「隠したっていつかバレるじゃん」

俺の言葉に恵は少しだけムッとしたけど、構わずに目の前の低級呪霊を祓っていく姿を俺は数歩下がって見ていた。

「そんなに恥ずかしかった?」
「そんなんじゃないです」
「じゃあなんだよ」

合宿二日目は箱根山一帯の旅館やら温泉施設やらの祓除。こんなん実質任務じゃん、なんて思いながら部屋ごとにペアでチームを組んで五条先生に言われたホテルやら旅館やら温泉施設やらを回っていくこととなった。
朝からさんざん野薔薇ちゃんと真希にイジられて、さらには五条先生にまで「スミに置けないねぇ」なんて笑われてプッツン寸前だった恵は、いつもの鋭い視線をさらに鋭くして不機嫌全開だった。
あしらうの下手なんだよ、なんて思ったけどそれは誤魔化すのが下手な俺が言えた義理でもないわけで。
玉犬を使ってわかりやすく呪霊に八つ当たりに近い攻撃をしまくる姿はむしろ可愛い。

「なーあー」

揶揄われるのとかイジられるのとか慣れてなさそうだもんなぁ恵。じゃあちょっと喜ぶことでもしてやるか、なんて思って廊下をずんずん進んでいく恵の肩を抱いた。
抱き寄せて髪にキスを落とすと恵が固まる。よしよしとあやすように頭を撫でると、恵は振り向いて俺を見つめてくる。もっとしろ、とでも言いたげな顔で。
……お前俺に対してチョロすぎない?可愛いからいいけど。

「任務中ですよ」
「すんません。いやでも好きな子がいるとつい、的な?」

態度とは裏腹に真面目で常識的な言葉を漏らす恵。
でも俺がそう言うと恵は一瞬目を見開いた後、俺から慌てて視線を逸らした。わかりやすい奴。
そこで背後から来た呪霊を俺が蹴り飛ばすと、恵も黙って先へ進む。

「今日さ、この後一緒に風呂入る?」
「……!」
「部屋の、露天風呂あんじゃん。昨日チューし過ぎて入りそびれたし」

俺がいつもの調子でそう言うと恵は飛んでいた蝿頭を地面に叩きつけて踏み潰した。一瞬見えた耳は赤くなっている。お前本当、チョロすぎるよ?何期待してんだよマジで。

「恵がいいなら、俺は一緒に入りたいんだけどなー」

今度は頭上から降ってきた蜘蛛型の呪霊を俺が呪力を込めて殴り飛ばしてそう言うと、恵は振り向いた。

「……はい」









「まじで最悪、疲れたし」
「そう文句言わないの」
「……恵と二人で風呂入る約束したのに」
「うわー、ヤる気満々だねぇ」

そのヤる気も今は正直鎮火しかけている。
何故かと言うと日中の軽めの任務を終えてホテルに戻った時に、真っ先に五条先生に呼び止められて「今から単独任務、1級案件、ヨロシク」と笑顔で言われたからである。マジふざけんな今から恵と部屋の露天風呂入る(嫌がられなかったらセックスする)とこだったんだぞ、と目を血走らせながら黙って訴えたが、五条先生はそこを見逃してはくれない。
んなもん篤也が行けやボケ、と喉まで出かかった言葉は「日下部さんは引率っていう大事な役割があるしぃ」とまるで俺の頭の中を見透かすように五条先生が言うので、俺は任務に行かざるを得なかった。
そんな俺の後ろ姿を見てやはり真希と野薔薇ちゃんはニヤニヤしていたが、半ば助けを求めるようにちらりと恵を見ると「……何でこっち見るんですか?さっさと行ってください」とじとっとした目で言われて俺は渋々補助監督が運転する車に乗り込んだのだった。
ちなみに五条先生も別件で近場で任務らしく、お互い終わったら落ち合えたらいいねと言われたけど別に落ち合いたくないし。とにかく俺は恵と二人で風呂に入ってイチャイチャしたかったんだよ。

「まあでも無事にちゃちゃっと終わらせられて良かったじゃん?」
「良くねーよ、俺ボロボロじゃん。こういうタイミングでマジの1級案件振ってくんのやめてくんないっすかね」
「呪霊に言いなよ」

それはその通りです。
隣に座る五条先生の言葉に俺は口を噤んだ。結局、俺が担当した1級案件の任務はここらで以前起きた水難事故が原因で発生した呪霊でまあまあ手強かった。普通に俺一人で祓えたものの、水の中に引き摺り込まれてずぶ濡れになったし。とは言え補助監督が有能でホテルから俺の荷物を念の為に持ってきてくれていたので、祓除後着替えられたし、髪がびしょびしょなこと以外は特に問題はない。
五条先生も五条先生でちゃちゃっと自分の任務を終わらせたらしく、ずぶ濡れの俺が車へ戻る頃には既に後部座席に座っていて一人で箱根名物らしいロールケーキをまるごと一本齧りながら「頭ビショビショじゃん!ウケる」と言われた。常軌を逸している行為と発言だが突っ込むのも面倒なのでそこはスルー。ロールケーキいる?と聞かれたけど首を横に振った。

