「おっはよーごぜーやすうぅぅ!!!」

朝の教室に勢いよく開け放たれた扉の音と美歌の声が響き渡る。
教室にいた生徒の何人かは驚き彼女の方を見る。
つかさにとってはこれはいつもの事なので然程気にした様子もない。

「つかさちゃんつかさちゃん!」

美歌は教室に入るなり鞄を抱えたまま聞いてと言わんばかりにつかさが座る席の前に腰掛けた。
いつもの事とは言ったもののやはりいつもより割増しでうるさい美歌につかさは何か良い事でもあったのかと思考を巡らせた。
そうすると上機嫌の理由は自ずと宍戸関連だと考えがいったつかさだった。
やはりつかさもそこのところは女子だ。
所謂コイバナに胸を躍らせる。
まして相手が美歌なら尚更だった。
どれほど進展したものかと美歌の長ったらしい惚気話に耳を傾けたのだが…

「宍戸さんに飴もらっちゃった!」
「…で?」
「梅味の珍しい飴だからって!夏は塩分大事だって!」
「……で?」
「わたしの好きな食べ物は!?」
「梅」
「そうそうグレイト!!!」

いやいやそんな事は分かっていると言いたいのをグッと堪える。
更に先日同じような流れの会話をしたような…と奇妙なデジャヴを感じるつかさ。
美歌はというと何故分からない!?といった反応だ。
いや、つかさとしては美歌の好物はしかと理解している。
し、言いたい事も何となく理解している。
が、しかしそうではなくて…

「あんたそれ、全っ然進展してないから!得意げに惚気てるけど1ミリも進展してないからっ!!」
「えー!?ミリ単位では進展してるよぅ…」
「いーや、してないね!進展ってのは相手の気持ちに確信できる何かの事を言うんだよ覚えときな!」

美歌はメモ用紙を鞄から取り出しサラサラとメモをとる。
このようなやりとりは言うまでもないが日常茶飯事なのである。
如何に阿保らしくても、彼女たちにとっては日常茶飯事なのである。
美歌は出したメモ用紙を仕舞い、代わりに鞄の中からコンビニの袋を出した。
その中から紙パックのジュースとチョコ菓子を取り出していそいそと腹に納める準備をしだす。

「美歌あんたさぁ、もうちょい危機感もちなって…」

美歌は、コンビニにて販売されているいちご大福の封を切るつかさをキョトンと見た。
その大福を一口で咀嚼するつかさに対し、粒状のチョコをちまちま口に運ぶ美歌。
あー、恋する乙女だなぁ、と横目にみてつかさは思う。

「いくら女っ気のない宍戸と言えど、
あいつ髪切ってからかなり女子から人気上がったよ。」
「そりゃあ!カッコイイもんね!」

美歌の呑気な回答につかさは頭を抱えた。
つまりは言葉の意味を理解していないようだ。

「はぁ…あんた悠長にしてらんないって言ってんの。それってつまり前よりライバルが増えたって事だよ。」
「なん…だと…」

漸く事の重大さを理解した美歌は、停止。
その拍子に手から菓子がぽろぽろと床へと転がった。

−−−−−−−−−−−−−−−−

「ライバルとあっちゃあ潰すしかねぇぜ…」

何とも物騒な事を口走る美歌は昼休み、珍しく一人で行動していた。
そう、朝聞いた“ライバル”成り得る人物を特定する為、この休み時間宍戸を完全マークするつもりだからだ。
一体どんなかわいこちゃんが自分のライバルになるのか、はたまた勝ち目はあるのか…。
やっている事は間抜けもいいところだが、本人は至極真面目だった。

「おー!おっせぇぞ!」

昼休みに入ってどうやら宍戸は誰かと待ち合わせをしていたらしい。

(彼女だったらどうしよう…)

よくよく考えてみれば、女っ気がないという情報自体信憑性に欠ける。
実際のところ真実は分からない。
その判断が出来るまで美歌は宍戸と親しくなかった。
宍戸が呼びかける人物が校舎から中庭へと駆けてくる。
美歌の喉がごくりと大げさに鳴った。

「お待たせしました!宍戸さん!」

(お前かいぃぃいいいぃいぃぃぃ!!!!!)

