君の瞳の色は第六話



「おはよ、知輝ちゃん!」
「おっはよ〜」

教室に入るとクラスメートが二人駆け寄ってくる。
二人に挨拶を交わす知輝は、自分の机に座った。

「昨日のラブレター…どうしたの?」
「あぁ、あれな…、断ったんよ。ぜーんぜん知らん人やったから」
「そうなんだ…」

残念そうにする友人に苦笑いを零す知輝。
しかし、知輝の脳内は、告白をしてきた相手より昨日の鳴子の様子の方が大半を占めている。
目の前では友人が昨日のドラマの話で盛り上がっているが、到底会話に入る気にはなれずにいた。

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「昼休み、よう会うな」

最早、中庭の木の下のベンチはお決まりの場所になっている。
そこに腰掛けこれまたお決まりのメロンパンに噛り付いていた鳴子を見付け、声を掛けた知輝は、隣に腰を下ろしてお弁当の包みを解いた。

「病院、ちゃんと行った?」
「おう!医者ビビっとったわ、処置がカンペキでこれなら傷も残らんやろて!センパイのおかげやな!」

骨とかにも異常なしやで!そう言いながらブイサインを見せる鳴子。
大事に至らなくて良かったと、知輝はほっと胸を撫で下ろした。

「今日も弁当かいな?最近田所のオッサンとのパシリじゃんけんしてへんの?」
「アホ抜かせ、今日は勝ったわ!」

今度は知輝が、ブイサインを見せる。
しかし、鳴子は違和感を覚えた。
何が違うかは明確に分からないが、彼女の様子がいつもと違う。
鳴子は、小首を傾げるも気のせいかと落ち着けた。

「んじゃ、ワイともじゃんけんしようや!」
「何買いに行かせるつもりや〜?」
「ワイが勝ったら、玉子焼きもらうわ!」

知輝は少し考えてから、それに応じた。
合意を得た鳴子は、両手を組んで回転させ、手の中を覗き込む様にする。
しばしの沈黙の後で徐ろに一言、見えたッ!
何が見えたというのだろう、組んだ手を崩した鳴子は高らかに掛け声を叫んだ。

「えっ、鳴子じゃんけん強ない?」
「ワイ、センパイの出す手読めるから!」

予言めいた事を言った後、知輝の弁当箱から玉子焼きをひょいと摘んで持ち上げ、それをぱくっと一口で頬張って咀嚼する。

「ウマッ!白だしや〜これ!まさかとは思うけど、センパイが作ったん!?」
「ま、まぁ…」
「は〜!!凄いな!もいっこもらい!」
「あーーーー!!!いっこまでやって!!!」
「カタイ事言いっこなしや!」

二つ目の玉子焼きを美味しそうに頬張る鳴子。
知輝は、横目でその様子を見た後、自分の弁当箱に視線を落とした。

「そんな落ち込まんでもええやんか〜!…あぁ、そや!」

鳴子は、自分のポケットをゴソゴソと漁りだすと、目当ての物を取り出し知輝に差し出した。

「これで、勘弁してや!」

鳴子は、手のひらを上にして握った拳を彼女の眼の前で開いた。
彼の手のひらには、袋に入った飴玉が一つ乗っている。
無邪気な笑顔を向けられて、知輝は思わず目を逸らした。

(あぁ、…違和感の正体、わかったわ。)

そして今日、彼女と一度も目が合っていない事に気付く。
普通に会話はすれど、どこか余所余所しい。
近かった距離が遠のいた感覚だった。

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「いやいや、なんでなん!?」

あれから数日。
あの日だけ調子が悪かったのかとか、あの日は落ち込んでたからだとか考えられるものはあれど、数日経った今でも彼女とは一切目が合わない。
変に避けられているわけでも無く、会話はしてくれるものの、やはりどこか他所他所しい。
これはきっと、鳴子しか気付いていない変化だった。

「考えられる原因は…」

ひとつしかない。

「絶対あれやん。ワイ、アホな事言うたなぁ〜…」

先日の部室でのやり取りを思い返して、肩を落とす。
あの日はどうかしていた。
ガシガシと頭を大袈裟に掻きながら廊下を歩く鳴子は、教室に戻るため角を曲がる。

「うひゃい!」
「わ…と、スマンやで!」

曲がった所で生徒とぶつかり、相手がよろめいて手に持っていた教科書を廊下にぶちまけてしまう。
ぶちまけた教科書を慌てて拾うのを見て鳴子も手伝う為にしゃがみ込んだところで相手が見知った人物だと気付いた。

「て、小野田くんかいな!」
「あ、鳴子くん!ボク余所見してて…ごめん!」
「あー、いやいや、今のはワイが悪かったわ。」

二人で廊下に散らばった教科書を拾う。
教科書に混じってカプセルトイのフィギュアが転がっているのを見て、相変わらず好きやな、と苦笑いした。

「ほい、これで全部やろ!」
「ありがとう!鳴子くん!」

教科書を抱え直し、フィギュアを受け取った小野田を見て、不意に鳴子が口を開く。

「…小野田くんは…、好きなもんに対してこのまま好きでおってええんかとか、疑問に思った事って…あるか…?」
「え?」

小野田の手の中にあるフィギュアを注視する鳴子。
突拍子もない質問にも関わらず、小野田は律儀に返した。

「…うーん。ボクの場合、周りの人の目が気になったりはするけど、好きな物事に対してこのままでいいのかな、とかそんな事は思わないかな!どんなに自分を騙しても、好きなものは結局好きなんだと思うし。」

