臆病な虎は、輝きを知る最終話



「つーこったで!ワイら付き合う事になりました〜!」

二学期が始まり、晴れて知輝も学校登校を許され、心置き無く自転車部を見学に行けると心を弾ませて部室まで向かう途中にばったり鳴子に出会い、そのまま手を引かれて部室まで連行されたと思いきや、みんなの前でいきなりの暴露。
何がつーこったでや!聞いてない!みんなに言うとか聞いてない!と顔を真っ赤にして大慌てする知輝を見てその場にいる者は全てを察する。
他所でやってろリア充。そんな声が聞こえてきてもおかしくない空気の中、鳴子は気にする様子もなく黙っていてもどうせバレるのだから先に言ってしまったらいいじゃないかとの事。

「それに」

一呼吸置いてからもう一度高らかに発言。

「ええか!誰も手出したらアカンぞ!!!特に、オッサン!知輝と仲ええみたいやしな!」
「バカ言え!誰が出すかこんな奴に!」
「あー、ないない。田所彼女おるし。」
「はー!?嘘でっしゃろ!?」
「おい、赤豆粒!なんだその失礼な反応は!!!」

ギャンギャンと騒がしい部室の中で、巻島が頭を抱えてうるさい…と呟くが当事者の耳には入ってはいなかった。
頭を掴み服を掴み、言い合いをする田所と鳴子を止める様にアンタらやめぇや!と仲介に入る知輝。
その三人の元に小野田が駆け寄った。

「大河先輩!」

声を掛けられ、視線を小野田に向ける。
釣られ、田所と鳴子も動きを止めた。

「おかえりなさい!」
「小野田、そこはおめでとうじゃないのか。」
「わひゃ、今泉くん!やっぱりそっちが先だったかな?先輩が戻ってきてくれたのが嬉しくて…つい」

今泉に指摘され、はにかみながらも笑う小野田。
ここに、天使あり。その場にいた人物全員の心が浄化されたのは言わずもがな…。
しかし、知輝は実感した。
…自分は、ここに居ても良いのだと。

「その…、その節は、みんなに迷惑掛けた…。ほんまに、ごめん。」

改めて深々と頭を下げる知輝だったが、皆は肩を上げ呆れた様子を見せた。

「大河のせいじゃないさ。」
「お前は変なとこ真面目過ぎるッショ」

金城と巻島からの励ましに胸の奥がじわりとする。
隣に立つ鳴子に肘で軽く小突かれ視線を向けると彼は、な、大丈夫やろ?と歯を見せて笑ってみせた。

(アホやったわ…、危うく大切なモン手放してしまうとこやった…。)

暗転が続いていた展開の全てが好転に繋がった事に、ホッと胸をなで下ろす知輝だったが、しかし…まだ一つだけ解決していない問題があった。

「鳴子、あんな。今日部活終わったら時間ある?」

金城の合図と共に散り散りになる部員たちに混じって、鳴子も自分のロッカーへと歩を進めようとしたところ、知輝に引き止められ振り返る。
知輝の真剣な眼差しが鳴子を捕え、彼はその事に首を傾げたのだった。

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(知輝の家にお呼ばれしてもうた…っ、い、いや…一回行った事あるけどもやな…)

鳴子は部活を終え、自分のロッカーとにらめっこを繰り広げていた。
練習開始前、知輝に声を掛けられた件について鳴子は頭を悩ませる。
時は少しばかり遡って、練習開始前のやり取りまで戻る。

「今日家けぇへん?」
「知輝ん家かいな?」
「遅くまで親帰ってけぇへんねん。ご飯食べてかん?」

そんな感じに耳打ちされ、正直練習に集中出来なかったのは言うまでもない。
ジャージを脱いで、制服に着替えなおす鳴子は目に見えてソワソワしていた。
今日の練習は遠征メニューで遠出をしていた為、知輝は一足先に帰宅している。
着替え終わったというのに腕を組んで悶々とロッカーにその赤い頭を擦りつけていた。
誘い自体はとても嬉しい。自分たちは晴れてお付き合いしている仲だ、今度は心置きなく大河家の敷居を跨ぐ事が出来る真柄だというのに何がそんなに彼を悩ませるのかと言うと…

