「朝練お疲れ〜!」
「お疲れ様」
氷帝学園の早朝過ぎ、ちらちら学生の姿が見え出す時間帯
美歌とつかさは朝練を切り上げて教室に向かっていた。
「しっかし、部員の朝練にまで付き合うなんてさっすが敏腕マネージャー!」
「そんなんじゃないが、何が欲しいんだ。」
「昼飯に購買限定のあずきパンが欲しい。」
「よし、続けろ。」
「さっすがぁ〜!出来るマネージャーは違うねぇ!!」
「よし、気分がいいから今日の昼飯はあずきパンに決定だ。」
馬鹿な会話を繰り広げているが、彼女達は至って通常運転だ。
通り過ぎる生徒は2人の会話を聞いて笑う者も居るが、通常運転なのだ。
「アホくせぇ会話してんなー。」
そんな近寄りがたい二人に背後から話し掛けるツワモノが一人いた。
振り返れば其処にはこの間断髪をしてサッパリイメージチェンジした宍戸が立っている。
「アホくさいとはなんだアホくさいとは」
“アホくさい”の一言に少しだけムッとするつかさ。
美歌はというとあんぐり口を開けたまま突っ立っている。
「いや、マジで傍から見てたら面白ぇぞお前ら」
「面白いは褒め言葉だけど、アホくさいは褒め言葉にならないよ!」
「いや、俺の面白ぇも褒めたつもりはない」
そこは褒めなさいよ!などとまさにアホくさい返しをするつかさ。
「どうでもいいけど、HR遅れるよ!」
「おぉ!そうだった!じゃ、また部活でな!」
そう言い残し慌てて自分の教室に向かう宍戸を二人は見送った。
目の前の教室に足を踏み入れようとつかさは足を出したが、美歌が宍戸の後ろ姿をぽーっと眺めたままだということに気付き声を掛ける。
「美歌?はよ入らないとガチで先生来るよ」
「ねぇつかさ、ねぇ…」
「なに?」
声を掛けるも美歌は心ここに在らずな状態だ。
ぼやーっとしていて何を考えているのやら分かりもしない。
しばらく間を開けた後、美歌は口を開いた。
「今の短髪イケメン兄ちゃん、マジで誰!?」
「はぁ!?」
静かに打ち震えていたかと思えば今度は鼻息を荒げながらつかさの肩に掴みかかり、つかさをゆさゆさ揺すった。
つかさはというと賢者タイム突入だ。
「あんなわたし好みのイケメン、男テニには居なかったよね!?誰なのあれ!!新しい部員!?」
「ちょ、美歌落ち着いて…」
美歌は相当取り乱している様で、尚もつかさを揺すり上げる。
激しい揺れに首まで動くつかさはいい加減限界の様だった。
白い天井を見つめたままのつかさは、美歌の手首を掴み次の瞬間彼女に一本背負いを見事に決めた。
ゆっくり弧を描き、床に綺麗に叩きつけられる美歌は痛みでようやく自我を取り戻す。
「落ち着けバカタレ」
「す…すまん。取り乱した。…ところで、今の誰?」
むくりと起き上がりながら今一度美歌はつかさに問うた。
「宍戸だけど…」
「どぅえぇええぇぇえ!?」
−−−−−−−−−−−−−−−−
「まさか宍戸さんがあんなにわたし好みのイケメンとは思わなんだ…」
「ロン毛の時は見向きもしなかったくせに、現金な奴」
「いやいや、髪型って大切だかんね!?」
昼食休憩、二人は購買にパンを買いに来ていた。例のあずきパンを買いに。
この時間の購買は激混みだ。生徒達でごった返している。
美歌もつかさもそんな状況に物怖じせずにパンが並ぶショーケースへと足を進めた。
「でもさでもさ、宍戸さんいつ髪切ったの?」
「ついこの間だよ。一昨日の朝練の時は短くなってた。」
「ガッデム!わたしはあの短髪イケメンを二日も見逃していたのかっ!!」
二人は普通に会話をしているが、忘れてはいけない。
全校生徒千単位を超えるこの学園での混雑とは、もはや有名アミューズメントパークのアトラクションに並んでいるのと同等とも言えるのだ。もっといえばコミケだ。
にも関わらず、おしくらまんじゅうする生徒を物ともしない彼女たちは肝が据わっているなんてレベルじゃないのは明白だ。
