怪我の功名第二話



‐キーンコーンカーンコーン

昼休みを告げるチャイムが校内に鳴り響く。
顧問の教師が教室を出ていくタイミングで二人の生徒が、勢いよく起立。

「やるで…!!!」
「オウ、負けねえぞ…!」

知輝と田所は両者睨み合い互いに片手を大きく振り上げた。

「「ジャンッケンッポォォオオン!!!!」」

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「くっそぉー!!!負けたわ…あんのクマ尋常じゃない量頼んできよるから負けたないのに…。」

先程の田所との奇天烈行為は、何の事はない昼休み恒例のパシリを決めるジャンケンであった。
故に周りの生徒はまたやってるよ…だとか、今日はどっちが勝つか賭けようぜ!などと周知の事実。
今日は心理戦を重ね六回あいこの後、七回目にして勝敗が着くという前代未聞の熱い展開になった(教室の生徒は固唾を飲んで見守っていた)が、敢え無く知輝が敗北したという訳だ。
とんでもない量のパンや飲み物を抱える知輝はぶつくさ文句を言いながら中庭を突っ切り自分の教室に向かう途中、中庭にある大きな木の下の周回ベンチに腰掛ける赤頭を見付ける。

「鳴子やん!」

目立つ赤色を惜しげも無く太陽に晒しながら、メロンパンを頬張っていた鳴子は声を掛けられた方へ視線を向けた。

「おお!大河センパイやん!」
「アンタ、凄い量やなぁ」

そう言いながら彼の隣へ腰掛ける知輝を黙って鳴子は見ていた。

「センパイこそ…めっちゃ食うな…それ」
「あー!ちゃうで!これは、半分田所のや!」

鳴子は、田所って確かあのクマみたいにでっかいオッサンか…と納得して知輝が持つ大きな紙袋に視線を向けた。

「半分…」

慌てて訂正を入れてはいるが、残り半分でもパンの数は相当な量だ。
下手をすると鳴子が抱えるパンより多いかもしれない。
呆気に取られる鳴子を他所に知輝は、ウチも此処で食べてもええ?と無邪気な顔を向けている。

「カッカッカッ!センパイやっぱメッチャおもろいわ!!」

突然豪快に笑い出す鳴子。
チョコチップメロンパンの封を切りパンにかぶりつこうとしていたところだった知輝は、言われて動きを止めた。

「鳴子の方がおもろいやろ〜」
「ワイか?」
「昨日のレース、メッチャ興奮したわ!」

そう言って、メロンパンにかぶりつく知輝。
パンを頬張りながら昨日のレースを思い出す。記憶に真新しい分、目を閉じると鮮明に思い出されるあの光景。
あの後、耐えて山を登り切った鳴子は先頭を走る今泉に追い付き、ゴール前のスプリント勝負まで持ち込んだ。

「あの追い上げはホンッマ凄かったわ!見とってサブイボ出たもん!!」

結果はどうであれ、知輝の感情を揺さぶるのには充分過ぎる程だ。

「追いつくだけでなく僅差の勝負…アツかった!!手に汗握る言うんは正にあの事言うんやろなぁ!」

語るのに夢中になっていてパンを口に運ぶ事をすっかり忘れている知輝。
昨日のどこがどうだったああだったと途切れる事無くその口から出てくる。
その様子を鳴子は黙って見ていた。

「レースとか勝負って、結果が全てモノを言うんやろうけどな…、ウチは…」

と、そこまで言って知輝は言葉を切った。
次のパンの袋を開けて頬張っていた鳴子は、不思議そうに隣を見る。

「いや…何でもない!今後の活躍期待してるで!ハデにかましてくれるんやろ?」
「モチロンや!!!ワイはまだまだ強なるで!!!」

握り拳を高く挙げる鳴子を横目に知輝は小さくせやろな…と呟いた。

「同じ関西人の好みや、仲良うしたって」
「ん?…言われてみれば関西弁やんけ!?」
「今ぁ…?」

差し出した手のひらを握り返す鳴子は一拍置いて素っ頓狂な返しをする。
呆れる知輝を他所に豪快に笑う鳴子であった。

「大河おっせーぞ!どこで油売ってた!昼休みもう終わっちまうだろうが!」
「すまん田所〜、ちょっとな」

思ったより長話をしていたようで昼休み終了十分前に教室に戻ってきた知輝は、両手の平を顔の前で合わせてごめんねポーズ。
急いで昼食を済ませる田所に小言を聞かされながら隣の席へ着く…が。

「あれ…」

ゴソゴソとポケットや紙袋の中身を何度も確認する知輝。
田所がどうした?と声を掛けると知輝は真っ青な顔を田所に向けた。

「財布…無くした…」

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あれから余った休み時間をフルに使って財布を捜索するも見付からず、途方に暮れる。
しかし、放課後彼女は学校が終われば今日はバイトが入っていた。

