「お、来た来た」

五条先生の指示通り3年の教室に向かうと、制服姿の名前さんが机に腰掛けて足をぶらぶらさせて待っていた。
何か…お菓子食ってるな。

さっきの今で、と思いつつもどうにか冷静を装って挨拶をすると、早速資料を手渡される。ついでに「お菓子いる?」と言われてコンビニの袋を差し出されるが、大丈夫ですと断っておいた。

「私と恵の二人で任務になりました。朝練お疲れのとこ悪いね」
「名前さんも昨日まで長期任務だったんじゃないですか」
「本当にね。今日オフって聞いてたのに、人使い荒すぎ問題ですよ。悟くんムカつくー」

悪態を吐きながら、にこりと笑う姿にまた胸が締め付けられる。俺の今朝の告白のことなどまるで何も気にしていないかの様子に少しショックを受けている自分がいる。

仕事モードに完全に切り替わっている名前さんは確かに頼もしい。けど、俺のことを全く意識されていないようで虚しくもある。

「なんか意思疎通できるお喋りな呪霊がいるらしいよ。訳ありの空き家で目撃情報あり。ちょっと強い相手だから気を引き締めて行こ」
「…わかりました」












「ここですね」
「うん、残穢あるかなー?」
「帳張りますか?」
「まだいいよー」

資料によるとこの空き家は元々は借家で、殺人事件があったらしく、その後訳あり物件として売り払われてから数年誰も住んでいないらしい。買い手もつかず不動産管理会社に管理を任せているらしいが、空き家の周囲は雑草だらけで窓ガラスにも割れている箇所があるのが外から見てもわかる。売り手側も大して管理していない。

「普通に考えたら、その殺人事件の被害者の呪霊ですかね」
「まあ普通に考えたらねー」

特に怖がる様子もなく、名前さんは不動産屋から借りた空き家の鍵を使って玄関を開けた。埃っぽい臭いと昼間だというのに薄暗く不気味な気配を漂わせている。

「でもその事件から結構時間が経ってるんだよね。この物件の賃借人が実の息子に殺されたのが8年前。殺人に関連した呪霊ならもっと早く姿を現しそうなのに、今になってそんな強めの呪霊が出てくるのが何だかなーって感じするな。恵はどう思う?」
「同意見です」

特に残穢は見当たらない。二人で空き家に土足で入り、そのまま一階のリビング、台所、洗面所を見回す。殺害現場と見られているリビングに確かに血の跡のような黒いシミはあるが、そこから特に残穢や呪力は感じられなかった。意思疎通のできる呪霊がいるなら、そこそこ呪力もあるはず。残穢を全く感じられないのも妙だ。

「よくわかんないなー」

平気な顔でその血の跡に触る名前さんを見て俺は顔を顰めた。そこで一応人死んでんだぞ、と思うがこれは呪術師あるあるで人の生死に対して希薄、というやつだ。

名前さんは少し考えこんで血の跡をじっと見つめたが、ため息をついて立ち上がる。

「上行ってみよっか」
「はい」

軋む階段を上りながら二階へ向かう。
名前さんはこういう時本当に何も怖がらず(警戒はしているが)、一人でもスタスタと進んで行くのがすごい。
落ち着いて考えながら任務に当たる姿は正直な話呪術師の鑑だし、いざ非情な判断も辞さない点もプロだ。俺はそのスタンスを昔から尊敬している。

「何にもなくない?」

二階には和室が一つと洋室が二つあり、どちらも寝室として使われていたらしかった。特に残穢などもなし。元々あったであろう家具や荷物はなく、埃っぽい室内に黄ばんだカーテンが一応窓にかかっているだけだ。

「条件で発動するタイプの呪霊とかですかね」
「…可能性としてなくはないけど」
「けど?」
「そのタイプってそういう縛りがないと力出せない中級呪霊までじゃない?お喋りできる呪霊ってそういうの少ない気がする」

確かに。まあ俺まだ2級だからそこまでのレベルの任務に当たったことはあまりない。これは1級呪術師ならではの視点だ。

「私が思うパターンは二つ。一つは呪霊か呪物が受肉しちゃってる。もう一つは…」

そこまで話してガタン、と階下で音がした。さっきまで何の気配もなかったはずだ。呪力は感じるがそこまで大きくない。
というか、呪霊じゃねぇ。

「人間だ」
「名前さん、」
「恵」

名前さんにすごい力で引っ張られる。ぴったり俺にくっついて唇に人差し指を当てられた。黙って気配を消せということらしい。

「私の予想当たり。呪詛師だよ」
「どうしますか?てか玄関の鍵開けっぱなしじゃ…」
「いや、閉めたよ。多分まだ気づかれてはないと思う」

いつの間に?

