想いは花火の光とともに第十二話
知輝は、気付いてしまった。
いつしか純粋に自転車を楽しむのではなく、自転車に乗る彼を見るために部室に足を運んでいた事、彼と過ごす日々は何ものにも変えられないという事を…、インターハイでの鳴子の活躍を目の当たりにして、自覚せざるを得なかった。
いや、正確には、気付いていない振りをしていた。
もう、自分の気持ちに蓋をし続ける事は不可能だと悟る。
「だって…、こんなにも好き…」
気付けば、心を占めるのは彼の顔ばかりになっている。
考えないようにすればする程、脳裏に浮かぶのは決まって燃えるような赤色だ。
「ちゃんと…、言おう。」
ごめんと、そして、好きを。
約束の日まであと数日。
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「ふぅ…よし!上出来や!!!」
約束の当日、知輝は朝からキッチンに立て篭もっていた。
甘い匂いが部屋中に広がっている。
軽く汗を拭う知輝は今しがた完成したアイシングクッキーを見詰めて満足気に微笑んだ後、それを綺麗にラッピングしていく。
「アンタ、早いと思ったら…お菓子作ってたんか。」
夜勤明けの母が昼過ぎにリビングに降りてきてキッチンに顔を覗かせた。
「ははーん。オトコ…やな?」
「なっ!!!」
「ヤケに気合い入ってるもんなぁ〜あれやろ?あの子やろ?お見舞い来てくれた赤髪の子」
「ななな…」
わなわな震える娘を前に、母は静かに笑う。
「浴衣に着替えたら声掛け。髪結うたるわ。」
そう言われ、知輝はやった!と声を上げすぐに着替えてくる!と自室へ消えた。
「…色々あったっぽいけど。大丈夫そうやな。」
起き抜けのコーヒーを煎れ、それを片手にリビングのソファに腰を落ち着け娘が戻ってくるのを穏やかな気持ちで待つ。
数十分後、浴衣を身に纏った知輝が戻って来たのを確認すると入れ替わりでソファに座るよう促した。
「髪アップにするで。ええか、大抵のオトコはうなじ見せとったら落ちる。」
「なっ!だから!そんなんやないって!」
朝から気合い入れて手作りのクッキーまで用意しといてよう言うわ。
母の一言に知輝は唇を尖らせた。
「でも、まぁ…、あの子やったら、大丈夫や。なんも心配いらん。」
「………そう、やな。」
数時間後には、彼と顔を合わせる事を考えると何だか段々緊張してくる。
その緊張を紛らわせようと髪を結う母の手元に意識を向けた。
「なぁ!変やない!?」
「誰が髪結うたと思ってんねや、バッチリや。」
「着崩れしてへん!?」
「してへんしてへん。」
普段髪なんて上げない為、不安の表情を見せる知輝に、母はヤレヤレといった表情を見せていた。
「ホラ、間に合わんくなんで!待たせたらアカンやろ!はよ行け!」
半ば追い出すような形で玄関口へ押しやられる知輝は、そのまま玄関の外へ放り出された。
振り返る知輝に、腰に手を当てた母が一言。
「気張ってこい!」
母の叱咤激励と共に見送られた知輝であった。
待ち合わせ時刻10分前、待ち合わせ場所の神社の前にて知輝は居心地悪くソワソワしていると、帯に挟んだ携帯が振動する。
『スマン!もうすぐ着く!』
インハイ後、待ち合わせの連絡などするだろうとお互い連絡先を交換済み。
鳴子からのメッセージを見て、顔が綻ぶ。
「スマンって…まだ待ち合わせの時間前やで」
人柄というのかなんというのか、嫌味のない態度に心和らぐ。
しかし、数分も経てば彼は到着するわけで、ともなると今の格好を彼にお披露目する事になる事実に少々身体を強ばらせる。
変やないやろか…。鳴子の好みに合うだろうか…。
いてもたってもいられず、その場をウロウロ動き回る知輝は、駆け寄ってくる足音に気付き視線を向けた。
「いやぁ、スマン!センパイ待った、か…」
鳴子は知輝の姿を見て言葉を失う。
すぐにハッとして首を振った。
「な、なんや、気合い入ってるやん…!?」
「あ、ほ、ほら、夏休み中全然遊ばれへんかったから…ちょっとな!変…かな。」
「いや、めっっっっっちゃ、可愛い。」
「な、鳴子も、浴衣…似合っとるよ。」
紺地に赤と黄色の柄の浴衣に身を包む鳴子は、言われ後頭部を掻く。