「いや…大したモンは入ってないけどもやな…」

強いて言えば数千円分の紙幣と預金カードくらいだ。
このまま見つからなければカードを止めたり再発行したりと面倒な手続き三昧…紛失した損害もだがそちらの手間も痛かった。
しかし、嘆いて目の前に無くしたものが現れる訳でもない。
某国民的キャラクターが使う秘密道具の一つ『なくし物取り寄せ機』が今どれ程知輝にとって欲しいものである事か…。
今はとりあえず、寒咲サイクルショップへ行かねばならない。
知輝は、重い足取りで店へ向かった。

「財布を無くした!?…お、おう…それは、気の毒だな…」
「あぁ、ええんです寒咲さん…ウチの不注意が原因ですから…」

そう言いながら、在庫を店に出す知輝を横目に寒咲は苦笑いを零す。
最近財布変えたって俺に見せてきたもんな…と、寒咲は数週間前の知輝の様子を思い出していた。

「大河、一旦休憩行っていいぞ」

普段知輝は、在庫管理やレジ対応、部品の発注などを業務中熟しているが、今日はいつもより利用客が多い為、簡単な修理なども請け負っていた。
電動空気入れを使い、タイヤに空気を入れ終えた所で寒咲から声が掛かる。

「了解です!」
「それと、ほら」

休憩を取るため事務所に移動しようとした知輝に、寒咲はあるものを投げて寄越した。
それを慌てて受け取る知輝。

「コーヒーでも飲んで休め」

手の中にあるのは、甘めの缶コーヒー。
いつの間に買ってきたのだろうかその缶はほんのり温かい。
財布を無くして塞ぎ込んでいたからだろうか、気を使わせてしまった。
そう思うも、知輝は嬉しく思い有難く頂戴する事にする。

「寒咲さん、おおきに!」

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「お疲れさん」
「今日は、そこそこ忙しかったですね」

店に残った最後の客の会計を済ませたところで定時が過ぎた。
知輝はレジ金を数える為、コインカウンターを棚から出してレジの中身を乗せていく。
寒咲はその間、店の前に並べた自転車を店内に移す作業に取り掛かろうと外へ出た。
と、直ぐに店内に戻ってきた寒咲が知輝に声を掛ける。

「大河、それ数え終わったら上がっていいぞ。お客さんだ。」
「…はい?ウチに…ですか?」

知輝の問い掛けに、意味深に笑うだけで何も返さない寒咲。
えっ、誰やろ…と、考えてみるも思い当たる人物は居ない。
早急に金銭を数え、作業用のエプロンを取りながら寒咲に挨拶をし、知輝は更衣室に急ぐ。
お疲れ様でした!と、バタバタ忙しなく店を出ていく知輝の後ろ姿をカウンターから頬杖を突きながら眺める寒咲は、青春だねぇ…と一言零した。

「えっ!鳴子!?」
「センパイ、お疲れさん!」

待たせてはいけないと慌てて店を出てきたら待っている人物は、昼休み話した鳴子だった。

「えっ、どーしたん!?」
「いや、今日も見学来ると思ってたからその時でええやって思ってたんやけどな」

そう言いながら鳴子は自分の鞄をゴソゴソ漁り出す。
その様子を訳が分からず見つめる知輝だったが、やがて見慣れた物がその鞄から出てきた。

「主将さんに勤務先聞いてな。コレ、届けに来た。センパイのやろ?」
「それ!!!どこで見つけたん!?」

鳴子の手の中にあるそれを見て、知輝は興奮気味に食い付く。
彼の手に握られたそれは、知輝が探していた財布だった。

「昼休みセンパイ教室戻った後にな、センパイ座ってた場所に落ちとったで」
「あああああありがとう!!!」

鳴子の手ごと財布を掴む知輝。
知輝の勢いに押され鳴子は瞠若するも、直ぐに目を細める。

「良かった良かった!」
「お礼する神か!アンタ神か!お礼するわ!!」

財布ごとブンブン鳴子の手を掴んで振る知輝を取り敢えず落ち着かせる。

「無くさんように鞄の中入れとき」
「あ、せやな!そうするわ!」

そう言われ、自分の鞄に財布を仕舞う知輝。
しっかり、鞄に入れた事を確認すると、バッとまた鳴子に顔を向ける。

「何がいいかな!?」

それを聞いた鳴子は、あっ、まだ生きとったんやなその話…と苦笑いを零した。
気を逸らしてそのままになればそれはそれでと思っていたのだが、知輝は引く様子はない。

「ほな、次の給料入ったら、お好み焼き奢ってくれや」

ニカッと歯を見せて笑う鳴子を前に、お安い御用や!と言葉を返した。