カーテンの隙間から薄く朝日が差し込んできて、俺は目を擦った。……もう朝か。
隣に眠る名字先輩の寝顔を見つめる。信じられないがやっぱりよく眠っている。俺が身じろいでも全く起きる気配がない。人がいると眠れない体質だったくせに俺のそばではすやすや眠っているのが実は堪らなく嬉しい。それはつまり、俺に対してだけ心を許してくれているということだから。

「……ん…」

時計を確認するとまだ6時になる少し前だった。
……名字先輩と俺が、同じ布団で寝ていた。付き合ってほしいと言われた。恋人みたいなキスをした。……いや、恋人みたいじゃなくてもう恋人なのか。――恋人。俺と、この人が。

「……」

まじで、信じらんねぇ。嬉しすぎる。小さく息を吐いて目を閉じた。昨夜のことを思い起こすだけで顔が熱くなる。

『このまま抱っこしてていい?』
『なんで』
『悪くねぇ眺めだし』

勢いで名字先輩にのしかかってしまったので降りようとした瞬間、名字先輩が俺の腰を強くホールドして笑った。
促されるまま膝に居座っていると名字先輩が首を傾げて見上げてくるので堪らなくなって今度は俺から唇を重ねた。そこからはもう、貪るようにずっとキスしていた。俺からがっつくのが恥ずかしいとか、しつこくして嫌がられたらどうしようとか、そんなの考える時間すら与えられないくらい名字先輩はキスで俺を甘やかしてくれたのである。

そんな風にして昨夜は名字先輩と想いが通じ合ってから結構長い時間くっついていて、俗に言う"イチャイチャしている状態"だったのだが先輩は一向に手を出して来なかった。いやまあ服越しに尻撫でられたりはしたけど。

――するんだよな?しないのか?でも準備とか……これどのタイミングで何をすれば……と頭の中でぐるぐる考えているとまるでそれを見透かすように「今日はしないよ、疲れてるし明日も朝早いだろ」と笑われた。名字先輩はそれでなくても、くっついているだけでわかるくらいには勃っていたように思うが我慢してくれたらしい。

『したかった?』
『……』

したいかどうか、なんて。いずれすることになるなら今でも……と考えてから、いやでも他の先輩達や釘崎がいる合宿の場でそんなことするもんじゃないか。したいって言うのも、したくないって言うのも違う気がする。
だが、何も考えずにただ名字先輩としたいかしたくないかならそれは勿論――。
そこまで考えて黙りこくってしまう俺を見て名字先輩はくすっと笑う。

『俺はしたかったしすげー我慢してるよ。……生殺し』

なら襲えばいいのに、と思ったけれど先輩はそれをしなかった。俺は先輩の節操なしが嫌だと言っただけで、自分が抱かれるのが嫌だとは、一度も言ってない。もし名字先輩とそうなったら……なんて、全く考えなかったわけじゃない。
今までのこの人なら手が先に出そうなものなのに、俺が言った「節操なしを卒業しろ」を気にしているのか。

『恵を大事だってわかってほしいからまだしない。……その代わり今日はいっぱいちゅーさせて。喧嘩して離れてた期間の分、全部埋め合わせしたい。……ダメ?』

最後にそんな殺し文句を言われて俺は何も言えなかった。先輩なりに俺を大事にしようと努力してくれているらしい。そこからはそのままずっとキスして戯れあって、それだけで幸せだった。

『恵、好きだよ』
『……ん、俺も』
『俺も?』
『すき、です』

絶対に手に入らないと思っていた名字先輩が俺を好きだと言う。

『なあ、もっかい言って』
『……すき』
『俺も好き。好きだよ恵』
『ん、』
『ちゃんと大事にする。……好きだ恵』

何度も何度も好きだ好きだと繰り返して、俺のためにセックスを我慢して、ただひたすらくっついてキスしてどろどろに甘やかしてくれる。――俺を大事にしてくれる。俺のことが好きだから。
夢みたいだった。いっそ夢でもいいから、ずっとこの時間が続けばいいと思った。