つかさは慣れた手つきで限定のパンを手に取ると購買のおばちゃんに声を掛けて購入した。
そしてそのままそれを美歌に手渡した。美歌も手元を一切見ずに受け取っている。流れるようなコンビネーション。
「さて、今日は買い弁なわけですが、隊長!何処で食事しますかっ!!」
「絶好の穴場スポットをあたしは知っている。」
「一生ついていきます!隊長!!!」
−−−−−−−−−−−−−−−−
「ここ」
美歌が連れてこられた場所とはあろうことか…
「こ、ここここって男テニの部室じゃんっ!」
「女子誰も来ない穴場」
「穴場は穴場かもだけど!わたし部外者じゃん!」
「大丈夫大丈夫。あたしのマネ作業手伝ってたって名目にすれば問題ないよ。跡部もあれで懐広いし。」
慌てふためく美歌を気にも留めず、つかさは部室の扉を開けた。
開けた瞬間、跡部が持ち込んだ香水だろうか馨しい香りが扉の風圧とともに外に出た。
男子の部室特有の汗臭さは微塵も感じなかった。
中には言ったように跡部がいる。
つかさは寧ろ好都合だと考えた。この場で許可を取ってしまえば後腐れなくこの場所を使えるという訳だ。
「アーン?お前たちなにしに来た。」
「ほら、練習メニュー昼食取りながら作ろうと思ってさ。美歌にも手伝ってもらおうと思って、いいでしょ?」
美歌はと言うと、つかさの背後で居心地悪そうにしていた。
いくらあの跡部でもやはり部外者を部室に招き入れるのは嫌がるのではないか…と。
「お前な…自分の仕事を他の部員に手伝わせる奴が居るかよ。」
「なら、マネージャー増やしてくださいよ坊ちゃん。」
「………荒らしたりすんなよ。」
すっかり言いくるめられてしまった跡部。
跡部の権力を使えば、マネージャーの一人や二人なんて容易く集められるが、この人数の部員のサポートをするにはやはりテニスの経験を持つ者が好ましかった。そんな女子は大方女子テニス部の方に集まっている。
女テニに所属していないテニス経験のある人材なんて、つかさを除いて存在しない。
それを知った上で引き合いに出していたのである。
チョロいなと悪い顔をしたつかさを美歌は見逃さなかった。
同時に彼女には逆らうまいと誓った美歌である。
跡部はというと制服からポロシャツに着替えていた。恐らくこれから練習に出るのであろう。
部室を出て行こうとする跡部に一言つかさが投げる。
「後でこの子も見学させるね。同じテニス部だし得るものあるだろうから」
「お前には適わねぇな。好きにしろ。」
捨て台詞を吐いて部室を出て行った跡部を二人は見送った。
ついでに美歌に宍戸と接近するチャンスまで掴ませるとは、ぬかりはない。
「なんか、言葉も出ません隊長ぉ」
「さっさと食べちゃいなよ。多分昼練参加する部員は次々にここ来るよ。」
「マジか」
言ったように部室にはレギュラー陣が次々と足を踏み入れるではないか、美歌は更に居心地悪そうにする。
さっさと食べてこの空間から出ようと考えた美歌はあずきのパンを目一杯頬張った。
「よく入るなー」
後ろから声を掛けられ、一瞬喉を詰まらす美歌にすっと水筒を渡すつかさ。
慌てて水筒の中身を飲み干し、振り向けばそこには宍戸が立っていた。
「わ、悪ぃ。珍しい奴が居るからついいきなり声掛けちまった。」
「い、いやいや!全然!!」
「練習…見てくか?」
「も、もももちろんっ!!!」
緊張からなのかかなりどもり気味の美歌。それもそのはず、美歌と宍戸は今まで面と向かって会話を交わした事が一切無い。
宍戸はそんな彼女を面白そうに見ている。また、そんな二人の様子を伺うつかさ。
「食ったらコート来いよ。」
美歌に笑いかける宍戸を見て、つかさは満足そうに頬杖を突いた。
この時彼女は、次はどうやってこの二人を引き合わせようかと算段を練っていた。