「一番近くにいたのが名前だったからね」
「……時間外手当弾んでくれよ」
「わー、七海みたいなこと言う」
「若人の青春を奪うなんて許されないことなんじゃないんスか」
「中抜けして戻るくらいのことは勘弁してよ。人手不足なんだから」

それを五条先生に言われると俺は何も言えない。人手不足で誰よりも出ずっぱりなのは五条先生だし、先生として学生の面倒もそれなりに見てるのも知ってる。
俺は「いーよ、わかってますって」と返すと車に揺られながら窓の外を眺めた。
既に月はとっぷりと上がっていて、外は暗い。何時だろ、と思ってびしょ濡れになっても辛うじて生きているスマホを見ると22時を回っていた。……はー、腹減った。疲れたし、眠ぃ。この後ホテル戻って、なんか適当に食って風呂入って寝て、明日も明日で合宿か。
おちおち休んでもいられねぇな。恵、もう風呂入ってるよな。何なら疲れて寝てる可能性もある。……あー、イチャイチャしたかったなぁ……。

「……名前ってさ、恵のどこが好きなの?」
「え」

突然始まった恋バナに俺は思わず窓から視線を外して五条先生に振り向いた。目隠し姿でやはりロールケーキ一本頬張り続ける姿はいつもの雰囲気とさして変わらない。

「いや、ちょっと前まで女の子に見境なかったのに恵のこと意識しだしてから随分真面目になったからさ。……多方面で」

五条先生には俺の女関係を全部話しているわけではないが、女の子と寝てる時に任務で呼び出されたり、女の子とデートしている時に呼び出されたりすることが少なくなかった。だから五条先生からしたら俺は"そういう奴"という認識なのだろう。そういう奴がここ数週間、真面目に学校に来て真面目に授業を受けて真面目に任務こなして、挙句の果てに突然自分が目をかけている生徒の"男"とそうなったとなると、まあ気にもなる。俺が五条先生の立場でもいろいろ思うだろう。

「わかんねえ」
「ククッ、何それ」
「いや、自分でもよくわかんない。五条先生だから言うけど、ちょっと前に恵から俺に告白してきてさ。……そん時は遊び半分で流してたんだけど」
「……けど?」
「……なんか、気付いたら好きになってた」

俺が馬鹿正直にそう言うと、五条先生は爆笑した後に「何それ!!面白すぎるでしょ!!」と言うので俺はそっぽを向いた。失礼な先公だよほんと。いやでもそうか、そうなんだよな、意味わかんねーよな。恵のどこが好きかと言われると、そんなのはっきりわかんないし。
顔?顔はまあ、好きだな。好みの顔だし。
性格?性格もまあ、ツンツンしてるのに急に甘えたになるとことか可愛いよな。
それ以外だと、まあ……頭良いし1言って10理解できるタイプだから任務の時とか助かるか。あと私服がやる気なさすぎてダサいのかよくわかんねーとことか可愛いよな。……俺結構、恵のこと本当に好きだな。

「そんなに笑うなよ」
「ごめんごめん、名前が丸くなったオチがそんなことだとは僕も思わなくてさ」
「意外?」
「意外。……君は特定の相手を作らない気だと思ってたから」

五条先生はまだ微かに笑いながら残りのロールケーキをぱくっと全部食べるとぺろりと口端についた生クリームを舐めとった。えろ。俺が女だったらその仕草だけで濡れてるわ。……いや、すんません、それは嘘です。

「そのつもりだったよ」
「お父さん大喜びなんじゃない?」
「は?まさか。俺は出て行った人間だし、禪院家のことは関係ない」
「でも君のお父さんは形上君を好きにさせてまだ家に繋ぎ止めてる。君が名字家の養子に入りたいって話を絶対に認めないのが良い証拠だ。何より君も、呼ばれたらすぐ帰るだろ?あと墓参りと法事、母親の。……欠かさずきちんと行ってるでしょ」
「……」

