「お、おはよーございますぅ…」
HR前の賑やかな時間。
生徒達は昨日のドラマ見た!?だとか最近のバラエティは面白くないよね!だとか会話に花を咲かせる中、恐る恐る教室へと足を踏み入れるは胡桃沢 美歌。
「あんた何してんの、早く入んなよ」
出入り口付近にある自分の席に座るつかさが、苦笑いで美歌に話し掛けた。
普通に話しかけられた事に安堵し、安心しきった表情を見せる美歌につかさは盛大に吹き出した。
「もー、大丈夫だってば」
「ホント!?昨日のアレはわたしの妄想とかじゃない!?」
「妄想じゃない妄想じゃない」
「えへへ〜、よかったぁ」
へにゃりと笑って美歌は、つかさの前の席の椅子を引いてつかさと向かい合う様にそこに跨り腰掛ける。
本来の二人の関係に戻った事を、向日は少し離れた座席から確認すると満足そうにした。
美歌からはそれが背になっていて見えなかったが、つかさからはハッキリと見えていたのだ。
「…向日に感謝だね」
「ほんと助かったよ」
「今度何か奢ってあげよう」
「そうしよう!」
そうして二人は笑い合った。
つい先日まで喧嘩をしたとは思えない。
美歌にとって、数日つかさと関われないだけで地獄の様だった。
そしてそれは、つかさも同じだ。
お互いがお互いの大切さを実感する機会にもなったという事だ。
「でさぁ?つかさ言うって言ってたけど、実行の目処はあるの?」
「あぁ、まぁ…言うには言うよ。でも、ちょっと引っ掛かることがあって…」
「引っ掛かること?」
「前にも言ったでしょ。突然態度変えられたって。あれが未だに謎なのよ。」
そう言われ、美歌には思い当たる節があった。
“忍足だけに、押したり〜引いたり〜”
軽はずみで忍足に言ったこの言葉が原因なのではないかと言うことは最初つかさから相談された時から考えていたのだが、今となっては隠す必要も誤魔化す必要も無くなったわけである。
ともなれば後は、尾を引く後ろめたさのみが残ってしまっていた。
「ごめん、多分それわたしが原因…かも…」
「は?どゆこと?」
下手な嘘は逆効果。
それを痛い程その身で体験した美歌は、包み隠さず正直に伝えた。
「なるほど、ね。…嫌われたわけじゃないんだ…」
明らかに、ホッとした表情を浮かべたつかさに対し、美歌は慌てて説明を入れる。
「それはないよ!その後も何回か忍足に会ってるし!つかさの様子聞かれたし!」
「そう、であるなら。あいつとっちめなきゃね?」
黒い笑みを浮かべるつかさを見て、美歌の喉元がヒュッと鳴る。
本当に敵に回すと怖い。忍足もそうだし、つかさもそうだ…もう、変なことはしないでおこうと美歌は誓ったのだった。
「あたしの事はいいんだよ。問題は、あんた。」
「わ、わたし…?」
矛先がいきなり自分に向いて驚く美歌を他所に、つかさは話し出した。
「とりあえずお互い行動あるのみでしょう?」
「ま、まぁ…そうだよね…」
「と、そんな美歌にろーうほーう」
ピッと人差し指を自分の顔の横に立てて、そのままその指を美歌の鼻の前まで突き立てたつかさは、にやりと悪魔のような笑みを顔に浮かべてこう放つ。
「今日の放課後、宍戸を中庭に呼び出してありまーす」
−−−−−−−−−−−−−−−−
放課後。
宍戸を呼び出すだけ呼び出したつかさが、後は一人で頑張れと言い残しカバンを持って去っていったのはつい先刻。
今日は、水曜日。
故に、テニス部の練習はない。
なので、必ずこの中庭に宍戸は現れるという訳だ。
美歌は、バクバク鳴る心臓を、深呼吸をしたり胸を拳でトントン叩いたりして落ち着かせようとしていた。
これから自分は大好きな人にその想いを伝えようとしているのだ。頑張れやれば出来るぞぉ。などとブツブツ念仏のように唱える姿は、傍から見ればただの危ない人間だ。
が、しかしそんな人物に近寄る者が一人。
き、きた…ッ!背後に感じる人の気配に、美歌は緊張から身体を強ばらせ、更に目は猫の目の様になっていた。ギャグ漫画さながら…。
「よ、胡桃沢。藍川からお前が俺に話があるって聞かされたけど、どうした?」
もう一度、ヒッヒッフー!と深く深く深呼吸をして勢い良く振り向いた。(それはラマーズ法だと言うツッコミはあえて割愛)
「い、いい天気だね!!!」
「そうだな!」
引き攣った笑いを浮かべながら素っ頓狂な言葉を発する美歌。
対する宍戸は、疑問にも思うこと無く、引きもせず普通に談笑を楽しもうとしている様だった。歯を見せて笑う彼、まさに爽やかジャスティス。
「今日が水曜で練習無いのが勿体無ぇくらいだなー…」
太陽の光を掌で遮る様にして空を仰ぐ宍戸を、美歌はなんてイケメンなんだろう…と見蕩れていた。
しかしそれも、パッと美歌に宍戸が視線を移したため、数秒で終わる。
「それで、話しって何だ?」
「あっと、えっとね…そのー…す…」
「す?」
歯切れの悪い美歌に、流石の宍戸も疑問を抱いたようだった。
急かさず聞き返す宍戸。
「す、すすす、すき家…好き!?宍戸さんすき家好き!?」
(何やってんだお前ええええええ!!!)