『恵』
『……っ』
『恵』

先輩が話してくれた禪院家の話、俺との関係を聞いた時は驚いたけど、でもそれを聞いたところで俺の気持ちは揺らがなかった。先輩にとってはタブーな内容だったのかもしれない。でも俺は呪術高専で出会った名字名前という1人の人間に強く惹かれただけで、それ以外のことは関係ない。現当主の私生児だとか、俺と再従兄弟だとか、どうだっていい。――どうだっていいんだ。

そんなことよりも、先輩がその事実を俺に打ち明けてくれたことが嬉しかった。器用なのに恋愛下手で、人の懐に入るのは上手いくせに自分のことはあまり話さない名字名前という人が、俺と向き合うために自分のことを話してくれた。愛されたいのに愛されるのが怖い名字先輩が、俺を愛そうと、俺に愛されたいと手を伸ばしてくれた。俺を選んでくれた。……それだけで泣いてしまいそうなくらい本当は嬉しかった。

『すげー好き。……もっとしよ』

昨日の幸福感を噛み締めながらもう一度時計を見る。間も無く時刻は6時。
その後、何もしないから一緒に寝よう、と言われて何かされる覚悟で同じベッドに入ったが、本当に何もされなかった。
先輩にくっついて抱き寄せられて眠るのは心地良かった。名字先輩の香水の匂い。それだけじゃない、今日はシャンプーの匂いも同じだ。ふわふわと香る同じ匂いと先輩の香水の残り香に微睡んで、気付いたら寝てしまっていたがどうやらそれは名字先輩も同じだったらしい。
一緒に眠るのは初めてだった。以前泊まりに半ば無理矢理押し掛けた時は眠れないからと名字先輩はずっと起きていたようだったし、GWの頃の任務を入れられまくって寝不足だった時も仮眠室では眠れないからと俺のいない俺の部屋で寝てもらったこともあった。
好きな人と一緒に眠るのがこんなにも安らぐものだなんて俺は知らなかった。

先輩もきっと俺にだけは気を許してくれてるって、そう思っていいんだよな?

「……そろそろ、起きます?」

なんと声をかけるべきか悩んで小さくそう尋ねると名字先輩は小さく「んー……」と唸った。まだ寝ているらしい。こんなに熟睡してる姿、初めて見た。初めて見る寝顔に自分の顔が綻んでしまうのがわかる。名字先輩は目を閉じていると少しだけ顔立ちが幼く、中性的に見える。俺や真希さんとは似ても似つかない顔を見るに、きっと母親似なんだろう。

――そこで俺の頭の中に一つ小さな悪戯心のようなものが浮かぶ。

「名字先輩」

小さく名前を呼ぶが返事はない。……いいよな?俺達、もう付き合ってるんだし。俺はそっと名字先輩の腕の中から抜け出すと、顔を近づけた。一瞬躊躇ったものの、しっかり閉じられた瞼と長いまつ毛を確認して、自分から触れるだけのキスを落としてみる。ふに、と柔らかい唇が俺のに触れる。その瞬間だった。

「……っん!?」

ぱち、と名字先輩の瞼が持ち上がる。同時に頭を押さえられて腰に腕を回された。俺の唇を割るように先輩の厚い舌が入ってきて腰が砕ける。そのまま上顎をなぞられて無理矢理舌を絡められる。じゅる、ちゅる、と態とらしく唾液を絡める音が響いて頭がくらくらする。さっきまでの眠ってた天使はどこだよ。

「ん…っ……ちょ…っ……んっ」

じゅる、ちゅる、ぬちゅ、くちゃ、という耳を塞ぎたくなるようないやらしい音にぞくぞくとした何かが背筋を駆ける。

「……っ……や……っ……やめっ……」
「っ……はー、朝から可愛いことしてくれんじゃん。人が我慢してんのに随分な誘い方だな恵くん」

違う、そんなつもりじゃない。てかいつから起きてたんだよ……!
やっと解放された時には俺の息は絶え絶えだったのに、名字先輩は一息も乱さずに寝そべったまま舌舐めずりをして笑っていた。起きたばかりの名字先輩の色気にまた自分の頬が熱くなる。伸びて寝乱れた髪と、寝起き特有の掠れた低い声が凄まじく色っぽい。