「捕まえますか」
「可能なら生捕りにしたい。無理そうなら殺す」

やはり極めて冷静で冷酷な判断を下した名前さんに俺も頷いた。
呪詛師は人を殺した事実が判明した時点で、どう足掻いても呪術規定により死刑になる。
ここで殺すのと処刑で殺すのはそう変わらない。だが俺はまだ人を殺したことはないから、名前さんの判断には少し面食らった。

「そこの窓から外出て、式神を玄関に配置してくれる?私が今から階段で下に行って叩くから、逃げ出そうとしたら呪詛師を捕まえて」
「わかりました」
「仲間がいるかもしれないから警戒してね。それと、私が階段を降りたらすぐ帳下ろして」
「はい」

名前さんの言う通り、二階の窓から外へ出ると彼女は即座に階段を駆け降りた。
俺も玄関に周り込み、帳を下ろしつつ玉犬を召喚すると、中で激しい戦闘の音が聞こえたがやがてそれは止まった。

「…」

数秒静まり返ったかと思えば、再び何かがぶつかる音がする。

「痛い痛い痛い!ギブ!ギブ!」

と言う叫び声が聞こえて俺が玄関扉を蹴破ると名前さんがうつ伏せになった呪詛師の背中に乗っている。

「お、恵。帳ありがとうね。…オラ吐け!どこの呪詛師じゃ!目的は何だ!」
「痛いよー怖いよー助けてー!そこの少年、警察を呼んで!」
「痛くない!我慢しなさい!お母さんの言うこと聞きなさい!それとそこの少年は私の仲間です!」
「わーん!痛いよぉ、やめてよぉ!アンタアタシのお母さんじゃないし!」
「お母さんだと思ってくれていい!」
「……何をやってるんですか」

名前さんが馬乗りになっていたのは女の呪詛師だった。
足と手首をそれぞれ鎖で縛ってなんか…プロレス技みたいなのをキメている。

「これ昔ラーメンマンがブロッケンマンにキメた技でなんやかんやあってアニメ版だと自主規制がかって最終的にラーメンの麺になるんだよ、ブロッケンマンが」
「…ちょっと何言ってるかわからないんですけど」
「え?キン肉マン読んだことないの?」
「ないです」

俺がそう言うと「ええー!?そうなの?今度漫画貸してあげるね」と言われた。…結構です。

「まあとりあえず呪詛師捕まえたってことで。恵、補助監督呼んで」
「…わかりました」

俺が名前さんの指示通りにスマホで伊地知さんを呼ぶと、すぐに向かうとの二つ返事だった。
伊地知さんが来るまでの間、名前さんはずっとそのキャメルクラッチとかいう技をきめつつ、途中何故か違う技(コブラツイストと言うらしい)に切り替えたりしながら俺にずっとキン肉マンの奥深さと面白さを説き伏せてきたが、俺はほぼ聞いていない。

程なくして伊地知さんがやってきて名前さんの術式に重ねて拘束の呪符もプラスして呪詛師は観念したようだった。というか最後気絶していた。

「名前さん一人で事足りましたね」
「そうでもないよ。ムカつくことに呪具一個破壊されたからさ」

ほら、ともう一つの破壊された鎖を見せて名前さんは助手席に座る俺に不機嫌そうな顔を見せた。名前さんは構築術式の使い手だ、呪具と言って見せたそれ自体は実は名前さんの呪力から作られたものであったりする。

初めて見た時に何でその術式に仕上げたのか尋ねると「ハンターハンター読んだらわかるよ」と言っていたのが妙に印象に残っている。









「なんかご飯でも食べに行く?」
「行きます」

呪詛師を拘束して高専まで送り届け、任務は一件落着。名前さんが生捕りに成功した呪詛師はこの後五条先生がキツイ拷問にかけて情報を吐かせるらしい。どうやら喋る呪霊というのはその呪詛師の式神によるものだったが、だとしたらそういった高位の式神を扱える技量のある手練れだったということになる。
…結構危険な相手だったんじゃないか?と思ったが、名前さんはずっとプロレス技の熱語りが止まらないし、別に気にしていない様子だったので俺も黙っておいた。

この後はオフでいい、と五条先生からもお許しが出たので、休むかと思っていたら名前さんから思わぬ提案が出て俺は二つ返事で了承した。

「っていうか、ぶっちゃけると渋谷まで着いてきてほしいんだよね」
「何か用事ですか?」
「用事っていうか…まあ用事か」

帰宅ラッシュより少し早い時間の渋谷は、平日と言えどそこそこ混んでいる。
並んでスクランブル交差点を歩きながら、名前さんの言う用事に付き合うことにした。



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