おそるおそる指先で摘んだこよりを引き上げると、ゴムがカギ針にかかってスーッと釣れる。
ピンクの水風船は左右に揺れて、名前は目を輝かせた。

「…っ、取れたぁ!」

名前が轟に告白をして付き合い始めてから一緒に出かけるのはこれが初めてだった。
もともと物静かな彼と会話が続かず、なんだか気まずい帰り道。
今まで祭囃子や屋台の賑わいでどうにかなっていたが、祭りから遠ざかるにつれて沈黙が浮き彫りになる。
そんな空気に耐えられなかった名前は、水風船を掌から放したり引き寄せたりして遊んでいた。

「ひゃ」

バシャ、と弾けるような音と足元の冷たさに、名前は思わず声を上げた。
地面には落ちた衝撃で破れた水風船。
跳ねた水は彼女の足元にもかかっていた。
おそらく途中でゴムが切れたのだろう、その証拠に彼女の手にゴムが残っている。

「ごっごめん、水かからなかった?」
「俺は平気だけど…」
「えっと、ハンカチ…」

彼女が巾着からハンカチを取り出して腰を落とそうとしたところ、轟に上腕をぐいっと持ち上げられる。

「待て、屈むな。濡れた裾に砂が着いちまうだろ」
「わ、どうしよ…」
「そこのベンチまで行くぞ」

近くのベンチに座りハンカチで足元を拭くが、濡れた浴衣が脚に張り付いていてなかなか取れない。
それを見た轟が、名前の前でしゃがみこんで浴衣の裾から手を入れ、脚に掌を滑らせた。

「とっ、とととどとどろきくんんん…!?」
「ああ…わりィ、つい」

ついってどういうこと…!と彼女が心の中で叫んでいるうちに、ある程度拭き取れたのか彼が隣へ座り直した。

「ごめんね…」
「ほら、俺のやるよ」

いつの間に取っていたのだろうか、透明の水風船を袖の袂から取り出す。

「轟くんも取ってたの…?」
「お前が一生懸命取ってるとこ見てたら、なんか…俺もやってみたくなって」
「もらっちゃって、いいの?」
「好きなんだろ?」
「…ありがとう」
「やっといつもの感じになったな」

そう言われて彼女は目線を水風船から轟に移すと、真剣な顔をした彼と目が合って、心臓が一層大きく跳ね上がった。

「お前はそのままでいい…無理して俺に気を使わなくても…」
「無理とかじゃないよ!わたしが…つめたっ」

勢いよく立ち上がったせいで濡れた浴衣がまた足に当たり、素っ頓狂声を上げてしまう。
轟は彼女を座らせると、左側の個性を使って熱で乾かしてやる。
…と、そこで彼女は気付いた。
個性を使って乾かすことができるなら、ハンカチで拭くより早いのに何故そうしなかったんだろう、と不思議に思った。

「…あの、轟くん…個性」
「悪い」

なにを聞かれるのか察したのだろうか、彼は名前の声を遮った。

「少しでも長く、一緒にいたくて」

轟のその言葉に一瞬理解が遅れる名前。
返す言葉に迷っていると、それに…と呟いて彼は続ける。

「せっかく綺麗な浴衣なんだから、加減間違えて汚しちゃ大変だろ…」

彼の好みがわからなくていっぱい悩んで選んだ、白黒市松模様に椿柄の浴衣。
褒めてもらえて嬉しくなっていると、また轟が口籠る。

「…間違えた」
「え?」
「浴衣だけじゃなくて、苗字も」

綺麗だ、と言う轟に、名前が燃えるような顔の熱を感じていると、立ち上がった彼が「行くか」と手を差し伸べる。
彼女の家まであと少し、別れ際を惜しむようにゆっくり帰る二人は、この日初めて手を繋いだ。