タイガーランペイジ第八話



「どぉも〜。自転車部の見学に参りました〜。」

明らかに見学に来た様子ではない男子数名が、部活の準備を始める部員達に投げ掛ける。

「わぁ、ひょっろい自転車…クソだっせ…」

馬鹿にするような態度と、この時期も相俟って真面目な見学でない事に部員の何人かはすぐに気付いた。

「俺たちさ〜、赤頭の生徒に用があんの。いるでしょ?ここに呼んできてよ。」

男たちの一言を聞いて即座にその場で動いたのは杉元だった。
他の部員に既に練習に出てしまった鳴子と三年を呼ぶように指示を出し、自分は男たちに近付いていく。

「き、君たち中学生…かい?いやぁ、分からないことがあったら何でもボクに聞くといいよ!なんたってボクは経験者だからね!」
「は?なにこいつ…うっぜー」

杉元も当然目の前の男たちが中学生でない事は百も承知だ。
場をなるべく穏便に済ませる為に脳内をフル回転させて言葉を選んでいく。

「見学ならまずは主将に…」
「めんどくせぇな。俺たちが本当に見学に来てると思ってんの?んなわけねぇじゃん」

言われ、杉元の顎に汗が伝う。
先程指示を出した部員は先行する先輩に追い付いただろうか。
その場に居る部員はオロオロと不安そうに見ている。

「俺たちさー、実はここの赤頭に前邪魔されてさー、ムカついたから嫌がらせしてやろうと思ってよ」

埒が明かないと考えたのか男の一人が面倒くさそうに頭を掻きながら口を開いた。

「調べたらチャリ部だっつーじゃん。しかもでっかい大会あんだろ?そのメンバーなんだってな赤頭クン。」
「そこで問題デース。大事な大会前に他校と乱闘起こしたらどうなりますかー?」

言われ、杉元は肌がザワつくのを覚える。
実にマズい。
それだけは避けねばならない事は誰にでも理解出来た。

「それが狙いな訳、俺ら。」

ニタリと下卑た笑みを称えながら、男は杉元に歩み寄る。
杉元が後ずさるより前に男は彼の胸倉を掴み引き上げると顔面に重い拳をお見舞いした。
衝撃で後ろに尻餅を突く杉元。
切った口の端を拳で拭って只管他の誰かが来るのを待った。

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「どぉだ、鳴子、仕上がりは!」
「バッチリですわ!何やったら今すぐオッサンぶち抜いたってもええんですよ〜?」
「ガハハ!減らねぇ口だな!!!」

同じスプリンターどうし、田所と鳴子は同じメニューに当てられることが多く、よく二人で張り合う風景は珍しくもない。
少し前を先行する金城と今泉は後ろでがちゃがちゃ騒ぐ二人のやり取りを背に溜息を吐いた。
しかし、そんな日常風景は一変する。

「主将!!!!」

後続から慌てて別の部員が血相を変えてロードを走らせて来たのを確認した金城が停車する。釣られて今泉も停車。
ただ事でない様子に鳴子と田所も一度ロードを降りた。

「どうした。そんなに慌てて。」
「主将!大変です!今、他校の生徒が!」

ただの見学でない事は目の前の男の慌てぶりから察知出来る。
金城は詳しく話を聞くと、鳴子はすべてを聞く前にロードを走らせてしまった。
その後を反射的に田所が追う。

「まずいな…。」

すべてを聞いた金城はそう呟いた後、全力でロードを走らせた部員に今泉を付け、自分も学校に向けてロードを走らせた。

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「なんやねん…これ」

鳴子が到着した頃には杉元と他数名が地面に伏している傍らに立て掛けてあった筈のロードがいくつも倒れている。
場は惨事と化していた。

「お、目当ての赤頭クンじゃーん!おっひさ〜」

杉元たちとは対照的に無傷の男たち。
鳴子はカッと頭に血が上るのを感じ、男に飛び掛ろうとする。
しかし、それは後を追ってきた田所の手により叶わない。
鳴子の肩をしっかり掴む田所の手がそれを許さなかった。

「オッサン!!!離して下さい!!!アイツら許されへん!!!」
「やめろ!!!他校と暴力沙汰を起こしましただなんてオレたちゃ、インハイに出れなくなるぞ!!!」
「せやけど!!!!」

黙ってやられろ言うんですか。
そう続くはずの言葉は、田所の目を見て喉をつっかえた。
鳴子の肩を掴む田所の手には力が入っている。
当然だ。頭に来ていない筈がない。
痛いぐらい掴まれる己の肩だったが、鳴子はその痛みで幾分か冷静さを取り戻していた。