「いやーよく寝た。昨日のバスの時にも思ってたけどやっぱり恵といるとすっげー眠れるわ。珍しく熟睡。安眠剤だな」
「……」
「ちゃんとおはようのキスする?」
「……次は舌入れないでくださいよ」
「ん、わーったわーった。……恵からして」

眠そうなとろんとした目で俺の忠告を素直に聞きながら頷く名字先輩。目を閉じて大人しく待っている顔すら愛おしくて、今一度俺が触れるだけのキスをする。すると名字先輩は嬉しそうにはにかんで俺の頭を撫でて見つめ返しててくるので、こっちまで胸の奥が弾んでしまう。約束通り舌は入れられなかったけど、戯れるように啄むキスを返された。……やっぱりキス上手い、慣れてる。

「おはよ」
「……おはようございます」
「あーあ……ダメだ我慢しすぎて凄いことになってる。……シャワー浴びるわ。抜くから覗くなよ」

そう言うと名字先輩が着ていた寝間着を脱ぎ始める。俺よりがっしりした上半身が露わになり何とも言えない気持ちになっていると、先輩は立ち上がって髪をかき上げた。その瞬間、スウェットパンツ越しにしっかり勃っているそれを目の当たりにして俺はまた固まった。……デカ。いや、それより今抜くって言わなかったか。

「何見てんの、恵のえっちー」
「別に、見てない」
「見ても触ってもいいよ、付き合ってるんだし」
「……」
「……あ、でも時間ねーか。やっぱ触んのはナシね、ヤりたくなっちゃうから。恵も準備しろよー」

そう言って笑いながらタオルを片手に備え付けの浴室に向かう背中を見送って、俺も自分の着替えに手を伸ばした。抜くって、先輩今からシャワーの時に抜くってこと?じゃあ今、風呂場に行ったら……とそこまで考えて自分の身体が熱くなっているのを感じて俺は口を押さえた。
いや、それにしても。生理現象だとは言え、あんなにデカいなんて。
そこまで考えて俺は雑念を振り払うように自分の眉間を親指で押さえた。やめだ、考えるな。……クソ、だから考えんなって。











「棘とパンダじゃん。おはよー」
「おはようございます」
「しゃけ!」
「おう、おはよう。そういや昨日、名前も恵もゲームしに来なかったな。寝てたか?」
「…あー、ごめん疲れて寝ちゃってた。だから行けたら行くって言っただろ」
「こんぶ?」
「んー、まあそんな感じ?行けたら行くってのは関西だと多分行かねーって意味だから」
「じゃあ多分行かねーって言えよ」
「おかか」
「多分行かねーだと万が一行けた場合気まずいだろ」
「そういうもんか?」
「高菜……」

名字先輩と着替えて部屋を出ると狗巻先輩とパンダ先輩と居合わせて挨拶をした。どうやら名字先輩は昨夜狗巻先輩とパンダ先輩の部屋でゲームをする約束をしていたらしいが、ほっぽりだして俺といちゃつくことを選んだらしい。昨夜のことを思い出して自分の耳が熱くなるのを感じて慌てて俺は2人と1匹から目を逸らした。
集合場所のロビーには既に釘崎と真希さんがいて2人は俺達を見るなり何故かニヤニヤと笑っている。……何だ?

