「ちわっす!虎杖悠仁です!!」
「おー……?」
「あ、すみません名字先輩。……虎杖、2年の名字先輩。こう見えて1級術師だ」
「いやこう見えてってどーいう意味」
飲み物を買おうと高専の校舎を出て休憩室の自販機で小銭をチャリチャリ言わせていると、唐突に背後から挨拶をかまされて俺は首を傾げた。いや、厳密に言うと気配には気付いていたし、恵も虎杖悠仁の隣にいたから唐突にって感じじゃないんだけど、それでも声の主のその声のデカさには驚いた。
「……言葉のあやです」
「そういうことにしとく?」
「名字先輩の耳にも入ってるとは思いますが、こいつが例の虎杖です」
「よろしくおなしゃす!」
「へいへい、どーも。よろしくな。……見た感じ全然フツーだね」
快活に挨拶する悠仁に俺も軽く手を上げて挨拶を返すと、人懐っこい笑みを浮かべて俺を見上げてくる。なんか犬みたいなやつだなコイツ。その横には恵が並んで立っていて、その二人の親しげな様子を見た瞬間に胸の奥がちくんと痛んだ。……何だ?今の。
胸の辺りを撫でながら、今しがた自販機で買ったばかりのエナドリのプルタブを片手で開けて虎杖悠仁の様子を伺う。話は五条先生から聞いている。
恵と五条先生が仙台から連れてきた、両面宿儺の器。特級呪物に指定されている宿儺の指を食って宿儺が虎杖悠仁の肉体に受肉。上は死刑を言い渡したらしいが、五条先生のおかげで死刑は実質の無期延長だったか。
恵が死なせたくない、何とかして欲しいと五条先生に泣きついたらしい。恵が死なせたくないと思った相手、それが虎杖悠仁。
「あー……まあたまに勝手に喋る時あるけど」
「宿儺が、ってこと?」
「うん」
「へー。まあ喋るくらいならいいんじゃね?あ、でも」
一口エナドリを含んで飲み込む。しゅわ、と喉を弾ける炭酸の感覚に酔いしれながらごくんと喉を鳴らして飲み込んだ。1年二人は肩を並べて俺が何を言うのか待っているらしく、俺はいつものだらしない笑みを浮かべる。
「滅多なことしたら、俺はお前を殺すからな」
俺の言葉に悠仁は目を見開いて驚いていた。恵も少しだけ青ざめながらちらりと悠仁と俺を見比べる。俺は手の中で弄んでいた500円玉を一枚パチンと指で弾くとキャッチする。敢えて殺気を出しながら。
「俺じゃなくてもそうだよ、五条先生だってそうする。つまりお前が宿儺をコントロール出来なくなって人間殺しだしたら、の話だよ。そんくらいお前自身がよくわかってんだろ?」
500円玉を弾くのを何度か繰り返しながら、悠仁をじっと見つめる。少しだけ躊躇ったように目を伏せた後、悠仁は力強く頷いた。その瞬間、恵の視線が揺らいだように見えて、またちくんと俺の胸の奥に痛みが走る。何で恵がそんな顔すんだよ。……お前何も関係ないじゃん。
「お願いします」
「……っ、ばっかお前、はははは!」
真っ直ぐ俺を見上げて頷いた悠仁に俺は反射的に誤魔化すように大きく笑った。重々しい雰囲気とは対照的な俺の吹き出した音と笑い声に悠仁も恵もぽかんとしていた。いや、笑うしかないだろこんなん。
てかめっちゃ良い奴じゃん虎杖悠仁。
「あーあ、笑った!お前良い根性してんじゃねーか。気に入った。入学祝いになんか奢ってやるよ悠仁。何飲む?」
「あ、え!?いーの?!じゃ俺コーラで!!」
「あいよ」
弾いていた小銭を自販機のコイン投入口に入れてコーラのボタンを押す。ガコンと落ちてきたコーラを悠仁に投げると「あざっす!」と元気良く返されて俺はまた笑った。
「恵は?お茶?」
「……俺までいいんですか」
「何を今更」
いつも恵が飲んでいるお茶を選んで渡すと、恵も「……あざっす」と小さく礼を言ってくれる。何だか気まずそうに恵が視線を泳がせているのがわかる。
