アフタヌーン。
皆がアジト代わりに拠点を敷くアパルトメントのテラスで午後の陽気を感じながら読書とカプチーノ。
膝の上にはホルマジオが可愛がっている猫。この猫、飼い主の彼には一切合切懐こうとしないのに割とわたしには懐いている。彼はその様子にいつも口を尖らせていた。
片手で器用に読書を楽しみつつ、膝の上の猫の背をもう片方の手で撫ぜる。
「お前、優雅に大人ぶってるけどな。飲んでるそれが全部台無しにしてるぞ」
「エスプレッソは苦くて嫌い。」
茶々を入れるプロシュートを横目に見て、カプチーノに口を付けて傾ける。
ミルクと混ざるエスプレッソは幾分かまろやかなあじわいになって飲みやすい。
わたしはここに更に角砂糖二つとチョコレートシロップを入れてある。甘くて美味しい。
「お前、よくその歳でそんな子供っぽいモン飲めるよな。」
許可もなくわたしの向かいのチェアを引いてそこに腰掛けるプロシュート。
懐のポケットから煙草を出して火をつけた。
その一連の動作が様になってるからまたまた腹立たしい。
「誰がいつ、どこで何を飲もうとそれは本人の勝手よ。」
わたしの一言に、プロシュートはふーんだなんて納得したような声を出す。
この国ではカプチーノは朝に飲むものなのだ。
いい年齢の人間が、午後になってこの飲み物を飲むと子供だと馬鹿にされてしまう。
でも、だからといってその習わしに従うつもりは全くない。
バンビーノと、言いたいヤツに言わせておけばいい。
「お前のそういうはっきり割り切った所、オレは嫌いじゃあねぇぜ?」
そりゃあどーも。と適当に返答してまた本に目を落とす。
ここで確実に会話が切れたにも関わらず、プロシュートは新たに話題を振るでも何処かへ行くでもなくただただ煙を燻らせた。
しかしこの男、黙ってさえいれば物凄い色男なんだけど如何せん口が悪い。台無しだ。
まつ毛も長いし、顔立ちだけで言えばそこそこ抽象的で美人…て、何をまじまじ見てるんだわたしは、変態か。
「なーにじっと見てんだ?惚れたか?」
二カッと歯を見せて笑うとあどけなさすら感じる。
「そのアンバランスなギャップにきっと世の女は落ちるんだろうなぁ…だなんて。」
次に目の前の男は目を見開いた。
しまった…声に出てた。
驚いた表情を一瞬見せたかと思うとその顔はすぐに不敵な笑みへと変わった。
「ほー?つまりお前もその一人だと…?」
「そこまで言ってないよ。自意識過剰男。」
そんなわたしに、ハハッ素直じゃあねぇなぁだなんて何故か嬉しそうにしている。
勘弁してくれ。
わたしがとは一言も言ってないじゃあないか…都合よく捉えすぎ…。
いや、わたしみたいなやつ一人が仮にプロシュートに好意を寄せていたとして、都合よくってのはそれこそ自意識過剰か。
「お前は行動は素直だが、言動が素直じゃあねぇんだよな」
いつの間に煙草の火を消したのか。手元にはもうない。そして、わたしの膝の上にも、猫はいなくなっていた。
頬杖を付いて穏やかな表情でこちらを見るプロシュートに、何故か居心地の悪さを感じる。
「言葉の方も、少しは素直になってみろ。」
この余裕。何か確信でもあるようなその口振りに腹立たしさをも覚える。
あぁ、そうだよ。その通りだ。
わたしはこの男に正しく好意を寄せているさ。
だけど、色々認められない自分がいる。
その事をひた隠しにして接している。
「素直になったところで…どうこうなるとは思えないけどね。」
「ハンッ!やりもしないで何言ってやがる」
少し真剣な眼差し。まさかと少し期待してしまうじゃあないか。
「…………すき。」
もう、これが精一杯。蚊の鳴くような…、神経を研ぎ澄まして聴かないと聞き取れないくらいの音量。
でも、目の前の男の耳にはしっかり届いてしまった様で。穏やかに、満足そうな顔をしている。
プロシュートは、頬杖を突いた手と反対の掌をわたしの頬まで伸ばしてスルリと頬を親指で撫でた。
「よく出来たじゃあねぇか。」
わたしが懸念していたのは出来るか出来ないかではなく、その後の事。
この男が一人の女、ましてやわたしの様な女に執心するとは到底思えなかった。
「なまえ、一度しか言わねぇからよく聞けよ。」
じっと目を見つめられてしまえば、時が止まる。息も。
どくんどくんと鼓動がうるさい。
これは期待をしているからか、はたまた緊張からか。いや、きっとどちらもだ。
とにかくわたしは内側から鳴る早鐘を聞きながら、彼の次の言葉を待った。
「オレの女になれ。」
プロシュートは、な?どうこうなっただろーがよ。なんてまた二カッと歯を見せて笑ってみせた。
この男、どうしてくれよう。
カップに入った甘いカプチーノはすっかり冷めてしまったじゃあないか。