べって……」
「伏黒、私の部屋にGが出た。駆除しろ」
「……はあ?」

額に青筋が浮かぶのが自分でもわかる。そんなことでいちいち呼びつけんな、深夜だぞ今。
名前さんは変わらず眠そうに目をしぱしぱさせている。

「なんか…釘崎ちゃんが任務から帰ってきて、シャワー浴びようとしたら廊下からGが走ってきて、釘崎ちゃんの部屋に入って行ったんだって…。それで見失って落ち着いて寝られないんだって…だから今私が探したんだけど、いないの……」

辿々しい口調で眠そうに説明する名前さんが可愛い。このまま俺の部屋に連れて帰りたい。だが釘崎がそれを許さない。
何で釘崎は名前さんを巻き込んでゴキブリ探してんだよ。

「そういうこと!わかったら伏黒、退治しなさい!」
「何で俺が…」
「アンタの式神に食わせたらいいじゃない。カエルみたいなのいたでしょ、アイツなら食いそう」
「俺の式神にゴキブリ食わせようとすんな」

つーか俺の式神は呪力のあるものしか食わねぇし。
無茶苦茶なことを言う釘崎に俺が半ギレでそう返すと、半分寝ながらまあまあと名前さんが俺達の間に入って制した。

「じゃあ名前さんの術式でなんかないですか」
「…別にやってもいいけど、私の術式は日本全域のゴキに作用する可能性があるから、その場合生態系が乱れる恐れがあり…」
「それはヤバいわね。やめておきましょう」

スリッパを片手にとんでもないことをうつらうつらしながら言う名前さん。釘崎の部屋のドアが開いているが一向にそれらしき虫が出てくる様子は見られない。
もう寝ろよ。そのうち勝手にどっかいくだろ。大体今も釘崎の部屋にいるとも限らないし。

「諦めて寝ろ」
「無理。私は今からお風呂にも入るしこの部屋で寝るの。Gがいたら安心して寝られない。明日の任務やお肌の調子に影響する」
「知るか」
「…真希、呼ぶ?」
「今日2年は泊まりの任務で全員いないですよ」
「……」

確かに真希さんがいたら一瞬で見つけて叩き殺してくれそうだ。先ほど見た貼り紙をもう一度見てから俺はため息を吐いた。女子寮サイドで頼れる人間はもういない。
となると男子寮…虎杖か。









「どしたん……眠いんだけど…」

眠そうに頭を掻きながら現れた虎杖に名前さんが手を上げて挨拶する。
二人はまだ半目でうつらうつらしている。

「虎杖、私の部屋にGが出た。駆除しろ」
「…俺?いいけど……どこ…?」

虎杖は寝ぼけ眼のまま二つ返事ですたすたと丸腰で釘崎の部屋に入っていった。こいつやっぱりすげーな、何も考えてない。

「わからないから呼んだの。ちょっと勝手にクローゼットとか開けないでよ、ベッドにも触んないで」
「ええ…でもその辺にいそうじゃん…」

釘崎の無茶なフリに虎杖が困ったようにうつらうつらしながらゴキブリを探している。何なんだこの状況。虎杖いるなら俺も名前さんもいる必要ねぇだろ。解散、勝手にそう決めて立ったまま寝ている名前さんの手を取って俺の部屋へ連れて行こうとした時だった。

「…オイ伏黒ボケコラ」
「何だよ」
「さり気なく帰ろうとすんな。てか名前さん部屋に連れ込もうとしてんじゃねーよ」
「…別にいいだろ」
「よくねーよどうせ今からエロいことする気だろ」
「しねーよ」

つーか仮にしたって別に良いだろ、付き合ってるんだから。
名前さんは寝惚けているのか俺と手を繋いだまま目を閉じている。眠いんだな。可哀想に。釘崎に起こされて気の毒だ。

「なあ釘崎、やっぱりいねーんだけど」
「は?そんなわけないよく探せ」
「いや探したんだって…」

虎杖がのそのそと部屋から出てくる。いないらしい。やっぱりもう部屋から出て行ったんじゃないのか。騒ぐほどのことでもないだろ。さっさと風呂入って寝ろよ。
名前さんを連れて釘崎の部屋の前から立ち去ろうとしたその時だった。

「…いたわよ!!!」

カサカサと音を立てて姿を現したそれ。お、と虎杖が反応する前にそいつは驚くべき速さでカサカサとまた釘崎の部屋の奥へと入って行った。

「あ!今いた!いたでしょほら!!」
「うん、いたな」
「…いたね」
「逃げられてるけどな」
「いや突っ立ってるお前らのせい!!」

スパンと虎杖が釘崎にスリッパで叩かれている。虎杖は微動だにしないから何のダメージも入ってないと思うが、この仕打ちはさすがに気の毒だ。
そこで漸く名前さんが目をしっかり開いた。

「…よく考えたらさ、今ここでやっつけとかないとこいつ私の部屋に侵入したり卵産んで増えたりする可能性あるよね」
「…まあありますね」

俺が適当に頷くと、名前さんはじとっとした目で俺を見上げた。

「恵の不知井底に食べさせ……」
「だから俺の式神にゴキブリ食わせようとすんのやめてください」

名前さんが舌打ちをして釘崎の部屋を睨んだ。自分のこととなると急にスイッチが入って無茶を言い出すところ、本当に五条先生にそっくりだ。

名前さんは繋いでいた俺の手を離すと、突如としてずんずんと釘崎の部屋に入った。部屋の照明を全て付けてスリッパをパンパンと手で叩いて身構える。眩し!と虎杖がぼやくが彼女はどこ吹く風、名前さんのやる気に釘崎もニヤリと笑みを浮かべる。

