祭囃子の音をどこか遠くに感じながら、名前は神社の賽銭箱を背に項垂れるように座っていた。
生温い風が吹いて、木々がザワザワと騒ぐのを聞きながら下を向く。
不意に近づく影と砂を踏む足音に顔を上げると、少し息の上がった心操が立っていた。
「こんなとこにいたのか」
「心操くん…あれ、みんなは?」
名前は彼の背後を見ようと覗くように体を寄せるが、そこには誰もおらず、屋台の裏側が光を零しているだけだった。
心操はクラスのみんなが向かったのであろう、背中の向こうへ親指を立ててみせた。
「もうすぐ花火始まるからって、場所取りに行ったよ。俺は苗字を探す役」
「ごめんね、迷惑かけちゃって」
「別に?人混み掻き分けて場所取りするよりこっちの方が楽だしいーよ。で…どうした?」
「んー…ちょっとね」
名前がなかなか立ち上がらないのを見かねてか、心操は彼女の隣に腰を下ろす。
手を遊ばせて、指を組んだり手の甲をさすってみたり、落ち着かない様子で呟くように言う。
「好きだった人がさー…女の子と腕組んで歩いてるとこ見ちゃってさー…なんていうか、傷心?みたいな」
自分で言いながら辛くなってきたのか、声がだんだん上ずってくる。
まぁ、わかってたことなんだけどね?と、なんとか時折苦笑を交えながら。
「わたしの周りの友達は、みーんな彼氏とか好きな人と一緒に祭りに来てるしさ…」
名前は鼻の奥がキュッと熱くなるのを感じて、ついつい鼻を啜ってしまう。
「あ、別にクラスのみんなで一緒に行くのが嫌とか、そういうんじゃないよ?でもさー」
名前は一度ゆっくり深呼吸をして、勢いよく立ち上がった。
ケンケンパ、と軽くステップを踏むように跳ねて、腕を広げて振り返ってみせる。
「せっかく浴衣も新調したのにさー…って、背伸びしすぎかな」
そう言われ改めて心操は明かりに照らされた彼女の浴衣を見てみた。
淡い紫に白いストライプ、ピンクのユリの柄が華やかだが、紺の帯で引き締まって見え、いつもと違う印象を受ける。
大人っぽい彼女を見て、好きな人って年上なのか?と想像を膨らませてみたり。
「似合ってると思うけど」
「ありがと!もう、そんなこと言ってくれるの心操くんだけだよ…」
ふと、彼女の視界に入る賽銭箱。
巾着を探り、財布の中身を見るが、荷物を減らすために小銭を抜いてきたことを思い出す。
「心操くん、五円玉持ってない?」
「え?」
「お賽銭に五円玉を入れて、ご縁がありますようにって、やったことない?」
あぁ、と自分の小銭入れを取り出そうとしたが、あることを思いついて立ち上がった。
「…ご縁なら、ここにあると思うんだけど。」
「えっ、心操くん、誰か紹介してくれるの?」
「は?なんで…」
なんでそうなるんだよ、と言いかけて言葉を飲み込んだ。
口元に笑みを浮かべながら、心操は名前に近づきながら言う。
「そうだな、紹介してやるよ。お前と同い年で、雄英の普通科。身長は177cm、7月1日生まれの蟹座」
「…7月1日って、心操くんと一緒…え?」
そういえばこの間みんなで誕生日会したよね…と名前は頭の中で確認した。
…が、途端に彼の体温に包まれ思考が停止した。
「ずっとこうしたかった。もう、遠慮なんてしないからな」
「なん…」
あ、やられた…と思った時には遅く、身体の自由を奪われる。
-ヒュー……ドンッ-…パラパラ…
モヤがかかる頭の中で花火の上がる音が聞こえたが、彼の影が邪魔して名前にはよく見えなかった。