何でもお見通しかよ、と内心悪態を吐くが五条先生は「別に責めてるわけじゃないけどね」と前置きをして目隠しをずらした。

「君の父親は君と恵のことを知ったら必ず利用する。……あんまり良いようにされちゃダメだよ」

五条先生の言葉に俺が黙ると、ぴたりと車が停車した。顔を上げるといつの間にかホテルに着いたらしい。五条先生は「そんじゃ、また明日」と軽く手を上げて車から降りる。
――伏黒恵に関して、禪院家は現状手出し無用だ。五条先生の目の黒いうちは何も出来ない。だが恵が俺に対してだけ特別な意識を向けていると気付いたら、親父は多分それを利用するだろう。あの人はともかく、あの家は恵の術式が欲しくて欲しくて堪らないんだ。

「……させるわけねーだろ」









「…………何でいんの」

ホテルのロビーに着くと、なぜかロビーのソファに恵が腰掛けていて一人で読書などをしていたものだから俺はぽかんとした。恵も恵で俺に気がつくと、何故か少し気まずそうに「お疲れ様です」と声をかけてくる。

「いちゃ悪いですか」
「悪くないけど。こんな時間だし、明日も早いし寝てると思ってたから」
「……眠れなくて」

俺が荷物を背負いながら恵のそばに立つと、恵も読みかけの本を閉じて腰を上げた。
どうやら俺と一緒に部屋に戻ってくれるらしい。

「もしかして俺待ち?」
「……」

違う、と否定しないからどうやらあながち外れているわけでもないらしい。二人でエレベーターに乗り込むと3と書かれたボタンを押した。何となく二人とも黙りこむ。沈黙が数秒流れて、3階に着くと恵が部屋の鍵をポケットから取り出した。俺も黙ってそれに続く。
かちり、とドアの鍵が開く音がして、恵が先に部屋に入る。
がちゃん、と部屋のドアが閉まった音に自分の中にある理性という名の器から、本能が今にも溢れそうなくらいに満杯になって、滴り落ちている感じがした。
素早く後ろ手に鍵を閉めて、持っていた荷物をその場に下ろす。
――ああ、もうダメだ。限界だ。
目の前の恵の頸を一瞥すると、背後から手を回して抱きつく。恵がびくっと肩を跳ねさせて振り向いた。

「俺今日頑張ったんだけど」
「……はい」
「ご褒美ちょうだい」

有無を言わせる前にその唇に噛み付くようにキスをする。そのまま恵を壁に押し付けてキスを繰り返すと、恵も応えるように俺の肩に手をついて、その手は次第に俺の首に回る。……どれくらいそうやっていたかなんて正直わからない。
お互いの息が乱れて、恵が少し苦しそうに涙目になるのを見下ろして、唇についたどちらのものがわからない唾液を舐めとる。ご褒美、これで終わりなわけないよな。

「良かった。……その気なのって俺だけじゃなかったんだ」
「……っ」
「あーん」

口を開けろと俺が恵の綺麗な顎に指を添えて上を向かせると、恵が耳まで赤くして「あ」と少しだけ口を開ける。「いい子」と頭を撫でて舌で恵の咥内を蹂躙する。……気持ち良い。
舌入れられるの嫌、とか言うくせに実際すると喜んで恵も舌を絡ませてくる。恵のどこが好きって、そういうとこも好きだよ。良い子ちゃんで終わらないところ。
少しだけざらっとする舌の感触を、絡め合って味わいながら恵のスウェットの裾に手を入れる。すると恵が慌ててその手に自らの手を重ねて静止した。ハッとして手を止める。

「……嫌?……怖い?」
「違……まだ、風呂、入ってない……」
「…………あー……」

正直眠気と疲労と任務後のムラムラで、ここまで来るとヤることしか考えてなかった俺としては、風呂入ってないと言われてはたと正気に戻る。……そういや一緒に露天風呂入ろうって約束してたんだっけ。そっか、だから待っててくれたのか。

「待っててくれたの?」
「はい。……一緒に入ろうって言ったの、名字先輩じゃないですか」

健気だな。……可愛すぎねぇ?
とりあえず風呂入りましょう、と気まずそうに言う恵に俺は目を細めて笑った。はー、"とりあえず"っすか。
恵は俺の腕からそそくさと抜け出すと、部屋のシャワールームを抜けて露天風呂へと向かい、湯船に湯を張り始めたらしかった。俺はと言うと、ドアのそばに落とした荷物を拾い上げてポイと自分のベッドのそばに投げる。ベッドに腰掛けて着ていたパーカーのジップを下ろして上裸になると、適当に結んでいた髪を解いた。湖での任務でずぶ濡れになったせいでまだ髪が湿気ている。

「……どうすっかな」

今の俺、めっちゃ目付きギラギラしてるんだろうな、なんて客観的に思いながら脱衣スペースに向かう。"大事にしなきゃ"、そう自分に言い聞かせて。
そりゃ本当はヤりたいけど、大事にするって言って昨日の今日ですんのは流石にダメか?ダメだよな。…………え、ダメなん?……ほんとにダメ?





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