彼女に纏わるetc.第三話



総北高校には”猛虎”が出る…なんて噂がある。
その正体は、大河 知輝自身だった。
何故そんな異名が彼女に付いたのか…、それは彼女が過去に他校と大乱闘を起こした事が決定打であった。
その乱闘以外でも、他校の生徒との小競り合いはちょこちょこあったくらいだ。
彼女の見た目も相まってその噂はあっという間に広がり、総北では知らぬ者は居ないどころか、他校でもちょっとした有名人になっていた。
それ故、一部の生徒以外は彼女と関わろうとしない。
教師ですら、彼女を煙たがる始末。

「まぁ、見た目ってやっぱ…、色々関係するよな。………ウチの場合、見た目だけじゃないか。」

当然の様にその噂は、本人の耳にも届いていた。
かと言って、髪を黒くしたり校則を守ったりイイ子チャンを演じるつもりは更々無い。
どの道を選んでも、彼女にとっては息苦しい。
であるならば、自由を選ぶのが大河 知輝という人間だった。
それに、彼女は完全に孤独と言う訳では無い。
自転車を通して繋がれる仲間が居ると言う事実は、彼女の心を救っていた。
燻る思いはあれど、充実した学園生活を送れていると本人は思っている。
しかしながら問題も少なくは無かった。

「よぉ、総北の”猛虎”さん。」
「アンタら、何やの。」
「いやぁ、調子乗ったアマに態々お灸を据えに来たわけよ。」

校門前で、他校の男子数名が待ち伏せしていたのか下校中の知輝を見付けると数名で彼女を軽く囲う様にした。

(この制服…、あぁ、いつぞやボコしたとこのと同じや。)

場慣れしている為、動揺を一切見せない彼女に相手は、余計苛立ちを覚える。
いつ掴み掛かってこられても対応出来る様に臨戦態勢に軽く入るも、場所が悪かった。
こんな場所で乱闘なんて起こしてみようものなら、停学は免れない。
ただでさえ彼女は教師から目を付けられてしまっている。最悪退学にもなりかねない。
それを分かっていて、目の前の男達は敢えてこんな場所で声を掛けたのだろう。

「制服のリボンなんて手に巻いちゃってさ。校則は守らなきゃ…だろ?」
「ちょ、やめ…」
「アンタら何やってんすか!!!!」

一人の男の手が知輝の手に触れようとした瞬間、校舎側から怒号に近い声が響いた。
そして、何者かがすかさず男達と知輝との間に割って入る。

「女の子一人に、男が寄って集って何やってんすか…」

男達との間に伸ばされた腕が知輝の視界に入る。
それを辿っていくと、彼女を庇う様にして立っている鳴子の背中があった。
険しい顔を男達に向ける鳴子に、彼等は鼻で笑ってみせた。

「何このチビ。」
「誰がチビや!!!!!」
「かぁっこいいね〜、物語の王子様みてぇだわ。」

男達の馬鹿にした口調にまず耐えられなくなったのは知輝の方だった。
知輝が身を乗り出そうとするのを背中で感じ取った鳴子は、身体をずらして彼女の目の前に立つ。
そして鳴子は、伸ばしていた手とは逆の手を後ろに回し、親指を立てた。
その親指で自分の背中をトントンと突いて見せる。
まるで、ここは任せておけとでも言う様に…

「えーなに?チビちゃんが相手してくれんの?」
「でもこいつ弱そうだぜ?」
「アンタらこそ、こんな場所でしか喧嘩売れんとかそれこそ弱者でしょ。」

言いたい放題な相手に怯む素振りを全く見せない鳴子は、ハンッと鼻で笑う。
その様子に腹を立てた一人が、鳴子の胸倉を掴んで殴りかかろうとした。

「お前ら!!!!何してる!!!!」
「げっやべ、センコーかよ!」

絶妙なタイミングで現れた教師を見ると、男達は尻尾を巻いて逃げていった。
息を吐いて伸びた制服の胸元を正す鳴子と、只管呆気に取られる知輝。
喧嘩を止めに入った教師は、知輝の存在に気付くと眉根を寄せた。

「大河、またお前か。職員室に来い。」
「は、え…、ちょっ」

知輝の腕を鷲掴んでそのまま職員室まで有無を言わさず連れて行こうとする教師の腕を、今度は鳴子が掴む。

「待ってください。彼女は何も問題起こしてないですよ先生。ワイが証人です。」
「何だお前。一年か…その髪色校則違反だぞ。」

次までにその髪戻しとけとだけ吐き捨てて校舎に戻っていく教師。
その後ろ姿に思いっきりあっかんべーをかます鳴子だったが、知輝の表情は浮かない。

「ごめん。ウチの所為で鳴子まで先生に目付けられてしまったな…」
「ま、目立つモンの宿命やろ!気にせんでええ。」

そう言いながら八重歯を見せて笑う鳴子の表情は、これっぽっちも気にした様子は無かった。

「…おおきにね」

頭の後ろで手を組んで歩き出す彼の背中に小さく呟かれたその言葉は、はたして鳴子の耳に入っているのか…
鳴子は、あ、せや!と何かを思い出した様な声を出してバッと大きく知輝の方を振り返った。