「何だよ。俺に怒られるぅとか思った?」
「……少し」
「別にお前を咎める気はねーよ。五条先生が大丈夫だっつってんだから大丈夫だろ。良い奴が楽しく過ごしてちょっとでも長く生きられるなら最高じゃん。俺も悠仁のこと嫌いじゃないしさ」
「そうですか」
耳を掻きながら片目を閉じて俺がそう言うと、恵はまだ何か言いたげに俯いている。悠仁はというと、俺が買ってやったコーラをさっそく開けて「うまー」と言いながら飲んでいる。呑気な奴。いつ誰に殺されるかもわかんねーのに。
「……じゃあ、何も思わないですか?」
「何もって、何が」
「俺と虎杖が一緒にいて、名字先輩は何も思わないんですか」
何それ、どういう意味。
俺には気楽に楽しく行こう、人生なんて所詮は死ぬまでの暇つぶしさというモットーがある。
悠仁は楽しそうな奴だし、宿儺の受肉云々も五条先生がいて現状大きな被害が出ておらず、悠仁の肉体の強度が適しているならまあいいんじゃないの、程度にしか思ってない。もちろん、さっき言った通り悠仁が宿儺をコントロール出来ずに人を殺し始めたら俺は悠仁を殺すけど。だから保守派と違って俺は目の前の虎杖悠仁に嫌悪感はない。
そう、"嫌悪感"はない。
だがそれとは違う、言葉にならない複雑な気持ちを目の前の二人に感じる。それが何なのか、なぜそう思うのかはわからない。それが恵の今の質問と繋がるのか?
「別に。訳アリだとしても、恵に同期が出来て良かったなーとは思う、そんだけ」
「……そうですか」
恵は少しだけ声のトーンを落としてそう言うと、そそくさと悠仁の隣に戻った。何だそれ。どういう態度だよ。……つか、さっきから何だこの気持ちは?悠仁と恵は同期なんだから隣りで一緒にいるのは当然だ。わかってる。
だが最近は俺の隣にいつも恵がいた。それが当たり前になってきつつあった。だからなのか。
……あ、そっか。
「もう、俺の隣じゃねぇのか」
もしかして、ちょっと寂しいってやつ?
「……名前くーん」
「……」
「名前くん?賢者タイム?」
「…んーん、ごめん、何?」
「ぎゅってして」
「何だそれ可愛い」
「早くぅ」
「んー」
サオリちゃんにフラれて硝子さんを抱いて、それ以来任務と学業でそっち関係がご無沙汰だった俺は、久々に女の子とセックスをした。名前くんの部屋行きたい♡と言われたけど何となく恵をベッドに押し倒した時のことを思い出してしまって、ラブホで事に至る。
ぎゅってして、と長い髪をかき上げて強請って来るリサちゃんは定期的に会ってる子のうちの一人で、タイミングが合って単独任務の後にそのまま合流。お望みのまま抱き寄せて髪を撫でる。柔らかくて長い女の子の髪。甘くて良い匂いがする。髪にちゅ、とキスをすると「名前くん♡」とまた甘えて来る。はいはい、可愛い可愛い。今日も可愛いよ。何してても可愛いよ。
そこでくん、と何となく髪の匂いを嗅いで俺は目を細めた。行為の最中にも感じていた僅かな変化。
「…香水変えた?」
「え、うそ、わかる?」
「うん」
「すご!新しくしたの。ブルーミングブーケ」
「前は212じゃなかった?ヘレナの」
「そうそう、よく覚えてるね」
「んー、俺あの匂い好きだったから。……これもいいね、爽やかなお花の匂い。女の子って感じ」
「……どっちが好き?」
「リサちゃんがつけてたらどっちも好き」
事後の気怠い身体を起こして啄むように何度かキスをすると、彼女もふふふと満足気に笑いながら首に腕を回して来る。俺の返事は正解だったらしい。柔らかい。女の子の身体はどこもかしこも柔らかい。面倒な気持ちも、辛いことも、女の子は柔らかさで気持ち良く包み込んでくれる。だから好きだ。……ああそう言えば、恵の唇も柔らかかったな。
……あれ?何で俺、今恵のこと考えてんの?