(こ、心の準備が…出来てへん。)

下らない理由である。
そもそも、今まで勢い良くグイグイいっていたではないか鳴子章吉。
やはり、彼も思春期真っただ中の健全男児だったということである。
スーハ―スーハ―深呼吸を大袈裟にし、己の両頬を勢いよく叩いて気合を入れた。
そんな彼を部室の端から小野田と今泉が目撃し二人で、あいつ大丈夫か…?と顔を見合わせ心配されていたなどとは言われた当人露知らず。
鳴子は、心を決めていよいよ付き合って初めての知輝宅へ向かった。
知輝の自宅は総北高校からそこそこ近い位置に建つ。
故にロードで向かうとあっという間だ。

「インターホン押すの、緊張すんのは前もそうやったな〜」

以前とはまた違った緊張感ではあるが、そう独りごちた後フッと笑みを零してボタンを押す。
軽快な音が家中に鳴り響くと数秒で玄関の扉は開かれた。

「鳴子、お疲れ様」

玄関の扉を抑えて彼を迎え入れる知輝は、とりあえず彼を自室へ案内する。

「鞄そこらへん置いててええで〜。」

言われ、部屋の隅に荷物を寄せる鳴子。

「とりあえず疲れたやろ、お茶淹れてくるからちょっと待っとって」

適当に寛いでてええで、とそう言って部屋を出てく知輝の背中を見送った鳴子は、とりあえずローテーブルの前に腰を落ち着けた。

(前も思ったけど…意外と可愛らしい部屋やなぁ)

きっちり整頓されているのに、置かれた小物は意外と女子っぽい。
極めつけはベッドの隅に寄せられたぬいぐるみ。

(ええな、こういうの)

普段の彼女からはなかなか想像つかない趣味ではあるが、その裏表を素直にいいと思うし何よりそんな一面を知れたことに喜びを感じる。
ぐるりと部屋を見回すとら勉強机の隣に配置されている棚の上には水槽が。
それを見た鳴子は腰を浮かせて棚の前まで足を運んだ。

「この間祭りでとった金魚や」

水槽のガラスを軽く指でつつくと反応して寄ってくる様子から非常に人に慣れているようだった。

「ワイの指はエサちゃうぞ〜」

すいっと指を動かせばそれを追って泳ぐ金魚に表情が緩む。
そうしてしばらく金魚と戯れていると、知輝がトレーを持って部屋に戻ってきた。

「麦茶でええ?」
「おっ!おーきに!」

ローテーブルにグラスを並べる知輝の隣に腰を下ろし、グラスを手に取る鳴子。
しかし、知輝は自分のグラスを見つめたまま手に取らない。

「どした?」

どこか浮かない表情の知輝に、鳴子は声を掛けた。

「…あんな、付き合うてたら絶対いつか知られてしまうからもう今言うけどな。」

知輝の真剣な声色に、鳴子はグラスをテーブルに置いて彼女に向き合った。
何をするのかと待っていると、徐に知輝は右手首のリボンを解いた。

「ウチな、昔交通事故にあって消えない傷があるんよ。」

これ、腕から胸にかけてもあるから…そう言う彼女を前に夏場でも長袖の制服を着ている理由と手首のリボンの秘密を知る。
消えない大きな傷が当時の傷の深さを示していた。

「昔なぁ…、お付き合いしてた人に身体晒して引かれた事あってな…その…それで…」

一度言葉を切る知輝は、膝の上に乗せた手のひらをぎゅっと握り込んだ。

「…もう、恋はせんって…」
「知輝、すまん…」

彼女の傷から目を逸らし、謝罪の言葉を漏らした鳴子。
その様子を見た知輝は、心臓の奥がスーッと冷たくなる感覚に陥った。
指先が痺れる感覚。まさに知輝から血の気が引いていく。
そして知輝は、震える喉をやっとの事で動かした。

