「なんか最近、様子変だけど何かあった?」

五条さんにそう言われてハッとした。
あれから一週間。
あの日以来、伏黒くんとは会っていない。連絡先を一応知ってはいるけど、普段からやり取りもしていないし、私から何を連絡すれば良いのかもわからなかった。伏黒くんからも連絡もないし。

あの後すぐにお互い身なりを整えて、伏黒くんには新田さんと一緒に帰ってもらった。
伏黒くんは何か言いたげな顔をしていたけど、私は彼にもう何も言えなかった。ついさっきまでベッドで裸で求め合っていたのに、打って変わった私の態度に何も知らない純粋な15歳の少年はきっと戸惑っただろう。

私、本当に最低だ。罪悪感と背徳感で頭がいっぱいの私は、いつもと少し様子が違っておかしかった。誰が見てもわかるほどに。
送迎の新田さんが私たちの様子を見てちょっと不思議そうにしていたのも、そのせいだ。

「五条さん、お疲れ様です」

そして今。
別の任務が終わって報告書を提出しようとしているところだったが、職員室の椅子にふんぞりかえってのんびりしている五条さんに話しかけられて私は振り向いた。

「仕事忙しすぎてぼーっとしちゃった?」
「……まあそんな感じです」

五条さんはめちゃくちゃ忙しい特級術師なのに何故か会うと必ず声をかけてくれる。
そんな五条さんを前に忙しい、などと言えた立場ではないけど、今の私はそう返すしかなかった。

「そういや、この前の任務、恵が名前の世話になったみたいだね。助かったよ」
「………い、いえ……」
「……」

ピンポイントな話題に、動揺のあまり私は手に持っていた報告書の束をその場に全てバサバサと落とした。
クリップで留めていたのに広がっていくそれを絶望的な気持ちで眺めて立ち尽くす。
何故それを…と青ざめながら見上げると、五条さんがニヤリと笑いながら私を見下ろしていた。いつものアイマスクをしているから目は合わないけど、この人が何を考えているかは少しくらいわかる。
…ああ…終わった。

「恵と何かあった?」

そうだ、五条さんって確か1年生の担任だったんだ。しかも伏黒くんの保護者だったはず。…ってことはあの後、伏黒くんともやり取りしてるはずか。うわっ、どうしよう、この前のこと、伏黒くん流石に誰にも話してないとは思うけど。
っていうかあれは伏黒くんから襲ってきたし…私は何も……いや…エッチしてる時私からもめちゃくちゃキスしたな……。言い訳終わった…。

「……いいえ」
「名前は本当に嘘が下手だよねぇ」

私が屈んでぎこちなく報告書を拾い集めていると、五条さんが私の肩を掴んで「聞かせて♡」と言う。もう逃げられなかった。











「その、だから何もないですってば」
「じゃ何でさっきあんな動揺してたの?」
「いやあれはたまたま手から全部落ちて」
「無理があるよ、その言い訳。君にしては鈍臭過ぎるし」
「……」

五条さんに連れられて外の自販機から出てきたコーヒーを手に取る。五条さんは甘いココアを手にしていた。
長い足を投げ出して傍のベンチに座る五条さんは、早速ココアのプルタブを空けてこくこくと飲んでいる。
五条さんの逞しい首元から覗く喉仏に、あの日ごくりと生唾を飲んだ伏黒くんの姿がチラついて、私は慌てて目を逸らした。

「その、なんというか…ちょっとプライベートな話をしただけです、本当に」
「ふーん?」

あー、もう言うしかないか。
伏黒くんのことはさすがにヤバすぎて話せないけど自分のプライベートは話せる、誤魔化す為にも話すしかない。五条さんに話したところでって感じだけど。
意を決して私も手に持っていたコーヒーを一口飲んで五条さんの隣に座った。

