炎の新入部員第一話



『太陽って人を幸せにする力があるって昔どこかの絵本で読んだことがある。』

‐ピピピピピピピ

早朝AM5:00
けたたましい目覚ましの音が部屋中に鳴り響く。
布団の中にくるまっていた物体は手だけをそこから出してアラームの音を止めた。
そのままずるりと力尽きるように手は床に落ち…そしてそこから2、3分後…

「ッ…アカン!二度寝してまう!」

勢いよく起き上がると知輝はそのまま布団から飛び出して、ドタバタ慌ただしく自室を出た。

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「寒咲さん!おはようございます!」
「おお、大河。悪ぃな朝早くから」
「いやいや!毎年この日が楽しみですから!むしろこっちこそすんません毎回ご一緒させてもろて」
「いいよいいよ。お前みたいなロード好きありがてぇし」

総北高校に通う大河 知輝は、一年の頃から此処、寒咲サイクルショップの店員としてお世話になっている。
此処の店主は何を隠そう総北高校自転車競技部の元主将だ。故に、店から機材や備品を部に提供するといった事が頻繁にある。
更に言えば本日は、毎年春に部内にて行われる一年生対抗レースの開催日。
機材や備品等を提供しているこのお店の手伝いも、知輝にとってはもう三年目だ。もはや恒例行事になっていた。
ふと、店の奥に整備されたロードが停められているのを見付けた知輝は、車体に駆け寄る。

「おっ、ロード貸すんですねー!初心者かー!」

ロードの周りをぐるぐる回りながら楽しそうに話す知輝。
彼女の弾む様な声を聞き、寒咲は機材を詰めた段ボールを持ち上げながら笑顔になる。
知輝はその段ボールを受け取り、店の前に駐車されたワゴン車の荷台に積んでいった。

「幹の奴が面白い奴が居るってうるさくてな」
「はー、幹ちゃんのおめがねに適うとは、そら楽しみですね!」

今日のレースが益々楽しみだ。
知輝は心を踊らせながら、ロードを担いでワゴン車まで運んだ。

「どんな奴入ってくんねやろ〜!」

このロードに乗るのは一体どんな奴なのかと、今年は総北はインターハイ狙えるのかと、考え出すとウキウキが止まらない。
そんな、鼻歌交じりの早朝の出来事だった

「ッだあああああっ間に合ったああああ!!!」

早朝にある程度店の手伝いをしてからの登校。
知輝は、遅刻ギリギリの時間に滑り込むように教室に入った。

「おう、大河、遅刻ギリギリだぞ」
「どんなにギリギリでもセーフはセーフやろ!」

教室の中で一際デカい男子生徒が駆け込んできた知輝に向かって声を掛ける。
その生徒の隣の席が、彼女の席だ。
彼は、自転車競技部に所属する田所 迅。
知輝とは、三年間クラスが一緒で何かと良くつるんでいる。
自分の机に鞄を降ろす彼女を、座席から見上げた田所は大きな声で言葉を返した。

「お前例のあれ手伝いに行ってたのか!」
「そぉやでぇー!あ、あと今日、ウチ見学行くから。新一年生がどんな走りすんのかしっかり見とかんと」
「ガハハ、おめーも毎回飽きねぇな」

一年の頃から、部員公認の見学人として認知されている知輝は、事ある毎に自転車競技部に乗り込んでは目を輝かせていた。
今日も例外ではない。
自転車屋でアルバイトをし、何かある毎に部活に見学に行く程ロード好きにも関わらず、これでロードに乗れないのだから笑える話だ。
しかし、本人は見てるのが楽しい…と、乗れなくても満足な様だった。
鞄の中身を机に移す知輝の手付きは、今の彼女の心境を物語っているかの様だ。
その様子を田所は、横目に見て目を細める。
そうして、今日一日の授業は放課後のレースの事しか考えられなくなり、教師が投げたチョークが知輝の額にクリーンヒットする光景もまた…いつもの事だった。

「あんのセンコーめ!!!職員室呼び出したかと思えばしょーもない説教しよってー!!!」

バタバタと廊下を駆ける知輝の向かう先は当然、自転車競技部の部室。
教室に向かって凄まじいスピードで駆けていく知輝、彼女が通った後は微かに風が吹く程だ。
道すがら、廊下を走るなという教師の怒鳴り声はは耳に入っているのかいないのか…
目的地前まで辿り着いた彼女は全速力で走らせた足に急ブレーキを掛けて止まり、勢いよく部室の扉を開けた。