「…そっ、そうよな…、身体に傷があるとか…引くよ、な…ハハ」
「はっ?そっちちゃうわ!」

から笑いする知輝だったが、彼女の言葉にバッと顔を上げる鳴子。
その勢いに知輝は、気圧されそっち?そっちってどっち?と混乱した様子を見せていた。

「ワイが謝ったんは、あれや。前言うたやろ、どんな理由でも笑い飛ばしたるって…こんな理由や思わんかったから…」

言いにくそうにする鳴子を他所に、知輝はというと頭の中には疑問符が沢山浮かんでいた。

「え?引かへんの?え、だってアレやでその…言いにくいけど、…そゆことする時醜い身体見せることになってまうねんで」
「何言うてんねん!!!」

これ以上有無を言わさぬ口調に、知輝は驚いて目を瞠る。

「センパイが、必死に生きようとした証やろそれ!そんなん引いたりせぇへんわ!」

“必死に生きようとした証”彼のその言葉が、知輝の蟠りをそっと包む。

「そんな風に言うてくれたん…アンタが初めてやで…」

無意識に涙が湧いて頬を流れる。
その雫が知輝の握った手の上にはたはたと落ちる様を見て、鳴子は面白いくらいに慌てた。

「あー!あー、泣かんといてぇや!もしかしてワイ、また変な事言うた…?」
「ち、ちゃう!…嬉しくて…」
「あー…、で、でもっ!あれやな!そいつ、男の風上にも置けんで!好きなんやったら、そういうの引っ括めて愛してみろって話やで!カッカッ!」

照れてるのか涙に怯んでるのか、鳴子は目を泳がせながら身振り手振りオーバーなテンションで話し出す。

「章吉は、オトコマエやな…。」

打ち明けて良かったと、そう思える事に幸福を感じる知輝。

「なぁ、知輝…身体の方も見せて。」

先程とは打って変わって、真剣な眼差しを向けられて知輝はぼぼぼっと顔を赤くした。
それはもう、先程までの涙は影も形もなく引っ込んでしまうほど。

「やましい事しようってんやなくてな、…ちゃんと見たい。」

静かにそう言われ、やがて知輝は自分のTシャツを捲り上げた。
まだ完全に恐怖心が無くなった訳ではないが、この人なら…きっと大丈夫。
知輝は静かに目を閉じて母の言葉を思い出す。

(きっと…、大丈夫。)

どの道いつかは知られてしまう。
彼と結ばれたその日から…いや、恋を自覚してから知輝は、心を決めていた。
頭から抜いたTシャツをはらりと床に落とす。

「あぁ、なんや…めっちゃ綺麗な身体やん。」

そっと、驚く程優しい手つきで傷をなぞっていく鳴子。
優しく優しく、壊れ物でも扱うかの様なその手つきに、知輝は更に頬を赤くした。

「こんな大きな傷作ってまで、生きてくれておおきに。そうやなかったら、ワイら出会えてなかったで。」

そう言い、二カッと笑う彼の顔は普段の笑顔と何も変わらない。
それを見た知輝は、また一つ涙を零した。

「太陽って人を幸せにする力があるって昔どこかの絵本で読んだことがある。」
「ん?」
「小さい頃は、幸せは言いすぎやわって思ってたけど…それ、ほんまやったわ」

幼い頃に読んだ絵本の記憶。
それが今、鮮明に思い出されフラッシュバックする。
タイトルまでは思い出せないが、確かに手に取り読んだ本。

「章吉は、ウチの太陽や」

雫を瞳から零しながら笑う彼女の顔は、幸せそのものだった。
その表情を見て、鳴子は微かに頬を染めたのだった。