「……名前くん」
「ん?」
「今日は朝まで一緒にいたいな」
ちゅ、ちゅと恵のことを頭から振り払うように何度もキスをしながら戯れ合っていると、唐突にリサちゃんがそんなことを言い出した。
「もう一回シたいってこと?」
「……もー……」
首筋にキスを落としながら適当にそう返すと、リサちゃんは首を振る。……恵、今何してんだろ。悠仁と飯でも食ってんのかな。悠仁と宿題したり?つーかなんだ昼間のあの態度。悠仁がいたら俺はもうお払い箱か。あんなに俺のこと好きって言ってたくせに。
「……名前くんと離れたくない」
「可愛い♡」
「名前くんは?」
「俺も離れたくないよ」
「……じゃあ朝までリサといてくれる?」
きゅるんと可愛い顔でおねだりして来るリサちゃんに俺は微笑んだ。わがままだけど可愛い、あとヤってる時めっちゃエロいからリサちゃんとするのは俺も好き。
……でも朝まではいられない。
「そんなにまだしたいの?」
「そういうんじゃないけど……」
「けど?……じゃあもう今日おしまいにする?」
「……やだ」
俺が首を傾げて聞くとリサちゃんはぶんぶんと首を横に振った。あー次、どの体位でしようか。リサちゃん騎乗位好きだったな確か。気絶させて先に帰らねぇと、明日朝から小テストと任務あるんだよ、俺。そんなことを思いながらベッドサイドに置いていたコンドームを手に取る。
「気絶するくらい気持ち良くしてあげる」
耳元でそう囁いてぴりっと封を切る。もう濡れているそこに触れると、リサちゃんは可愛く頷いて、軽薄な好意で俺の心を満たしてくれる。だから俺も同じように返す。
「名前くん大好き」
「俺も、大好き」
なんてお手軽で心地良いんだろ。
「こんぶ、おかか」
「うん」
「ツナマヨ、おかか」
「あー、わかる」
「しゃけ?」
「多分な」
珍しく遅刻せずに小テストを受け終わり、お疲れーと棘と喋っていた時だった。午後から任務めんどくさいな、そういや渋谷に新しく出来たこのラーメン屋知ってる?と他愛もない話をしていると真希に机を蹴られて俺は顔を上げる。
「何すんだ乱暴メスゴリラ」
「殺すぞ」
「やめて」
さっと手でガードすると棘が「こんぶー!」と叫びながら俺を庇うように抱きついてきた。真希は苛立った様子で俺たちを見下ろしたまま廊下の方を指差す。
「恵がそこで待ってる。任務じゃねえのか」
「……」
言われるがまま真希の指差す方を見ると、恵が少しだけ困った様子で俺を見ていた。
「何だよ」
「メッセージ見てないんですか」
「えー、ごめーん見てねぇ」
「今から俺と任務です」
言われるがまま廊下に出ると恵がタブレット片手に突っ立っている。今日は悠仁は一緒じゃないらしい。俺のその視線を察したのか、恵が「虎杖は五条先生と別任務です」と応えたので「ふーん」と適当に流す。
ポケットに手を突っ込みながらタブレットを貸すように手で促すと恵は黙って俺にそれを差し出した。
「……祓除任務。準1級案件ね」
任務の概要を読みながらのろのろと廊下を歩いて昇降口に向かう。そんな俺に並んで恵もついて来る。
「市川だって。ちょい遠」
「車で飛ばせばすぐですよ」
「んー」
補助監督はどうせ高専の結界のすぐそばで待ってるんだろう。担当誰だか知らんけど。さっさと終わらせて帰るかぁ、なんて思いながら恵にタブレットを返すと「あの」とすかさず声をかけられる。
「……俺のこと避けてます?」
「…は?」
「最近の名字先輩、飯誘ってくれなくなりました」
恵がじっと俺を見上げてそう問う。僅かに熱のこもった瞳で見つめられて「あー」と俺は頭を掻いて廊下の先を眺めた。窓の外からさす光がやや眩しくて目を細める。
お前悪い奴だな。……もう悠仁がいるくせに俺にまだ媚び売りやがって。アイツがいるんだから、俺のとこなんて来なくていいのに。
「別に避けてねぇよ。ここんところ忙しかっただけ。じゃあ今日飯食い行く?」
「……」
「何だよ」
「生姜焼き、食いたい」
「……」
「前作ってくれたやつ。……だめですか」
おい、いつの間にそんな我儘の言い方覚えたんだよ。皆まで言わずともその意味を理解した俺は、小さく息を吐くと少しだけ勿体ぶった後、「いいよ」と恵の頭を撫でた。そっか、今日は金曜日だったな。明日は休みだ。
ちらりと恵を見ると、少しだけ嬉しそうに微笑んでいて、やっぱりそれがなんとも言えず胸に来る。ちくん、といつか感じた針で刺されるような痛みをまた感じて、俺は胸の辺りを撫で摩った。
……クソ、何なんだこの気持ちは。
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