「まだ、レース始まってへんよな!?」

突然の来訪者に室内に居た者は全員知輝の方へ視線を向ける。
しかし、扉を開けた知輝の目に一番に飛び込んできたのは燃えるような赤。

「赤頭メッチャイカスな!!!」
「赤メッシュメッチャイカスな!!!」

目を輝かせ、ほぼ同時にそう叫ぶ二人に周りは圧倒される。
扉の前に一列に並ぶ一年は何事かと目を白黒させていた。

「なになに自分、一年生!?」

興奮気味に赤頭の少年に詰め寄る知輝を、咳払いで制する自転車競技部の主将の金城。
その咳払いに我に返る知輝は、しばし周りを見回し自分がかなり場違いな行動をしていると理解し、そそくさと二年と三年が並ぶ列に混じった。金城にすまんすまんと軽く頭を下げる知輝。
一年生は全く状況を理解出来ずにキョトン顔を惜しげも無く披露している。

「今日のレースは見学人が一人。大河。」

金城の呼び掛けに反応して、彼女は口を開いた。

「大河 知輝三年です!よろしゅうに!ちょいちょい顔出させて貰うんで、どうぞ覚えたって下さい!」
「それじゃあ、一年はレースの準備を。」

主将に言われ、一年は散り散りに準備を始める中知輝は、赤頭の少年に駆け寄って耳打ちする。

「自分、名前なんていうん?」

そう言われ一瞬驚いた顔を見せた後、歯を見せて笑った。

「鳴子 章吉。よう見さらせ!ワイのデーハーな走りを!」

そう自信満々に言い放ち、部室を出て行く鳴子と名乗る少年。

「おもろい子入ったなぁ…。」

第一印象。
勝気で人見知りもしない元気な子だなという印象を、知輝は持った。
そして先程の発言、準備もテキパキしていることから、経験者である事は間違いない。

「金城、あの赤頭の子…、面白そうやな。」

知輝の目は爛々としている。
新一年の今泉と並んで張り合う様にローラーに乗る彼を金城の横で眺める知輝は、そこから視線を外す事無く隣の金城に投げ掛けた。
投げ掛けてはいるものの、それは殆ど独り言に近い。
金城はそんな彼女を横に、フッと息を漏らした。

「寒咲さんおっそない!?」

暫くしても、寒咲さんが乗ってくるであろうワゴン車が見えない事に知輝は焦りを見せる中、金城は右腕に付けられた腕時計で時間を確認していた。
それはもう、冷静に。

「時間だ」

遂に間に合わなかった事に知輝は肩をがっくり落とす。
初心者用のロードをワゴンに積んだのは紛れもなく自分だ。やるせない気持ちをぐっと堪える。
ロードレースに於いて、トラブルは付き物だ。
メカトラブルは勿論、機材が届かないなんて事もしょっちゅう有る。
しかし、レースはどんな状況でも時間通りに進むものだ。金城は一年生をスタートラインへ並ばせた。
そして、金城がスタートを切って十数分後、校門にワゴン車が滑り込んで来た。

「寒咲さん!」
「悪ぃ、事故渋滞に巻き込まれてな」
「追いましょう」

金城の一言を聞いて一度運転席から降りた寒咲が、後部座席のドアを開ける。
三年は皆ワゴン車に乗り込み、シートベルトを締めた。

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登坂する小野田の後ろをワゴンで尾ける。
車内の者は、全員息を飲んでいた。

「あのメガネの子…、何者…?」
「こっちが聞きたいッショ」

知輝の言葉に頭を抱えながら巻島が返す。
先程最後尾をママチャリで走っていたかと思えば、ロードに乗り換えた途端どんどん前を追い抜き先頭を争っていた鳴子と今泉に追いついたではないか。
小野田は、今日初めて乗ったにも関わらず、難しいローラーを一発で乗りこなすという離れ業をも見せている。
幹ちゃん…、面白い通り越して凄いです…と、心の中で知輝は訴えた。
二人に合流した小野田は、今泉を追う様に坂を駆け上がるも…

「あ!!!」

先行して走っていた鳴子が失速する。
足を緩めた小野田に何かを伝えた後、小野田を送り出していた。
寒咲は、車をそのまま小野田に尾けようとするも、知輝が一旦止める。

「寒咲さん!赤頭の子の横に一瞬だけ付けて下さい!」

知輝の意図を理解した寒咲は、了解とだけ返事をして言われた通りに鳴子の横まで車を付けた。
後部座席の窓を下ろし知輝は、声を飛ばす。

「鳴子!アンタ、スプリンターやろ!山道はキツイやろけど、辛抱やで!!」

山を越えればあとは平坦が続く。
それを狙ってここを乗り越える…勝ちは譲らないという目を、彼はしていた。

「ボトル、中身あるか?…これ、持って行き」
「おう、すまんな。助かるわ。」

空のボトルを手渡し、新しいボトルを受け取った鳴子は汗まみれの額を手の甲で拭った。

「ウチら先行くけど頑張りや!!!よう見せてや、デーハーな走り!」
「おう!!!追いつくさかい、しっかり後ろから見とれよ!!!」

前を走っていく車に向かって叫ぶ鳴子。
彼の今日一番の大声が、峰ヶ山に木霊した。