お互いの間に微妙な空気が流れるも、互いの顔が赤い事を加味するならば悪い空気ではなかった。
「花火まで時間あるし…一通りまわるか?」
「せやな、鳴子なんか目当てのもんとかある?」
「焼きそばとたこ焼き…あ、いやたこせんでもええなぁ!」
今しがたの空気はどこへやら…あとあれとこれと…と指折り数える鳴子を前に知輝は吹き出す。
「食いもんばっかやんか。あと、こっちにたこせんは無いで?」
「はぁ!?たこせん無いん!?しんじられへん!」
「せやろ?ウチも最初ビックリしたわ。」
祭りの屋台は地域の特色が出やすい為、関東と関西では並ぶものが違う。
故に関西でメジャーなメニューは関東では滅多にお目にかかれないものも少なくはなかった。
知輝は、鳴子より関東に住んで長い為その点でも彼より先輩さんだ。
「適当に回って気になったもん買お!」
「せやな!オススメあったら教えてくれや!」
「任せてや!」
そうして二人で屋台の立ち並ぶ雑踏の中へと足を踏み入れた。
祭囃子の音が聞こえる中、二人で屋台をまわる。
「センパイ、アメリカンドッグとフランクフルトどっちがええ?」
「アメリカンドッグやろ〜」
「合わんな〜フランクフルトやろそこは!」
「「ま、どっちも買えばええか!」」
そうして重なる二人の声。
鳴子の人柄も相俟って、知輝の緊張はどこかへ吹っ飛んでいた。
前までのぎこちない空気は一切無く、目と目が合う事に鳴子は心の底でホッとする自分がいることに気付いて鼻で息をする。
二人で食べ歩きながら他愛ない話をした。
まるで離れていた距離を埋めるかのように、謹慎中どうだったとか、練習中こんな事があったとか二人の間で話が尽きることは無い。
しかし、アメリカンドッグを頬張っていた知輝がふと足を止める。
それに気付いた鳴子も続いて足を止めた。
「どないした?」
「…金魚すくい。鳴子!金魚すくいやろ!」
「ほぉ?ええで?なんなら勝負するか?」
「言うたな〜!ウチ金魚すくいには自信あるで〜?」
知輝の一言を聞いて、相手にとって不足無し!と勢いよく食べかけのフランクフルトを食べ切った後、財布から小銭を出して鳴子は浴衣の袖をまくり上げたのだった。
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「は〜!?鳴子上手すぎやろ!!!」
結果はいい勝負をしたものの、鳴子が勝利を収める。
悔しがる知輝に鳴子はふふんと鼻を鳴らした。
どうやら一匹金魚を貰えるということで、どれがいいか水槽の中から一匹を選ぶ。
「センパイ好きなん選んでええで。持って帰り。」
「えっ!マジで!やった!ほならー…この赤くて小さいコにする!元気もいいし!」
屋台の店主に袋に入れてもらい、それを嬉しそうに受け取る知輝。
袋の中をちょこまか泳ぐ姿に知輝の頬は緩んだ。
「なんでその金魚にしたんや?おっきいのとかおったやろ?」
「一番元気あったし、赤色が一番綺麗やったから!…あと。」
透明の巾着袋の中を狭苦しそうに泳ぎ回る金魚を見詰めた知輝が目を細める。
「なんか…、鳴子みたいやなって思ったから。」
今自分がとんでもない事を口走っている事に気付いていない知輝だったが、鳴子はその爆撃に見事に被弾した様子だった。
口元を手で覆う鳴子は耳まで赤い。
(無意識っちゅーのが恐ろしい…)
大事に育てるわ!そう言って金魚を眺める知輝を見て、妬けるな…などと思った事は口には出さず心に留めておいた。
「どうする?そろそろ場所取りに行くか?人多くなってくるんちゃう?」
花火の打ち上がる時間を考えるとそろそろ場所を抑える必要がありそうだったが、知輝はニヤリと不敵に笑う。
「ウチな、穴場知ってるんよ。花火も良く見えて人もほとんど居らん秘密の場所」
「は!まじか!持つべきもんはセンパイやわ〜!」
「ちょっと歩くけどええ?」
「ええ!ええ!なんぼでも歩くわ!」
鳴子の了承を得て、じゃあもうちょっと店を回ろう!と鳴子の腕を知輝は引いたのだった。
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「めっちゃええ場所やんか!よお知っとったなこんな場所!」