「私、結婚したじゃないですか」
「ああ、そうだっけ?」

把握してないのかよ、と思ったけど続ける。
この人の私に対する興味などこんな程度だ。同様に私も五条さんにそこまで興味はない。

「てか僕、結婚式呼ばれてなくない?」
「呼ばれてないというかそもそもしてないんです、結婚式」
「あ、そうなんだ。良かったー。僕だけ呼ばれてないのかと思った」

まあ結婚式したとしても、五条さんのことは呼ばないけど…。

「それは今はどうでもよくて、とにかく結婚…したんですけど、なんやかんやあって実は離婚するかもしれなくて」
「へー。まあそういうこともあるよね。…子どもは?」
「…ないです」
「妊娠もしてないの?」
「はい」
「ふーん、なら別にいいんじゃない?好きにすれば」

ずけずけと掘り返してくる割に興味なさそうな五条さんの返しに普段ならイラつくところだが、今回ばかりはホッとした。この話はこれでどうにか終われそう。
五条さんはアイマスクを押し上げながらキラキラした目を怠そうに半目にして私を見てくる。
五条さんとしては自分が思っていた展開と違ってつまらんということらしい。
なのに彼はココアの缶を揺らしてちゃぽちゃぽと音を立てながらとんでもないことを口走ったのである。

「僕はてっきり、名前が恵と不倫関係でも始めたのかと思った」

ガシャンと私の手から缶コーヒーが滑り落ちて地面に全て溢れた。跳ね返ったコーヒーが私の靴に少しかかる。五条さんは無限を展開しているのでうまく弾いて汚れなかった。いやまあそれは今はどうでも良い。
私が缶コーヒーを拾い上げると、五条さんが目を丸くしていた。
…こっち見ないで。こっち見ないでください。

「……」
「名前、さすがに」
「違いますから」
「…ふーん」

そのふーん、っていうのやめてよ、と思いながら私は立ち上がって缶コーヒーをゴミ箱に捨てた。最悪だ、五条さんにバレたら終わりだ。
というか不倫関係じゃない、私だって何でああなったかわからない。どうかしてたの、あの時は。

「恵はその話を聞いてどう思ったんだろうね」
「…さあ」
「ん?」
「あの…何なんですか、さっきから」
「これ、恵から預かってたから」

勿体ぶった態度でニヤニヤする五条さんに私は少し苛立ちすら覚えていた。
しかし五条さんはそれすら面白そうに少し笑いながら、ベンチに座ったままポケットから何か取り出した。小さな袋に入れられたそれは、一週間前、雨でびしょ濡れになった時に伏黒くんに貸した靴下だった。
着替える時に忘れていたのかもしれない。っていうか何でそれを五条さんに預けたの、伏黒くんは…。

「どうも。…伏黒くん、何か言ってましたか」
「ん?いや何も。会うことがあったら渡しておいてください、って。直接渡せば良いのにね」

そう意味深に笑うと五条さんはまたニヤニヤして私を見上げる。

「だから僕はてっきり、恵と名前が靴下脱ぐようなことして気まずくなっちゃったのかなと思って」
「ち、違います!伏黒くんは、その…慰めてくれただけです。本当に」
「慰めるって?恵とセックスしたの?」
「そ、そ、そんなわけないでしょう!」

真っ赤になって私が怒ると、五条さんは「自由恋愛の上で合意あれば大丈夫だよ」という訳の分からない返しをしてきた。
それ以前に私、一応まだ既婚者だし!

「恵なりの牽制ってやつだよ。僕をパシらせるなんて生意気だよね」
「…は?」

言ってる意味がわからずに首を傾げると、五条さんは「まあいいじゃん、頑張れー」と無責任なことを言って立ち上がり、ココアを飲み干すときゅ、と無限で缶を押しつぶしてぽいとゴミ箱に投げた。

「名前、恵との任務避けてるだろ。…次はそんなことしたらダメだよ?」

五条さんはそう言って笑いながらアイマスクをまた付け直し、校舎へと歩いて行ってしまった。相変わらず人の気持ちを掻き回すのがうまい人だ。褒めてないけど。

いやそれよりも。
どうしよう本当に…。私はなんてことをしてしまったんだろう。
大人だからわたしが彼を止めるべきだったのに。流されて情け無い。

「…ダメな大人すぎる、私」







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