フィギュアを見つめながら、少し恥ずかしそうに人差し指で頬を掻く小野田。
本人は何気なく言ったであろう小野田のその言葉は、鳴子に大きく響いた。

「カーッカッカ!!!そうやな、ウジウジすんのは、ガラじゃないな!」

そう言って、自身の両頬をバシッと手のひらで叩く鳴子は、幾分か晴れやかな表情になっていた。

「男ならうだうだせんで、行動あるのみやったわ。お陰で目が覚めた!小野田くん、おおきにな!」

そう言い残し、廊下を駆けていく彼を、小野田は穏やかな気持ちで見送るのだった。

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「今日の練習は、ここまで。」

メニューボードを手に持った金城が、部員に解散の合図を送る。
挨拶を済ませた部員たちが、着替えに部室に戻っていく中、鳴子が知輝に近寄り耳打ちをする。

「この後、時間くれへんか?」
「え?…ええけど…」
「ほな、すぐ着替えてくるで、センパイは中庭で待っとって」

そうとだけ告げて部室へ消える鳴子。
知輝は、言われた場所へ移動する。
昼休みに良く会うあの場所に。
ベンチに腰掛け、彼を待った。

「空が…赤い。」

日没を迎えようとした空が鮮やかな朱色を彩っている。
空を見上げた知輝は、彼の髪の色を思い出していた。

「もう、夏やな」

生ぬるい風が、木々の合間を縫って吹き抜けるとザワザワと音が鳴った。
その音と一緒に遠くから違う音が聞こえだす。
それは、大股な彼が出す砂を踏み分ける音。
近付いてくるその音に目を向けると、夕陽に照らされた赤が目に飛び込んできた。
その赤を、綺麗だなと素直に思う。そして、それと同時に…

「センパイ、お待たせ」

穏やかな笑顔を向けられ咄嗟に顔を逸らしてしまう知輝。
その様子に鳴子は眉を下げた。

「あんな、話があるんや。」

知輝の隣に腰掛けた鳴子が、空を仰ぐ。

「ほ、ほなら!何か飲み物、買ってくるわ!」

鳴子の一言に逃げるかの様に立ち上がる知輝の腕を掴んでそれを阻止する。
彼の手のひらが、熱い。

「ワイ、何か嫌われる事…したか?」
「ちがっ、…ちゃうねん。そうじゃない。」
「ワイ、センパイが好きや。」

一瞬、心臓を掴まれる様な感覚を覚え、知輝は息をするのも忘れてしまう。
真剣な鳴子が、あの日の部室での彼と重なった。

「センパイ、結構ガチめにワイと付き合ってくれへんか?」

彼のいつもより少しだけ低い声が、知輝の耳を撫でる。
しかし、彼女は足元を見据えるだけで顔を上げない。

「ゴメン…、応えられへん。」

俯きがちなその表情は前髪に隠れてしまって確認出来ないが、鳴子にはどんな顔をしているのか容易に想像出来た。

「この間、ワイが変な事言うたんが原因か?」
「あれは、気にしてへんよ…。そうじゃなくて、応える事が、出来ん。」
「自分が不良やからとかそんな理由ならワイ、引かへんで。」

真剣な眼差しを肌で感じ戸惑う知輝。
その真剣さは、彼女からはぐすという方法を完全

「ウチな…、もう恋はせんって決めてん…」

ゆっくりと開かれた唇。
今まで信頼できる極僅かの人物にしか知らされていない事実を、目の前の鳴子に告げる。

「理由は何や!!!」

しかし、鳴子も鳴子で訳を知らずに引き下がる事は出来ずにいた。
そんな軽い気持ちでは無い。

「どんな理由であれ、ワイが笑い飛ばしたる!せやから…」

ワイと付き合うてぇや
その言葉は、知輝の何とも言えない切ない笑顔を見て喉の奥につっかえる。

「笑えない理由やから、もう恋はせんって決めたんよ。」

あの日以来全く交わる事の無かった視線がかち合った。
久しくその瞳の色を見ていない様な感覚に陥る鳴子。
しかし、その瞳の色は、とても悲しい色をしていた。
そして、すぐにその視線は外され、彼女はリボンの巻かれた右手首を撫ぜる。
鳴子は握り拳を作って、黙り込んだ。
もうこれ以上言う事の無い知輝は、その場を去ろうと踵を翻したが、その背に向かって鳴子は叫ぶ。

「ワイ、諦めへんで!!!いつか、そんなん気にならんくらい好きにさしたる!!!!」

その言葉に驚いて振り返ったが、見えたのは逆方向に走り去る鳴子の背中だけだった。