「やっと名前さんスイッチ入った感じ?」
「虎杖くん、奴はどっちに逃げたの」
「えー…多分ベッドの下らへん?」
「ベッドの下ね」

名前さんは頷くと四つん這いになってベッドの下を覗き込んだ。…この人も怖いものなしか。
…というかその態勢、目に毒なのでやめてほしい。いろいろ思い出す。

「おいゴキブリ、出てきなさい。お前は包囲されています。速やかに投降しなさい」
「投降も何も名前さん突入してますけど」
「おら出てこいゴキブリ!出てきても出て来なくてもお前は終わってんだよ!潔く出てこい!!」

名前さんは四つん這いで果敢にベッドの下へ頭を入れて叫んでいる。警察よろしく投降を呼びかける名前さんに俺が静かにツッコむも、彼女は暴言を吐いてゴキブリを恐喝するばかりだった。
背後で釘崎がゲラゲラ笑っている。何でお前は笑ってんだよ。お前が始めた物語だろこれ。

「ねえいないんだけど。本当にベッドの下?虎杖くん間違いない?」
「うん、間違いない。見たもん」
「でもいないけど……」

スリッパをたんたんと床に何度も叩きつけて威嚇する名前さん。
するとカサカサ、とまた音がして目をやるとベッドの支柱の部分に茶色く長い触覚のそれがへばりついていた。

「いましたよ、そこです。気を付けてください」
「大丈夫、僕最強だから」
「似てないです」
「えい!」

何故か五条先生の真似をした後、スパン!と名前さんが思い切りスリッパでゴキブリを叩く。しかしすんでの所で逃げられたらしい。
っていうか何で今五条先生の真似したんだ。必要なかっただろそれ。

「惜しい!」
「逃げられた…悟くんのせいだ…」

名前さんは舌打ちをしながらまたベッドの下を覗き込んだ。そっちじゃねえ。壁の方に行ったんだよ。

怖いもの知らずな名前さんは四つん這いのままゴキブリを追いかけてスリッパで叩き、逃げられるというのを3回繰り返した後、すくっと立ち上がって腕をブンブンと回した。

「ちょこざいな!」

イライラした様子で名前さんは辺りを見回してこめかみを押さえた。
本当に苛ついてる時の名前さんだ。まずいな、と思った時だった。また姿を現したそれに名前さんは鋭い視線を投げる。スリッパを持つ右手に呪力が集まっていくのを感じて俺は冷や汗をかいた。危険を察知したゴキブリが慌てて少しだけ開いた窓から出ていくが、名前さんは逃がさないとでも言うように窓を開け放ってゴキブリ目掛けて外に飛び降りる。
それは、さすがに、まずい、のでは…

「ぶっ潰す」

打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突したその瞬間。
空間は歪み、呪力は黒く光る。

黒 閃


深夜にも関わらず馬鹿でかい破壊音が寮に響き渡った。幸い寮にいたのは俺たち一年三人のみ。女子寮の外で黒く光ったその呪力に、俺を始めとして虎杖と釘崎も呆然としていた。こんなことがあるか?

窓から外を覗くと、寮の隣の空き地に人が一人ハマる程度のクレーターが出来ている。その中心にはボロボロのスリッパを持った名前さんがいて、振り向いてにっこりしていた。どうやらターゲットは仕留めたらしい。いや、今はそんなことは問題じゃない。

……怒られる。絶対夜蛾学長に怒られる。










「何がどうなったら後輩を巻き込んで深夜にゴキブリに黒閃を放つ事態に陥るんだ、説明しろ」
「ぴえええ……」

俺と虎杖、釘崎、そして名前さんは椅子に腰掛ける学長の前に並んで正座していた。
もちろん、名前さんが昨夜起こした騒動のせいである。
わざとらしく名前さんは「ぴええ」という初めて聞く鳴き声(?)を口から出しながらメソメソと俺達に助けを求める。ちらちらと見てくるが、誰一人目を合わせない。合わせた瞬間に終わる。俺達も巻き込まれる。発端は釘崎だが、その釘崎も一切名前さんに目を合わせないで宙を虚無の瞳で見つめている。…お前だけは目くらいは合わせてやれよ。

「だって夜中に釘崎ちゃんの部屋にゴキが出たから、駆除してあげようと思って…」
「だから何故そこで呪力を使うんだ」
「寝惚けてたのと…全然捕まえられなくてイライラして…アイタッ!!!」

思い切り名前さんが夜蛾学長に拳骨を喰らっている様を五条先生が笑いながら背後でスマホで動画に撮っている。趣味悪すぎる。

「寝惚けてイライラで黒閃?1級術師としての実力は認めるが、力は正しく使わなければ人を傷つける諸刃の剣だ。今回たまたま被害がなかったからよかったものの、もし近くに誰かいたら笑い事では済まんぞ」
「ごめんなさい…(そんな深夜に人がいるわけないじゃんアホくさ)」
「心の声聞こえてるからな」
「怖!ごめんなさい学長!!反省してますー!もう怒らないでぇぇ」
「こんなことをして良いと思ってるのか」
「思ってません…」
「では悪いことをしたと思うか?」
「思います…」

何故ノラ◯コ軍団…?と思いながらも俺が黙っていると呆れた様子で学長は深く息を吐き、名前さんに反省文を書くように言い渡したのだった。

後に名前さんの部屋の側の壁に『寮の付近で黒閃禁止、名字はゴキブリを外まで追わないこと』
と貼り紙がされていて、釘崎曰く任務から帰ってきた真希さんがゲラゲラ笑いながらそれを見ていたらしい。









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深夜にG出ると焦るよね!

個人的に男子寮より女子寮の方がボロボロであって欲しいという妄想を詰め込めたのが楽しかったです!

リクエストありがとうございました!

20250219


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