「あたしも、このままじゃダメだ…」
美歌に行動しろと言った以上、つかさの方も動かないわけにはいかない。
そう思い、いざ実行に移そうとした彼女だったが、どうにも時間が取れなかった。
朝練中は自分の仕事を優先するため、どうしても慌ただしくなってしまう。
やっとひと段落ついた頃には忍足が試合をしていたり、ちょっと時間が取れたと思えば彼の姿が見つからなかったりと、なかなかタイミングが合わなくて、モヤモヤが積もる。
「行動あるのみ、だよね…」
そう自分に言い聞かせるようにして呟き、次の作戦を実行するべく昼休みに忍足のクラスへ向かった。
ドアに隠れるように身を寄せて教室を覗く。
まるでスパイ映画に出てくるワンシーンのようなその不自然な様子に、通り過ぎる他の生徒からドン引きされている…。
つかさは教室を隅々まで見渡すが、忍足の姿は確認できなかった。
ホッとしたのとガッカリしたのと、入り混じった気持ちを吐き出すように溜息をついた。
ドアから離れ、自分の教室に戻ろうとしたその時。
「つかさちゃん…?」
「っ!」
急に後ろから声をかけられて彼女はぎこちなく振り向く。
つかさの教室と反対方向の通路には、探していた張本人である忍足が不思議そうな顔で立っていた。
彼を目の前にして一瞬狼狽えたつかさだったが、若干吃りながらも用件を伝える。
「お、お…忍足っ、今日の放課後…時間ある?」
「俺?別に大丈夫やけど…」
「その…話したいことが、あるの…」
目を合わせるのが恥ずかしくて、視線を泳がせつつも俯き加減でそう告げる。
彼女の意味ありげなその言葉に、勘のいい彼はなにかを察したように口角を上げた。
「ほな、放課後…あの場所で。」
”あの場所”と言われ彼女の表情が曇ったが、すぐに理解してゆっくりと頷いた。
−−−−−−−−−−−−−−−−
放課後、つかさは西棟の三階の使われてない教室に入る。
そこには乱雑に積まれた机と椅子。そして、待ちわびたような表情で忍足が立っていた。
「忍足…」
彼の前へ足を向け、想いを伝えようと意を決して。
「ほんで、話ってなんやろ?つかさちゃん」
「あ、あたし…」
告白するのって、こんなに勇気がいるんだ、と今更ながらに彼女は思った。
震えが止まらない…寒さのそれとは違う、緊張で続く体の奥の震えをどうすることもできない。
ドキドキして足が竦んで体が震えて…こんなにまでなるのに、忍足は何度も気持ちを伝えてくれていたんだと、ますます彼への気持ちが加速する。
逃げないで、ちゃんと向き合うんだ、とつかさは自分に言い聞かせた。
「自分でも気づかないうちに…忍足のこと、だんだん好きになっちゃったみたい…」
「…つかさ、ちゃん…」
「せ、責任…取ってよ。こんな気持ちにさせたのは、忍足なんだから…」
彼女なりに頑張って伝えたが、羞恥と緊張からか、彼の顔を見ることができず、教室の隅へと視線を逸らした。
西陽に照らされたロッカーを意味もなく見つめる。
「…なんやそれ」
そう言われてつかさは視線を忍足へ戻す。
大きく溜息をついた彼は、額に手を当てて俯いていて、なにかいけないことを言ってしまったのだろうか、と不安になる。
「なんちゅー殺し文句使ってんねん…とんだ小悪魔やな、つかさちゃん。射抜かれてもうたわ」
彼女の告白に、心を掴まれ頭が上気せるような感覚に陥る忍足。
腕で口元を隠して、耐えきれず緩んだ頬を誤魔化して、平静を装っている。
「俺が話しかけへんくなって、モヤモヤしてた?」
「そうだよ!わかりにくいんだよ忍足は!もう好きじゃないんだーって、もう嫌われたんだって思ったよ!このーっ!」
半ばヤケになったつかさが忍足の胸板をポカポカと叩く。
そんな彼女に、彼はとうとう笑みを隠せなくなって、少し笑いながら言う。