校舎の陰から盗み見るも見当外れの人物にコントさながらズッコケる。
そう、宍戸に駆け寄ったのは、言わずもがな鳳 長太郎。

(いや、まだ…もしかしたら女の子との接触があるかもしれない)

それから昼休みを全て使うも女性との接触は皆無、始終鳳が宍戸に張り付いていた。
昼休みという短い時間の中、更に一日張っただけでは確実な情報とは言えないと考えた美歌は、次の日もその次の日も宍戸を張り込んだ。が…

「宍戸さん!チーズサンドばかりじゃなく、もっと栄養のあるもの食べなきゃダメですよ!」
「宍戸さん!これ食べたら練習付き合って下さい!」
「宍戸さん!今日は俺、弁当作ってきました!食べて下さい!」

(お前は一体宍戸さんの何なんだよおおおぉぉおおぉおぉぉ!?)
(彼女より彼女らしいじゃねぇか貴様アァァアアアァアァ)

女っ気?とんでもねぇよ。
美歌は、相手が女ならば幾分何とかなると踏んでいた。
同性なら自分と比較し、足りないものを理解し、更には自分をそこに寄せたり出来るからだ。
そう、同性がライバルだったなら、努力でどうにでもなると考えていた。
それがどうだ。
数日様子を見てみれば…現実は何とも残酷なものだ。

「わたしにどうしろってんだよおおおぉぉおおぉおぉぉ!」

絶望とはこの事。
美歌は勢いよく校舎の壁に頭を打ち付けた。
いっその事夢であってくれと願うも額の激痛が現実を突きつけてきた。
道行く生徒の視線の冷たささながらに…

−−−−−−−−−−−−−−−−

「お。もう張り込みマークは終わり?」
「うん。十分な情報は得られたしね。」

あれから一週間掛けて情報を探った美歌。
今日は一週間振りにつかさと昼食を摂る事にしたようだ。
二人はお互いの机を向かい合わせにくっ付けて弁当箱を取り出した。
そそくさと風呂敷を解くつかさだが、美歌は弁当を机に置くだけして手を顔の前に組んだ。
某有名アニメのサングラスを掛けたオジサマの様に。

「して、結果は?」

つかさは箸でぱちぱちと空気を掴む。
言葉こそ美歌に向けられているが意識は弁当の方に向いているようだ。

「簡潔に言うと、宍戸さんに彼女は居ない。し、成り得る人物も今のところ居ない。間違いなく。」
「良かったじゃん?なんでそんな怖い顔してるのさ?」

先程まで弁当ばかりだったつかさは漸く美歌に意識を向けた。
かと思いきや弁当のからあげを口いっぱいに頬張る。
幸せそうに顔を緩ませるつかさとは対照的に美歌は眉間に皺を寄せたままだ。
弁当に視線を落としたまま手を付けようともしない。

「ライバルが居ないとは言っていない。」
「え?でもそれらしい女の子は居なかったんでしょ?」
「女っ気が無いのが真実だったってだけ」

つかさは何が言いたいのか未だ理解出来てないようだった。
今度は箸を机に置き、しっかり話を耳に入れる素振りを見せたつかさ。
美歌はぼんやり窓の外を眺める。
それはもう、遠い目で。
そのまま美歌は言い放った。

「わたしのライバル…男だったんだよ…」

そこまで聞いてつかさはまさかと思う。
いつの間にか箸は止まっていた。
美歌の次の言葉を待った。

「鳳 長太郎…。許すまじ…。」

それを聞いてつかさは納得し、少し離れた席で昼食を摂る向日が盛大に吹いた。