二の足を踏む第五話



「あー…」

登校して、校内に入る為に外靴を上履きに履き替える為、自身の下駄箱を開けた知輝は、中に見慣れぬ便箋が入っている事を確認し、何とも言えぬ声を上げる。
飾り気のない薄桃色の便箋…、つまりは中を開けずとも内容は大体予想のつくものだ。

「なになにそれー!?」

その便箋を手に教室に入ると、クラスメートである友人が物珍しそうに声を掛けてきた。
知輝は、自分の机に鞄を置いて席に着く。

「下駄箱に入ってた…」
「ふーーーん。」
「な、なんよー」
「知輝ちゃんも隅に置けないわね〜」

友人に肘で小突かれるも本人は浮かない顔をしている。

「知輝ちゃん?」
「あ、いや!何でもない!」

顔を覗き込まれて慌てて取り繕う知輝は、はははと乾いた笑いを零す。
授業中にこっそり中身を確認すると、案の定今日の放課後の呼び出しだった。

(気が重いなぁ…)

差出人の名前を見ても、知輝と面識のある人物では無さそうだ。
授業など早く終われといつも思う彼女が、この日ばかりは終わらないでくれと願う程だった。

「やーっぱ、何度読んでも知らんなぁ…」

昼休み、中庭の木の下にあるベンチに腰掛けながら昼食を摂る知輝は、弁当を頬張りながら朝の手紙にもう一度目を通していた。
手紙にはこう綴られている。
“大河 知輝さんが好きです。
勝手かとは思いますが、直接お伝えもしたいので、放課後校舎裏に来てください。”

「喋ったこともない相手を…好きになるとか、あるんやろか。」

世には、“一目惚れ”という言葉が存在するくらいなのだから、あるのだろう。
しかし、彼女の見た目や素行でそれがあるのかどうかは甚だ考えにくかった。

「はぁ…」
「なーんや、溜息なんか吐いて!」

膝の上に置かれた弁当を見詰めていた知輝の視界に突然鳴子の顔が現れる。
その事に声を上げて驚く知輝。

「スマンスマン、そんな吃驚するとは思わんかったわ!」

カッカッカッと、笑いながら隣に腰掛ける鳴子は購買で買ったであろうパンの入った紙袋に手を突っ込んで漁り出す。

「…心臓止まるかと思ったわ。」
「そら大事やわ!」

紙袋から目当てのパンを取り出し封を切りながら鳴子が問い掛ける。

「んで?何か悩み事かいな?ワイで良ければ話聞くで?」
「あー…実は…」

じっと知輝の次の言葉を待つ鳴子。
言いにくそうに頬を掻く彼女はやがて話し出す。

「ウチ、成績上がらんくて…困ってるんよね…」
「あー!アカン!そればっかりはワイ、力になられへんわ!聞かんかった事にしよ!」

そうしよ!そう続けた後に、メロンパンにかぶりつく鳴子。
知輝は、その様子を見て、ふふ…と目尻を下げた。

「なんか、頑張れそうやわ!おおきにね!」
「ワイ、何もしとらんがなー!」

彼の明るさに触れて、少し心が軽くなったのは事実。
昼休みは、暫く談笑しながら昼食を二人で摂った。

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「大河 知輝さんが、好きです。付き合って下さい!」

時の流れとは残酷で、どれだけ願っても時は経ってしまう。
しかし、無視して放っておく事も出来ずHRを終えた後、指定された場所まで知輝は出向いていた。
これなら、告白を装った潰し行為の方がマシだとも思える程…
実際会ってもやはり、面識の無い人物だった。
恐らく同じ学年であろう物腰の柔らかな、男性。
彼は真っ直ぐ知輝を見据えて返事を待つ。

「あー…、あのな…、ゴメンやけど応えられへんわ。」

そこかしこに目を泳がせていた知輝は、やがてバツの悪そうに申し出を断る。
相手の顔をまともに見れず、足元の砂利を見詰めていた。

「そっか…、どうして…?」
「…ウチ、不良やで?変な事に巻き込まれたり、するよ…?」

そう言われ、何も返せなくなってしまう相手を見て、せやからやめときと知輝は言う。
どこか、その表情は寂しそうでもあった。

(昼間のアレは…、そういう事か…)

知輝とその生徒が場を去った後、校舎に寄り掛かる鳴子の姿があった。
盗み見るつもりはなかったのだが、反射的に校舎に身を隠してしまった事に後悔をする。

(バツが悪い…)

鳴子がそう思うには、もう一つ理由があった。
知輝が告白に応じなかった事を、心の底で良かったと思ってしまう自分が居たからだ。
鳴子自身、彼女に惹かれている事は自覚している。