「そんなわけないやん、好きやで」
「じゃあなんでそんな笑ってんの!からかわないでよ!」
「…からかってるんとちゃうよ」
尚も続く攻撃に、忍足はつかさの手首を掴んで制止をかけた。
馬鹿にするような感じではなく、優しく微笑むように笑いかける。
「俺を見て、俺のことばっか考えてたんやろ?」
「そ、そうだよ!うるさいな!」
「せやったら嬉しいに決まってるやん」
満面の笑みでそう答える彼に、先ほどまで勢いのあったつかさは一瞬言葉を失った。
「…本気、なんだよね?冗談じゃなくて」
「ホンマ仲良しやな。胡桃沢さんと同じこと言うてる」
「あっそうだ、美歌!美歌に『本気かどうかを忍足から聞いたから、本人から超絶かっこいい決め台詞聞いて』って言われた!」
”超絶かっこいい決め台詞”までは言ってなかったが、美歌の言い方からするとおそらくそういうことを聞いたんだろう。
期待を込めてちょっと盛っておいた。
「えっ胡桃沢さんそんなん言うたん?あのおしゃべりさんめ…」
つかさ本人にそう伝えれば、忍足がつかさに告げるのは確実だ。
そこまでわかってて言ったのだろう、美歌の策略にまんまと嵌められ、彼は少し苦い顔をする。
あの子、意外に腹黒いところあるから…とつかさは付け足した。
二人の頭には”してやったり”と舌を出してウインクした美歌が浮かぶ。
観念したのか、忍足がつかさの両手を包み込むようにして掴んだ。
「…全部」
彼にしては珍しく、照れたような表情でつかさをまっすぐに見つめる。
「好きやで、全部。つかさがつかさやから、好きになってん。マネージャーやからとか、すぐ側におったからとか、そんなん関係ないねん。他の子やったら好きになってへん。つかさの笑顔とか、ノリのいいとことか、ちょっとアホなところとか。そんなん全部ひっくるめて、全部が好きやねん」
忍足の手が少し冷たくて、緊張しているのが彼女にも伝わってくる。
いつかヘアゴムをあげたときのことを思い出しながら、つかさは彼を見上げて、今度こそちゃんと目を合わせた。
「つかさのこと、一番やねん。俺と付き合ってくれへん?」
忍足の優しい声が響く。
「……うん。あたしも、好き。」
つかさも彼の誠意に応えるようにハッキリと言葉を伝える。
そんな彼女に対する想いが抑えきれず、忍足はつかさを抱きしめた。
突然のハグに驚きつつも、触れてもいいんだよね?彼女になったんだよね?と、つかさは心の中で繰り返し、大きな背中に手を触れる。
彼の匂いを感じながら、胸の高鳴りを抑えられない自分に気づく。
忍足も、つかさの華奢な体を包み込むと、一層たまらなく愛おしい気持ちになった。
「こんな夢中になった子、つかさが初めてやわ」
「初めて…って…嘘、でしょ?」
「なんでーな、ちゃんと書いてたやん、ラブレターにも」
「あっえっ、でも」
「…つかさも初めてやろ?」
するりと忍足のぬくもりが離れて、眼鏡の奥の瞳がつかさを捕える。
「初めて好きになって、初めて気持ちが通じたんや。これからは、恋人として、仲良くしよな?」
「う…うん…」
“恋人として”…そう言われるとなんだか急に恥ずかしくなってしまう。
つかさが下を向くと、忍足は彼女の頭を優しく撫でた。
「ほら、笑ってぇな。俺、つかさの笑ってるとこ見たい。つかさの笑顔が好きやねん」
「え、あっ、でも…そんな急に、難しいって…。忍足の彼女になったんだって思うだけで、心臓バクバクして…」
胸に手を当ててそう言う彼女に、忍足は何度か瞬きを繰り返してから、目を細めて笑った。
「アカン…そういう真っ赤な顔も、可愛くて好きやわ…もっとよぉ見せて?」
忍足の指が髪を梳いて、彼女の耳にかけた。
そのまま唇を寄せる彼に合わせるように、つかさはゆっくりと瞼を下ろした。