「オイ伏黒」
「釘崎」
「なーんで昨日電話出ないのよ」
「……寝てた」
「はあ?20時に寝てんの?高齢者か?」
「ちげーよ」

面倒なことになりそうな予感がして適当にはぐらかしながらスマホを取り出す。確かに釘崎から何度か着信はあったけど、名字先輩とキスをしている最中だった。着信に気付いた俺がスマホに手を伸ばすと、あの人が「よそ見禁止」と俺からスマホを取り上げてソファに放り投げてしまってまた腕に閉じ込められてしまって、だから出られなかった。……まあ言い訳だが。

「つーかその時間なら部屋の電気点いてたように思うぜ」
「え、そうなんですか?」
「その時私がちょうど外の自販機に飲み物買いに行ってたからな」
「……」
「おいお前ら何してたんだ?言えよ」

ニヤニヤしながら真希さんが俺を肘で小突く。ちらりと名字先輩を見ると先輩もスマホを弄りながら俺を見つめ返してきた。
交際を隠しておいた方がいいのではないかと提案したのは俺だ。揶揄われたりするのも面倒だし、任務に支障が出たりする可能性もある。名字先輩はどっちでもいいといった風だったけど俺の意思を尊重して「じゃあ黙っとく」と言ってくれたんだが。

ぴこん、と来たメッセージの通知は目の前の名字先輩からだった。

『言う?』
『変に隠す方が後でめんどいかも』
『てか真希には多分バレてる』

その三つの文章を読んでいる間に、名字先輩が口を開く。

「ごめん、さっきの嘘。めっちゃチューしてた」

おい早速バラしてんじゃねえか、と俺が顔を上げると、真希さんは驚きもせずにニヤニヤと何故か名字先輩を見ていたし、釘崎は口をあんぐり開けて俺と名字先輩を見比べていた。狗巻先輩に至っては目を見開いて固まっている。

「ちゅ、ちゅーって、あのチュー?」
「うん」
「な、何で?」
「何でって、そりゃ両想いだってわかったら盛り上がってチューするじゃん」
「両想い?」
「そうだよ」

名字先輩は頸を掻きながらスマホを操作しつつ釘崎の疑問に何でもないことのようにそう答える。

『もう言うわ』

俺のスマホが震えてメッセージを通知する。送り主は俺の隣に来て何故か指を二本立てた名字先輩だ。

「昨日俺が恵に告ってOKしてもらった。俺ら付き合うことになったから、みんな気ぃ使えよ。空き教室で俺と恵が二人でいたらBLのお約束始まるから空気読んでその場から去れ、以上」

そして俺の肩に顎を乗せて抱きついてきたので、今度は俺が固まる番だった。そんな俺を見て名字先輩はくすくすと笑う。笑い事じゃねぇ……!!

「恵と空き教室で何する気だよ」
「あ?そんなもんナニに決まってん……痛い!!」
「だから言ったろ恵、同じ部屋でいいのかって。実際ABCどこまでやられた?訴えるなら悟に言えよ、弁護士紹介してもらえ。コイツにいくら積まれても示談で泣き寝入りすんな、法の下に人間は平等なんだぞ」
「何で付き合いたてほやほやのカップルを訴訟問題に発展させようとしてんだよバカか」

思い切り名字先輩の頭を殴って呆れた様子の真希さん、驚きで固まり続ける釘崎と狗巻先輩、そして「ABCって何だ?」と素直に聞いてくるパンダ先輩。俺1人でこの情報量を捌ききれる訳もない。
どうすんだよと額に青筋を浮かべて名字先輩を見ても変わらず笑っているだけだった。

「おはよう諸君……って……何?君ら朝から盛り上がってんね?」

その瞬間、ロビーに五条先生が姿を現して俺は青ざめる。一番ややこしいタイミングで一番ややこしい人が来てしまった。
五条先生は珍しくサングラススタイルだった。俺にくっつく名字先輩を見てサングラスを押し上げて俺たちを見比べる。

「で、何で2人はくっついてんの?」
「くっついたからだよ」
「くっつい……?」
「そ。くっついたからもう離れねーの。喰らえくっつきビーム」
「やめろ」

俺の腕を勝手に取ってビームの姿勢を取らせて遊び始める名字先輩に、俺はそのまま肘鉄を入れる。まともに入ったらしく「いだっ!!」と悶える名字先輩に呆れながら、この後の面倒ごとをいかにして回避するかを考えることに集中することにした。




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