「ああ〜〜〜〜!!!」

突然大声を上げる鳴子に、たまたま通り掛かった生徒が驚く。
鳴子は気にした様子も無く、自身の頭をガシガシ掻いた。

(ウジウジ考えて…、アホくさ。)

今は、特定の誰かとお付き合いをしていないという事実だけで十分だ。
そう言い聞かせて、自転車部の部室に向かった。

「鳴子!遅いやん!」

扉を開けると、中には田所と楽しそうに談笑する知輝の姿があった。
部室に入ってきた鳴子に気付いた彼女が、彼に声を掛ける。
そろそろ始まるから急いで準備しーや!と、いつもと何も変わらない彼女がそこに居た。
今日はメンバーが決まって本格的なインターハイに向けての練習になる。
メニューは今までよりもハードになっていた。
練習開始の時間になり、ローラーに乗ってウォーミングアップをしていた部員達はそれぞれ決められたメニューを熟す。
知輝が見学する日はいつも、見学と謳ってはいるものの、殆どマネージャー業務の手伝いがメインだ。
部員がメニューを熟している間に、ドリンクやタオルの準備を手伝っていた。

「幹ちゃん、これこっちでええ?」
「はい!知輝さん、それはそっちで…あっ、それこちらに貰います!」
「はいな〜!」

ああでもないこうでもないと談笑する。
和気藹々と二人で走りに行った部員を待ちながら準備をしていると、ふと幹が口を開いた。

「知輝さん、鳴子君と仲良いですよね!」
「ん?まぁ、同じ関西人やし、気が合うからなぁ!」
「それだけ、ですか?」
「んえ?他に、何かあんの?」

意味深な幹の問いかけにキョトンとする知輝。
次の言葉を幹が言おうと口を開いた所で、田所が血相を変えて戻ってきた。

「鳴子が落車した!」

聞いて、弾かれるように動く知輝。

「状態は!?」
「とりあえず、膝怪我して出血が酷い。後続の金城に任せて先にオレだけ戻ってきた。」
「わかった、とりあえず戻ってきたら応急処置するわ。アンタは練習に戻り。」
「おう、頼んだ」

田所を送り出した知輝は、すぐに部室まで救急箱を取りに行く。

「幹ちゃんは、そのまま通常通り他の部員の対応お願い!」
「はい!」

部活中に落車なんて事はよくある事だ。
慣れているのか、驚くほどテキパキと準備を進める知輝を見て、幹は感心していた。
タオルを濡らしに水道まで駆けていく知輝。
濡らし終わった辺りで、金城と一緒に鳴子が帰ってきた。
直ぐに二人に駆け寄る。

「金城、お疲れ。後、引き受けるわ。」
「大河、すまん。頼んだ。」

その様子に慌てて幹が駆け寄って、鳴子のロードを受け取った。

「鳴子、歩けるか?肩貸すで」

聞いていた通り、出血が酷い。
知輝は、ひょこひょこ歩く鳴子の腕を肩に抱いて、部室まで移動した。

「ハデにやったな…、こういうハデさは心臓に悪いねんけど?」
「いやぁ…ハハハ」
「とりあえず、足出して」

鳴子を部室のベンチに座らせ、救急箱から消毒液を出す。
濡らしたタオルで傷口の汚れと血を拭き取り、綿ガーゼに持ち替える。

「染みると思うけど、我慢してや」

少しずつガーゼに消毒液を染み込ませ、傷口に当てる。
染みたのか、ぴくりと反応する鳴子。
救急箱から別のガーゼを取り出し傷口に宛てがった。
サージカルテープで仮止めをし、包帯を巻いていく。
その手際の良さは圧巻。

「一応の処置やから、部活終わったらちゃあんと病院行きや!」

はい、おしまい!そう言いながら知輝は、ぺしっと包帯の巻かれた鳴子の足を軽く叩く。

「なぁ…」

綺麗に巻かれた包帯を見て鳴子が口を開く。
知輝は、余った包帯を救急箱に直している最中だった。

「センパイ…、誰にでもそうなん…?」
「え?」

言われ、鳴子を見上げた。
そして、彼の様子が昼間と違う事に初めて気付く。

「え、なん…」

彼がどうしてそんな事を言い出したのか、そして言葉の真意が見えない事に知輝は心底混乱する。
どう返そうか…返すべきか考えあぐねていると鳴子が口を開いた。

「スマン。変な事聞いた。忘れてくれ。」

手当て、おおきに。助かったわ。
そう言って立ち上がり、部室を出ていく彼の背中を知輝は黙って見詰める事しか出来ないでいた。

「…みんなして…、なんなん…」

彼が出ていった後の扉を見ながら、知輝は巻かれたリボンの上から手首をぎゅっと掴んだ。