頑張りは認められる
1マス進む番外編@
「はぁ〜〜〜っ」
「あれ?知輝ちゃん、大きなため息吐いて悩み事?」
「恋煩いでしょ〜どうせ〜、後輩くんと付き合いだして幸せのため息ってところかしら〜?」
机に頬杖を突いて盛大なため息を漏らしたところを二名の友人に目撃され、この際だから悩みを打ち明けようと心に決める知輝は意を決してそれを打ち明けた。
「「彼氏のことを名前で呼べない〜!?」」
驚きと思いの外下らない相談に二人は声を重ねる。
顔を真っ赤にしてシー!聞こえる聞こえる!と慌てる知輝だったが、二人にとっては正直なところそんな事は問題ではなかった。
「せ、せやねん…意識したらなんか余計恥ずかしなってしもて…」
上唇を尖らせ、うつむきがちに手を組んで親指と親指をくっ付けたり離したりを繰り返す知輝を前に、二人はただただ…
(ウブ…)
(ウブだわ…知輝ちゃん、ウブだわ〜!)
声が重なった。
しかし、言えるはずもない。目の前の彼女は大真面目に頭を抱えているからだ。
「知輝ちゃんって、今まで彼氏さんのこと一度も名前で呼んでないの?」
「ぁ、いや…無意識なら…二回ほど…」
「もー!なんでそれで呼べないのよ〜焦れったいなぁ!」
「しゃ、しゃーないやん!?こ、こう…呼ばなって思うと照れてしまうんよ…」
(あぁ、かわいいわ…)
(知輝ちゃん、かわいい)
もじもじと居心地悪そうに人差し指と人差し指をくっ付けては離しを繰り返す知輝は、目の前の友人二人のハートを密かに射止めている事に気付いてはいない。
「ま、呼べないなら数重ねて慣れるしかないわね!」
「まぁ、そうやねんけどな。」
「わたし達ついてるから頑張ろう!」
「ささ!今からGO〜!」
「えっ!今から!?」
時はちょうど昼休み。
知輝は二人に無理矢理席を立たされそのまま手を引かれ背を押され教室を後にした。
「自転車部の後輩くんでしょ?カレシ〜」
「わたしもレースよく見に行くよ!インハイも見に行ったし、あの赤髪の子なんだよね!?」
「う、うん…」
知輝自身、今まで恋心に蓋をしてきた故に自分から公言する事は無かったが鳴子があの調子なので、自転車部から広まり今や周知の関係になっていた。
別に嫌ではない。ただ、どう反応していいのか…くすぐったいのだ。
「お昼休みって、彼何処に居るとか知ってる?」
「あー、心当たりはある。」
「なんだ!じゃあ話が早いじゃない!GO〜!」
友人二人の行動力に関心する。
また二人は、知輝と色恋の話が出来ることが嬉しいようでもあった。
そして、今までそういう事を避けてきた知輝が一体彼氏にどんな顔をして会話をするのか…きっと、見たことの無い表情をするのだろうと興味津々のようだ。
「中庭?」
「あ、いたいた!赤い髪だから目立つね、彼!」
三人は例の中庭に来ていた。
やはりと言うべきか、そこの大きな木下のレンガに鳴子は腰掛け今まさにメロンパンに齧りつこうとしているところだ。
「ほーら!第一声!名前!」
「せ、せやな!うん!せやせや!」
背中を軽く押され知輝は、鳴子の元へと歩を進めた。
メロンパンを頬張る彼は知輝の存在に気付くと笑顔を向ける。
「おー、知輝!どないしたんや?一緒に食うか?」
無邪気に歯を見せて笑う鳴子の目の前に立つ知輝だったが、既にここで大きな間違いがある事に彼女は気付いていない。
というか、本人意識してしまい緊張しているので仕方の無いことなのだが、何故遠くから一発目で決めなかった…これでは余計に名前で呼びにくいだろと、友人二人は頭を抱える。
完全に名前を呼ぶタイミングを失ってしまったにも関わらず、二人に言われた第一声から名を呼ぶを律儀に遂行しようと知輝はモゴモゴと口を動かした。
「しょ、しょしょ…しょ」
(え、なんや?巻島さんのモノマネ???新ギャグか?)
新手のボケか?と流石の鳴子もどう返そうか迷っているとアカン!無理!と一旦鳴子から離れてしまう知輝。
少し離れたところで見守ろうと決めていた二人のうち一人が知輝に歩み寄り、はい!深呼吸〜ヒッヒッフー!それ!ラマーズ法やろ!などと阿呆なやり取りをしている中もう一人が鳴子へ歩み寄った。
「鳴子くん」
「あ、知輝のお友達さんかいな?」
「そう、あのね、知輝ちゃんは鳴子くんの事照れて下の名前で呼べない〜って言ってたの。」
「ああ、なんやそーゆーことか」
こっそり耳打ちされた鳴子は、深く納得。
確かにあの二度を除いて名前で呼ばれた事はないなと、しかしそこまで気にしなくてもいいのに…と、思いながらも先程の知輝の様子を思い返して愛しさが込み上げる。
「知輝!」
鳴子から声を掛けられ、友人とのやりとりを中断して二人は彼へ視線を移す。
「なんも無理して呼ばんでええで!確かに呼んでほしいとは言うたけど、無理してほしいわけちゃうしな」
眩い。
それはもう眩い程の笑顔。
屈託のない笑顔を向けられ、三人は同時に両手で顔を覆った。
(か、彼氏力…!!!)
(知輝ちゃんの彼氏、彼氏力の塊だわ…っ!!!)
(ヤバい、ウチの彼氏、彼氏力高いっ!!!)
総北高校は今日も平和だ。