「なぁつかさちゃん、つかさちゃんって…俺の彼女やんな…?俺ら付き合ったよな?」
「そうね…」

忍足とつかさは中庭の低木の陰に隠れ、誰にも見つからないように声をひそめて囁き合う。
お互いの息がかかりそうなほどの密着度。身体の熱がわかるくらいだ。

「ひとつ教えてほしいねんけど…」
「…なに?」

忍足の表情に笑みはなく、躊躇うように唇が動いて、ゆっくりと開く。

「……なんで俺、つかさちゃんと一緒に宍戸をストーキングしてんの?」
「これには海よりも深いワケがね…」

そう、二人が見つめる先には、今まさに中庭でサンドイッチを食べようとしている宍戸がいた。
彼を見張るように凝視して、つかさと忍足は隠密行動をとっていたのだ。

「っていうか…だいたいもう予想はついてると思うんだけど?」
「…まぁ、胡桃沢さん絡みやろなーとは思てるけど」
「ご名答。よくおわかりで。」
「なーんか二人して妙な勘違いを起こしてるやんな…」

やっぱりお似合いやん?などと冗談を言っているが、忍足は困惑を示していた。
さて、どうしたものか…と二人で考えているうちに、いつの間にか宍戸の隣には笑顔の鳳が腰を下ろしていた。

「それにしても…宍戸は鳳と行動を共にしすぎなのよ。これじゃあ美歌が入る隙がないじゃない」

この場合は宍戸より鳳に問題があるような気がするが。

「…ま、胡桃沢さんには協力してもろたし、これは俺の出番やな…」

そう言うと忍足は茂みから抜け出し、なに食わぬ顔で宍戸と鳳の元へ近づいていった。
なにか秘策でもあるのだろうか…つかさは聞き耳を立てる。

「おう、忍足」
「ちょっと聞いてや、ビッグニュースがあるねん」
「はい、なんですか?」
「実は俺、彼女できてん」

なにを突然言い出すんだ、とつかさはズッコケそうになるのをこらえた。
宍戸と鳳も予想外の告白に呆気に取られている。

「か、彼女…?お前、好きな奴いたのか」
「せやねん。まぁ、そのうち相手はわかると思うわ」
「…はぁ、おめでとうございます…?」
「っちゅうわけで宍戸、コーヒー奢って」
「なんでだよ…ったく…」

勝手に暴露して強請るのかよ、と呆れて肩をすぼめつつもベンチから立ち上がり、広い中庭の端、自販機の方へ向かう宍戸。
それを残された鳳が眺めていると、忍足が思い出したようにまた話し始めた。

「自分は彼女欲しいなーとか思わんの?」
「俺ですか?うーん…」

まだその話を続けるのか…とつかさは内心ツッコミを入れる。
だが、その選択はあながち間違いではないかもしれない、と気がついた。
前に鳳を調査してた美歌から、彼は『コイバナ』が苦手だときいたことがあったのだ。
忍足は恋愛系の映画や小説が好きだ…これは対鳳に効果抜群なんじゃないか?と、つかさも希望を持ち始める。
普段こういった話は避けているのだろう…鳳は頭を掻いて苦笑いした。

「そういえば宍戸、最近女テニの子とイイ感じやん」
「えっ、宍戸さん…そうなんですか?」
「せやで。まぁ、鳳はあんまり見たことないかもしれんな。なんせいつも隣にこんなデッカイ男おったら、女の子はビビるやろしなぁ…」

だから宍戸に付き添ってばかりなのは良くないぞ、と。
遠まわしではあるが、確実にそう伝える忍足。

「俺、そういうのよくわからないんですけど…確かに最近、胡桃沢さんが宍戸さんに話しかけてるところ見ないですね…」

顎に手を当て、目線を左上に向けて、首を傾げる鳳。
そうそう、そうだよ、わかってるじゃないか鳳…!とつかさは小さくガッツポーズを決めた。

「せやろ?もしかしたら胡桃沢さん、鳳のこと怖いとか思ってるかもしれんで」
「そういえば俺…胡桃沢さんに歯に衣着せぬ物言いで接していたかもしれません…」

鳳の反応を見てこれはいけると判断したのか、忍足は仕草が大きくなり声のトーンが上がる。

「アカンなー、アカンで鳳。そんなんやと女子は怖がってまう」
「や、やっぱりそうなんですか…?」
「そうやって怖い鳳が宍戸のそばにおるから、女子がどんどん宍戸に近づかれへんなるんやん」
「え…!?」
「このまま宍戸が女子に避けられ続けたら…」
「ど、どうなっちゃうんですか!?」

勢いよくベンチから立ち上がる鳳。
忍足は眼鏡を指でクイッと上げ、意味深な表情で告げる。

「クラスでぼっちや…今度の女テニとの合同練習もぼっち…」
「え…」
「文化祭のフォークダンスもぼっちやな…」
「そ、そんな…」
「胡桃沢さんは宍戸にとって救世主やったかもしれんのになぁ…」

場の雰囲気を読んだように風が吹きぬけ、中庭の木々がザワザワと音を立てた。
深刻な表情をした鳳と、大袈裟にため息をついて頭を抱え落ち込むフリをする忍足。
そのシュールな様子をつかさは陰から真顔で見つめていた。

「ほら、コーヒー買ってきたぜ」
「宍戸さん!」

その空気を打ち破るかのごとく宍戸が戻ってきた。
すかさず駆け寄る飼い犬のような鳳。

「宍戸さん、ダメですよ、ちゃんと胡桃沢さんと話してください!」

慌ててそう言うと、大きな体で子供が駄々をこねるように、両手を握りしめてブンブン振った。

「あ?なっ、おま、なんだよ急に…」
「胡桃沢さんは宍戸さんの救世主なんですよ!」
「…忍足、お前長太郎になんか吹き込んだろ」

宍戸は鳳の大きな体を避けるようにして忍足を睨む。
だが忍足は答えることなく、意味深に微笑むだけだった。

「はっ!俺これからしばらく昼休みに宍戸さんに会いに来るの辞めます!だから!」

思い出したように一回り大きな声を出すと、警戒するようにズルズルと後退りを始める。

「宍戸さん、ぼっちにならないでくださいね…!!」

そう告げると脱兎のごとく中庭を駆け抜け、鳳はその大きな体を校舎へと消していった。

「おい忍足…長太郎のヤツになに言ったんだよ…」

意味がわからない、と眉間にシワを寄せる宍戸。
それに対して作戦通りだとでも言いたげに、自慢げな表情で忍足は鼻を鳴らした。

「俺としては自分の味方したと思ってんねんけど」
「は?なに言って…」
「胡桃沢さんに、用事あるんやろ?」

流石に忍足からも彼女の名前が告げられると、宍戸も気づくことがあるようで、何も言い返す言葉は出てこなかった。

「というわけで宍戸、頑張りや」
「なんか俺、最近こんなんばっかだな…」

藍川といいお前といい…と宍戸は呟いてため息をつきながら後頭部を掻く。
そんな彼を激励するかの如く肩に手をポンと置き、すれ違いざまにこう呟く忍足。

「四人で出かけられる日を楽しみに待ってんで」

カッコつけて去って行ったのは良いが、つかさのことをすっかり置いてけぼりにしたことを彼女に叱られ、頭をヘコヘコと下げる忍足の姿があった。