「あれ?殴ってこないわけ?」
「できるわけねーって!」
「それもそうか!」
「じゃあ、そっちのでっかい兄ちゃんと一緒にオレらのサンドバッグになってくれや」

男たちがじりじりと鳴子と田所に近付こうとしたその瞬間。

「アンタら何しとんねん!!!!」

怒号が響いたかと思えば、男の一人が近くの生垣まで吹っ飛ぶ。
男を吹っ飛ばした人物は、ジャッと砂を踏みしめ着地すると金色の髪をふわりと靡かせた。
見覚えのある金色の髪。知輝だ。
どうやら、知輝が繰り出した飛び蹴りが見事に男にヒットしたようだった。
突然の事で田所は状況を飲めない様だったが、鳴子はいち早く状況を理解する。

「センパイ!!!」

すぐに知輝だと気付いて駆け寄ろうとするも、彼女自身の口から静止を食らう。

「アカン、絶対手出さんといてや。」

彼女の声のトーンはいつもより低い。
いつかの状況とは逆で、男たちと鳴子の間に知輝は立っていた。

「よりにもよって、自転車部に手を出すとは…アンタらほんま、ウチを敵に回した事後悔させたる。…次、どいつや。」

睨みを利かすと男たちが一瞬後退りをする。
その様を首の骨を鳴らしながらただ見ている知輝だったが口を開いた。

「面倒や。いっぺんにかかってき。」

女に舐められた口をきかれて腹を立てたのか、纏めて飛び掛ってくる他校の生徒たち。
その場に居た意識のある部員たちは息を飲んだ。
もはや、状況を目で追うので精一杯の彼らはしかし、知輝が“猛虎”と呼ばれる由縁をその目で垣間見る。
殴られ髪を掴まれようとも一切怯む事はなく、確実に一人そして一人と狙いを付けて仕留めていくその様は正しく虎だった。
金色の髪を振り乱しながら暴れるその姿を人は猛る虎と呼んだのだろう。
そして鳴子は、ただ只管見てる事しか出来ない事に不甲斐なさを感じ唇を噛む。
その後金城が駆け付けるも事は全て片付いていた。
知輝が何人かを熨した後、勝ち目がないと分かった男たちが熨された男を抱えて尻尾を巻いて逃げていった後だった。

「金城、一年の怪我が結構酷い。すぐに手当を。」
「わかった。…大河、お前も怪我をしているじゃないか。」

言われるも、知輝は目を伏せた。

「ウチは…大丈夫やから。」

そう言ってその場を去ろうとする知輝だったが、鳴子がズカズカ音を立てながら彼女に近付き、そのまま知輝の手首を掴んだ。

「鳴子…?」

鳴子は無言のまま知輝の手を引いて部室まで足を向かわせる。

「ちょ、ちょちょ!鳴子!」

そのまま部室の中に消えていく二人を金城と田所は呆れて見ていた。
部室に入ると鳴子は、知輝をベンチに座らせ自分は棚から救急箱を取り出す。
何もかもがいつぞやとは反対の状況に、知輝は苦笑いを零した。

「無茶しよって…」

口の端は切ってしまっているし、頬には殴られた痕、腕や足にも痣が薄ら出来てしまっている。

「ハハハ、こんなん慣れっこやわ…!」

知輝は、乾いた笑いを零すも、鳴子の表情は穏やかでない。

(なんで…、アンタがそない辛そうにするんや)

黙ったまま手当が施される。
沈黙の中、時間だけが流れていった。
今まで黙っていた鳴子だったが、不意に口を開く。

「…何も…してやれんかった…。ワイは、見てるだけで…何も。」
「何言うてるんよ。これで良かったんやんか。」
「いいわけないやろ!!!」

突然声を荒らげる鳴子に、知輝は目を瞠ったがすぐに目を細めた。

「…そもそもな。原因はウチにある。」

眉を下げて静かに言葉を紡ぐ知輝を前に、鳴子は言葉を詰まらせた。

「…ごめん。ウチと関わりさえしなければこんな事にはなってなかった。」

苦虫を噛み潰したようなそんな表情を浮かべる知輝。

「自転車部に関わるのは、今日限りでやめるわ。」

ベンチから立ち上がり、知輝は扉の方へ歩いていく。

「手当、おおきにね。」

戸に手を掛け、一瞬振り返って知輝は部室を出ていった。

「…なんでやねん。」

あの時もそうだった。
告白を断ったあの時も、彼女の笑顔にはどこかもの悲しさを含んでいた。

「クソ!!!!!」

あんな顔はもうさせまいと誓ったのに…、鳴子は手前のロッカーに思いっきり拳をぶつける。

「アホか…ほんま、アホやで」

彼の言葉は一体、誰に向けたものなのか…
じんわり血の滲む鳴子の拳は、くしゃりと掴まれた前髪で殆ど隠れた。