放課後、部活の時間。
次の関東大会のため、ますます練習に集中する男子テニス部。

日に日に高くなる気温に、部員達の体力は奪われていく。
榊の指示でテントまで張られたくらいだった。
つかさも、その下でコートを見ながらショットの確率計算をしていた。
このところ、何日も雨のない焼け付くような日が続く。
日差しの下は相当暑いだろう。
時折、レギュラーメンバーが汗を滴らせながらベンチへ涼みにやってくる。
中でも特に、スタミナのない向日は度々日陰で休んでいた。

「藍川、長ズボンやめたんだな。怪我はもういいのか?」
「ん、まぁね。」
「たしか侑士対策…じゃなかったっけ?」
「もう暑くてやってらんないのよ。それに…」

忍足、もう何も言ってこなくなったし…とつかさは視線を真下へやる。
裾から伸びる足には痣と傷跡が残っている。でももう痛みはなく、綺麗に戻るのを待つばかりだった。

「ほーんとになんにも言って来なくなったな、アイツ。」

ここ最近のことを振り返るように言って、向日はつかさの顔を盗み見た。
寂しがってるのかと思いきや…どことなく怒っているような顔に、眉を顰める。

「なに怒ってんだよ」
「は?別に怒ってないし」

そう言ってつかさは顔を背け唇を尖らせた。
今までのは結局、遊ばれていただけだったのか…と戸惑いもイラつきも呆れも混ざったような感情。
それでも、怒ってない…怒ってなんかいない…と頭の中で反復する。まるで自分自身に言い聞かせるように。

「眉間にシワ寄ってんぞ。やっぱ怒ってる」

それでも尚、向日に言及されてつかさは深く溜息を吐いた。
彼女も考えることはある。あの心を揺さぶるような行為の数々はなんだったんだ、と。
そして少しでも好感を持ち始めていた自分はなんだったんだ、と。
彼女は仏頂面のまま、左腕の時計を見やる。彼が此処に来てから、20分が経過していた。

「わかったから…サボってないで戻りなよ。ただでさえスタミナないんだし」

そう言われては返す言葉がないようで、気の抜けた相槌をしてコートへ行く。
向日の後ろ姿を見送っていると、コートで宍戸とラリーを続けている忍足の姿が目に入った。
ボールがネットを飛び越え、ラケットにぶつかる。乾いた音が少し遅れてつかさの耳に届いた。

さっき時計を見た感じだと、もう試合が終わる頃だ。そろそろ休みに来るだろう。
二人とも汗だくになっているはず…と、クーラーボックスからドリンクを出し、タオルを用意する。
話し声が聞こえるのに気づき、つかさは自ずと手を止めた。
声の方を振り向けば、忍足と宍戸が休憩を取るためこちらに向かってきていた。

「なんやさっきのサーブ。全然入らんかったやん。考え事でもしとったんかいな?」
「汗が目に入っちまったんだよ」
「…今日のお天道さんは頑張り屋さんやもんなぁ」

二人はつかさから渡されたドリンクボトルを呷り、勢いよく喉に流し込んだ。
次の対戦を確認しつつ、ポロシャツの胸の辺りを引っ張って口を拭うので、裾が上がり腹部が見えてしまっている宍戸。
これを美歌が見たらどんな顔をすることか…。
歓喜か赤面か発狂か…はたまた、いろんな感情に圧されてぶっ倒れるんじゃないか?
そんなことを想像しながらつかさは、笑いそうになるのをこらえた。
一方、忍足は暑さで顔をしかめている。汗で髪が首筋にペッタリと張り付いており、本人もうっとうしそうだ。
つかさがタオルを差し出すと、忍足は目も合わせずそれを受け取った。
そのまま水場へ顔を洗いに行き、タオルを首に掛ける。
なんだか『元気ですかー!』とアゴを出しながら言いたくなったがやめておいた。

「アカン、暑うてやってられへんわ…宍戸、髪くくるゴム持ってへん?」
「持ってねーよ。髪、切っちまったからな」

二人の会話をよそに、つかさは記録用紙の挟まったバインダーに先ほどの練習の勝敗を書き込んだ。
宍戸は振り返り、帽子を取って頭を掻き上げてみせた。
ぶっきらぼうな言い方に、彼女はチラリと彼を視界に入れるが、直ぐに目線を戻した。
その間も彼女の持つペンはバインダーの記録用紙から離れることはない。

宍戸はドリンクをまた一口飲むと来た道を戻る。どうやら向日のところへ行ったようだ。
未だ髪を持ち上げている忍足に、つかさはバインダーから目を離し、やっと顔を上げた。

「あたし細いヘアゴムならあるけど、これで良かったらあげるよ。」
「ああ、おおきに。つかさちゃん」

と、ポーチから小さなヘアゴムをひとつ取り出して忍足に手渡すと、一瞬彼の手が指先に触れた。
その熱に驚き、つかさは反射的に彼の手を掴む。

先ほどまで日光の下でプレイしていたとはいえ、これは熱すぎる。
部活前に測った体温は、いつもと変わらず平熱だったし、本人も今日は調子がいいほうだ。
では何故こんなにも熱いのか…と、そこまで考えた所で彼が口を開く。

「つかさちゃん…?」
「あっ…ご、ごめん…!」

彼の声にハッとして、彼女はすぐさま手を離した。

一気に現実に引き戻された感覚がして、彼女は決まりの悪そうな顔で視線を逸らした。

……なにを意識してるんだ、あたし。手に触れるなんて、今まででも十分にあったじゃない。
つかさはそう思いながら、気まずい空気に自分が焦っていることに気づく。
しかし彼は髪を結びながらコートへ戻っていってしまう。
その後ろ姿を見ながら、いつの間にか釣り上がっていた肩をストンと下ろした。

「なにボケっとしてやがる。俺様のドリンクはどうした」

気を抜いていたため突然掛けられた声に驚くと、跡部がタオルを片手に不服そうな顔で立っていた。
もう試合が終わったのか…相変わらず氷帝のトップは強い、と彼女は思わず感心した。

「ああ、ごめん。すぐ用意する」

てきぱきとドリンクの温度を測る。あまり冷え切っていても身体に悪い、と…配慮して。
血液の循環、血流が悪くなったりするのだが、彼女はそれを知っているのだ。

「はい、お待たせ。」
「俺様を待たせるとは、いい度胸じゃねーの…」

彼は差し出されたボトルを取り、口に運ぶがピタリと手を止めその綺麗な目をゆっくりと瞬かせた。

「どうした?お前、手が冷え切ってるぞ」
「えっ」

驚いてそっと自分の手の甲を頬に当てる。それは確かに冷たく、つかさは「そうか」とハッとする。
冷えた手で触れたため、忍足の体温が高いと錯覚を起こしてしまったのだ。
彼に触れたことで、自分の手が冷えていることに気付く。
一体どうしたんだろう…と、彼女は疑問に思う。

「というか、気づいたなら教えてくれたらいいのに…」

冷たい手で握ったんだから、大丈夫か、ぐらい言ってくれてもよかっただろう、忍足。
でも彼は、そんなことをひとことも言ってはくれなかった。