心の声がまさに表情に出た状態で、美歌達とは少し離れた生垣の端から、思わずガサっと音を立て飛び出しそうになるも、身体を半分程出した所で踏みとどまるつかさ。
そう、彼女は帰るふりをしてその後美歌の後をコッソリ尾けて、生垣に身を潜め出歯亀をキメていた。
物音を立ててしまった事に慌てて生垣の影に身を隠し直した所を、下校途中の生徒に見られ更にヒソヒソされ赤面するつかさ。
しかし、それはどうでもいいのだ。すぐに気持ちを切り替え、二人に気付かれてしまったかどうかを探る。
が、どうやら美歌はそれどころじゃない様で気付きもしない。
対する宍戸は背を向けているので気付いていないようだった。
その事にホッと胸をなで下ろすつかさは、また気配を潜め、二人の遣り取りに意識を向ける。
「え?す、すき家?牛丼か?」
「そう!!!わたしね!牛丼大好きなんだぁ!!」
後に引けなくなった美歌はハハハと不自然なまでに乾いた笑いを零していた。
それを見てつかさは、頭を抱える。
対する宍戸はどうだ。流石に引いてるんじゃないかとつかさは、宍戸の反応を待った。
「そんなに好きなら今度食いに行くか?」
「えっえっ!?本当!?」
もう、その声色はパアっと効果音が付くほど明るくなった美歌。
つかさもつかさで、マジか!脈アリ展開キタコレ!とガッツポーズをするも、…次の宍戸の言葉により、二人の期待は打ち砕かれる。
「長太郎に声かけといてやるよ!」
斜め上オーバー大気圏の返答に、つかさは校舎に頭を打ち付けたくなったのをグッと踏ん張って堪える始末。
美歌は!大丈夫かあいつは!と、意識を美歌に向けると彼女はどんよりオーラを隠しもせず醸し出して肩を落としていた。
その事に気付かず宍戸は、なんだ、話ってそれか!まかせとけ!と美歌の肩を軽く叩いてその場を去っていった。
「オイイィ!!!」
宍戸が去った今となっては、隠れる必要性が無くなったつかさが、某ギャグアニメのツッコミ役宛らの声量と勢いで生垣から飛び出る。
居ると知らなかった美歌は、当然ながら驚いて肩をビクつかせた。
「つかさ!?帰ったんじゃなかったの!?」
「心配で落ち落ち帰れないわ!!」
いくら心配だろうと、告白の場に付き添うわけにもいかず、最終的に辿り着いたのが出歯亀だったのだが、それはどうでもいいと言わんばかりにつかさは捲し立てた。
「誰が第一話参照お願いしますやれって言ったんだよ!!!」
物凄い剣幕で、畳み掛けるように半袖のシャツから出たその細い腕を抓り上げた。
「痛い痛い!腕抓らないで!そして、メタ発言だよそれッ!!!」
「何がすき家だ!鉄板の誤爆かましてんじゃないわよ!!!なんかあたしも色々突き刺さんだろーがッ!!!」
顔を真っ赤にしながら罵倒するつかさは、それはもう複雑な感情である。
そして、何処か頭の隅に冷静な自分が居り、つかさはこれはなかなか手強い相手であるな。と悟ったのだった。