「去年偶然見つけたんよ〜!」
二人は祭囃子が僅かに聞こえる場所まで離れていた。
祭り会場から少し離れた小高い丘の上。
ここからの花火見学は格別であることは知輝のお墨付きだった。
「こっちきて初めて見る花火が、こんなええ所でとかラッキーやわ!」
転落防止の丸太で作られた策に肘を付いて寄り掛かる鳴子は、花火が打ち上がるのが待ち切れないのか闇色の空を仰いでいた。
「鳴子、あんな。良かったら、これ。」
呼び掛けられて振り返る鳴子に、おずおずと手に持つ物を差し出す。
それは今朝作ったクッキーの入ったラッピング袋。
ポカンとした顔でそれを受け取る鳴子は手の中にある袋と知輝の顔を交互に見た。
「こないだ、熱出して学校休んだ日、色々お世話になったお礼。ちゃんと出来てなかったから。」
「開けてもええ?」
「ど、どうぞ…」
端がくるりと巻かれたリボン摘んで引くとはらり…リボンが解ける。
「なっ、なんやこれ!!!へぇー!!!凄い!」
中から出てきたクッキーを見て鳴子は大興奮のご様子。
アイシングで虎の形を模してあるそのクッキーは、店にならんでいてもおかしくはない程の出来栄えだった。
それを目を輝かせながら表から裏からとまじまじ眺める鳴子に、なんて作り甲斐のある人なんだろうと知輝はぼんやり考える。
鑑賞を存分に楽しんだ後に、パクリと咀嚼した。
「ウマッ!見た目も良ければ味もええな!こんなんどこで見付けてくるんや!」
「あー、ちゃうちゃう、それな、作ったんよ。ウチが。」
「まじ…?やっば!センパイ菓子職人なれるで!」
鳴子の言葉には魔力でもあるのではないかと知輝は錯覚する。
彼に言われたら、本当にそうなれる様な気がするなと、知輝は目を閉じた。
「菓子職人は小さい頃からの夢やってん。ウチでもなれるやろか。」
「なれるなれる!こんなん誰でも作れるもんちゃうやろ!」
二カッと歯を見せて無邪気に笑う鳴子の言葉に嘘はない。
菓子職人だなんてファンシーな夢は自分には似合わないだろうと半ば諦めかけていた知輝だったが、鳴子の言葉はそっと彼女の背中を確かに押した。
そうしてもう一つ、彼から勇気を貰って一世一代の決断をする。
「あんな。鳴子。」
緊張から声が震える。
ぎゅっと両手を握り締めて己を鼓舞する知輝は、一度強く瞳を閉じてから鳴子を見据えた。
「自分の気持ちに嘘つくのはもうやめるわ。ウチ、鳴子の事が…、すき。」
消え入りそうなその声は、しかし確かに鳴子の耳に届いた。
証拠に鳴子は大きく目を見開いている。
「一度突き放しといて何言ってんのって感じよな…ほんま、傷付けてしまって…ごめ」
知輝の言葉はそこで途切れた。
何故なら、その先を言わさんとばかりに知輝の唇を己のそれで塞いだからだった。
それと同時に花火の一発目が打ち上がる。
チカチカと光る花火に照らされた二つの影はピッタリと重なっていた。
重なった影はすぐに離れる。しかし、距離は依然近い。
鳴子の赤色の瞳は、知輝の瞳を捉えて離さなかった。
「…それ以上言わんでええ。言うたやろ。絶対惚れさせたるって。」
落ち着いた声色だが、決して花火の音に負けない力強さを持ったその言葉は知輝の心の蟠りを解いていく。
「ホンマに?嫌いになってへん?」
「なるわけないやろ。」
「ウチ、酷いこと言うたで?」
「なんか理由があったんやろ?」
思わず涙を零す知輝は、その涙と一緒に抱えていた不安もぽろぽろと零した。
鳴子は宥めるように知輝の頭を撫でながら背中を優しく叩く。
「ワイは、センパイが笑っとったらそれでええんや。せやから泣きな。」
「なるごぉ…」
「鼻水まで垂らしてきったない顔やなぁ」
瞳から落ちる涙を拭いとりながら鳴子は笑った。
「知輝」
名を呼ばれ、顔を上げる知輝。
その瞬間もう一度ゆっくり口付けられる。
知輝はそれを瞳を閉じて受け入れた。
「ワイ、知輝の事がメッチャ好きや!!!」
そう言って屈託なく笑う鳴子に、知輝は小さな声でウチも…と答えたが、それは鳴子の耳に入っていたのかは定かではない。
その日は二千発を超える花火が打ち上がったが、二人にとって祝福の花火となったのだった。