「センパイこの後どーですか?ワイ、今日は部活無いんで、ちょっと茶でもしばきに!」
「奇遇やな、ウチも今日はバイト無いんよ!」
「んじゃワイ、ロード取ってくるわ!」

そう言いながら、部室の方向まで駆けていく鳴子の背中を知輝は、微笑ましく見ていた。

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「ウチ、さくらストロベリーピンクミルクラテエキストラホイップで」
「えっ、何、呪文?」
「鳴子こういう所来んの初めて?」

カウンターで注文を述べる知輝をポカンと口を開けて見ていた鳴子は、キョロキョロと挙動不審だ。
その様子にふふ…と声を漏らす知輝。

「どうする?ウチと同じの飲んでみる?」
「いや!オトコは黙ってコーヒーやろ!」

勿論ブラックで!と、胸を張る鳴子に笑って知輝は、鳴子の分も店員に注文した。

「次の部活の大きなイベントは、来月の合宿やね」
「強化合宿燃えるわ!!!」

テーブルに向かい合う様に座った二人は、会話を楽しんでいた。
苦いブラックのコーヒーを顔を顰めながら飲むとすぐにサンドイッチに手を出す鳴子を知輝は、微笑ましく思う。

「ウチ、機材運んだりまた手伝いに行くから」
「あれなん?合宿結構キツイって聞いたけどホンマなん?」
「詳しくは金城から口止めされてるから言われへんけど、キッツイで〜?頑張りや」
「カッカッカ!何でもきたらええわ!どの道それ乗り越えんかったらインハイなんて出られへんやろし!」

知輝は、それは頼もしいと呟いて、マグカップに口を付ける。

「そお言えば、センパイってロード乗らんの?」
「あ、あー、ウチ乗られへんねん。何度か寒咲さんとこのロード借りてチャレンジしたけど中々乗れるようにならんくてなぁ」
「よう聞くなそういうの。ワイも慣れるまで苦労した記憶あるわ」
「でも、見てるだけでもワクワクするからええかなって思ってるよ!」

カップをソーサーに置いて、窓の外を眺める知輝。

「今年こそは、インターハイ…総合優勝取れるとええな」

総北高校は、自転車強豪校ではあるもののインターハイという頂を未だ嘗て取ったことが無い。
部員達が掲げる夢は同時に彼女の夢でもあった。

「取るで。」

窓越しに空を眺める知輝に、静かな声が耳を撫でる。
視線を目の前の彼に戻してみると真剣な顔を向けていた。

「今年はワイがおる。取るに決まっとるやろ!」
「そぉやな。期待してるで?」
「おう!しろしろ!!ド派手に活躍したるさかい!」

知輝は、この時何故だか本当に彼が活躍するであろう事を、疑っていなかった。
鳴子ならきっと何かやってくれる…と、根拠の無い自信が彼女の中にあったからだ。

「センパイ、ほんまロード好きなんやなぁ」
「そらなぁ!あんな見ててもワクワクするスポーツ他に無いわ!」

ロードを語る彼女の表情は、本当に楽しそうに鳴子の目に映っている。

「キッカケって何やったん?」
「お、聞く?それ、聞いちゃう?」

何が彼女をそこまで夢中にさせるのか、鳴子は気になった。
ロードを通して何を見ているのか…その先を。

「大阪におった時にな、めっちゃ頑張ってる子がおったんよ」
「ほぉ?」
「いっつもレースとかで負けてたわ。ウチ、オトンに連れてってもろてレース何回か見に行ったんやけど、必ずその子出ててなぁ…、でも、苦々しい結果しか出せてなかった」
「…。」
「でも、段々順位上がっててさ!その子が表彰台上った時はほんま感動してなぁそれからすっかりロードの世界の深さにドップリ!」

ちゃんと喋ったことは無かったんやけどねと苦笑いを零す知輝。

「あの子、今でもロード続けてたらええなぁ…」
「続けてるやろきっと」
「そうかな!?せやったらええな!」

火傷する程熱かったコーヒーは、程よい温度になっていた。
鳴子はそれを一気に喉に流し込む。

(そうか、そうやったんやな。)

しかし、今度はその苦味に顔を顰めることは無かった。